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第十五話 【バイト怪談】就職氷河期協奏曲②

 僕はヤマダさんの言葉に何も答えることができなかった。


 自分が同じ目にあったらと考えると、軽々しく何か言えるわけがなかった。


 いま僕が高校で一生懸命勉強したり大学進学を目指したりしていることが、将来は何の役にも立たなくなるとしたら、やりきれない気持ちになると思う。


 けれど、現にそういった体験をしたヤマダさんの口調はずっと静かで、激昂したり憤ったりしている様子もない。ただ事実だけを淡々と述べているという風だった。


 そこから発せられる空気に逆に圧倒されてしまい、余計に何と言っていいのか分からない。


 すると、ヤマダさんもすぐにそれに気づき、慌てて言った。


「ああ、ごめんなさい。こんな話をされても、今の若い人は困りますよね。脅かすつもりは無かったんです。でも、これからお話しする内容には欠かせないことなので」


 それからヤマダさんは自らの体験を語り続ける。


※※※


 ――先ほどもお話しした通り、僕が大学を卒業したころは未曽有の不景気で就職口もなかったのですが、それでもどうにかして金の工面をしなければなりませんでした。


 何故なら、奨学金の返済が迫っていたからです。


 当時は奨学金の返済に猶予を設けるような制度もありませんでしたし、返済を滞らせた場合、厳しい督促や保証人への嫌がらせ、財産の差し押さえなども当然のようにありました。


 もちろん借りたものは返すのが当たり前なのですが、就職ができなかったことでその返済計画が滅茶苦茶になってしまったのです。


 おまけに、社会人となれば税金や年金も払わなければなりません。そこで僕はフリーターになり、アルバイトをしながらそこで稼いだ金を生活費や税金の支払い、そして奨学金の返済にあてることにしました。


 ですが、あまりにも不景気でバイトの募集ですら争奪戦です。仕事内容や給料の良し悪しなど選んでいられるような余裕はどこにもありません。


 やれる仕事は何でもやりました。


 スーパーやコンビニ、ドラッグストア、書店などのアルバイトにファミレスやレストラン、カフェ、居酒屋といった飲食店のバイト。カラオケやゲームセンターの店員をやったこともありますし、工場や倉庫での作業も経験があります。


 アルバイトの求人が出ているのを見たらすぐに応募するのですが、それでも半分以上は落とされていましたね。また、給料面も必ずしも良いとは限らないので、常にそういった仕事をいくつも掛け持ちしなければなりません。


 そのため、とにかく毎日、目が回るほど忙しく、夜勤が入ることもあるので睡眠時間も不規則でした。ご飯すら食べられない日も珍しくなかった。


 いま思い出しても、若かったからこそあんなハードなスケジュールを乗り越えていけたんだと思います。


 そういったアルバイトの中には工事現場での交通誘導の仕事もありました。旗や赤い誘導灯を振ってトラックなどの車両に進行の合図を出す仕事ですね。


 僕は土木建築に関しては何の資格も持っていなかったのですが、交通誘導なら資格のないアルバイトでも従事することが可能なのだそうです。


 正直、バイトを始める前は旗や誘導灯を振るだけの簡単な仕事と思っていたのですが、実際はそれ以上に大変でしたね。旗や誘導灯の使い方を覚えなければなりませんし、立ち位置や合図の出し方にも注意が必要です。一つ間違えば事故にもなりかねませんから。


 また、当然のことながら体力もいります。


 ですが、当時の僕は若かったこともあって自分の体力を過信していました。やる気さえあれば大概のことは乗り切れる……根拠もなくそう信じていたんです。


 特に当時は、奨学金という借金の返済のためあらゆる支出を切り詰めていました。中でも最も力を入れていたのが食費の節約です。食費は生活費の中でも最も節約しやすい部分ですからね。カップ麺や菓子パンがあればまだいい方で、もやしだけだったり食事そのものを抜いたり……今考えるととんでもない生活をしていましたよ。


 交通誘導のバイトをしていた時も、他のバイトが立て込んでいたこともあり、食事もそこそこに工事現場に向かうなんてしょっちゅうでした。  


 それが祟ってか、ある時その交通誘導のバイト中に気分が悪くなってしまいましてね。気合で何とか休憩時間まではもったのですが、それ以降はとても続けられそうになかった。多分、軽い栄養失調を起こしていたんだと思います。


 けれど、だからと言って「体調不良なので休ませてください」とは言えません。そんなことを口にすれば、「お前はもう来なくていい、代わりはいくらでもいるんだぞ」と切り捨てられるに決まっています。そうなれば次のバイトを探さなければなりませんが、新しい仕事がすぐに見つかるとも限りません。


 どうしたものかと困り果てていると、同じ交通誘導をしていた先輩のアルバイトが買ったばかりのコンビニのおにぎりをくれました。そしてポツリと僕に言ったんです。


「このバイトはちゃんと飯を食わねえと体がもたないぞ。他の出費は押さえても飯は抜くな」


 ……と。


 その先輩はサクマさんといって、僕の二、三才上の人でした。互いにアルバイトだったので詳しいことは分かりませんが、僕と同じで大学を卒業したものの不景気のあおりを受けて就職できず、とても苦労しているらしいという話を現場作業員の人たちがしているのを聞いたことがあります。


 おそらく、サクマさんも奨学金の返済に四苦八苦していたのでしょう。僕と同じ境遇に置かれていたからこそ、参っている僕を見てすぐにその理由が分かったのだと思います。


 サクマさんから直接聞いたことはありませんので本当のところはどうだったか分かりませんが。何しろ、僕はサクマさんの下の名前さえ知りませんでしたから。


 僕がサクマさんのことをよく知らなかったのは、彼が無口で無愛想だったこともあります。仕事に関してはきちっとしていて手を抜くようなことはありませんでしたが、とても気難しい空気を漂わせており、笑ったところなど見たことがありません。口調も素っ気なく、年下の僕がとても気軽に声をかけられる感じではありませんでした。


 いま思い返すと、サクマさんは僕より早く社会に出てフリーターになったことで、いろいろな思いをしてきたのだろうと思います。


 アルバイトの仕事に就くのすら苦労する有様で借金の返済と日々の生活に追われ、とても将来のことを思い描く余裕などない。


 最初は頑張ろう、いつかきっと報われる日が来ると信じていても、バイト先で「これだから氷河期は無能なんだ」とか、「お前らなんか永久に就職できるわけがない」と罵倒され続けると、そういったほんのささやかな希望さえも打ち砕かれてしまう。


 そうして少しずつ社会や自分自身に絶望するようになったのかもしれません。


 とにかくサクマさんは他人を寄せ付けない人でした。バイト先の事業所でも親しい人はほとんどいなかったと思います。


 ところが、サクマさんは僕に対してはいろいろとアドバイスをしてくれました。


「そこに立っていたら、旗がトラックのドライバーに見えづらくて危ないから、もう少し横に移動した方がいい」


 とか、


「誘導灯はもっと大きく、ゆっくり降った方がいい。その方が相手によく伝わる」


 といった具合に、です。


 決して親しい間柄ではなかったので当時は不思議に思っていたのですが、いまならその理由が何となく分かります。


 サクマさんは僕のことを放っておけなかったんだと思います。置かれた境遇はほぼ同じ、社会に出たばかりで右往左往している僕を見て、あまりにも危なっかしくて無視しきれなかったのではないでしょうか。


 サクマさんはとてもぶっきらぼうだったけど、その実、とても優しい人だったのだと思います。


 誰もが自分が生き延びるので精一杯の時代、よく考えてみると親元を離れ、忙しさのあまり大学の同期や友人とも疎遠になっていた僕を気遣ってくれたのはサクマさんだけでした。


 当時はとにかくバイトをこなすのに無我夢中で、それがどれだけ有難いことか、全く分かっていなかった。自分のことに手一杯で、いつアルバイトの職を失い人生を転げ落ちていってもおかしくはない。もちろん、周りのことに意識を向ける余裕などこれっぽっちもありませんでした。


 誰かが僕のことを気にかけてくれている……あの時代、それだけで本当に幸運なことだったのに。ギリギリまで追い詰められると人間ってとにかく目の前のタスクを片付けることにいっぱいいっぱいになってしまって、他人の優しさや気遣いに対してまで鈍感になっていってしまうのかもしれません。


 いまになって振り返ると、あの頃は本当に一歩間違えればいつ死んでもおかしくなかった。


 それほど、肉体的にも精神的にも追い詰められ、そして疲弊していました。


 実際、そういった常軌を逸する忙しさと低賃金、過酷労働、そして何より将来の展望の持てなさに心を病んだり命を絶ってしまったものも多いと聞きます。


 僕はただ若くて体力に恵まれており、とにもかくにもがむしゃらに奨学金を返済することだけを考えていたので、たまたま自ら死ぬということはありませんでした。幸か不幸か、あまりにも忙しすぎて悲観的な想像をする余力すら無かったからです。


 ですが……そのせいで人の優しさに気づくこともできなかった。今ではとても後悔しています。


 あの時、もっとサクマさんと話しておけばよかった。サクマさんさんは確かにとっつきにくい雰囲気の持ち主でしたが、それでも僕にいろいろと良くしてくれたのだから、怖がらずに話しかけてみれば良かった。


 そうすれば、もしかしたら何かが変わったかもしれないのに……! 


 そう、僕たちはいつ死んでもおかしくなかった。ただ、僕自身は偶然、その立場になることが無かったというだけです。僕がこうして今も生きているのは、本当にただただ運が良かったというだけなのかもしれません。


 ……ああいや、また話が脱線してしまいました。昔のことを思い出すと、つい熱くなってしまって申し訳ない。話を元に戻しましょう。


 例の工事現場での交通誘導のアルバイトですが、少しずつ慣れてきたこと、何よりバイト料が良いこともあって他のバイトに比べても長く続けていました。


 ところがある日、突然、夜間の仕事が入ってきたんです。しかも深夜遅くに。


 これまでの工事現場のバイトは昼間が多く、夜間でも夜の十時を越えることは無かったので、ずいぶん急なことでした。


 というのも、その前日に大雨が降り、交通量の多い幹線道路で土砂崩れが起きたんですね。かなり大規模な災害で、山から道路の上に土砂が雪崩れ込んで完全に行く手を塞いでしまったのですが、多くの人々がその幹線道路を使うので、一刻も早く元に修復しなければなりませんでした。


 幸い、災害現場はちょうど町と町の間に横たわる山間部で、周囲に民家などが無く騒音規制に引っかかる恐れもなかったので、復旧工事が決行されたようです。


 とにかく人手が必要で、バイトの僕も駆り出されることになりました。


 急いでバイト先の事業所に向かうと、急に舞い込んできた仕事の対応に追われてか、いつもよりずっと慌ただしい雰囲気でした。


 僕の他にも顔見知りのアルバイトが何人かいましたが、その中にサクマさんの姿は無かった。


 その時、少し気になったんです。てっきりサクマさんも来ているものと思ったので。


 いわゆる夜勤手当は日勤よりも賃金が高くなるため、仕事は大変ですがバイトにとっては旨味も多いんです。そうでなくともサクマさんは真面目だったから、バイトを休むことはほとんど無かったですしね。


 ただ、それをしっかり確かめる間もなく、僕たちは他の作業員たちとともに現場へ向かうことになりました。僕の仕事はいつも通り交通誘導です。土砂を運び出すトラックが多く行き来しますし、深夜でも一般の車両が通らないとも限らない。


 ですが……あの時のバイトの過酷さは今でも忘れられません。


 数日前から降り続いていた大雨は勢いを弱めてはいたものの、その日の夜もしとしとと降り続けていました。天候は荒れ模様で思いのほか風が強く、突発的に土砂降りになることもありました。


 視界は容赦なく遮られ、雨具を身につけているとはいえ体温もどんどん奪われていきます。


 おまけに季節は秋から冬への変わり目、それも山中での作業となれば楽に進むわけがありません。


 僕も最初は緊張感をもって交通誘導をしていたのですが、予想以上に体力の消耗が激しく、特に雨風による寒さが身に堪え、辛くてたまりませんでした。吐く息は白く、手足もかじかんできてだんだん感覚がなくなっていきます。


 それに追い打ちをかけたのが睡眠不足でした。


 その頃には僕もかなりフリーター生活に慣れていましたからね。他にも夜勤の経験をしていましたし、いつもであればバイトの時間や内容に合わせて体調を整えることができたんです。


 しかし、その幹線道路の復旧工事のバイトが突然に入ってきたため、そのあたりの調整がうまくいかなかった。僕はその前の日も他の夜勤の仕事を入れており、ほとんど睡眠時間がとれていなかったんです。


 だからと言って、仕事を休むなんて許されない時代ですし、僕は弱音を吐いては駄目だ、土砂を撤去する作業をしている人たちはもっと大変なんだからと自らを鼓舞し、必死で誘導灯を振りました。


 ところが、復旧工事が始まって四時間ほどたった頃でしょうか。


 雨足が再び激しくなったかと思うと瞬く間に土砂降りになり、大量の雨で視界が煙って一歩先も見通せないほどになりました。雨量もあまりにも激しく、復旧工事の作業をする音すら聞こえません。


 滝のような雨が雨具の中にも染み込んできて体温もさらに下がります。歯の根が合わず、ガチガチと音を鳴らすほどでした。


 その頃になると、もう手足の感覚などありません。体全体が鉛のように重くて、目や耳といった感覚器官も麻痺していきます。


 それでも何とか踏ん張って耐えていたのですが、疲れがたまっていたこともあり、とうとう意識が朦朧としてきました。


 その時は意識が混濁しているという自覚は無くて、とにかくすごい眠気に抗えなくて……。


 ここで眠ってはいけない、最後まで与えられた仕事を全うしなければ。


 心ではそう思うものの、だんだん視界が真っ黒になっていくのはどうしても避けられませんでした。体がぐらぐらするので、倒れないようにするのに精一杯だった。


 自覚は無かったけれど……多分、あの時、僕の意識はとんでいたのだと思います。


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