第2話:聖女と出会う
鬱蒼と生い茂る木々の中で獣たちの鳴き声が響く。陽が出ているというのにどこか薄暗い森は落ち着いていた。
ラスプの町から離れた先、ファウルの森は魔物や動物たちが住まう土地だ。馬車の通る道から少し外れれば、彼らの領地に入る。
道から随分と逸れた森深い場所にクラウスは立っていた――その足元には魔物の死体が転がっている。
猪に似た、ボアーと呼ばれる魔物が数体、血に塗れて倒れていた。息はなく、死んでいるのだというのは見て取れる。
クラウスは黒地に金の刺繡が施されたロングコートが汚れるのも気にせず、ボアーの長い牙を剥ぐ。ボアーの牙は素材として優秀だ。
武器にも薬にもなるので、ギルドの素材集めではよく募集がかかる。小銭稼ぎには丁度い依頼だ。
手にした素材を採取するとナイフを仕舞い、牙の数を確認してそれを袋に入れる。彼らを狩るために使用した二刀の短刀が腰に掛けられた。
ある程度のボアーの牙を採取し終えたクラウスはファウルの森を抜けようと来た道を戻り始める。
足音を、全ての音を立てず、呼吸すらも感じさせず、静かに気配を消す。傍に居た小動物すら、姿を認識できないほどに。
気配を消すのは得意だ。育ての親であり、師でもある父と呼ぶには少し年をとっていた彼から叩き込まれた。
『お前には才能がある』
それが父の言葉だった。幼い頃は分からなかったけれど、今ではこの気配の消し方でわかった。自分は冒険者などではなく――
バサバサと鳥たちが一斉に飛び立った。叫ぶような声がクラウスの耳に入る。近くで誰かが言い争うような、そんな声がする。
クラウスはすっと姿勢を低して飛び、木々を静かに飛び駆けていった。
「や、やめてくださいっ!」
声をするほうへと向かえばそこには数人の男が馬車を囲んでいた。馬車の前には手綱を引いていただろう男と、二人の女性、彼らの前に聖職者風の服に身を包む少女が守るように立っている。
肩よりも少し長めの白髪が目立つ少女は、紫を基調とした魔法石の装飾がなされたロッドを握り締めていた。
馬車を囲むのは山賊紛いの輩だろう。不揃いな装備の男たちは剣を、短剣を、ナイフを持っている。彼らは少女たちをにやにやといやらしい瞳で見ていた。
「男はいい、女と荷物はこっちのもんだ」
「話、聞いてましたか! やめてくださいって言ってるんです!」
真っ青な瞳で少女は言うが男たちは聞く耳を持たない。二人の女性が「わたしたちはいいので、お逃げください」と言っているのが聞こえる。
(……数は五……)
クラウスは木の上から男たちの数を確認して――二刀の短刀を鞘から抜いた。
ばさりと一人の男が倒れ、続けてもう一人が転がった。風が吹くように何事もなかったように音もなく。何が起こったのか、その場にいた全員が理解できなかった。血を流して倒れる二人の男をただ、見つめる。
リーダーだろう男が口を開こうとして、その首に短刀が突き付けられた。いつの間に背後に回られたのだと全員が男を注視する。
「死ぬか、この場を離れるかを選べ」
低い、低い声だった。威圧を籠めた声音は二択を選ぶ言葉しか許さない、そんな圧に男は喉を鳴らした。男の直感が囁いている、敵わないと。
「わ、わかった、離れるから、命だけは……」
男の返事にクラウスは短刀を退ける。
「倒れている奴も運べ、まだ生きている」
「は、はい……」
紅い紅い瞳が男たちを見据えている。言われるがままに倒れる男を抱えて、男たちは逃げていった。
その背が見えなくなるまで見送ってからクラウスは少女たちのほうへと目を向ける。
「怪我は?」
「え、えっと……な、ないです」
「そうか」
少女の返事にクラウスは他の三人にも同じような質問をする。彼らが大丈夫だと口にしたので、その場を離れようと気配を消した。
「ちょっと、待ってくださいっ!」
クラウスのロングコートをがっしりと掴んで少女は言った。
「……なんだ」
「な、なんでいなくなるんですかっ!」
「俺はたまたま見かけただけだ」
クラウスが「たまたま近くにいたから盗賊を追い払ってやっただけで、それが終わったら関係ないだろう」と言うのだが、少女は「そうですけど!」と答えながらもロングコート掴む手を離さない。
「ほら、何かありません? 少女と女性だけでこんな場所を通っているとか!」
「別に。不用心な奴だなぐらいだ」
「うわーん! 興味持ってくださいっ!」
そんな無茶なことをとクラウスは思ったけれど、少女のしつこさにはぁと溜息を零すことで抑えた。
「聖女様っ! いけません!」
「そうです! 紅眼は……」
二人の女性の言葉にクラウスは少女を見た、彼女たちは聖女と言ったなと。
よく見てみれば、聖職者風の服装からは魔力が帯びており、それがただの魔法ではないのが感じ取れる。
少女の手に握られている紫の魔法石を基調とされた装飾のロッドも、これが一般的な冒険者では持てない代物だ。聖女であるのならばこの服装と持ち物にも納得ができる。
「リジュとファルは黙って! 紅眼ですよ! 〝神の落とし子〟ですよ!」
「……なんだ、その〝神の落とし子〟というのは」
聞き慣れない言葉にクラウスは首を傾げる。少女は「知らないのですか!」と驚愕したふうに叫んだ。
「紅の瞳を持つ者は神の落とし子とされているのですよ!」
紅の瞳は神にしか与えられない色だ。それを持って生まれた人間は神の産み落とした子供であるとされている。ただし、紅の瞳を持つ神の落とし子は悪に落ちることが多いのだという。
とにかく、珍しく紅の瞳を持つ者は特別な力を持っているとも聞く存在だ。少女は「貴方は凄いのですよ!」と力説する。
そうは言われても別に特別な力らしいものなど持っていないと思う。そもそも、神などどうでもいい。クラウスは「それがどうしたのだ」と返した。
「神の落とし子がどうした」
「あの一瞬、気配もなく素早い動き! かなりの腕を持っている方であるのは分かりました。どうか、私に力を貸してください!」
少女の言葉にリジュとファルと呼ばれた二人の女性が駆け寄ってくる、ダメです、いけませんと。
「聖女様! 何処の誰かも分からない相手に頼るのは良くないです!」
赤毛を二つに結った女、リジュが言う。
「そうです! 何者かもわからないのですよ!」
短い金髪の女、ファルが同意するように言った。
彼女らの言い分は分からなくもない。身分も何もかも分からない男だ、それでいて神の落とし子などと呼ばれる存在らしいのだから警戒しないわけもないのは当然だ。
「たまたまとはいえ、助けてくださったんですよ! 悪い人なわけないでしょう!」
「し、しかし……」
じっと少女の真っ青な瞳が見つめてくる。そんな瞳で見られても困るのだがとクラウスは思いながら、自分の首から下げているギルド認定のランクプレートを見せた。
「身分証明はこれでいいか? Bランクだ」
冒険者ギルドに所属していると知り、二人はプレートを凝視する。偽物の可能性もあるからだろう。暫く観察して、リジュがファルに本物と囁いた。
冒険者ギルドのギルド認定ランクプレートというのは特殊な魔力が籠められている。鑑定が得意な魔導士ならば見分けがつくようになっていた。彼女はそれができるようだ。
「すまないが、何をどうしてほしいんだ」
クラウスが「はっきり言ってくれ」と言えば、少女はすみませんと頭を下げる。
「実は、私はこの森を抜けたカンタレという村に用がありまして……」
カンタレという村で呪物による呪いで苦しむ村人を助けてほしいという要請があった。少女たちは浄化させるために王都であり水の都、クリーラからやってきたのだという。
けれど、戦える人間というのが少女だけらしい。二人は魔法を使えはすれど、戦えるほどではなかった。
このまま村までたどり着く自信というがないらしく、頼みというのは護衛をしてほしいというこうどのようだ。
「聖女だろう。何故、護衛がいない」
「それは……私が落ちこぼれだからで……」
少女がしょんぼりとした様子で呟いているので、何かしら訳があるようだ。クラウスはどうしたものかと考える。
ギルドへの依頼ならばいいのだが彼らはそうではない。だからといってこのまま見捨てて死体が転がっていたら後味が悪い。仕方ないとクラウスは溜息を一つついて頷いた。
「……村までの護衛なら、いいだろう」
「本当ですか!」
「その前に、まず名前を教えてくれ」
クラウスが「依頼主なのだからまずは名を伝えてくれないと困る」と指摘すると、少女はそうでしたと慌てて名乗った。
「私はブリュンヒルト。長いのでヒルデと呼んでください」
「俺はクラウスだ」
「クラウスさんですね! よろしくお願いいたします!」
ブリュンヒルトは笑みをみせながら手を差し出す。クラウスは慣れていないふうにその手を取って握手を交わした。




