第32話:これほど酷いパーティリーダーがいただろうか
倒れたカプロスの上から退くとクラウスは短刀を鞘に納める。ふっと息を吐いてブリュンヒルトたちのほうへと駆けた。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫です!」
「ルールエ……」
「狼のお兄ちゃん、怪我!」
ルールエに声をかけようとして彼女の声にかき消された。銀狼の青年の脇腹付近の布が血に染まっている。
カプロスの牙を掴むときに掠ったようで、運が悪いことに軽鎧の隙間だったようだ。
ルールエは銀狼の青年の傍に駆け寄りながらわたわたとしている。怪我をした本人は特に気にしている様子はなかった。
「怪我、手当てしないと!」
「大したことはないから気にするな」
「気にするからっ! あたしのせいだもん!」
自分を守ってくれたかどうかは分からないが、彼の行動のおかげでルールエは怪我を負わずに済んだのだ。
ルールエは「ごめんなさい」と謝りながら銀狼の青年の怪我を確認している。
「私が傷を癒しますよ!」
様子を見ていたブリュンヒルトが前に出て銀狼の青年の傷を癒すために詠唱をする。傷口がふさがり痛みが少し落ち着いたことに青年は驚いたように目を瞬かせた。
「まだ痛むと思いますが休めば大丈夫だと思います」
「……そうか」
「仲間を守ってくれて助かった、感謝する」
クラウスが銀狼の男に礼を言えば、「別に礼は要らない」と返された。何も気にしていないように鞭のような剣を腰に巻き直している。
「くっそ、先に倒された!」
軽鎧の男が悔しそうに声を上げる。男を見れば睨んできたのでクラウスは眉を寄せた。軽鎧の男は「おれらが先に見つけたんだ」と文句を言い始める。
「お前たちは馬鹿なのか!」
これにはフィリベルトが黙っていなかった。軽鎧の男に怒鳴ると前に出て言った、お前たちはあのままやられていたぞと。
「周囲を見ず、無策に飛び込んで何になる! カプロスが火に耐性があることも知らず、動きに翻弄されて。ましてや、他の冒険者の邪魔になる行動をしてだ。カプロスを中途半端に攻撃して怒らせるだけでなく、集落のほうにまで下ろして被害が出たらどうするつもりだったんだ!」
フィリベルトの言葉に軽鎧の男はむっとし、後ろにいた三人の冒険者は顔を見合わせる。銀狼の青年は「その通りだな」とフィリベルトに同意した。
「その男の言う通りだ。お前のような人間にカプロス討伐など無理だとオレは言った」
「はぁっ! 元はと言えばお前が逃がしたんだろ!」
「何が逃がしただ。盾になれとなど言われてその指示に従うとでも思ったか?」
カプロスの動きを止めるために盾になれなど意味が分からないと銀狼の青年は言う。
それにはクラウスもフィリベルトもはぁと声を出した。仲間を負傷させるような指示を出したというのかと驚いたふうに。
軽鎧の男は「お前は頑丈だろう」と言い返しているが、そういう問題ではないとクラウスは突っ込みたかった。
「お前はオレをなんだと思っている。いくら雪狼の獣人、スノーウェル族の身体が頑丈とはいえ怪我をしないわけではないのだぞ」
今だって怪我をしたのだと銀狼の青年が言えば、「あの突進を受け止められるんだからできただろ」と返していた。
なんと自分勝手な男だろうかとクラウスは思う、それはフィリベルトたちもだった。
アロイは冷めた眼差しを向け、ブリュンヒルトは信じられないといったふうに目を開いている。フィリベルトは「人の命をなんだと思っているんだ」と口にしていた。
「お前が悪いんだよ!」
「本気で言っているのか、お前は!」
「フィリベルト、落ち着け」
軽鎧の男のあまりにも酷い考えと発言にフィリベルトがまた怒鳴る。
前に出る彼をクラウスが止めるが「自分がどれほど自己中心的なことを言っているのか分かっているのか!」と声を上げていた。
「なんだよ、おっさんには関係ないだろうが! こっちのパーティの問題なんだよ! 手柄横取りしやがって!」
「あの状態では倒すほかなかっただけで……」
「うるせぇ、長髪! ほんっとに足手纏いなことしやがって、ベスティアならやれんだろうが!」
「お前……」
「狼のお兄ちゃんは悪くないでしょ!」
暴言を吐く軽鎧の男にルールエが大声を出す。銀狼の青年の前に出ると怒ったようにきっと眉を上げて睨みつけていた。
「ベスティアでも得意不得意あるんだよ! だいたい、限度っていうのがあるの! 生きてることには人間と何も変わらない! お兄ちゃんはあんたの道具じゃないの! 仲間をなんだと思ってるの! 誰かのせいにして責任逃れしたいだけでしょ、あんた!」
ずんずんと前に出て軽鎧の男を指さしながらルールエは説教をする。
パーティのリーダーが仲間を大切にしないのはおかしい、自分勝手な行動しかしていないじゃないか、戦い方も仲間と連携を取っていない。
何もかも自己中心的だとルールエははっきりと口にした。
「初心者のあたしでもダメダメだって分かるわよ! 一人ならわかるけど、仲間がいるんだよ! 仲間が死んじゃったらどうするつもりだったの!」
「それは……」
「ほら、何も考えてないじゃない! 今まで自分がしてきたこと思い出してみたら? あたしら邪魔してないよ! フィリベルトおじさんはあんたの仲間を守ってた! クラウスお兄ちゃんはカプロスを倒そうしていただけよ! アロイお兄ちゃんだって援護してたもん!」
あんたは何していたのよとルールエに言われて軽鎧の男は黙った。
自分の動きが少なからず相手の邪魔をしていたと気づいたようだ。それでも謝罪の言葉は口にせずにじっと睨んでくる。
そんな睨みなどルールエには効かない、何か反論でもあるのかと言うように睨み返していた。
「狼のお兄ちゃんを責めるのはお門違いだよ!」
「うるせぇ! そいつの動きだって悪かったんだよ!」
「そうだろうか」
軽鎧の男の発言にクラウスが割って入る。クラウスたちがいるのを把握したように剣を振るい、ルールエを守るだけでなく動きを止めているので銀狼の青年の動きは悪くなかった。
むしろ、あの状態で判断できるのは能力があってのことだとクラウスは言う。
「俺はそう思うが……」
「そうだな、動きを止めるならあのタイミングだと判断したのは凄いことだと私も思う」
フィリベルトが「少なくとも自己中心的な動きをしていたお前よりはよい判断だ」と言えば、軽鎧の男は小さく舌打ちをした。
「何も言い返せんな」
「うるせぇ! お前なんてそこの小栗鼠と仲良くしてればいい!」
軽鎧の男はそう言い放つと大股で歩いていってしまった。他の三人の冒険者は慌てて彼を追いかけていく。残された銀狼の青年はまたかといったふうに溜息を吐いた。
「あー、狼のお兄ちゃんごめんなさい」
「別に気にしていない」
「でも、あたしのせいじゃないかな……」
相手を怒らせてしまったなとルールエは小さな獣耳を垂らす。けれど、どうしても我慢できなかったのだ。銀狼の青年は悪くないと言ってやらないと、そう思って。
銀狼の青年は屈んでルールエと視線を合わせた。
「何も悪くないだろうが」
「そうかな……でも、お兄ちゃん大丈夫?」
パーティのリーダーだろう男に酷い言われようだったのだから気にしているのではないかと、ルールエはよしよしと銀狼の青年の頭を撫でた。途端に銀狼の青年は固まってしまう。
「あー、えっと、このカプロスどうするよ」
固まる銀狼の青年を他所に話しを戻そうとアロイが言う。倒れているカプロスの死体にクラウスはそうだったと思い出した。
「依頼を受けただろうパーティはいなくなったしな……」
「あの様子だと手柄持っていきそうじゃね?」
あの自己中心的な態度はそうするかもしれないとアロイに言われて、なるほどとクラウスは頷く。
倒したの自分たちではあるが、依頼を受けたのはあの軽鎧の男たちだ。依頼完遂の報告をするのは彼らだろう。
「なら、素材を貰うぐらいはやっていいのでは?」
「クラウスの兄さん、オレと同じ考え~」
このまま残しておくのも勿体ないだけだとアロイは分厚いナイフを取り出してカプロスの解体を始めた。もともとやる気だったろうというフィリベルトの突っ込みに笑みを返す。
「あ! 毛皮ちょうだい!」
「はいはい」
ルールエが「ぬいぐるみ作るから!」とアロイのほうへと駆けていく。残された銀狼の青年はその背を眺めていた。




