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第二十五話 【因習村怪談】おばあちゃんの下駄①

「ええと……私の名前は鈴木サヤカです。あ、サヤカは仮名なんですけど……それでもいいんですよね、夏目さん?」


「はい、構いませんよ」


「良かった。まあ、隠すほどのことでもないんですけど、身内の話なので少し恥ずかしくて……。私のことはサヤカと呼んでください」


「分かりました、サヤカさん」


 僕が答えると、怪談の語り手であるサヤカさんは朗らかに笑った。


 サヤカさんは二十代半ばで、明るい茶色に染めたショートボブが良く似合う女性だ。溌溂としていて、口調もはきはきしている。


 明るそうな人で僕はほっとする。サヤカさんは、前回の語り手であるヒナコさんみたいに差し迫った事情を抱えているわけではなさそうだ。


 いつものように狩森図書館の談話室でテーブルを挟み、僕は怪談の語り手であるサヤカさんと向き合っていた。


 サヤカさんの向こうには文机に着席し原稿用紙を広げた茜音さんの姿。


 茜音さんはインク壺にペン先を浸すと、こちらに目線で合図を送って来る。準備ができたという合図だ。


 僕はそれに小さく頷きを返すと、改めてサヤカさんに視線を向ける。


「それではサヤカさん、あなたの怪談を教えてください」


 すると、サヤカさんはさっそく口を開いた。


「これは、私の父方の祖母の家で実際に経験した話です。祖母の家は山の奥深く、周りには森や林と川、そして田畑くらいしかない田舎にありました。家も本当に古くて、それでも母屋は比較的新しい瓦屋根の建物でしたけど、離れは当時でもすでに絶滅寸前だった茅葺(かやぶき)屋根でした。

 ただ、父方の家は代々その地域の庄屋を務めていたらしく、古いものの家は立派で、敷地も広かったことを覚えています。家の前は長い坂道になっていて大きな門もありましたし、土蔵も二つほどありましたしね。

 まあ、実際に住むのはかなり不便だったと思います。でも祖母は祖父が亡くなってからもその家を守り続けていました。父はそんな祖母が心配だったんでしょうね。よく私たち親子を伴って帰省していました」


「母親思いのお父さんだったんですね。でも、そんなに頻繁に田舎に行くのは大変じゃなかったですか?」


 僕にとって祖父母の家は、お盆やお正月など、年に一、二度、特別な時に訪れる場所だ。少なくとも中学生になって祖母と同居するまではそうだった。世間一般でもそれが普通なのではないか。


 僕が尋ねると、サヤカさんは朗らかに笑って言った。


「そうでもなかったですよ。うちの家、おばあちゃんの家に近くて、車を小一時間ほど走らせば辿り着けたので。それに、父には弟がいて……私にとっては伯父さんですけど、父と伯父さんは仲が良かったので協力して祖母を支えていました。

 伯父もまた私たちの家の近くに住んでいて、週末は私たち家族と伯父の家族が共に祖母の家で過ごすということも珍しくありませんでした」


「すごいですね。一族の結束が強いというか……そういう話って最近は非常に珍しいと思うんですけど」


「そうですね、うちはちょっと価値観が古いんだと思います。私は、それは必ずしも悪いことだとは思いませんけど、人によっては息苦しく感じるかもしれないですね。実際、母は当時のことを振り返って大変だったとよくこぼしていましたから」


 サヤカさんは一瞬、困ったように微笑んだが、すぐに続きを話し始める。


「父と伯父の仲が良かったからか、子ども同士の仲もとても良好でしたね。私には二歳年上の姉がいて名はミカというのですが、子どもの頃から仲睦まじく、互いに実家を出て離れて暮らすようになった今でも、頻繁に連絡を取り合っています。

 一方、伯父にも二人の娘がいて、お姉ちゃんの方がユリナちゃん、妹の方がマツリちゃんというのですが、この姉妹も私たちと負けず劣らずとても仲良しでした。いとこ姉妹と私たち姉妹は年齢が近く、特に私とマツリちゃんが同い年だったこともあって、よく一緒に遊んでいました。祖母からは『あんたたち、本当に仲が良いねえ。まるで四姉妹だね』と言われていたくらいです。

 私たちと従姉妹たちは互いの家が近かったこともあり、祖母の家以外でもよく会って遊んでいました。大きくなってからは一緒に海外旅行に行ったこともあるくらいです」


「旅行まで一緒なんて、本当に親しいのですね。僕は一人っ子だったから、ちょっと想像がつかないというか……羨ましいです」


 正直な感想を口にすると、サヤカさんは、あははと笑って右手を振った。


「良いことばかりじゃないですよ。それなりに喧嘩もしましたし。でも……私たちの仲が良かったのは、祖母の家でのとある経験を共有していたからじゃないかと思います」


 言い終えると、サヤカさんは茜音さんの出したお茶を口に運ぶ。そして丁寧な仕草で湯呑みを茶托に戻すと、先ほどよりは幾分、落ち着いた口調で語り始めた。


「あれは私が十歳だったの時のことでした。いつものように家族で祖母の家に向かうと、地域のお祭りをしていました。といっても集まっているのは女の子ばかりで、なんでも女子の成長を祈る行事だとかで……」


「ひな祭りのようなものでしょうか」


「多分そうだと思います。それにしても見たことのないお札が張ってあったり、祭壇のようなものも設置してあって、かなり地域色の強い行事でしたけどね。

 なんでも、祖母の地域では古くから行われてきた由緒あるお祭りらしくて、地元の子と思しき女の子たちの中には華やかな着物を着た子が何人もいました。祖母の家はとても古かったですから、その中で色とりどりの着物を着た女の子たちがくすくす笑いながらお喋りしているさまを見ていると、まるで過去の時代にタイムスリップしたような感覚になりました。

 伝統行事といっても堅苦しい感じは全然なくて、とても楽しそうで……せっかくだから、私たち姉妹もそのお祭りに参加させてもらうことにしたんです。伯父家族もちょうど祖母の家に帰ってきていたので、従姉妹のユリナちゃんやマツリちゃんも一緒です。

 行事に参加する女の子はだいたい私たちと同じで十歳前後でしたが、中にはもっと大きな子や幼い子もいて、上は小学校の高学年、一番下は幼稚園の年長さんくらいだったと思います。人数は全部で三十人ほどでしょうか。半分くらいの子は私たちと同じで普通の服装でしたね。

 どうやら地元の子たち以外にも、私たちみたいに誰某(だれそれ)さんの親戚の子とかその知り合いの子といった具合に、他の地域から参加している子も多いようで、どの子がどういう縁でその祭りに参加しているのかはほとんど分かりませんでした。

 でも、あまり気に話しませんでしたね。年齢が近いこともありますし……ほら、子どもってそういうところがあるでしょう?」


 同意を求められ、僕は「確かにそうですね」と相槌を打った。


「子どもって相手の出自や経歴なんて気にしませんし、言われてみると僕も子どもの時の方が誰とでもすぐ打ち解けられていたような気がします」


 サヤカさんは笑顔で頷き、話の続きを口にする。


「お祭りの内容はいたってシンプルでした。まず、祖母がお神酒やお供え物の捧げられた祭壇の前に座り、私たち子どもはその後ろに並んで座らされました。ちょうど仏壇のお参りのようなかんじです」


「ああ、はい。分かります」


「祖母はその奇妙な祭壇に向かって、なにか祝詞(のりと)のようなものを唱えました。私たち子どもはその後ろで手を合わせ、じっとそれを聞いていました。屋敷の中に微かに線香の香りが漂っていたことを覚えています。

 それが終わると、今度はとなりの部屋に連れて行かれました。そこには大きな座卓がいくつも並べられていて、テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいました。見たこともないほどのご馳走です。そのご馳走を女の子たちだけで食べるのです。

 あとから聞いた話なのですが、そのお祭りは少女たちが健やかに育つよう、その地方の氏神様に祈りを捧げる行事だとのことでした。私たちの時代にはかなり簡略化されていましたが、昔は三日ほどを費やす大きな行事だったそうです。

 祭りで振舞われる料理も私たちの時は唐揚げやエビフライなどもありましたけど、昔はその地方の伝統料理が主だったそうで、その伝統料理の数々にもそれぞれ長寿を願ってとか、良き縁に巡り合えるようにとか、さまざまな意味が込められていたそうです」


「おせち料理みたいな感じですね。たとえば数の子は子孫繁栄を、紅白なますは平和や平安を願って食べるものだそうですし、きんとんは金運を運ぶ縁起物とされていると聞きました」


 何気なく口にすると、サヤカさんは目を丸くした。


「お若いのに、よくご存じですね」


「いえ……祖母がよくそういう話をしてくれていたんです」


 そう答えつつ、僕は内心でしまったと後悔した。言われてみると、普通の高校生はおせち料理の意味などいちいち知らない。語り手の話の腰を折らないためにも、過度にでしゃばるべきではない。


 もっとも、サヤカさんは特に気分を害した様子はなかった。


「ちなみに男子の成長を祈願する行事もあるそうです。ただ、内容は女の子のお祭りと違ってかなり勇壮なのだとか。男子の行事には男の子しか参加できない決まりなので、詳しくは分かりませんでしたけど」


 そして再びお茶を口に運んでから、サヤカさんは改めて口を開く。


「……話が少し脱線してしまいましたね。ことが起こったのは、そのお祭りの後なんです。

 ご馳走を食べてから、私たち子どもは広い座敷でめいめい遊んだり喋ったりしていました。大人の姿はほとんどありませんでした。おそらく行事の後片付けをしていたのだと思います。

 私は姉のミカと、従姉妹のユリナちゃんやマツリちゃんの四人で、祖母の家にあった古いオセロゲームに興じていました。そのうち、他の女の子たちも一緒に遊びたいと参加し始め、座敷は瞬く間にオセロゲーム大会会場になってしまいました。

 そうしてオセロで盛り上がる中、一人の女の子が私たち四人に話しかけてきたんです。その子は真っ赤な着物を着ていました。梅や桜、毬といった柄が入った着物で、とても鮮やかで……でも私は、その子に少し違和感を抱いたんです」


「違和感……どうしてですか?」


「いま思うと、その子の着ていた着物はとても古かったんです。髪飾りも……美しいけれどデザインが古いというか、まるで時代劇に出てくるみたいな髪形や格好で。でも当時はそんなこと分かりません。何か変だなとは思ったものの、その女の子も地元の子の一人だろうと考え、彼女に名を尋ねました。赤い着物の女の子は私たちに『キヨ』と名乗りました」


 『キヨ』……その名を口にした瞬間、それまで明るかったサヤカさんの瞳が翳ったのが分かった。どうやら今までの話は前置きで、これからがいよいよ本題であるらしい。


 僕はサヤカさんの話にじっと耳を傾ける。


 サヤカさんは伏せがちな目をして怪談を語り続けるのだった。


 

※※※



 キヨちゃんは私たち同年代の女の子から見ても、どきりとするほどきれいな子でした。


 美しく立派な着物を着て、肌にはうっすらと白粉(おしろい)を塗り、唇には薄く(べに)も引いていました。お祭りでは他にも着物を着た子はたくさんいましたけど、そんな恰好をしていたのはキヨちゃんだけでした。髪も真っ黒でさらさらで、日本人形がそのまま動いているみたいな感じの子でしたね。


 キヨちゃんはその真っ黒な瞳を私たち四人に順繰りに向けてからこう言いました。


「……ねえ、あなたたちも〈むすめこ祝い〉に出たんでしょう?」


 〈むすめこ祝い〉というのは、私たちが参加した、例の祖母の地域に伝わるお祭りのことです。


「そうだよ」


「ご馳走、おいしかったね」


 従姉妹のマツリちゃんやユリナちゃんが無邪気にそう答えると、キヨちゃんはさらに探るような目つきで尋ねます。


「〈むすめこ祝い〉に出たのなら、あなた達は将来、奥野津(おくのづ)にある村々のどこかに嫁ぐのでしょう?」


 私たちは目を瞬きました。奥野津(おくのづ)という言葉に聞き覚えが無かったからです。


 それに、何の脈絡で嫁ぐなんて言葉が出てきたのかも、さっぱり理解ができませんでした。


「嫁ぐって……お嫁さんになるということ?」


「そりゃ、いつか結婚する日は来るかもしれないけど、今はまだ分かんないよ。……ねえ?」


 姉のミカやユリナちゃんの言葉に、私やマツリちゃんも大きく頷きました。


 すると、キヨちゃんはどこか小馬鹿にするというか、揶揄(からか)うような口調で私たちに言いました。


「あら、知らないの? 〈むすめこ祝い〉はもともと、この奥野津(おくのづ)にあるいずこかの村へ嫁ぐことを氏神様に誓うお祭りなのよ。だから女の子しか参加できないの」


 そんな話は初耳でした。祖母はもちろん、私の両親や伯父夫婦もそんなことは一言も口にしなかった。


 姉のミカが真っ先にそれに反論します。


「何それ……おばあちゃんは女の子が無事に成長するようにって祈願するお祭りだと言ってたよ」


 それに従姉のユリナちゃんも続きました。


「そうよ。そもそもあたしたち、まだ小学生なんだし、男の子と付き合ったこともないのに結婚の話をするなんてヘンだよ」


 けれど、キヨちゃんはすました顔で、こう言い返したのです。


「でも、私の言ったことは本当よ。あなたたちのおばあさんが嘘をついているんじゃない?」


 私たち四人は顔を見合わせました。


 祖母は当時でも珍しいほど信心深く、伝統行事や古くからのしきたりをきっちり守るタイプの人でした。私たち子どもが悪さをすると、よく妖怪がやってくるぞと言って脅かされたものです。


 けれど、これまで嘘をついたことは無かった。だからキヨちゃんの言ったことが信じられなかったんです。


 するとキヨちゃんは私たちの方に身を乗り出して言いました。


「ねえ、あなた達に秘密の話を教えてあげる。大人たちは絶対に教えてくれない、内緒の話よ」


 祖母のことを悪く言うキヨちゃんの話を聞くのは抵抗がありましたが、好奇心には逆らえませんでした。幼かった私たちは、『秘密』とか『内緒の話』といった単語に、いとも簡単に釣られてしまったんですね。


 キヨちゃんも私たちのそんな心境を見透かしていたのでしょう。密やかな声で私たちに囁きました。


「知ってる? この家の裏に山があるでしょう。その山道をずっと登っていくと、トンネルがあるのよ」


 もちろん知っていました。祖母の家は山のふもとにあり、屋敷の裏手に面している小道を山の方に登っていくと、トンネル……といっても最近できたものではなく、大昔に造られた手掘りの隧道(ずいどう)があるそうなんです。


 でも以前、その隧道の奥で土砂崩れが起きたことがあり、危ないから絶対に近づいてはいけないと厳しく言われていました。ですから私たちは四人とも、一度もその山道を登ったことはありません。


 けれどキヨちゃんは、その山道を登ってトンネルの前まで行ってみようと言うのです。


「トンネルの向こうにはね、小さいけれどとっても美しい里があるの。日美谷(ひみや)という名の里よ。里のあちこちには色とりどりの花が咲いていて、それはもうかぐわしい香りを漂わせているの。まるで桃源郷のような麗しさよ。

 里の人たちもとても優しいわ。陽気でおおらかな人たちで、毎日、歌ったり踊ったりしているの。いつも笑顔の絶えない明るい村よ。外から人が訪ねてくると、みなで温かく出迎えてくれて、ご馳走を振舞ってくれるの。

 みな、あなた達が来るのを待っているわ。だから一緒に行きましょうよ」


 それを聞き、私たちは何か妙だと不審に思いました。何故なら、私たちは何度も祖母の家に通っていましたが、それまで誰かがその山道を使っているところを一度も見たことが無かったからです。


 山道は普段から薄暗く、あまり手入れをされている様子もありませんでした。それもあってか人は全く寄り付かず、車やトラックが通っているところも一度も見たことがありません。


 本当に山道の奥にあるトンネルの向こうに日美谷(ひみや)という里があるのなら、祖母の家があった村とも交流があったはずですが、そんな話は全く聞いたことがありませんでしたしね。




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