第一章 召されし者
【第一章 召されし者】ーーーーーーーーーーーーー
東の地平が青白く染まりはじめたころ、王都カリュードの鐘が十二度、空虚に鳴り響いた。朝の訪れを告げる音だったが、誰の胸にも安らぎはもたらされなかった。三年にわたる「無王の時代」が続き、城の玉座には未だ主がいない。
風が吹き抜ける廃墟の神殿で、少年は目を覚ました。土の上に直接横たわっていた体が冷え切り、指先がかじかんでいる。黒髪の前髪が額に張りついていた。少年――リュシアンは、目をこすりながら身を起こし、自分の名以外の記憶を持たぬことに再び気づいた。
「……まただ。ここはどこなんだ……」
彼が目覚めるたび、まるで世界が違っていた。森の中、港の倉庫、地下墓地、そして今回はこの古代神殿。共通しているのは、いつも一冊の書物が傍らにあることだった。
書物にはこう記されていた。
> ――"灰より甦りしとき、運命の竜が世界を選ばん。十二の印を持つ者こそ、王たるべし。"
灰の世界、十二の印、そして運命の竜――意味はわからなかったが、それらが自分の行動に深く関わっていることだけは、直感的にわかっていた。
神殿の奥、崩れかけた壁の向こうに、一人の少女が立っていた。透き通るような白い肌に、星のような銀髪を持つ異国の風貌。衣はぼろぼろで、瞳には光が宿っていない。
「お前……誰だ?」
「……私は"護印の巫女"、イェルファ。お前を……待っていた」
「待っていたって……俺は何者なんだ?」
少女は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「この世界は“王の血”を喪い、崩壊の道を辿っている。十二の王統、それぞれの〈刻印〉を継ぐ者が現れねば、やがて灰に還る。お前は“十三番目の刻印”を宿した、異界の者……」
「異界……? 俺が……?」
彼女はうなずいた。
「お前の記憶が失われているのは、意図された“召喚”の代償。だが、時は残されていない。〈災禍の獣〉が復活を始めた。お前がこのまま“印”を拒めば、世界は……」
そのとき、神殿の奥から呻き声のような音が響いた。天井の裂け目からは、黒い霧のようなものが滲み出してくる。空気が変わり、リュシアンの背に冷たい汗が走る。
少女が叫ぶ。
「来た……“破戒の魔犬”だ!」
リュシアンの足元がぐらりと揺れ、石の床がひび割れる。意識の底から、何かが目を覚まそうとしていた。熱い光、いや、“炎”だ――胸の奥から奔流のように駆け上がり、右手に宿った。
光が収束し、少年の手に古びた剣が現れる。それはかつて世界を救った王が用いたとされる“灰の聖剣”だった。
「なんだ……これは……」
少女は目を見開く。
「それが、お前の“記憶”だ。王の印、第十三の“灰の刃”!」
神殿を打ち破って現れた魔犬が、咆哮と共に少年に襲いかかる。彼は本能のままに剣を構え、世界の命運を背負った戦いが始まった。
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