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第三話 【サークル怪談】路傍のカカシ③

「いえ、林道には案山子なんて設置していないはずよ。あそこはもともと見晴らしも悪いし、事故が起こってもいけないから、勝手に何かを道端に設置したりしてはいけない決まりになっているの。それに、この辺りで案山子を作っているのは私だけだから……間違いないはずよ」


「……合宿の帰り道、車で再びあの林道を通ったんだけど、確かに俺が足を挫いたあたりに案山子なんて立っていなかった。それどころか、林道のどこにもそれらしきものは無かったんだ。古ぼけた標識はいくつか立っていたけどね。でも、どれも人には見間違えようもないものばかりだった」


 そして三浦さんは大きく目を見開き、愕然とした様子で呟く。


「でも……だったら、俺が肝試しの夜に見たアレは一体何だったんだ……?」


 談話室の中はしんと静まり返った。


 僕は三浦さんに何と声をかけていいのか分からない。彼は蒼白で顔から完全に血の気が引いていた。俯いたまま小刻みに震え、机の表面をじっと睨んでいる。


 しばらくして、三浦さんは再び口を開いた。


「あとからサークル仲間に聞いた話なんだけど、その昔……と言っても、江戸時代かそれより少し前の時代、例の林道の脇には罪人を処刑する刑場があったそうなんだ。ただ、その処刑の仕方というのがひどく残酷で……まず、罪人の手足を斬りつけ、身動きが取れないようにしてから腹を切り裂き、生きたまま刑場に放置する。すると野生動物や野生の鳥たちがやって来て、罪人の肉や臓物を食らい尽くすんだ。罪人は四肢を痛めつけられ逃げることもできず、生きながらに体や内臓を食われるという想像を絶するような苦痛と恐怖を味わう。その地方では、そういった苛烈な刑罰が長きにわたって行われてきたそうなんだよ。また、時には動物たちに臓物を食い荒らされ、下半身を失った亡骸を(はりつけ)にすることもあったらしい。罪を犯すとこうなるぞという見せしめにするために」


「それは……」


「ああ。……見せしめに縛り付けられた罪人の躯は、きっと案山子(かかし)のように見えただろうな。足のない、上半身だけの、世にも恐ろしくおぞましい案山子に。(はりつけ)にされた罪人たちは、数百年たった今でも、失った自分の体を探し続けているのかもしれない……」


 髪を振り乱し、目を血走らせながら這いずり回る亡骸たち。あまりの苦痛で、口は耳まで裂けるほど歪んでいる。血の気が無く、肌の色も生白い。


 その様を、磔にされた別の罪人の虚ろなまなこが見つめている。


「どこだ……私の体はどこへ行った……?」


「返しておくれ……! 返しておくれよ……!!」


 暗闇の中、嘆きとも怨嗟とも知れないすすり泣きの声がどこまでも追いかけてくる。


 僕の脳裏に、いやにはっきりとその光景が浮かび上がり、思わずぶるりと身震いした。寒気で背中が粟立つのを感じる。


 なんて恐ろしく、そして悲しい光景だろうか。


 一方の三浦さんは小さくため息をつくと顔を上げ、ようやく僕の方を見た。


「以上が俺の体験談だよ。この図書館が求めている怪談に相応しいかどうかは分からないけど……こういう話でよかったのかな?」


 僕はちらりと茜音さんに視線を向ける。茜音さんは三浦さんが怪談を話す間も黙々と原稿用紙に書き込んでいたが、どうやらそれが終わったらしく、顔を上げて僕に目配せする。


「もちろんです。勇気をもってお話ししてくださってありがとうございました」


 すると三浦さんはどこか照れ臭そうに微笑んだ。


「いや、礼を言うのはこっちの方だよ。俺も本当は誰かに話を聞いて欲しかったんだ。でも、この年で怪談とか話しにくいし、サークル仲間にこんな体験をしたと打ち明けて不快な思いをさせたくもなかったし。ほら……世の中にはこういう話を嫌がる人もけっこういるからさ。でも、おかげで胸のつかえが取れたよ。それに……実は俺、今年のサークル合宿の幹事をすることになったんだ。だけど、どうしても去年の出来事が忘れられなくて……どんなイベントを考えるにも去年みたいな不測の事態が起きたらどうしようと考えてしまって。でも、これで気持ちの整理がついたよ。おかげで今年の合宿にも集中できそうだ。だから……こちらこそありがとう」


 三浦さんは一転して晴れ晴れとした表情をしていた。


 ひょっとすると彼は、恐ろしくて不気味な体験をしたという以上に、それを誰にも打ち明けられない状況に対してストレスを感じていたのかもしれない。そんな三浦さんの姿を目にすると、僕も怪談の聞き手になって良かったと心から思う。


「三浦さんの話してくださった怪談は、こちらで一部編集したあと資料として半永久的に保存することになりますが、構いませんか?」


 それも事前に、茜音さんから語り手に伝えるようにと指示されていたことだった。


「え、まあ……それは別にいいけど」


 三浦さんは少し困惑した様子を見せた。けれどそれも一瞬のことで、すぐに僕たちの方を窺うようにして尋ねる。


「それで……どうだったかな、俺の怪談。怖かった?」


「ええと……」


 僕は再び茜音さんの方をちらりと見る。茜音さんは小さく頷いた。


「ええ、僕は十分に怖かったと思います」


 すると三浦さんはどこかほっとしたようだった。


「そうか、期待に添えたみたいで良かったよ」


 もう思い残すことは何もない。そういう朗らかな笑顔だった。


 それから三浦さんは僕と茜音さんに頭を下げ、狩森図書館を後にしたのだった。


 三浦さんが狩森図書館を去ってから、僕と茜音さんは談話室から一般開架室に移動した。そして先ほど僕が時間を潰していた閲覧テーブルに向かい合って座る。


「ああいう感じで良かったですか、茜音さん?」 


 遠慮がちに尋ねると、茜音さんは嬉しそうに微笑んだ。


「はい。おかげさまで、また一つ怪談が集まりました。私は初対面の人と話すのが苦手なので……夏目さんがいてくれてとても助かります。それに夏目さんが怪談の聞き役に徹してくれたら、そのぶん私は記録作業に集中することができますしね」


「はは、僕は昔から人の話を聞くのが好きなんですよ。おばあちゃん子だったからかな。祖母はお喋りな人だったから」


 茜音さんに感謝され、内心では嬉しくてたまらない。だって、僕がこの怪談蒐集を手伝うアルバイトを始めたのは、茜音さんの存在があったからだ。


 でも、それを相手に悟られるのは良くない気がする。僕はあくまでも一介のアルバイトにすぎないのだから。


 面映ゆさを払拭しようと話題を探し、僕はふと先ほど聞いた三浦さんの怪談のことを思い出した。


「それにしても……先ほどの三浦さんの怪談、茜音さんは現実にあった話だと思いますか? 三浦さんはあくまで体験談という体で話していたけれど、本当にあった話なんでしょうか」


 はっきり言って、僕はあまり心霊現象や怪奇現象といった類のものを信じていない。むしろ、そんな超常現象が現実にそうほいほい転がっているはずがないと、つねづね自分に言い聞かせているくらいだ。


 僕のそんな問いに対し、茜音さんは肯定も否定もせず、ミステリアスな笑みをその唇に浮かべたのだった。


「さあ……どうでしょう。夏目さんはどう考えているのですか?」


 茜音さんの探るような目が僕に注がれる。


「僕は正直、勘違いや思い込みの線も捨てきれないと思います。それか……彼の考え出した作り話か」


「つまり夏目さんは、三浦さんが嘘をついていたと?」


「いえ、僕もさすがに三浦さんにそういった悪意があったとは思いません。三浦さんはとても誠実そうな人でしたから。そうではなくて……これはあくまで仮定の話なのですが、三浦さん、自分で言っていたじゃないですか。今年のサークル合宿の幹事になったと。そして、夏合宿のためにいろいろイベントの企画を練っているようでした」


「ええ、確かにそうですね」


「夏のイベントと言えば肝試しや怪談です。三浦さんのサークルでもほとんど伝統行事と化していたとか。特に彼は幹事を務めるわけですから、誰よりも率先してイベントを盛り上げねばなりません。……つまり彼は夏合宿を盛り上げるため、人前で怪談を話す練習をしたかったのではないでしょうか? 自分の考えついた怪談が本当に怖いのかを三浦さんは試したかった。でも、それをサークルのメンバーに話してしまったら、いわゆるネタバレになってしまう。だから僕たちに話してみて反応を確かめたかったんじゃないでしょうか?」


「ああ、そういう意味での『嘘』ということですね」


「はい。三浦さんは自分の怪談が怖いかどうかを妙に気にしていたじゃないですか。ただ事実をありのままに話すだけなら、そんなことを気にする必要はないはずです。それに彼の話は何ていうか……現実に起こったことにしては、因果関係がいやにはっきりしすぎているような気がして。あと、話の設定にも矛盾が感じられる気がします。いくら大昔のこととはいえ、あんないわくつきの恐ろしい刑場が本当に実在していたら、地元の人も当然それを知っていたでしょう。それほど事情をよく知る人が、刑場跡の近くに案山子(かかし)を立てるなんて無神経な行為に及ぶでしょうか? むしろ普通は大きな石碑や神社を建てたりして、死者の魂を鎮めようとするものではないでしょうか。そういう細かいところを突き詰めていくと、どう考えても不自然だとしか思えないんです」


 一気に疑問を口にしてから、僕は、はっとした。茜音さんの透き通った瞳がじっと僕を見つめていたからだ。


「す……すみません。僕はただのアルバイトなのに……余計なことを言ってしまいました」


 気を悪くさせてしまっただろうか。つい調子に乗って喋り過ぎてしまった。茜音さんの怪談蒐集を批判するつもりは全くなかったのだが、そう受け取られてしまったとしても仕方がない。


 激しく叱責されるのも覚悟していたが、僕の予想に反し、茜音さんの反応はとても穏やかだった。


「いいえ、そんなことはありません。ただ……私は嘘か本当かは関係ないと思っています。語り手が怪談だと思ったら、きっとそれは怪談なのです。私はそういった怪奇譚を蒐集することができたら、それでいいのです」


「そう……ですか。無粋なことを言ってしまったかな」


 いい意味でも悪い意味でも拍子抜けした僕を見て、茜音さんは淡く微笑んだ。


「夏目さんは本当に怪談を信じていないのですね」


「もちろん、エンタメとして楽しむことはありますよ。でも、幽霊とか心霊現象とか、実際に存在するわけがないじゃないですか」


「だから三浦さんにもそう言ったのですね。あまりその手の話を聞いても怖くない、そもそも心霊現象など信じていない、と」


「ええ。……駄目でしたか?」


「いえ、そういうわけではありません。その結果、三浦さんは怪談を話してくれたのですから、あの時の夏目さんのアプローチは正解だったということでしょう。ただ……それが通用しないこともあるので、少しだけ留意しておいてください。聞き手には明らかな『嘘』でも、語り手にとっては紛れもない『真実』……そういったことも決して珍しくはありませんから」


 茜音さんが言っていることの意味は正直よく分からなかった。ただ、彼女の怪談蒐集の手伝いは、思いのほか困難が予想されるのかもしれない。今回がたまたまスムーズに運んだだけで。


 そうであるなら、忠告には大人しく従っておいた方が無難というものだ。


 茜音さんはきっと、僕のためを思って言ってくれているのだろうから。


「わ……分かりました。気をつけます」


 とはいえ、茜音さんは決して怒っているわけではなさそうだった。むしろ口調はとても落ち着いていて優しい。叱られるというより、頼みごとをされている感覚になってくる。


「あれこれとお願いしてすみません。少し……疲れましたね。紅茶を淹れましょうか」


「あ、ありがとうございます。ご馳走になります」


 僕が答えると、茜音さんは席を立った。狩森図書館の奥には給湯室もある。怪談の語り手に出されるお茶もそこで淹れているのだろう。


 茜音さんが僕に出してくれたのは紅茶だった。


 受け皿(ソーサ―)付きの品の良いティーカップに付属の小鉢に入った茶色と白の角砂糖。カップの中に満たされている鮮やかな飴色の液体の上には輪切りのレモンが浮かんでいる。レモンティーだ。


 紅茶のことはよく分からない。けれど、お茶の華やかな味わいとレモンの爽やかな香り、それに適度な甘さが加わってとても癒される。


 再び二人で一般開架室の閲覧テーブルを挟み、それぞれレモンティーを楽しみながら会話に花を咲かせた。

 

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