第20話:彼との交渉
ひんやりとした風が吹き抜ける。暗い空には雲に隠れる月が一つ、星はちらちらとしか見えない天気の悪い中、屋敷の前にクラウスたちは立っていた。
フィリベルトもいるが、彼は一言も話さない。黙って大楯を構えているだけで振り返ることすらしなかった。
彼の態度にアロイが「ひでぇ」と愚痴るが、クラウスは仕方ないことだと宥める。何度も雇われた冒険者が逃げているのを見ているのだから、期待するだけ無駄だという態度になってしまうのも分からなくもない。
自分たちがいることを拒絶しないのでまだいいほうだろう。邪魔だと言われないのだから幾分かは許されているということだ。
これで対話ができればいいのだがと、クラウスはフィリベルトの様子を窺うが表情が見えないので何とも言えない。
(対話できないことにはな……)
クラウスはもし自分の考えが正しかった時のことを思うと対話ができないのは痛手だ。声をかけるタイミングを窺っているとぶわりと強い風が吹き抜けた。
その風と共に周囲の空気が冷えていく。肌を突く冷気を感じてクラウスは腰にかけた二刀の短刀に手をかけた。アロイも異変に気づいたのか、ブリュンヒルトの肩を叩いてクロスボウを構える。
かしゃん、かしゃん。鉄の擦れる音が響く。ふわり、ふわりと紫の人魂が宙を舞う。暗がりからやってきたのは馬に乗った騎士だった。
黒く薄汚れた鎧は月明りに鈍く光り、吹き抜ける風にマントがたなびく。男のような体格だがその首から上は無く、馬もまた首は無いのだが鳴く声は響いていた。
首の無い騎士の周囲にはゴーストたちがふらふらと漂っている。それらはけらけらと笑っているようで不気味だ。
「あ、あれって……」
「デュラハンだ」
ブリュンヒルトの問いにクラウスは答えた。デュラハン、それはクラウスの思い当たった魔物だった。
「彼女に近づけさせるわけにはいかない」
フィリベルトが前に出たのと同じくデュラハンも動いた。腰にかけていた剣を抜き、馬を走らせてくる。フィリベルトはその剣を大楯でいなしながらその盾で馬を殴った。
強い衝撃に馬が押されて声高く鳴く。フィリベルトから距離を取ったデュラハンは動きを窺っているように見えた。
「デュラハンってことはクラウスさんの考えがあっていれば……」
「今のままでは絶対に勝てない」
クラウスの言葉にブリュンヒルトが「なら、急いで……」と返そうとする言葉を遮るようにゴーストたちが襲ってきた。
素早く避けたクラウスは「ヒルデ、光を!」と指示を出す。ブリュンヒルトはロッドを構えると詠唱を開始した。
紫の魔法石が詠唱とと共に淡く光っていく、その眩しさにゴーストたちは悶え苦しむ。
クラウスがフィリベルトのほうを見れば、彼は一人でデュラハンに立ち向かっていた。デュラハンの剣を大楯で受け止め、自身の抜いた剣を向ける。大楯と剣の両方を使いこなせている姿に熟練の腕を感じた。
けれど、攻撃が相手に届いていない。かすりはすれど傷を、打撃を与えられているようには見えなかった。フィリベルトの攻撃を弾き、デュラハンは剣を振り上げる。
すかさず大楯を構えるフィリベルトだが、デュラハンの攻撃よりも先に馬の突き上げが入った。瞬間、態勢を崩すフィリベルトにデュラハンの剣が向かう――その刃を短刀が受けた。
音もなく駆け飛んだクラウスがデュラハンとの間に入り、フィリベルトに向けられた剣を受け止めたのだ。
その素早い行動にフィリベルトは驚いたように目を開く、それはデュラハンもだったようで飛び退くように馬を後退させた。
「フィリベルト、一旦退く!」
「何を言っている! このままでは間に合わなくなる!」
「分かっている! だから一旦、退くんだ!」
クラウスの大声にフィリベルトは黙った。何を伝えたいのかその鋭い眼だけで読み取れるほどの表情をしていたから。
「ヒルデ、今だ!」
「聖なる光を、此処に!」
クラウスの合図にブリュンヒルトが声を上げると周囲を眩い光が包んだ。その眩しさにゴーストたちは消え、デュラハンは悶え苦しみながら屋敷を離れていく。
今だとクラウスはフィリベルトの手を引いて駆けだした。アロイが屋敷の扉を開けて待っていたのでそこに飛び込んだ。
鍵の閉められた扉にもたれかかるブリュンヒルトにクラウスが「よくやった」と褒めれば、彼女は嬉しそうに頬を掻いた。
「フィリベルト、俺の話を聞いてくれないか」
「……お前は知っているのだな、あれがなんなのか」
「あぁ」
クラウスの返事にフィリベルトは小さく息を吐いて大楯を持つと向き直った。これが彼なりの話を聞いてくれるという意思表示なのだろうと、クラウスは「あれはデュラハンだ」と話す。
デュラハンは中級魔物に分類される亡霊の一種だ。ただ、ゴーストのように祓うことはできず倒すほかない。
けれど、通常の攻撃は効かないため討伐するのが非常に難しい魔物に分類される。
「滅多に姿を現すことはない。が、デュラハンに狙われた人間は死ぬ」
デュラハンはふらりと現れては人間を一人、選ぶ。それは大抵が命短い人間で、選ばれれば死が待っており、逃れるにはデュラハンを倒すほかない。
「そうだ、その通りだ」
「倒すには聖職者の力が必要だ。聖職者から聖なる光を武器に宿してもらわなければならない」
聖職者の中でも力の強いものだけが聖なる光を武器に付与することができる。その武器でなければデュラハンに攻撃は通らない。
「聖職者の力がなければ倒せない」
「そんなもの知っている! だが、要請を断られたんだ!」
フィリベルトは言う、要請したさと。王都クリーラに助けを求めたが重要ではないと判断されたのだと。
悔しそうに拳を握る様子にブリュンヒルトは「きっと教主様まで届いてはいなかったんだと思います」と言った。
「教主様の耳にまで伝わっていれば、何とかなったかもしれない……」
「どうしてそう言える? 断ったのはその教主様かもしれないだろう」
「教主様はそんなことしません!」
ブリュンヒルトの大声にフィリベルトが言い返そうとするのをクラウスは制止する。
「フィリベルト。俺の話を聞いてくれ」
「なんだというんだ」
「彼女は聖女だ。クリーラから修行に出ている身だが」
聖女。その言葉にフィリベルトは次を繋ぐ言葉を飲み込んだ。彼女がと言いたげに見つめる視線が、ブリュンヒルトの持つ紫の魔法石が施されたロッドに映る。
「戦い慣れているお前なら分かるだろう。あのロッドがただの物ではないことぐらい」
「……さっきの光はそういうことか」
フィリベルトは納得したようにクラウスに目を向けて「どこまで行動を読んでいた」と問うた。
デュラハンであることを予測していたように立ちまわっていただろうと言われて、クラウスは頷く。
夜までの間にクラウスは自分の考えをアロイとブリュンヒルトに話していた。デュラハンのこと、その対処法を。
もし、考え通りにデュラハンが現れたのならばブリュンヒルトの聖なる光で一旦、引いてフィリベルトと話すことを決めていた。
「お前はこうなるまでは俺たちと会話をしてくれないと思った。実際、声をかける隙など見せてくれなかったからな」
「……なるほど」
クラウスの話に納得がいったようでフィリベルトは「どうしたいんだ」と話を促す。
「聖女であるブリュンヒルトならば聖なる光を武器に付与することができる。周囲の邪魔なゴーストも彼女が浄化できるから問題はない。デュラハンのみを狙うことができるはずだ」
「……後衛は聖女とそこの青年、前衛を私とお前か」
「話が早くて助かる」
フィリベルトはクラウスの言いたいことを汲み取ったようで、顎に手を当てて考える素振りをみせた。
クラウスは「これは一人でできることではない」と言った。いくら戦い慣れた人間であろうと中級魔物を一人で相手をするには分が悪く、そこにゴーストまで邪魔してくるのだ。
「俺たちを信じろとは言わないが、協力はしてくれ」
フィリベルトはクラウスの真剣な眼差しに目を細める。
「……わかった」
協力するほうが勝機があると判断したようでフィリベルトは頷いてくれた。それにアロイが「そうと決まれば話は早い」とブリュンヒルトの肩を掴んだ。
「やるなら早いほうがいいぜ。そうだろ、ヒルデの嬢ちゃん」
「さっきの光の効果は効いて一時間ぐらいです。まだ夜なのでまた来る可能性が……」
完全に追い払えた自信はないのだとブリュンヒルトは話す。夜は深まってきたばかりで光の効果が消えれば、またデュラハンがやってくる可能性がある。
クラウスはフィリベルトに「盾と剣を準備してくれ」と指示を出す。言われた通りに大楯と剣を向ければ、ブリュンヒルトはロッドを構えた。
「月女神の加護を――」
詠唱に乗ってはらはらと光が大楯と剣に舞い落ち、ぱっと弾けた。光を纏う大楯と剣にフィリベルトは少しだけ目を開く。
ブリュンヒルトが本当に聖女であるのを実感したようだった。
「これで付与は終わりです。ただ、それほど長くは持たないので……。あとはラファさんのお部屋に再度、結界を張れば大丈夫だと思います」
ラファの部屋に簡易的ではあるが結界を張っていたのだが、先のデュラハンの登場で覇気にやられていないか確認したほうがいいだろうということのようだ。
フィリベルトは暫く大楯と剣を見つめていたが、「ラファを頼む」と言って扉に手をかける。
「ちょっと、おっさん」
「外で見張っているだけだ」
アロイに止められて「一人ではいかないさ」とフィリベルトは返して屋敷を出た。その態度が気にいらないのか「なんなの、あのおっさん」とアロイは愚痴る。
「今はその言葉を信じてラファの部屋の結界を見に行こう」
「まー、窓から外見えるしなー」
勝手な事したらすぐに分かるかとアロイは呟いてブリュンヒルトの背を叩く。
「さっさと行っておっさんが勝手なことしないように見張っておこうぜ」
「そうですね! 急ぎましょう!」
ブリュンヒルトが階段へと駆けていくその後をクラウスたちも着いていった。




