精霊国 少年と父親の精霊の獣攻略大作戦 前編
「父様! リオン兄様に勝つ方法ってあると思う?」
「なんだ? 急に」
アルケディウス第三皇子 ライオットの息子。
フォルトフィーグが、父皇子の執務室に押しかけ、そう問いかけたのは仕事の区切りがつき、ようやく一息つこうとした時だった。
一応、仕事の邪魔をしてはいけないと、多分、気を使ったのだろうな。ということは理解できなくもない。
だか、自分と同じ色の瞳には、微かな焦りと不安が見て取れる。
肉体年齢が60を過ぎようという時に授かった我が子。
フォルトフィーグとレヴィーナの双子はきっぱりと、両親の性質を混じり合わせることなく二つに分かれて生まれた、ともっぱらの評判だ。
そして疑う余地もなく息子フォルトフィーグは、自分似。
幼い頃の自分ほど悲観的ではないが、思い込んだら周囲が目に入らない所はそっくりだとライオットは自覚していた。
「リオンに勝ちたいって……、お前、リオンの強さはある意味誰よりも良く知っている筈じゃないのか?」
そんな息子がかけてきた質問に俺は呆れたように息を吐きだした。
「あいつはこの星の常識を越えて飛ぶ燕だ。奴が自ら降りてきて、我々と合わせようとでもしない限り、俺達は掴むことも視線を合わせることもできない。
そういう高次元の存在だぞ」
「解ってる! でも、どうしても俺は卒業までに! ダメならせめて、あと五年以内に。兄様に勝ちたいんだ!」
「五年……か」
今、フォルトフィーグは十五歳。
今年の末にはエルトゥリアの学び舎を卒業することになっている。
来年の冬は十六歳。成人式だ。
双子はアースガイアの新世代と呼ばれる各国の子ども達の最年長で。
今まで後に続く子ども達の面倒を見ながら頑張ってきたことを知っている。
レヴィーナは女なので成人の儀が二年早く、去年大人の仲間入りをした。
学び舎は今年卒業なので本人はまだのんびりしているが、結婚を申し込む者達の釣書が山を為してる。今の所、結婚に至る程に好意を持つ人物はいないようではあるが。
まあ、そんなことは別として、間もなく大人の仲間入りをする息子に祝いを与えてやりたい気持ちは十二分にある。けれど、本人が望むモノ、があまりにも大きくやっかいに過ぎる。
「そもそも
『リオンに勝利する』
その目的をどこに、どの程度置くかによって変わって来るぞ」
「どこにどの程度?」
「そうだ。リオンという存在を完膚なきまでに叩きのめし、消去したいのか?
それとも奴の膝を折らせ、敗北を認めさせればそれでいいのか?」
「いや、消去なんて望まないよ。っていうか、できないでしょ?」
「ああ。まず不可能だな。あいつは、今、アースガイアどころではない。宇宙の『神』の位置にある。滅ぼすのは星を一つ壊すよりも難しい。そしてやってはいけないことだ」
リオンは銀河の『創世神』
その『器』である。銀河の守護と安寧を仕事として守っている。
次世代となる息子、フリードはまだようやく命として成立したばかり。
奴がその役割から解放されるのは、まだまだ先の話になるだろう。
「俺は、父様みたいにリオン兄と対等になりたいだけ!
弟として、子どもとして見られるのは仕方ないかもだけど、一人の男として……認めて欲しいんだ!」
「それは……クレアの為か?」
「!!」
フォルが絶句する。
どうして、という眼差しを俺に向けるが、やれやれと思わずにはいられない。
もしかして隠しているつもりだったのだろうか?
こいつが、マリカとリオンの娘。クレアティーナを慈しんでいることは俺だけではなく妻も、そしてクレアの両親たる二人も察している。理解している。
大神官マリカと神官長リオンの娘クレアティーナは父と母の血と力を強く受け継いだ次期アースガイアの、真実の意味での精霊女神だ。
レヴィーナ以上に各国の王族、貴族からの婚姻を願う申し込みやアプローチが引きも切らない。
その中でクレアが特にフォルトフィーグを頼りに思っていることは知っている。
今のアースガイア第二世代の中で、一番親しい関係にいるのは間違いなくフォルだろう。
幼い頃から兄弟のように過ごし、支え合って来た。
本人達の気持ちが確かなら俺達も、マリカ達も反対するつもりはないが。
「茨の道、だぞ」
「……覚悟はしてる」
十五歳と十歳。
年齢差はともかくとして、叔父と姪の関係というのがこの場合一番の難関になる。
アースガイアの王族は原則として血族婚を禁止。王族同士の婚姻も非推奨としている。
各国王族の持つ『精霊の力』が濃くなりすぎることによる、子や周囲への悪影響が懸念されている為だ。
マリカの公式的な立ち位置は『アルケディウス第三皇子ライオットの非嫡出子』『認知され皇家に迎えられた養女』ということになっている。
実際には血が繋がってはいないのだが、それを知っているのは『精霊』の関係者以外では妻であるティラトリーツェのみ。兄皇王、父上皇王にさえ話してはいない。当然、息子娘も知らない。言うつもりもない。
「フェイに相談したら……
『勧めはしませんが、君がアルケディウスの皇籍から外れ、大聖都の神官騎士として大衆の前で『洗礼』を受けるなら、血族を超越した者として認めさせることも可能かもしれません』って」
ライオットは小さく、そして苦く笑う。
フェイからしてみれば、苦渋の提案だったことだろう。
大聖都神殿長フェイは、自分の息子であるレオンハルトとクレアが、できれば結ばれて欲しいと願っていることを知っている。
レオンハルトもクレアの事が好きなことも周知だ。
人の身体を持つ『精霊の能力者』苦楽を分け合える数少ない同胞でもある。
お互いに寄り添った方が生きやすいであろうこともまた確か。
それでもクレアがフォルのことが好きで、フォルの 気持ちが真剣だとわかっているから、誠実に答えてくれたのだ。きっと。
「お前は、どうしたいんだ?」
「今は……七国は平和だし、魔性も滅多な事では出ないし……俺がアルケディウスやエルトゥリアで無理に戦士にならなくてもいいかな、っては思ってる」
フォルトフィーグは俺に似て戦士の才能に特化している。アルケディウス新世代の最年長であることを指し引いても、リオンや俺に直接指導をうけてきた剣や弓に関して七国で並び立てる者は大人でもそういないだろう。
二国の血を併せ持つ『英傑の才』、そう称えられる裏側で。
アルケディウス、そして大陸の次代の守護者として誰よりも期待され、そして恐れられてもいる。
「だから、大聖都に入って七国と精霊女神の守護役になった方がみんな、安心すると思う。
ラウルには悪いけど」
従兄妹にしてアルケディウス皇太子であるラウルトリスは兄のようにフォルトフィーグを慕っている。自分が皇王として立つ時、フォルトフィーグが騎士団長として国を補佐してくれることを願っていることだろう。
「それに! 俺には何よりもやりたいことがあるんだ。危なっかしいクレアの側にいて、守る事。あいつは、怖いくらいにリオン兄様やマリカ姉様とそっくりだから!」
「フォル……」
悔し気に拳を握りしめるフォルの慟哭には覚えがある。
ライオットは雄叫びを上げる息子を静かに、口を出さず見つめていた。
「きっと、星や皆の為に何かあったら、平気で自分の身も顧みずに飛び込んで行っちまう! その時、側にいなければ引き戻してやることもできない!
だから、俺は絶対に強くならなきゃいけないんだ! クレアの側にいつもいられるくらい。リオン兄に負けないくらいに!」
生まれながらに翼を持ち、高い空を飛ぶ力を持つ代わりに、宿命に縛られる『精霊』達。
誰よりも自由に生きられる力を持ちながら、彼らはその力を己の為に使おうとはしない。
できることなら、その宿命から解放してやりたかったが、だからと言って彼らを地上に縛り付けることは違うと、長年の経験からライオットは理解していた。
彼らを本当の意味で自由に、そして幸せにしてやりたいのなら自分達が、力をつけて共に跳ぶしかないのだと。
例えその翼が偽物で、いつか崩れ去るとしても、その時まで共に青空を飛んだ夢は、鳥たちの心に残ると知っているから。
「まあ、娘を守る為には最低でもそれなりの強さを婿に求める。父親としては当然だな。
俺もそうだった」
「あ……リオン兄様はそんなことは言ってないよ。ただ、俺がどうしてもリオン兄様に認めて欲しいだけで」
リオンはああ見えて、けっこう独占欲が強い所がある。家族運が無かったこともあり、家族に対する愛情や思いも人一倍強い。
今はまだ口に出していないとしても。
フォルトフィーグであろうと、レオンハルトであろうと、他の者であろうと、クレアを娶りたいと願えば間違いなく最大の障壁となることだろう。
「そうだな。リオンを滅ぼすのはさっきも言った通り不可能だ。
だが、奴に膝を付け、負けたと思わせることはできなくもない」
「ホント!?」
「勿論、簡単ではないがな」
顔を輝かせる息子を手招きして、声を潜め話す。
俺には生涯叶わなかったリオン・アルフィリーガへの完全勝利。
息子が叶えてくれたとしたら、きっと溜飲が下がる事だろう。
と思いながら。




