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第二十八話 【因習村怪談】おばあちゃんの下駄④

 祖母の話は続きます。

 

「……最初はちょっとした罰を与えることで日美谷(ひみや)の里が考えを改めてくれたらと思ったのかもしれない。

 しかし里は改心するどころか反発し、他の奥野津(おくのづ)の村々と対決姿勢を示したのさ。里にやって来た嫁をどう扱うかは日美谷(ひみや)の自由、里の伝統を捨てるつもりはないと。そして他の村々とも徐々に疎遠になっていった。

 しかしそれで困るのは日美谷(ひみや)の里の方さ。何せ、外から全く嫁が来なくなってしまったんだからね。日美谷(ひみや)はとても小さな里だったので、里の中の若者どうしで祝言を上げ、それで人口を維持することも難しい。

 困った日美谷(ひみや)の里はまだ何も知らされていない若い女の子を騙して、無理やり里に連れて行き、強引に里の若者と婚姻させて嫁にするというとんでもないことを始めたんだよ。

 ちょうど日美谷(ひみや)の里は山の中の奥まったところにあるから、ほとんど誰もその実態を知らない。だから里の美しさや素晴らしさを吹聴し、特に若い女性に行ってみたいと憧れを抱かせて連れ去ったのさ」


 それを聞き、私はさらに怒りを爆発させました。


「そんなの、最低! 何も知らない人を騙して(さら)う里なんて、ぜんぜん美しくも素晴らしくもないよ! 全部、里に来させたくさせるための嘘じゃない!」


「そうだね、確かに日美谷(ひみや)は美しい里だった。けれどそれは本物じゃない、まやかしの美しさだ」


 すると、姉のミカは冷静な指摘をします。


「でも、そんなにおかしいことを繰り返していたら、周りの人も警戒するんじゃない? 日美谷(ひみや)の里はなんだか変だって」


「ミカちゃんの言う通りさ。そんな暴挙を他の村の村人が許すはずがない。日美谷(ひみや)の里はますます周囲から孤立し、人口も減少する一方だった。そしてある日、豪雨によって大きな土砂崩れが起き、日美谷(ひみや)の里はそれに巻き込まれて跡形もなく無くなってしまったんだよ」


 祖母の口調は真剣そのもので、嘘偽りを口にしている様子は全くありませんでした。


 おそらく、日美谷(ひみや)の里が土砂崩れに巻き込まれ壊滅したというのは事実なのでしょう。


 それを悟り、私たち四人は息を呑んで互いに顔を見合わせました。


「それじゃ、本当にもう日美谷(ひみや)の里は存在しないの?」


「ああ、存在しないよ。この隧道(ずいどう)の先は崖になっていて、その下には森が広がっているのさ」


「あ、そっか。だからトンネルの入り口を鉄の扉で塞いだんだね。誤って崖の下に落ちたら危険だから」


 しかし祖母はユリナちゃんの言葉に答えませんでした。


 つい先ほどまであんなにあれこれ丁寧に話してくれていたのに、何故か急に口を閉ざしてしまったんです。


 おまけに、それまで憂いに染まっていた祖母の顔には、困惑交じりの苦々しい表情が浮かんでいました。その姿からは、これから先を私たちに話すべきかどうか、迷っているようにも感じられました。


「おばあちゃん……? 違うの?」


 私がおずおずと尋ねると、祖母はようやく口を開きました。


「確かに日美谷(ひみや)の里はなくなった。けれどそれから妙なことが起こり始めたんだ。

 日美谷(ひみや)の里がなくなって五年くらい経った後のことだそうだけど、何故だかこの手掘りのトンネルの向こうに行って死亡したり大怪我を負ったりする若い女性が続出するようになったんだ。

 運よく生き残った女性たちに何があったのか尋ねると、彼女たちはみな口を揃えてこう言った。『美しい着物を着た見知らぬ女の子からトンネルの向こうに美しい里があると聞き、一緒に行こうと誘われた』、『その里があまりにも魅力的に感じたので、本当にあるならぜひ行ってみたいと思った』、と」


 それを聞き、私の心臓は大きく跳ね上がりました。つい最近、私たち四人も良く似た体験をしたばかりだったからです。


 息を呑む私たちに頷きながら、祖母は話を続けました。


「実は〈むすめこ祝い〉や〈おのこ祝い〉に参加することができなくなった日美谷(ひみや)の里には、嫁となる若い女性を勧誘するための語り部となる女性がいたそうだよ。男性だと標的となる女性たちに警戒心を抱かせてしまうかもしれないから、女性がその役割を担ったのだろうね。

 ただ女性と言っても、日美谷(ひみや)の語り部は十代の若い女の子で、それはそれは美しい着物を着ていておしゃべりも達者だったという話だ。その少女に日美谷(ひみや)の里の話を聞いた女性はもれなくみな実際にその里に行ってみたいという強い誘惑に駆られるほどにね」


 その語り部を務めたという少女とは、まさしくキヨちゃんのことだと私は確信しました。


 祖母の語る少女の容姿や言動がキヨちゃんに酷似していたからです。


 それに、私はそれほど日美谷(ひみや)の里に行ってみたいとは思いませんでしたが、姉や従姉妹たちは里に強く惹かれていたようでしたし、何だかんだ言って私もキヨちゃんと一緒に山道を登るよう上手く誘導されてしまいましたしね。


「でもねえ、どう考えてもおかしいんだよ。日美谷(ひみや)の里は丸ごと土砂に流されてしまったから、あの里の生き残りはいないはず。もし運良く生き延びた者がいたとしても、日美谷(ひみや)の里自体が無くなってしまったのだから嫁となる若い娘を捕まえて連れていくことに意味など無い。それなのに、いったい誰が何のために若い女性たちをここまで誘い込むんだろうね?」


 祖母の問いに、私たちは誰も答えられませんでした。それどころか、私たちは初めて疑問を抱いたのです。


 キヨちゃんは一体、何者だったのか。


 彼女の目的は何だったのか。


 キヨちゃんは私たちをわざわざこの隧道まで誘い込んで、何がしたかったのでしょう。


「……」


「何だか怖い……!」


 足元を冷たい山の風が走り抜けていきました。けれど、祖母の言葉は続きます。


「奇妙なのはそれだけじゃない。奥野津(おくのづ)の大人たちは誰もその語り部の少女を見たことが無いんだ。でも、子どもたちはその少女……キヨという名の語り部のことをよく知っていた。中には友だちのようにキヨのことを話す子もいたそうだ。つまりね、その少女が現れるのは獲物となる同じ少女の前だけなんだよ」


 それを聞き、さすがに私は背中がぞくりとするのを感じました。


 それは他の三人も同じであるらしく、姉のミカやユリナちゃんも真っ青な顔をしていましたし、マツリちゃんに至っては今にも泣きだしそうな顔をしていました。


 祖母の話が事実であるなら、キヨちゃんにとって私たち四人は、隧道の下に突き落とすための獲物だったのだということになるのでしょう。


 私も姉や従姉妹たちも、その時、初めてキヨちゃんがどれだけ恐ろしい存在であったかを知ったのです。


奥野津(おくのづ)の大人たちは警戒を強め、若い娘が安易にこの山道を登らないよう見回りを始めた。けれど、どれだけ気をつけても娘たちはいつの間にか山奥のトンネルに行ってしまう。何度も何度もそういったことが相次いだので、とうとう奥野津(おくのづ)の人たちはトンネルの入り口を厳重に塞ぐことにしたのさ。

 幸い、トンネルの向こうにあったのは日美谷(ひみや)の里だけで他に集落はない。このトンネルを塞いで困る人は一人もいないからね。

 でも……何故か時おり、さっきのように閂が外れて鉄扉が開いていることがあるんだ。どれだけしっかり封じても、いつの間にかに……ね」


 祖母の言葉に耳を傾けながら、私は隧道の入り口を塞いでいる鉄扉を見つめました。


 鉄扉には(かんぬき)がしてあり、鎖で厳重に固定してあります。どう見ても、その厳重に封じられた扉が自然に開くとは思えません。


 けれど、確かに何かが、定期的にこの扉をこじ開けているのです。


「もし昨日、あのままキヨちゃんと一緒にここまで来てたら、私たちも危なかったのかな?」


 姉のミカは不安そうな声で呟きました。いつも明るく快活な姉ですが、その時はさすがに恐怖に抗えなかったのでしょう。


「可能性は大いにあるね。本当に……みな無事でよかったよ」


 祖母は涙を浮かべ、改めて私たちを抱きしめました。


「心配かけてごめんなさい、おばあちゃん」


「もう二度と、言いつけを破ったりしないから」


 私たちも口々にそう言いながら、祖母を抱きしめ返しました。


 あの時、途中で山道を登るのをやめて本当に良かった。


 四人全員、誰一人欠けることなく無事に戻って来ることができて本当に良かった。


 その思いをしっかりと噛みしめながら。


 その時、姉のミカがふと口を開きます。


「そういえば……確かあの時、山道を上る途中でサヤカの履いていた下駄の鼻緒が切れちゃって……サヤカが怪我をしていたからそれで山を下りようってことになったんだ。いま思うと、あれ、まさに怪我の功名だったね」


 その指摘を受け、私も再度、鼻緒の切れた下駄のことを思い出しました。


「おばあちゃん、勝手に下駄を履いてしかも鼻緒まで切ってしまって、本当にごめんなさい。おばあちゃんが大事にしていた下駄だったのに……」


 私がしょげ返って謝ると、祖母は柔らかく笑って言いました。


「いいんだよ。きっと最初からこうなる運命だったんだ。それに、あの下駄もあんたたち四人を守ることができて本望だと思っているだろうよ」


 そして目元を拭ってから、祖母は下駄について語り始めたのです。


「サヤカちゃんの履いた下駄はね、ばあちゃんのおばあちゃんから貰ったものなんだよ。あんたたちにとってはひいひいばあちゃん、つまり高祖母に当たる人だね。

 ひいひいばあちゃんには年齢の離れた姉がいてね。大人たちも一目置くほどしっかりした優しい姉さんで、妹であるひいひいばあちゃんのことをとても可愛がってくれたそうだ。ひいひいばあちゃんも姉さんのことがそりゃもう大好きだったとよく言っていたよ。

 けれどね、ひいひいばあちゃんの姉さんは〈むすめこ祝い〉で日美谷(ひみや)の里に嫁ぐことが決まってしまったんだ。その頃はまだ、日美谷(ひみや)の里も健在で〈おのこ祝い〉や〈むすめこ祝い〉に参加できていたんだね。

 ひいひいばあちゃんは泣いて姉さんに頼んだそうだ。日美谷(ひみや)の里なんかに行かないでくれって。けれど、〈むすめこ祝い〉で決まった嫁入り先は覆せない。それをやったら奥野津(おくのづ)の根本がひっくり返ってしまうからね。仕方ないとはいえ、本当に残酷な決まりだよ。

 どうにもならないと悟ったひいひいばあちゃんは、毎日毎日、泣いて過ごしたそうだ。すると、ひいひいばあちゃんの姉さんは妹のためにお気に入りの着物を仕立て直し、プレゼントしてくれたそうだ。そして余った着物の端切れは新品の下駄の鼻緒にあしらった。その下駄も一緒にね。

 姉さんは自分が一番、辛いはずなのに、嫁入りをする直前まで妹であるひいひいばあちゃんの心配をしていたそうだよ。あんなに心の優しい人は他にはいない。ひいひいばあちゃんはそう言ってよく話を聞かせてくれていたっけ」


「いいお姉さんだね」


「そのお姉さんはどうなったの?」


 ところが、私たちがそう尋ねた途端、祖母はたちまち表情を曇らせてしまいました。


「姉さんは日美谷(ひみや)の里に嫁いだあと、全く連絡が取れなくなったそうだよ。家族が山を登り、このトンネルの前まで来て姉さんに会わせてくれと懇願したが、日美谷(ひみや)の里は頑としてそれを受け入れなかったそうだ。

 その数年後、姉さんは帰らぬ人となって家に戻ってきた。体じゅう虐待の跡だらけで目も当てられない姿になってね」


 うすうす想像はしていたものの、あまりにも残忍で悪逆非道な結末に、私たち四人は怒りと悲しみを抑えきれませんでした。


 日美谷(ひみや)の里にとって、村の外から来た嫁の人格や振る舞いなどどうでも良く、ただ奴隷として使い潰すことができればそれで良かったのだという非人道的な実態が改めて浮き彫りになったからです。


「ひどい……あまりにもひどすぎるよ!」


「そうだよ! そんな里、無くなって当たり前だよ!」


 ユリナちゃんが悲鳴を上げ、私も思わず日美谷(ひみや)の里を罵ります。


「ばあちゃんのおばあちゃん……ひいひいばあちゃんも、よくそう言っていたよ。日美谷(ひみや)の里が土砂崩れに巻き込まれたのは天罰だったんだって。ひいひいばあちゃんの大切な姉さんは日美谷(ひみや)の里に殺されたも同然なのだから、そう考えるのも仕方のないことだろうね」


 そして祖母は私たちを見回して続けました。


「ひいひいばあちゃんは、姉さんから貰った着物と下駄をそれはそれは大事にしていた。そしてひいひいばあちゃんは死ぬ直前、その着物と下駄をばあちゃんにくれたんだよ。つまりその下駄は姉さんの形見であると同時に、ばあちゃんのおばあちゃんが残してくれた形見でもあるということだね。

 ……ところが、着物の方は大事にしまってあるけど、下駄の方はいつの頃からか行方が分からなくなってしまった。私は下駄を引っ張り出した記憶が全くなかったし、どこへ行ってしまったのか不思議だったけど、全てはこの時のためだったのかもしれないね」


 よほど胸を打たれたのか、祖母の目には再び大粒の涙が浮かんでいました。


「おばあちゃん……」

 つられて、私たちの目にも涙が浮かびます。


 祖母は涙をこぼしつつも、心からの笑顔を浮かべて言いました。


「ばあちゃんのおばあちゃんが遺してくれた下駄の鼻緒が切れたおかげで、あんたたちはトンネルの向こう側に行かなくてすんだ。きっとご先祖様があんたたちを守ってくれたんだね」



※※※



「……ご先祖様との絆、ですか。なんだか不思議ですね。この世に存在する人間にはすべからくご先祖様がいるはずなのに、僕はその繋がりをあまり感じたことがありません。そういうものを感じ取れる人と、感じ取れない人がいるのかもしれませんね」

 

サヤカさん姉妹や従姉妹たち四人を救ったのは、先祖の残した下駄の鼻緒だった。


 もし下駄の鼻緒が切れず、キヨという娘に誘われるまま山道を登り続けていたら、幼かったサヤカさんたち四人は隧道の向こうで転落していたかもしれない。


 そうなれば良くて大怪我、下手をすると命を奪われていただろう。


 もちろん、下駄の鼻緒が切れてしまったのはただの偶然と考えることもできる。でも、これほど下駄にまつわる因縁があるなら、ご先祖様が助けてくれたのだと考えるのも無理はないのではないか。


 とはいえ、そんな経験をする人は少ないと思う。何かいいことがあったり、ラッキーだ、今日はついていると思っても、それをご先祖様のおかげと考える人はほとんどいない。それが現代の普通ではないだろうか。


 すると、サヤカさんは穏やかに微笑んだ。


「ふふ、そんな難しい話ではないと思いますよ。夏目さんもおばあさまからいろいろ教えてもらったんでしょう?」


「ええ……まあ」


「ご先祖様との絆ってその連続だと思うんです。大丈夫、夏目さんもちゃんと繋がりの一つですよ」


「そうでしょうか。本当にそうなら……すごく嬉しいですけど」


 何だか照れくさくなって、僕は無意識に俯いた。


 机の上にある右手の手首には、いつもの水晶でできた数珠が嵌めてある。僕の祖母にもらった古い数珠だ。


 そういえば、僕の祖母もこの水晶でできた数珠を、自分の祖母から譲り受けたと言っていた。サヤカさんの言う通り、僕も自分の知らないところで祖先と繋がっているのかもしれない。 


「……ともかく、これが私が十歳の時に体験したことの全てです」


 サヤカさんは一瞬、温かく見守るような視線を僕に向けると、そう付け加えた。


「詳しく話してくださってありがとうございました。すごく地域色が強くて深いお話でしたね。今とは時代が違うとはいえ、いろいろ考えさせられました。キヨちゃんは……今も里に連れていく女の子を探しているのでしょうか」


「それなんですが、この話にはちょっとした後日談があるんです」


 僕はちらっと茜音さんの方を見た。茜音さんもそれに気づき、僕に小さく頷きを返す。話を聞いて欲しいという合図だ。


 そこで僕は再びサヤカさんに視線を戻した。


「それは……興味をそそられますね。そちらのお話もお伺いしていいですか?」


 サヤカさんは「もちろんです」と答えると、すぐに話を再開する。


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