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カイト船長の選択

 それから、一か月間、ビーグルが出航することはなかった。規制委員会からコンピューターシステムとしてのカイトの使用認可がおりる前にカイトを使って出航したことで、より厳しい管理下に置かれた。この間ジュンはラボに籠っていた。メイは時々他の船の副操縦士としてアルバイトをしていた。

 しかし渦巻での遭難事故が多いカノア湾でダントツの救助実績を誇るビーグルにすぐに出番が訪れた。一隻の小型観光潜水艇が操船ミスで渦にのまれ脱出できない。乗員十名の小さな船は約五時間で船内の酸素が尽きる。緊急救助が必要だ。

 今日はビーグルに何やら荷物を運んで来ていたジュンはサルベージ組合からの観光船遭難の連絡を受けた。だが規制委員会の管理によりカイトの主エンジンの起動にリモートで制限がかけられていた。ビーグルはわずかな出力の補助エンジンしか使えず十分な速度で走ることはできない。そして組合の連絡員が最後に言いづらそうに重大な事実を告げた。

「遭難船の副操縦士としてメイが乗りこんでいる」

ジュンは一瞬青くなったが数秒で普段の顏に戻りコンソールのマイクに向かって言った。

「父さん、メイが遭難しそうなんだ」

次の瞬間カイトが起動した。と同時にあのカイトの声がした。

「なんだって。早く言わんか。これから救助に向かう。操縦はお前がやれ」

ジュンが少し緊張して言った。

「僕は潜水艇の操縦免許を持っていないんだ」

「大丈夫だ。私が教える。私はメイと連絡を取りあちらの操縦も指揮する」

 ジュンは操縦席に座った。これは後で聞いた話だがカイト自体はコンピューターの電源が切られていても、自ら起動する。眠っていた人間が死んでいない限り目が覚めるのと同じだ。当局はカイトの使用制限を課しているがAI機能が自動的に立ち上がるのは制限していない、と言うよりそれはコンピューターを物理的に破壊しない限り出来ない。その代わりに船の主エンジンは委員会が制御している。起動したカイトの指示のもとでビーグルは遭難現場まで補助エンジンで航行することになった。

 ジュンは操縦桿を握ったのは初めてで、端から見ても緊張している。カイトは「操縦桿は優しく握れ」「肩の力を抜け」などと教え、「初めてにしてはうまいもんだ。さすが俺の息子だ」などと励ましたりもしていた。のろのろとした航行でビーグルは事故現場に近づいて行った。渦が目視できるところまで来た。カイトが言った。

「私の体をちょっとチェックしたい。歳なんでな。外のモニター用カメラの映りが悪くなっている」ジュンが答えた。

「それなんだけど、僕の方で今回超小型モニターカメラユニットを準備したんだ。これを百個船から海中で浮遊するように放出して、その視覚データを直接父さんのニューロンネットワークに送り込むよ。これで父さんはビーグルから半径百メートルの景色が何でも見える。千里眼さ」

「それは凄いな、今はビーグルにくっついている目でしか周りが見えなかったが、百個の目が飛び出てみえるということだな。それはいつから使える?」

「今すぐに使えるようになるよ。ビーグルの外部への放出用ストレージに百個準備してある。あとは父さんが吐き出しさえすればOKだよ」

「そうか。では早速」

数十秒経って、ビーグルの全画面モニターで、船体中央部から小さな黒い球状のものが四方八方に飛び散るのが見えた。その内の多くの球体が今や目前に迫って来た海中の大渦に消えた。カイトの声が響いた。

「おお、渦の中全体が見えるぞ。渦の中の遭難船も見える。メイと話してみよう」

スピーカーからメイの声が聞こえた。

「おとうさん、急にいなくなってどうしたの」

「すまん、いまジュンが自由に動き回れる百個の目をくれたのだ。それで、そっちのほうに集中しておったので、一旦お前との会話を中断したんだ。こっちは今補助エンジンの航行で心もとないのだが、後十分で渦に到着する」

ジュンが驚いて言った。

「とうさん、メイと通信できたんだ」

「言わないで悪かった。この船が出航した時からメイとコンタクトして、私の指示通りに操縦して渦の中で船の体勢を保てるようにした。さあ遭難船を救いにいくぞ」

ビーグルは補助エンジンの出力を上げ、ゆっくりと渦に近づいた。ビーグルは次第に渦の起こす横からの強い流れに姿勢コントロールができなくなっていた。再びカイトの声がビーグルの船内に響いた。

「メイ、操縦桿は余裕をもって握れ、船体を渦の流れにまかせるようにしろ」、

「ジュン、タイミングを見て渦のなかに入るぞ。今は操縦桿をしっかり握り速度を落とせ、メイを見失わないように」

  ビーグルからは遭難船が渦の中を上下に位置を変えながら旋回する様子が見えた。ゆっくりと海底の渦の周りを回るビーグルは補助エンジンのみの航行でその動きは遅く、まどろっこしい。何度も遭難船を見失いそうになる。何度目か渦の中の遭難船が近くに寄って来た時。僕は思い立ったことがあり、急いでメモを取った。カイトが言った

「さあ、いよいよ渦の中に飛び込むぞ。メイはマニュピレーターを外に出して待っていてくれ。ジュン、渦の中に入ったらこちらもマニュピレーターを出しメイのマニュピレーターを掴め」

ビーグルは渦の外で遭難船の周りを旋回していたが、周回遅れで再び横に並んだ。その瞬間カイトの声が鳴り響いた。

「一ニの三、飛び込め。ジュン、操縦桿をしっかり握り、船首を渦に向けろ」

ビーグルは大きく右に傾き渦の中に入って行った。全方向モニターに間近に迫った遭難船の側面が大きく映った。そしてマニュピレーターが遭難船の側面から2本伸びてきたのが見えた。ビーグルの側面からも手が2本出てきた。4本の手がからみあった。カイトの声が再び響いた。

「ジュン、メイそれぞれエンジン全開だ。二艇とも渦の外に向かうぞ」

そして一時間近く経過した。二艇ともまだ渦の中だ。ごうごうと音がして、船が振動した。なぜ一時間も?一時間の間、手を繋いだ二隻はタイミングを計っては、両方のエンジンを全開にした。しかしビーグルは主エンジンの五分の一程度の出力でしか動けない為、渦からの脱出に成功しなかったのだ。

まずいことに、遭難船は船内に供給する酸素がすでに不足し始め後二時間あまりしか持たないらしい。メイはカイトの指示にも次第に反応が弱くなった。ジュンは、すでに疲労困憊状態で操縦桿にしがみ付いている。僕はジュンに頼んだ。

「こんな時に申し訳ないんだけど、メールを一通出したい。この渦の中では僕の携帯端末からは公衆回線に繋がらない」ジュンは疲れてはいるが比較的気持ちは落ち着いているらしい。

「分かった、ビーグル船内のネットワークにアクセスできるようにした。後は好きにやってくれ」

僕は「ここから抜けることはできるのだろうか」とジュンに尋ねそうになったが思いとどまった。操縦席の彼がその言葉で絶望に陥ると取り返しがつかない。しかしジュンの方から「もう渦が弱まるはずなんだが」と話してくれた。

 僕はメールを発信した。その二時間前、僕はジュンを邪魔しないように一人でカイト と話をした。

「正直言って、補助エンジンだけじゃ渦からぬけられないんでしょ」

「うまく渦の流れが弱くなれば出られる。そのチャンスを見ながらトライしているのだが今のところ―――」

「そこで僕は委員会の偉いさんにこの状況を知らせて、主エンジンを解放してもらおうと思う」一瞬沈黙があったがカイトが反応した。

「そうかお願いしたい」

「ところが今通信不能なんだ。どうしたらいい」

「この船はシールドされているし、この海中では電波は届きにくい。ジュンが仕掛けてくれた千里眼センサーの一つを有線で海上にあげて、通信アンテナとして使う」

そこで僕は次の様なメールを書いた。

「コンピューターの過度の発展に関わる自主規制委員会委員長殿、私は遭難船救助のためカノアの大渦内にいるビーグル号乗客でフリージャーナリストのソラ・アクアです。現在船の主エンジンが作動規制のため使えず、遭難船とともに渦より出られない状態です。至急主ンジンの作動解除をお願いします。三十分以内に解除されない場合 本船および遭難船は海のもくずとなるでしょう」カイトに見せると彼は次の文を付け加えるように言った。

「遭難船に現政府高官の子息が乗っている可能性があります。遭難船の酸素もなくなりつつあります。一早い決断をいただけなければ海運史上まれにみる大惨事となります」

「え、そんな情報をどうやって調べた?」

「あの千里眼センサーで遭難船の窓から乗客を覗いて見て、検索したんだ」

 メールを送ってしばらくしてビーグルの主エンジンが突如起動し全開になった。何故かは分からないが、ジュンの顏が一瞬暗くなった。がそれを打ち消すようにカイトの声が響いた。

「ジュン、メイ、これから渦を脱出するぞ、昔、家族皆で観に行ったサーカスの空中ブランコを思い出してくれ。あの要領で。メイとジュンは繋いだ手を放す。ジュンは渦の中で待って、渦を一周してきた遭難船の手を掴み、その勢いを活かしてメイの船を渦の外に放り出す。ジュンはそこでエンジン全開でビーグルを前進させ、メイの後を追い渦の外に飛び出す。よいか?」

 それから五秒後ビーグルは渦の中をぐるりとまわってやってきた遭難船の手を掴み渦の外に放り出した。遭難船は渦の中から消えて行った。カイトの声がした。

「よくやった、ジュン。今度はビーグルを渦の外に出すぞ。もう簡単だな」

「わかったよ。父さん。見ていてくれ」とジュンは言うとエンジンを全開にした。ビーグルは身震いして渦の中を走り初め、三秒後に渦を突き破って渦の外に出た。再びカイトの声がした。

「よくやったジュン。ここからはメイの後をついて行けばよい」

 ジュンはしばし無言だったがやがて涙声で言った。

「さよなら父さん」しばらく間があってカイトが言った。

「ああ、元気でな」そしてカイトの声は二度と聞こえなかった。僕はジュンに尋ねた。

「どうしたんだ?」

「委員会の処分が未定のカイトは主エンジンが始動すると十分でコンピューターのCPUが物理的に壊れる設定にされている。つまり死だ。」僕はおどろいて言った。

「そうなのか。すまない勝手に委員会にメールを出してしまい―――」

ジュンは言った。

「いや、そうするしかなかったろう。父さんも死ぬことは知っていた」そう言うとジュンは黙って母港に向けビーグルを操船し始めた。


  ビーグルも遭難船も大渦からの脱出を果たし無事母港に帰還した。それから一週間、僕は今回の救出劇についてインタビューを受けたり、記事を書いたりして忙しく過ごしていた。気落ちしていたジュンとメイも取材対応などで気を紛らわしていたようだ。

  暫くして委員会の許可が下りビーグルのコンピューターが修復されることになった。しかしジュンによれば、カイトの脳をシミュレーションした元のAI復元は不可能であり一般的な操縦アシスト用AIが搭載されたとのことであった。僕はジュンとメイが気落ちしているのではないかと心配になり二人を尋ねた。ジュンはあっけらかんと言った。

「操縦支援システムのパフォーマンスはあまり変わらないさ。口うるさくも無いし。」そしてにこりとウインクした。メイはにこりともせず「平気よ」と言った。僕は思わず天を仰いで呟いた。

「カイト、ありがとう。僕はあなたのことは一生わすれないよ、船長」      


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