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009 慈悲なき断罪 その1

 そうだな、あの素晴らしき日を男の友情爆誕記念日と名付けよう。

 春の日差しが降り注ぐ校門。

 拳を合わせて微笑み合うふたり。

 桜風に舞い、鳥めちゃ歌う。

 ああ、なんと素晴らしきかな男の友情。


 光陰矢の如し。時間が経つのは早いもんで、俺と手塚がフレンズになってからすでに一週間が経過していた。

 あの美しき朝の出来事から俺たちはずっと一緒だ。俺が磁石のN極なら手塚はもちろん磁石のS極。つまり、引かれ合う『定め』なんですわな。休み時間も昼飯も、体育のペアも一心同体。シンクロ率100パーセント。俺と手塚の間にはATフィールドなんてものは存在しないわけ。アンダースタン?

 ただ、ひとつ気がかりな事がある。学外で手塚と交友を深めることができていないのだ。放課後、遊びに誘っても彼は「すまん」と一言呟いて立ち去ってしまうのである。まじ我ぴえん。号泣しちゃうそうでゲス。ATフィールドばりばり展開中である。それでも毎日「遊ぼうよ(尊い上目遣いを添えて)」と健気にも声をかけ続ける俺の努力がいつか実る日は来るのだろうか。


 ところで、魔王手塚に近づくぼっち男に富が丘高生は騒然としたようだが、そんなこと知ったこっちゃねぇ。魔王の忠犬──その由来は俺の名前が犬神湾太郎だからだと予想している──と揶揄され、話したこともない連中から『ハチ』なんてあだ名を付けられ、馬鹿にされている始末。そんなの全然平気だワン。あの手塚と友達になれたんだ。それ以外のことなど些末な事柄に過ぎない。


「おっす、手塚」

「ああ、おはよう、犬神」


 朝の教室。

 すでに登校して席に着いていた我が友の元へ直行する。

 教室の隅。春のひだまりに包まれる窓辺。肘をついた腕の先、手のひらに置かれた何を考えているだが分からない顔。いつもと変わりのないその姿を目にするだけで、俺の心は四つ打ちで踊る。

 手塚の目前まであと数歩の距離にまで近づいた時、眼前に躍り出る人影があった。絵本から飛び出たお姫様のような金髪少女がぬるっと体を滑り込ませたのだ。


「あら、ハチくん。私と手塚くんが楽しくお喋りしているところに何の用?」


 富が丘高校めちゃかわ四天王が一人、日暮奈留(ひぐれなる)である。

 可憐にして優雅、優美でいて儚げ。欧米人のようにハッキリとした目鼻立ちに小さな顔。8等身のモデル体型。

 ラクダのように長いまつ毛をしばたかせ伏目がちにため息をつけば、小鳥たちが彼女のことを心配して窓辺でヴィヴァルディの「春」を斉唱する。シミひとつない玉のような肌は、透き通るように白く、長時間見続けるとあまりの美しさに目が潰れてしまう。そんな馬鹿げた噂話を一蹴できないほどの美貌を彼女は持ち合わせていた。

 トーレードマークである絹のような黄金の髪はヒップラインに届くほど長く、ルノワールの描いた「レースの帽子の少女」を思わせる日暮奈留は歩く絵画とも呼ばれていた。

 でけぇぺぇのある胸の上にそっと手を置いて心痛な面持ちを浮かべる彼女に俺は答える。


「おはよう、日暮さん。別に用はないけどさ、友達だから手塚の隣にいたいんだよ。俺もお喋りしたいしな」

「あらそう、でも残念。手塚くんは私とお話しているからハチくんとはできないみたい。定員オーバーね。ということで、どうぞ回れ右して帰ってちょうだい」


 小蝿を相手にしているみたいに手を払ってみせる日暮さん。

 それに取り合わず言葉を継いだ。


「またまたー。日暮さんなんかと話すより俺と話す方が楽しいだろ。だって日暮さんは手塚と友達じゃないだろ? 俺、友達なんだぜ? だったらさ、俺の方が優先されるだろ、常識的に考えて」


 西洋人形のように端正な顔だち。絵になる微笑を浮かべていた彼女のこめかみに青筋が浮かぶ。ガッと目を見開いた彼女の顔は狩猟中の猛禽類を思わせた。いきなりすげぇキレた。俺なんかやっちゃいました?


「ふふふ。ふふふふ……ああ、おかしい。面白いこと言うのね、ハチくん。私と手塚くんは、あなたよりもずっと前から友人関係なのよ」

「いやいや、嘘は良くないって。なあ、手塚、日暮さんってお前の友達?」

「……知り合いだ」

「ほらー」

「──ォ゛ッ゛!!」


 身を捩り、ムンクの叫びみたいな顔をして悶絶する日暮さん。

 美人がこういう顔をするとすごく怖い。

 子供が見たらちびりそうだ。

 一応周囲の目を気にしているのか、校庭側の窓に向かってモノマネを披露している。

 進路上に立ち塞がる形で完全に固まってしまった日暮さんを教室の隅っこにどけて、最近の定位置である窓側の壁に体重を乗せた。話題を振らないと生涯マネキン状態な手塚に質問を投げかける。


「昨日の晩飯は何作ったんだ?」


 何を考えてるんだか分からない顔で、ぼそりと一言、彼はつぶやいた。


「麻婆茄子」

「おー、いいなー。俺の家はカルボナーラ。手抜きでレトルトのソース使ったけど」

「手抜きは悪いことじゃない。俺も味付けは市販のものを使ってる。毎日やることなんだから楽するのは大事だ」


 俺と手塚の会話はもっぱら料理のことばかりだ。それ以外の話題になると、彼は壊れたアンドロイド人形くらい反応が鈍くなる。だからこうして言葉のラリーをしたいときはメシの話をするのである。けど、そればっかりじゃ味気ないから他のことも話しはする。最近読んだ本の話とか、近所のショッピングモールのペットショップで魚の水槽を眺めることの良さだとか。そうすると、たいてい手塚は無言で頷きだけを返して、ごく稀にぼそっと一言コメントを残してくれる。その表情の変化は些細なものだけど、『友達』である俺が見るに、退屈しているわけではないことは分かった。少しでも、手塚が楽しいと思ってくれるのなら、俺はそれだけで幸せだ。

 始業五分前のチャイムが幸せなひと時に休止符を打つ。


「じゃ、また休み時間」

「ああ」


 席に戻る最中、教室で隅っこ暮らししていた日暮さんの姿がないことに気づく。いつの間にか自席に戻っていた彼女は、ふたりの少女と団子になって何やらゴニョゴニョとやっているようだ。ふたりの少女──昼間瞳子と片瀬比奈は、ちらりと俺の方へ視線をやると、またゴニョゴニョと密談に戻る。四天王の三人がお喋りしているのだから教室の注目は一点に集中していた。


「おはよー、みんな。席につけよー。出席とるぞー」


 担任教師が壇上に上がって声を張るまで、その怪しげな会合は続くのだった。



※※※



 チャイムが響く。

 昼休み。

 それは俺の渾身の弁当おかずを手塚に披露する素晴らしき時間。

 鼻歌混じりに彼の元へ向かおうとした俺を三つの影が取り囲んだ。

 なにやつ!?


「ちょっと時間いい?」


 棘のある声音。昼間さんが俺の正面に立ち、腕を組む。


「私たちに付いてきてちょうだい」


 冷ややかな声音。日暮さんが俺の肩をグッと握りしめる。


「ふん!」


 豚のような鼻息。片瀬さんが膨れっ面でぷいと顔を背けた。

 くそっ、囲まれたっ!!

 フェイントをかまして抜けようとするが、三人とも運動神経がいいので逃げられない。美少女トライアングルに包囲された俺を羨むものは多いだろう。変わってやるから早くここに来い。俺は彼女たちより手塚がいい。渾身のうさぎさんバジルウインナーをはやく彼に見てもらいたいんだ。

 とはいえ、この包囲網を抜ける手立てはなさそうである。

 なにせ、どれだけ動いても、左肩が日暮さんに掴まれ続けている。

 俺の肩、ミシミシ言っとりますけども。

 握力強いねぇ、君。やばいよねぇ。痛いよねぇ。


「日暮さん、分かったから手を離してくれ。もうすぐ肩が終わりそうだから」

「分かってくれたならそれで良いのよ。それじゃあ行きましょうか」


 注目の的になりながら、俺は美少女三人組にドナドナされていく。

 ああ、うさぎさんバジルウインナー、手塚に一個あげたかったなぁ。

 タコさんもあったのになぁ。

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