第5話:深紅の指輪に魅入られて
しんと静まる中に音は聞こえなかったけれどクラウスには感じていた、気配を。警戒している、動向を窺っている、怒りの視線、全てを感じ取って数を知る。
(……三、いや四か)
確認できるだけの気配に注意を向けて、手に握る二刀を構えた。
開けた空間が現れて薄暗さに目を凝らした。広くもないかといって狭いとは言えない内部の中心に少女が倒れている。
ブリュンヒルトは声を出そうとして堪える。周囲の様子を見ながらクラウスが空間へと一歩、足を踏み入れた瞬間だ。
しゅんっと空振った音が空気を震わせる。クラウスを狙ったであろうナイフのような武器が目に留まり――跳ね飛ばされた。
クラウスが素早い動きで振りかぶってきたゴブリンを蹴り飛ばしたのだ。
それを合図にするかのようにゴブリンが襲ってきたので、クラウスは薙ぎ払って駆け込む。ブリュンヒルトは防御魔法を展開し、少女のほうへと走った。
ゴブリンの振われた棍棒を避けて、クラウスは短刀で一撃を入れる。飛び散る血に引くことなく、次が向かってきた。
クラウスは相手を挑発する。ゴブリンはその挑発に乗ってか、怒ったように飛び跳ねていた。
ブリュンヒルトが少女のほうを抱きかかえるのが視界の端に見えた。クラウスは入口まで逃がすためにゴブリンたちを引き付ける。
飛び掛かってくるゴブリンを蹴り上げ、切り裂くクラウスは一撃、一撃を確実に与えていく。一匹でも残せば彼らは復讐を、報復をする。油断も、情も、考えてはならない。
入り口のほうまでやってきてブリュンヒルトが少女を降ろしたのが見えた――瞬間、強い衝撃を受けて地面に転がっていった。
ゴブリンがブリュンヒルトの身体を棍棒で殴り飛ばしたのだ。その衝撃で彼女の肩にかけていたカバンから荷物が散らばる。
箱が転がって蓋が開くと指輪が外れ、落ちた。
「防御魔法を展開しろ!」
混乱しているブリュンヒルトにクラウスは声を上げ、彼女を殴ったゴブリンに一刀の短刀を投げる。ざしゅっと音を鳴らし、首に突き刺さった。
ブリュンヒルトは急いで防御魔法を展開させる。淡い光の壁が彼女と少女の周囲を覆った。
短刀を回収しに戻りたいクラウスだが、二体のゴブリンに狙われ思うようにいかない。刃を振るうも、寸でのところで避けられる、その隙だった。
脇から出てきたゴブリンに殴られる。ふらりと足がもつれ、倒れそうになるのをクラウスは地に手をつくことで堪えた。
ふと、手に何か感触がある。指輪だ、そう認識した瞬間――それはぐにゃりと変形した。クラウスの指に巻き付き、再び指輪の形を成す。
突然のことに驚くクラウスを襲うようにゴブリンが飛んできて、深紅の宝石が鈍く光った。
それは炎だ。火が渦巻きゴブリンを飲み込み、悶え苦しむ時間など与えずに灰にしてしまった。何事か、ゴブリンたちが一歩引く。
クラウスは彼らの動きを逃さず、一気に走った。攻撃を受けて傷を負っているゴブリンの腹を狙い、短刀を振りかざす。深くえぐるように斬り、その勢いでもう一体も巻き込む。
一度に二体を倒し、残された一体が逃げ出そうと走り出す。クラウスは短刀を握る手に力を籠めると、指輪の宝石がまた光り出して刃に炎を纏わせた。空を裂く刃に炎が舞い、ゴブリンを焼き切ってしまう。
周囲を見渡すとゴブリンの死体だけが横たわっており、襲ってくる敵はもういなかった。
クラウスはふっと息を吐く。するとふわり、ふわりとゴブリンの死体から黒いオーラが現れる。それはするすると指輪の宝石へと吸収されていった。
クラウスは左の中指に収まっている深紅の宝石の指輪を眺める。
「あぁぁぁっ! カースマジックがっ!」
ブリュンヒルトはあわあわと慌てた様子で叫ぶ。クラウスは視線を彼女に移し、「これがどうした」と近寄ると、彼女は「それは呪いの装備なんですよ!」と指輪を指した。
呪物の箱に入っていた指輪は今まで多くの恨みを、精気を吸っている。それは深紅の魔石に宿り、魔力として変換されて溜め込まれていた。
浄化を施したとはいえ、その性質までは変えることができなかったのだという。
呪いの装備というのは持ち主に何かしらの影響が出る。それは苦痛だったり、不運だったりと様々だ。そういったものは基本的に教会が預かることになっているのだとブリュンヒルトは話した。
「それは見た感じだと、死んだモノの精気を吸い取って力に変換してます。装備者の影響は私ではわかりません……。だから、危険なものなので教会が預かるべきで……」
「言いたいことは分かる。……だが、外れないんだ」
クラウスの言葉にブリュンヒルトははぁっと声を上げた。
クラウスは話を聞きながら指輪を外そうとしていた。けれど、引っ張っても何をしても抜けないのだ。
締め付けられている感覚もなく、指のサイズがきついわけでもない。指で掴めば簡単に外れそうだというのに指輪はそれを拒むように抜けない。
その様子にブリュンヒルトは浄化を試みるのだがそれでも外れる気配はなかった。
「ど、どうしましょう……」
「一先ず、少女を救助しよう」
クラウスの提案にそうだとブリュンヒルトは少女を抱える。彼女は生きてはいるものの、瞳は虚空を見つめている。
クラウスは空間内をしっかりと見て、何もいないことを確認してから少女を抱き上げた。
来た道を戻る最中、分かれ道で冒険者の死体をブリュンヒルトは見つめる。少し先にもあるようでやってきたとされる三人は既に死亡したことを物語っていた。
転がる長剣とロッド、それらに目を向けてからブリュンヒルトは祈るように手を合わせた。
*
洞窟を出て獣道のような道を進めば、村に戻る頃にはもう夜だった。
村長の家の前では二人の修道女と少女の姉がそわそわとした様子で立っている。リジュが顔を上げて、二人を視認した。
「聖女様!」
駆ける彼女にファルと少女の姉が反応して追いかけてくる。クラウスの腕に抱かれた少女の様子に姉は言葉が出ない。
やっとのことで抱きかかえられている妹に声をかけるけれど、反応はなくて涙が溢れた。
村長がやってきて、二人に深く頭を下げる。
「命だけでも助かったことが救いです……有難うございます」
彼女らのことはお任せくださいと村長は少女を抱きかかえ、少女の姉に声をかけて家へと入っていく。
その背を見つめながら、ブリュンヒルトは真っ青な瞳を揺らしているのをクラウスは気づいたけれど、声はかけなかった。




