パラレル・ワ・ー・ノ・レ・ド
~第一章~
■並行世界名『不明』■時『不明』■場所『不明』■
『ハー、ウー、ハー、ウー。』
ただただ、多くの悪の意識エネルギーがうごめくだけの世界。
『ハー、ウー、ハー、ウー。』
……憎しみ、恨み、妬み、悲しみ、怒り、殺……。
■並行世界名『現世』■時『四年前』■場所『木冬孤児院』■
俺は鈴木太郎。小学六年生。木冬町にある貧しい孤児院にお世話になっている。建物は少し古いが大きい。広い庭は殺風景だが大きな老木が一本ある。『町』と言っても田舎だが、最近は、田畑をつぶして新築や新しい道路を造っているのをよく見かける。俺の他に弟が二人、妹が二人お世話になっている。名前は、作、五郎、江利、ともこ。姉、一子がいたが養女にもらわれていった。もちろん本当の兄弟姉妹ではないが、兄弟姉妹と思って暮らしている。あと犬が一匹、猫が二匹いる。マルとゴウとポンタ。何とか処置はしてあるそうだ。もちろん雑種の保護動物だ。
孤児院の院長先生は資産家の一人娘だったそうだ。孤児院経営、動物保護、寄付などで財を失い苦労している。しかし、俺たちの前では何時も微笑んでいてくれる。いつからか料理教室を開いて、俺たちの生活を苦しくならないようにしてくれる。生徒のおばさんたちの評判はすごく良い。院長先生は料理の天才だから。俺も生活の足しになるよう新聞配達のアルバイトをしている。院長先生に勉強の差し支えになるのでと反対されたが、百点満点のテストを毎回見せて安心させている。絶対に悪い点を取るわけにはいかないので毎日すごく努力している。オモチャを買うお金は無いので、弟たち妹たちの遊び道具のロボット、ミニカー、人形、絵本などはいつからか俺が描いたり、新聞紙やチラシ等で作ったりしている。料理教室が殺風景だったので俺の描いた絵をいくつも飾っていたらおばさんたちから大好評。おばさんたちが絵の具やクレヨン、画用紙などおみやげとして毎回くれる。道具を買うお金が無いので助かる。
最近、おばさんたち以外に、悪そうな姉ちゃんたちが孤児院に来るようになった。借金の取り立てとおばさんたちがうわさしていた。
とうとう、今日
『ガチャン。バタン。』花瓶の割れた音。椅子が倒れた音。
「乱暴はやめて下さい。」と院長先生が叫んだ。
「わーん。わーん。」弟たち妹たちが怖いので泣いている。
「うるさいわね。立ち退き期限を過ぎても立ち退かないのが悪いのよ。」
と悪そうな姉ちゃんたちが言った。
「わーん。わーん。わーん。わーん。」弟たち妹たちが怖いのでさらに泣き叫んだ。
「おやおや、手荒なことはしないでおくれ。あっはっはっ。」
と言いながら悪地主は壁に飾ってある絵を乱暴に剥がし落とす。口と行動が合ってないぞ。
「やめろっ。俺の絵だ。」つい俺は叫んだ。
悪地主は、床に落とした俺の描いた絵を見て、何故か拾い上げて凝視する。
『こっ、この絵は、有名な油絵の模写。クレヨンで描かれているがタッチが有名画家とほぼ同じだ。もっ、もしもこのガキに油絵で描かせて経年処理を施したら……ふっふっ。はっはっはっ。大儲けできるな……。しかし、贋作とバレるとワシの立場が悪くなる。せっかくこの町の土地が値上がって儲かっているのに。そうだ。ワシの娘の代作として描かせよう。……ったく、有名な学校に行かせているのに絵が下手で困っているのだ。』
「おい、ガキ。これはお前が描いたのだな?。」悪地主は俺に言った。
「……おう。」俺は答えた。
「このガキにワシの指示する油絵を描かせろ。いや贋作ではないので安心しろ。立ち退きを無しにする上、資金援助も十分してやる。どうかな?。」悪地主は院長先生に言った。こうして俺は、油絵のアルバイトもすることになった。
悪地主は油絵の道具だけでなく参考資料なども十分用意してくれた。描いた油絵をわたす度に十分お金をくれるので、俺たちの生活はすごく楽になった。ただ、裸婦の油絵が多かったせいか……。気付くと俺はおっぱい大好きになっていた……。ありゃりゃ。おっぱい、いっぱい、ハウハウ……。
牛乳一リットルパックは、新聞配達のアルバイト料をもらった日しか飲めなかったが、一日一本飲めるようになったのでうれしい。牛乳が大好きだから。
中学生の間は、油絵と新聞配達のアルバイト、百点満点のテストなどで毎日たいへんで、恋人を探す時間が無かった。気付くと、自分で言うのもなんだが頭も体も優秀になっていた。貧しくて高校に進学することはあきらめていたが、悪地主が大学卒業まで面倒みてくれるそうで。ただし悪地主が指定する学校ということで俺の選択権は無い。あきらめていた高校生活で恋人を探して、おっぱいいっぱいハウハウと期待していたが、ありゃりゃ、恋人は売り切れていた……。
~第ニ章~
■並行世界名『現世』■時『現在』■場所『木冬高校』■
悪地主のおかげで高校生になれた。絵画の学校に行くようになると思っていたが指折りの進学校のようだ。受験は、楽でもなかった大変でもなかったといったところか。毎日の努力の成果である。以前はあきらめていた高校生になったので、早速、恋人になってくれる女子を探した。しかし、恋人が既にいる女子や、進学一筋の女子しか居なかった。しかも、放課後でも教室の雰囲気が浮かれた状態ではないので話し辛かった、一部の浮かれた連中は除いて。その間に、高校生になって初のテスト(中間テスト)があった。学年一位だったが満点は一枚も取れなかった。孤児院の院長先生から、新聞配達のアルバイトはやめた方がいいのではと言われてしまった。油絵のアルバイトだけで十分に孤児院の運用などはできるが、新聞配達はやめたくない。何故かというと、以前に、孤児院で保護動物の面倒を見ていた時、ゴウは病気で、マルとポンタは老衰で死んでしまったが、動物の気持ちが何となく分かる気がしていた。当時は孤児院の運用が苦しかったので保護動物の面倒見は仕方なくやめてしまったが、院長先生に賛同した金持ちが、木冬町に保護動物の大きな施設を建ててくれた。その施設は、屋内と屋外と動物たちが自由に行き来できる仕様。毎日、新聞配達でその前の道を通る時に、施設の猫の一匹が『にゃ』と言って俺にあいさつをしている気がする。俺も『おう』と言ってあいさつする。それが楽しみだし、よい運動にもなるし。孤児院の料理教室に来るおばちゃんたちにも毎日あいさつしている。毎日わざわざ顔を出してくれるのだ、ありがたい。
俺が学年一位だったのは学校の皆は知っている。この学校は、テストの点数と順位を廊下に貼り出す決まりだ。人権侵害と思うが進学校なので仕方ないか。恋人探しが原因で、教室の皆からは避けられていた気がしていたが、学年一位の後、よく話しかけられるようになった。特に新美波司という男子がしつこい。普通に俺は女子が良いのだ。彼は、放課後に浮かれていた連中の一人だ。顔が美形なので女子に人気だったがテストの点数が悪かったので、それ以来、相手にされなくなったそうだ。それで俺にあやかりたいということらしい。しかし、俺の恋人探しを手伝ってくれたので感謝はしている、見つからなかったが。
今日は、期末テストの結果を廊下に貼り出す日だ。よし、全教科満点だ。新聞配達のアルバイトを続けることが出来る。
「あ……悪夢よ。どんなことでも無敗だったこの私がまた二位なんて……。」
と隣りの女子が言った。神宮寺麗子、隣りのクラスの女子。お金持ちで美人で頭脳と運動能力も優秀だそうだ、生徒会副会長をしていて、皆からも好かれているそうだ。……ある意味、腹立つな。恋人はいないそうだ。唯一、胸が小さいことが欠点(もちろん俺の主観)だが、陸上の代表選手らしいので本人にとっては問題ないであろう。俺の恋人探しの時に写真を見せてもらったので顔は覚えているし、それに……。
「一位の鈴木太郎って誰よ。」と神宮寺麗子。
「あんたのすぐ右隣りの男子よ。」と神宮寺麗子の同級生らしき女子が言った。
「あっ、あの時のチカン!。」と神宮寺麗子が俺を睨み付けて言った。
以前、先生の手伝いをして次の授業に遅れそうで、廊下を早歩きしていた際、廊下の曲がり角で女子とぶつかってしまった。即、あやまった。その女子、つまり神宮寺麗子は、両腕で制服の胸部を隠して、スカートなのに脚を広げた体育座りみたいになっていて。パンチラが、いや、パンモロだった。そういえば……、よくよく思い出してみると……。俺の肘にハウハウな感触があったような……。……ありゃりゃ、ぶつかった時に彼女の胸に俺の肘が当たったのか。胸が小さいので、その時は気にならなかった(笑)。彼女は、再び俺を睨み付けて、同級生らしき女子とその場を去って行った。道でぶつかったら恋の始まり、というのは絶対にウソだ。ううっ……。購買で牛乳一リットルパックを買っていっきに飲み干す。ヤケ酒ならぬヤケ牛乳だ。新美波司もヤケコーヒーをしていた(笑)。
~第三章~始まり~
■並行世界名『現世』■時『現在』■場所『木冬孤児院』■
今日は日曜日。朝刊を配り終え、宿題、予習復習、油絵は終えたし、夕刊は無い上に誰とも約束をしていないので暇だ。孤児院の廊下の引き戸を開けて少々暑い日向ぼっこをしてると、庭の大きな老木の下で茣蓙を敷いて、妹たちが、市販の人形と俺が作った模型の家で遊んでいる様子が見える。悪地主の油絵のおかげで高い安定収入があるのでオモチャを簡単に買うことが出来るが、院長先生は贅沢は敵だと言って甘やかしてはいない。市販の人形の家を買ってもらえない妹たちにせがまれたので模型の家を作ってやった。退屈だな、喉が渇いたな、そういえば今日はまだ牛乳を飲んでいないなと思って見ていたら、突然、大きな老木に亀裂が走り、妹たちに倒れ掛かってきた。「あぶない。」と言うと同時に俺は走っていき妹たちをかばう。妹たちも大きな老木の下敷きになって圧死しないよう優しく突き放す。俺は、自分で言うのもなんだが頭も体も優秀なので反応は人一倍である。俺が普通の人間だったら、妹たちが大きな老木の下敷きになる悲劇を固まって見ているだけだろう。全身に衝撃が走った。ありゃりゃ、俺の人生はこれで終わりか?。死ぬ間際には走馬灯が流れると聞いていたが、そんな時間は無さそうだ。牛乳を飲みたかったな。…………恋人、欲しかったな…………。妹たちの泣き声がだんだん聞こえなくなっていき俺は意識を失った……。
~第四章~別世界~
■並行世界名『別世界』■時『現在』■場所『キミちゃん医院』■
「……。」「……クン。」「……太郎クン。」「鈴木太郎クン。」
素敵な女性の声が俺の名を呼んでいる。目を覚ますと俺は、室内の椅子にヘルメットを被され座っている。俺は生きているのか?。目の前にはすごい美人の女性。しかもきわどい水着姿。マンガだと鼻血ぶぅな状況だ。すごい美人で素敵な女性の声の主はソフィア・キングスルイと名乗った。
「ここは……天国ですか?。」
「違うわ。医院の中よ。……何故、天国と思ったの?。」と彼女は言った。
「目の前に君みたいな素敵な女神様がいるから。」
とお決まりの台詞を言ってみたら、冷たい目で見られてしまった。また、第一印象が最悪である。彼女は今のことは無かったかのように話しを続ける。
「先にキミにお詫びをしなくてはいけないわ。ごめんなさい。この世界(別世界)の問題の巻き添えにしてしまって……。信じられないかもしれないけれど、空間の意としての、この世界(別世界)は、キミのいた世界(現世)では無いの。並行世界というらしいわ。後で詳しく説明するね。ここ(別世界)の科学技術は、キミのいた世界(現世)よりも遅れているが、超能力は当たり前の世界よ。悪の意識エネルギーに憑依されたオウ・キングスルイという人の超能力により、多数の人々は消滅して、この世界(別世界)は人類滅亡の危機に瀕しているの。大地の毒により消滅するらしいわ。《防御》という超能力を所持していたり、建物などの屋内に居れば消滅の危険は無さそうなのよ。超能力は、脳細胞に電磁波を当てることで所持できるらしいの。今、キミの被っているヘルメット、電気帽という装置で、六歳になれば誰でも所持できるわ。しかし、二十歳を過ぎて脳細胞が死滅し出すと、真っ先に超能力《防御》が失われてしまうのよ。まれに、二十歳を過ぎても、元々それ以上の年齢でも、超能力《防御》を失わない人たちも居るの。それを超能力《防御+》と区別しているわ。ドクターキミコという人が、人類滅亡の危機を解決する作戦を提案したの。その過程で、オウ・キングスルイとその子供のタロを、キミのいた世界(現世)に《並行》という超能力で送り込んだの。キミとタロ・キングスルイは、並行世界同一人別 (じんべつ)という関係で、ひとつの並行世界には同一人別は一人しか存在できない規則があるらしく、その規則によりキミはこの世界(別世界)に来てしまったの。作戦の対象の並行世界は、キミのいた世界(現世)以外にも幾つかあったらしいけれど、ちょうど、キミが他人をかばって事故死することが分かったので、巻き添えのお詫びを兼ねて、キミに決めた訳よ。改めて、ごめんなさい。身代わりになるキミの同一人別は、電気義身体という、見た目はキミにそっくりな装置に入っているので死ぬことはないわ、…………安心……よ。多分……。作戦の概要は次を参照してね。」と彼女は長々説明した。
現在は作戦の最中である。
■■■■■■
【院外秘】人類滅亡の危機を解決する作戦概要
1 オウ・キングスルイの並行世界同一人別 (じんべつ)(以下、同一人別)が存在せず且つ超能力が無さそうな世界(現世)を、超能力《並行》と《遠視》と《山勘》で探し出す。
2 オウを対象世界(現世)に超能力《並行》の機能で送ることでメイン・リンと離す。対象の世界(現世)には同一人別が存在しないので、こちら(別世界)には来ない。
3 オウ・キングスルイの子供と超能力《並行》所持者と超能力《憑依》所持者を対象の世界(現世)に送り、こちら(別世界)に来た同一人別の三名は電気低温室で冬眠させる。
→【変更】オウの子供は電気義身体で。オウの子供の同一人別には超能力を所持させる。
4 対象の世界(現世)で、オウ・キングスルイの子供の意識エネルギーをオウに憑依させて悪の意識エネルギーを追い出し、悪の意識エネルギーを電気縄で封印する。超能力《憑依》に必要な宇宙エネルギーは超能力《並行》で供給する。悪の意識エネルギーの未知の力は、供給が無いので機能しないはずなので追い出せるはず。
5 オウ・キングスルイ(子供の意識エネルギー在中)と超能力《並行》所持者と超能力《憑依》所持者をこちら(別世界)に戻して、超能力《創造》で大地の毒を取り消す。
6 危険な四大攻撃超能力を同時に打ってくる悪の意識に憑依されたメイン・リンの対処は保留、おそらくキミちゃん医院 (ここ)を攻撃してくるので電気壁で対処。悪の意識エネルギーの対処はキミちゃん三号(電気脳)にて計算中。
敵 悪の意識に憑依されたオウ・キングスルイ(超能力《防御+》《創造》《破壊》)
悪の意識に憑依されたメイン・リン(超能力《防御+》《憑依》《炎》《氷》《流》《砂》)
要員 オウ・キングスルイの子供 (タロ)(超能力《防御》《炎》《氷》)
超能力《防御》《並行》レイコ・ノヴァ、ジロ・サウス
超能力《防御》《憑依》ハス・ニイミ
超能力《防御》《山勘》《流》ミカエル・ポップ
超能力《防御》《遠視》《砂》ガブリエル・コーン
その他の協力者
指揮 キミちゃん先生(超能力《防御+》《不老》《遠視》《計算》)
■■■■■■
現在は手順3で俺は『その他の要員』か、いや、タロの同一人別か……?。んっ?。
「俺の並行世界同一人別のタロとその親父のオウの苗字はキングスルイ。ソフィアさんも同じということは兄弟姉妹か親戚ですか?。」俺はソフィア・キングスルイに聞いた。
「うふふ。タロ・キングスルイは私のだんな様なの。正式に結婚していて、エリザベスという三歳の娘もいるの。六歳にならないと超能力《防御》を所持できないので現在は規則に従って共同施設に住んでいるわ。」
ありゃりゃ。パラレルワールドの俺はこんなすごい美人と結婚していると。こんなすごい美人と毎日おっぱいでハウハウしているのかっ。うっ、うらやましすぎる。んっ?。俺はまだ十五歳だぞ。もうすぐ十六になるが。彼女は続けて言う。
「私は十六歳よ。人類滅亡の危機なので世界的に結婚の制限が無くなったの。私は、ドクターキミコに言われて海外からこちらに引っ越して来たのよ。希少な超能力《回復》の所持者なので、それに、ドクターキミコに憧れていたから医療の勉強もしていたの。はじめの頃は、患者さんの自宅にお薬を届ける仕事をしていたの。ある日お届けの途中で、曲がり角で人とぶつかってしまったの。その人がだんな様で、お客さんに陶器のお届けの途中で、陶器は落として割れてしまったの。だんな様の自宅に一緒に謝りに行ったら、実は、私がお薬を届ける家だったの。患者さんはだんな様のお母さんだったの。その後も何回もお薬を届けることをして、だんな様に会う度に『この前はごめんなさい』と言っているうちに仲良くなって今に至るのよ。」
彼女はさらに続けて言う。俺は神宮寺麗子とぶつかって恨まれているのに……。
「さて、ドクターキミコの指示でキミにも超能力を所持してもらうわ。医院の外に出たら大地の毒で消滅してしまうから。しかし、キミは、だんな様たちが戻って来るまで室内で待っているだけでいいのに何故かな?。いいわ。被っているヘルメットでチェックとイクイップを行うのよ。」と彼女は言った。
「チェックとイクイップ?。」と俺はくり返した。
「チェックは、脳細胞一つ一つに弱い電磁波を当てて何の超能力を所持できるかということと、同時にいくつ所持できるか調べるの。イクイップは、本人の希望を聞いて、強い電磁波を当ててそれを所持させるの。通常は、チェックの料金は一万円、イクイップも一万円よ。セット価格は一万円よ。今回は、ドクターキミコの指示なので、キミからは請求しないわ。カードの再発行は十万円もするので無くさないでね。」
彼女の説明に対して俺はつぶやく。「読み書き可能な光円盤みたいな。」
彼女は説明を続ける。「チェックは何回も出来るけどイクイップは所持可能数ごと一回しか出来ないの。それに、たいていは、ニ、三種類の超能力が候補にあがるけど所持可能は一つだけという人が多いわ。ゆえに今では超能力《防御》のみ所持の人が多数よ。」
「まずはチェックよ。」
「はい、終わり。」
えっ、そんなに早く、脳細胞って何百億個とか何千億とかでは。それに何も感じなかったぞ。
「すごい、すごい、すごい。さすが、だんな様の同一人別 (じんべつ)ね。候補は《防御》
《炎》《氷》《流》《砂》。所持数は最大三つ。で、《防御》《炎》《氷》にしてくれないかな?。」
彼女の言葉に俺は答える。「では、それでイクイップをお願いします。」
彼女は不思議そうに聞く。「あら。理由は聞かないの?。いいわ、理由は簡単よ。超能力《炎》《氷》は希少なの。これで戦力増強になるわ。戦闘があるかどうかは不明だけど。」
説明によると、炎・氷・流・砂は、火・水・気・土(四大攻撃超能力)のことのようだ。
パパパパッパーン。俺は《防御》《炎》《氷》の超能力を覚えた。
「超能力を使う時にはそのカードを突き出してイメージするの。」
と彼女が言ったが、えっ、カードって?。ありゃりゃ。いつの間にか俺の手にはそれぞれ『防御』『炎』『氷』と記入されたカードが三枚ある。
「試しに超能力《炎》を打ってみて。頭の中の炎のイメージが実体化するのよ。」
彼女が言ったのでやってみた。
「《炎》!。」と俺が言うと排球の球の大きさの火の玉が現われてすぐに消えた。さすがに室内で業火を出すのはまずいと思って抑えたが、野球の球の大きさをイメージしていた。
「実体化した後もイメージを続けないとすぐに消滅してしまうわ。でも、さすが、だんな様の同一人別ね。超能力も強力そう。」と彼女は言った。超能力は、『宇宙エネルギー』というのを皮膚から取り込んで発動するそうで、今の俺の服装、長袖、長ズボンでは大きい炎は出すことが出来ないとのこと。皮膚が出ているのは顔と手だけなので。そうか。彼女がきわどい水着姿なのは、宇宙エネルギーを皮膚から取り込みやすくするためか。しかし、他の看護婦は普通の制服、カーディガンにナース服だ。
「私は超能力が弱いのに希少な《回復》の所持者なの。使用頻度が高いので、恥ずかしいけれど、この服装なの……。」彼女は俺の思いを察したのか言った。
「超能力といえば、サイコキネシスとかテレポートとかもありますか?。」と俺は聞いた。
「サイコキネシス?。テレポート?。」と彼女には伝わらなかった。
「手を触れずに物を動かしたり、一瞬で離れた場所に移動したり。」と俺は訂正した。
「超能力《動力》と超能力《転送》のことね!。」と彼女は言った。あるのか。でも、俺の所持候補対象には、なっていなかったな、残念だな。
「超能力《動力》は、動かす対象の指定と力の調節がとても難しく、ただ破壊を繰り返すだけなので所持禁止、または、カードの没収よ。超能力《転送》も、移動元と移動先の空間を正確に分子単位で入れ替えないと、核分裂とか核融合とかいう大爆発をおこすそうなので所持禁止よ。」と彼女は言った。
「超能力が使い放題なら犯罪が蔓延するなあ。」つい俺はつぶやいた。
「私たちの世界(別世界)には悪い人はいないわ。例えば、道路に財布が落ちているとするね。キミたちならどうするかな?。」と彼女が聞いた。
「俺なら、拾って近くの交番や警察署に届ける。」と答えた。多分、そうする。
「私たちの世界(別世界)の人はそのまま落ちたままにするわ。落とした人は、落としたことに気が付くと、来た道をたどって探すと思うの。それに、落とした人がその辺りの人でないと交番や警察署の場所が分からないでしょ。そのままにしておくことは、実は、落とした人のためなのよ。」と彼女の言ったことに俺は納得する。
「もしかして、この世界(別世界)には犯罪自体が無いですか?。」と俺は聞いた。『犯罪』と言って『悪い人』と反応したからそうではないと思うが。
「悪意は無いけれど結果として犯罪になる事例はあるわ。ただ、キミたちの世界(現世)のような争いごとは無いの。だから、この世界(別世界)は科学技術が進歩しなかったのかも。」
彼女の言葉に俺は反応できなかった。彼女の話しは続く。
「改めて、『並行世界』とは何かを説明します。まず、世界、空間の意としての世界とは何か、から説明しなければならないわ。たとえば、ある一つの部屋があるとします。その部屋の中には膨らんだ風船がたくさん浮いているとします。その風船、一つ一つが、キミのいた世界(現世)、ここ(別世界)、天国、地獄、龍宮城、剣と魔法の世界などに相当し、それぞれの風船を『世界(空間の意としての)』と言います。それぞれの世界(風船)は、たとえ密着していても、通常は、お互いに知ることは無いし、行き来も出来ません。それぞれの世界から派生した世界や、過去や未来までも風船として存在します。ある人物が、強い意志で作ってしまった風船(世界)もあります。当たり前ですが、未知の風船(世界)もまだまだあるそうです。ちなみに、部屋の中だけど風船の外の空間を『亜空間』といいます。
それぞれの世界の中でも、派生した世界や、何故か似たような世界は、簡単に、あるきっかけで、お互いに知ったり、行き来できたりしてしまいます。つまり、一緒に同じ時を刻むことになった世界同志を『並行世界』と言います。文字通り、並んで進む世界というわけね。」彼女は話しを続ける。
「似たような世界とは、キミのいた世界(現世)とここ(別世界)に相当するわね。派生した世界とは、たとえば二人でジャンケンをすると結果は九通りなので九つに分岐することよ。しかし、ジャンケン程度では簡単には派生した世界は作られないの。相当に強い意志が必要なのよ。この例はあまり言いたくないけど、たとえば……、キミと私が一回限りのジャンケンをして……。キミが勝てば……、私の胸を触っていいとします……。……当然、たとえ話しよっ。キミは、負けたり引き分けだったりすると、すっごく悔しがると思うの。すると、ここ(別世界)は、キミの勝った世界、負けた世界、引き分けの世界と三つに分岐するのよ。」
ソフィアさん、すみません。今、世界が二つに分岐したかもしれません。それにしても……、彼女が話したり手振りをすると……、彼女のおっぱいが揺れて……、ハウハウ……。
「……ちなみに、……だんな様は胸よりも腰が好きよ。大人の男性は女性の腰が好きと。女性の胸が好きなのはお子様と言っていたわ。」と彼女に言われた。ずみまぜん、俺は『おこさま』です。
「三つ質問いいですか?。」と俺は彼女に言った。
「もちろん、いいわよ。だんな様たちが戻って来るまで時間があるし、キミを、この世界(別世界)の問題に巻き込んでしまったお詫びもあるし、お話ししましょ。」と彼女は言った。
「待つだけ?。俺に活躍する場面は無い?。俺は主人公では無いのか?。」と俺は嘆いた。
「あら、一人一人は皆一人一人それぞれの人生では主人公よ。」と彼女にかわされた。
「冗談はさておき、何故、オウさんがいない世界(現世)を選んだのですか?。」と俺は聞いた。
彼女は答える。「電気帽を盗まれているので、義父さんの同一人別 (じんべつ)がこの世界に来ると非常に困るの。まず、超能力を所持されてしまうから。」
「それから、ミカエル・ポップさんの超能力《山勘》は何ですか?。」と俺は聞いた。
彼女は答える。「手順1の条件を満たす、いきなり『当たり』を引く能力のことよ。並行世界全て一つ一つ確認する時間は無いし、数が多すぎるから実現的では無いわ。」
俺は三つ目の質問をする。「メイン・リンさんの対処は保留になっていますが、彼女も俺のいた世界に送ってしまえば超能力が無効になって危険ではなくなるのではないですか?。」
彼女は答える。「メインさんの超能力は強力すぎて、キミのいた世界(現世)でも超能力が使用できる可能性が高いと判定されたの。」
『ゴゴゴッ。』突然、地響きがして建物が揺れた。棚の上の箱が落ちそうなので、俺はソフィア・キングスルイをかばおうとした。
「私に触らないでっ。」と叫ばれてしまった。そこまで嫌われてしまっているのか……。ありゃりゃ、どうしても、おっぱいに目が行ってしまうからだろうな……。
「ち、違うの。私の超能力の一つに《精神感応》があって。その……、触れてしまうと、お互いの考えがお互いに伝わってしまうの……。」
ああ、良かった。神宮寺麗子みたいに嫌われている訳ではないようだ。
「キミちゃん三号(電気脳)の表示を中央監視に移してちょうだい。あっ、まず、医院の外に電気壁を展開して、それから……。」と幼い女の子の声がする。視線を移すと、ちっちゃい女の子が周りの看護婦たちに指示を与えている。ここは医院だよな……、医療装置には見えない、いろんな装置を看護婦たちが操作している。秘密基地にしか見えないが……。
「ソフィアちゃんは医院内を確認してちょうだい。負傷者がいたら超能力《回復》を使って。応援が必要ならば、ミー (ミカエル)ちゃんか、ガー (ガブリエル)ちゃんに連絡して。」
とちっちゃい女の子がまた指示した。
「了解いたしました、ドクターキミコ。」ソフィア・キングスルイは答えた。
「キミちゃん先生と呼んでって言ったでしょ、ソフィアちゃん。」
「申し訳ありません、ドっ、キミちゃん先生。」
ソフィア・キングスルイは部屋から退出した。
「ソフィアの代わりに私がお相手しますわ。」と後ろから女性の声。振り返ると、神宮寺麗子!。何故、彼女がここに。でも、声が違う。
「私はレイコ・ノヴァ。この医院の看護婦よ。希少な超能力《並行》の所持者で、神宮寺麗子の同一人別 (じんべつ)なの。本当にタロ君にそっくりね。私と付き合わない?。ふふふっ、半分冗談よ……。超能力《並行》を使う際に、ソフィアと触れることが多くて……、ソフィアの意識が流れてきて、妻子持ちのタロ君を好きになってしまったの。ふふふっ。」
神宮寺麗子にそっくりな彼女は続けて言う。
「あの、ちっちゃい女の子はドクターキミコ。このキミちゃん医院の院長なの。超能力《不老》の機能であの姿、実は八十一歳よ。他の能力は《防御+》《遠視》《計算》。あっ、キミちゃん先生って呼ばないと怒られるわよ。」
「そういえば質問をし忘れていた、ガブリエル・コーンさんの超能力も《遠視》、視力が悪いことが超能力なのですか?。」と俺は聞いた。
「違うわ。『えんし』ではなく『とおし』よ。壁の向こうを見たり、離れた場所の景色を見たり、人体の中を見たりすることが出来る能力よ。ちなみに、超能力《計算》は一秒間に数千京回の計算ができる能力のこと。超能力を所持できるヘルメットはキミちゃん先生の発明で、大量生産して世界中の医院や病院に設置されているの。料金は一回一万円よ。カードの再発行は十万円よ。仕組みを誰も理解できなかったので、キミちゃん先生が制作機械の設計や修理もしているの。」と彼女は言った。なるほど。ここ(別世界)の科学技術は遅れていると言っていたが、キミちゃん先生だけは、俺たちの世界(現世)よりも何世紀や何十世紀も進んでいるから超能力が当たり前なのか。彼女は続けて言う。
「医院に攻撃している人物は、悪の意識エネルギーに憑依されたメイン・リンさん。一緒にいたオウ・キングスルイさんが(現世に)とばされて居なくなって、この医院から彼の気配を感じ取り、破壊しようとしているらしいわ。彼女は超能力《炎》《氷》《流》《砂》他を所持している。看護婦のミカエルさんは超能力《流》、ガブリエルさんは超能力《砂》を所持している
が、彼女たちだけでは応戦できないの。希少な君の超能力《炎》《氷》が必要よ。お手伝いをお願いね。」
俺は、ミカエルさんとガブリエルさんの後について医院の外に出た。
~第五章~法則~
■並行世界名『別世界』■時『六十年前』■場所『ビビ・キングスルイの家』■
現世よりも百年ほど科学技術は遅れている。地域によっては電気は利用されているが、たいていの地域は発電所がまだ無いので電気の恩恵はまだ得られない。照明は、速草の油の灯火器かロウソクである。
速草とは、植物の一種で、赤、青、黄、緑、白、黒の六種類がある。赤色はタンパク質、青色は炭水化物、黄色は脂質、緑色は塩味、白色は甘味(糖類)の成分を持つ。生でも食べることが出来る上に、朝に種を植えると、夕方には花が咲く。受粉は勝手にされるし、生息が密集していると芽から成長せず、枯れてしまうので、大量発生しない。葉は食用で、すごく美味しい、茎は絞ると水が出るし、種からは油が取れる。花は不味いらしい。暑さ寒さ、標高の高低、乾燥湿気、日光など関係なく育つ。黒色だけは特別で食用にはならないけれど、葉、種から取れる液体に氷を落とすとマイナス十度の冷気を放ち続ける。一度、植えると、容易に食料と水と燃料が安定供給される。それらを取得するための争いが無い要因の一つである。
他に、大きな争いが無い要因として、歌『ワ・ー・ノ・レ・ド』がある。交渉などの話し合いの席で、意見がもつれた時に、シンガーと呼ばれる人が歌『ワ・ー・ノ・レ・ド』を歌う。すると、何故か皆、合唱しだすのだ。その後、話し合いはたいてい上手く終わる。その歌は何語なのか意味も全く分からないが昔から親しまれて歌われているものだ。
自動車のエンジンは発明されているが実用化には遠い。
普通の家の普通の部屋での出来事。
「ううっ。六歳……、六歳のお誕生日……おめでとう……、ビビ……。」
ビビ・キングスルイの母親が涙ながらに言った。無理もない。ビビは生まれながらに脳に障害があって、六歳までは生きられないと医者から告知されていたから。見た目や行動は普通の女の子と大差ないのに。
「ママ、ありがとう。」ビビが言った。父親はくちびるを噛みしめて何も言えないよう。
「ママ、このオバさん誰?。」
「オバさんじゃないの、お・ね・え・さ・ん。キミコお姉さんよ。」ビビの言葉にオバさ、ではなくて若くて美しいお姉さんは言った。このお姉さんは大学で脳の研究をしていて、脳細胞一つ一つに電磁波を当てることによって数々の成果を発見している。ビビを救うために、父親が藁にもすがる思いで探し当てた人物である。
前触れもなく、ビビは、キミコお姉さんにヘルメット(電気帽)を被らされた。
「少し、じっとしていてちょーだいね。すぐに終わるから。」
「はい、終わったわよ。」
ビビが被されたことを抵抗する暇もなくヘルメットは外された。
そして、キミコお姉さんは、しばらく、ビビの頭を凝視していた。
「ふっ……、思ったとおりね……。ん?。まぁいいか。これで大丈夫です。安心して下さい。」
キミコお姉さんはビビの父親に言った。ビビの父親と母親に感謝の言葉を受けてキミコお姉さんは帰った。ビビの誕生日のご馳走をお土産にもらっていった(おおよそ一万円分)。
「ビビ。今からデパートにプレゼントを買いに行きましょうね。」ビビの母親が言った。ビビが、お人形さんかぬいぐるみさんか迷っていたので、両方とも買いましょと言っても、どちらかだけと言い張るので、当日になっても用意できなかったのだ。
デパートでビビはお人形さんを選んだ。
帰り道で、上機嫌なビビ・キングスルイはふっと思った。
『迷ったすえに私はお人形さんを選んだ。もしも、ぬいぐるみさんを選んだ私が目の前に居たら、お人形さんを選んだ私を羨ましく思うのかと、私は、ぬいぐるみさんを選んだもう一人の私を羨ましく思うのか、お話ししてみたいな。……あら、このカードは何かしら?。』
…………超能力《法則》が発動した…………。全ての世界において、ある条件の基、事象分岐は全て存在しえるという並行世界の規則が出来てしまった。脳の障害を治療した副作用でビビは超能力を所持してしまっていた。
~第六章~創造と破壊~
■並行世界名『別世界』■時『三十三年前』■場所『キミちゃん医院』■
この地域にも発電所が建設されて照明が電気になった。冷蔵庫や洗濯機はまだ無い。あいかわらず黒い速草が冷蔵庫代わりである。自動車は販売されているが、まだ高価すぎて一般には普及していない。
ビビ・キングスルイが成長し結婚し息子オウが生まれた。今日は、オウ・キングスルイが六歳になるのでキミちゃん医院に行く。超能力を所持するためだ。超能力を所持してると生活が楽になったり就職に有利だったりするので、一般に、所持が常識になっている。脳細胞一つ一つに弱い電磁波を当てることで所持可能な超能力が判定し、指定の一部の脳細胞一つ一つに強い電磁波を当てることで超能力を所持する。まるで、読み書き可能な光円盤であるが、一度、超能力を所持すると変更は出来ない。所持禁止の超能力もあるので要注意だ。
家から医院まで歩いている途中、オウは速草の花をかじっては「まずい。」と言っている。ビビが「止めなさい。」と言ってもきかない。オウは自動車を見て言う。
「車が毛布にくるまった。」
『どこに毛布があるの?。』と、ビビは思った。つまらない冗談が始まったかとも思った。
猫を見てオウは言う。「猫が寝込んだ。」
『歩いているわ。』と、ビビは思った。
橋の上を歩く最中にオウは言う。「橋の端に箸が置いてある。」
「あれはスプーンよ!。」と、ビビは我慢ならず口に出した。
キミちゃん医院に到着し、オウ・キングスルイは室内の椅子にヘルメットを被され座る。所持した超能力は《防御》《創造》《破壊》の三つ。前例が無いものだ。
「そうぞう、そうぞう、そうぞう、そうぞう、そうぞう、そうぞう、そうぞう、そうぞう。そうぞう(創造)が八回(破壊)。」
オウは陶芸家になると言っているので適切かもしれない。土から器をかたどり色を付けて焼く、その後、床に落として割る。まさしく、創造と破壊だ。
「いいかげんにしてちょーだい!。」と、ビビは筆者にも文句を言った。
ドクターキミコ(キミちゃん先生)はとまどっていた。《創造》と《破壊》はともかく《防御》とは全く何か分からない。何から防御できるか今は不明だ。何十年後に役に立つとは全く予想できなかった。母ビビ・キングスルイは迷いなく窓口で料金一万円を支払った。ビビは全てを察しているようだった。
~第八章~炎と氷~
「八章ではなく七章の間違いではなくって?。」久々の登場の神宮寺麗子が言った。
「あらあら、まあまあ、これでイイですって。」
と、クーコ・キングスルイが言った。……って誰?。
■並行世界名『別世界』■時『十年前』■場所『キミちゃん医院』■
生活が豊かな地域では、冷蔵庫や洗濯機が普及していて、速草は、もはや雑草あつかいになっている。貧しい地域では、あいかわらず速草は重宝されている。
オウ・キングスルイが成長しクーコ・キングスルイ(旧姓クーコ・ガーランド)と結婚し息子タロが生まれた。タロ・キングスルイが六歳になるので超能力を所持するためキミちゃん医院に来た。タロは室内の椅子にヘルメットを被され座る。所持した超能力は《防御》《炎》《氷》の三つ。タロは母に言う。
「僕は大きくなったら料理人になるんだ。陶芸家のお父さんの作ったお皿に僕の料理をのせるんだ。超能力《炎》はぴったりだな。」
母クーコは言う。「あらあら、まあまあ。タロちゃんは良い子ね。あらあら、まあまあ。困ったわね。あらあら、まあまあ。お父さんの後継者がいなくなってしまうわ。あらあら、まあまあ。困ったわ。あらあら、まあまあ。どうしましょ。あらあら、まあまあ。」
「……。……お母さん、僕は大きくなったら陶芸家になるよ。」とタロは言い直した。
「あらあら、まあまあ。タロちゃんは良い子ね。あらあら、まあまあ。お父さんの後継者が見つかったわ。あらあら、まあまあ。良かったね。あらあら、まあまあ。」と母クーコは言った。
母クーコ・キングスルイは、あらあら、まあまあ言って、窓口で料金一万円を支払った。
~第九章~消滅~
■並行世界名『別世界』■時『五年前』■場所『メイン・リンの家』■
私はメイン・リン三十四歳女性です。今日は夫の葬式です。子供はいないので一人ぼっちになります。夫とはお見合い結婚で、気に入ったわけでなく周りに流されて夫婦になりました。しかし、一緒にいれば良くなるもので、夫が亡くなった時には大泣きしました。私が好きな人はクーコ・ガーランドという女性、いいえ、結婚したのでクーコ・キングスルイです。女性が好きなわけではありません。たまたま好きになった人が女性だったということです。彼女も私のことを親友と言って慕ってくれます。
葬式には大勢の方が来られまして感謝しています。ただ、クーコ・キングスルイの姿が見えません。親友と言っていたのは偽りでしょうか。女同士の友情はもろいという週刊誌の記事が頭の中をよぎります。
参列の中に、まるで小さい頃の彼女(子供)を連れた男性を見かけます。消極的な私でも、つい、見知らぬ男性に声をかけてしまいます。
「クーコの知り合いの方ですか?。」
男性は答えます。「クーコは妻です。本日は申し訳ない。妻は今、入院していて、どうしても外出許可が出なくて。」
良かった。彼女には来られない事情がありましたのね。って、良くないっ。入院ですって。
仕事が忙しくてなかなか会えなくって。この前に会った時には庭で元気そうで。あらあら、まあまあ、言っていたことしか覚えていないけれど。彼女はマイペースなので、既に体調が良くなかったかもしれませんね。少しでも友情を疑ってごめんなさい。
「お見舞いに伺ってもよろしいでしょうか。」私は尋ねました。
「ぜひ、来て下さい。親友のあなたが来るなら妻も喜びます。」彼女の夫は言いました。彼女の入院している病院の場所を聞きましたが、彼女の夫と子供の名前を聞くのを忘れていました。彼女の結婚式に参列したのに夫の名前を覚えてないなんて薄情者と言われそうですわ。
翌日、最優先で彼女のお見舞いに行きました。ベッドの上で起きていて元気そうで良かったです。相変わらず、あらあら、まあまあ、言っています。私の不幸なんて全く忘れて楽しい時間を過ごしました。夫の名前はオウ、子供の名前はタロということは忘れずに教えてもらいました。子供は、女の子と思っていたら男の子でした。本人に怒られてしまいましたわ。クーコにも怒られてしまいます。何度も二人のことは話ししていると。私は、彼女の笑顔が好きなので話しの内容は二の次です。あらあら、まあまあ、を何回言ったか数えたりしていましたが。しかし、その後は忙しい日が続き、一週間くらい次のお見舞いに行くことが出来ません。
次のお見舞いでは、クーコ・キングスルイは……、病院のベッドに……、横たわって……。静かに……、顔に白い布をかぶされて……。……私の来る一時間前に亡くなったそうです。私はその場に立ちすくみ、声を出せずに、涙を流していました。夫だけでなく親友まで失いました。どのように家に帰ったか覚えていませんが、気付くと家のベッドで寝ていました。
仕事の休暇の後も何日も休みを取りました。悲しみで全く何も手に付きません。クーコの葬式に参列したことも覚えていません。『ぐー』と私のお腹がなります。そういえば何日も食べていません。こういう時でもお腹はすくのですねと腹立ちます。冷蔵庫の残り物でさっと料理を作ります。一人もくもく食べているとタロ・キングスルイちゃんのことが気になります。ごはんに困って泣いていないでしょうか。私が作ってあげに行くのも少々図々しいですし。
【注釈】タロは料理が得意。お腹がすいたと言って泣く年齢ではない。
オウ・キングスルイさんにしても私にしてもお互いにパートナーを失っています。私たちが一緒になれば、タロちゃんにとっても良いことでは……、と思いつきます。でも、オウさんは好みではないですし、再婚するとは限りませんし。形だけ彼と結婚すれば、タロちゃんのそばに居ることが出来ますわ。そんな身勝手なことが……。……私の超能力の一つ《憑依》を使えば可能ですね。たしか《憑依》は
1 外に存在する意識エネルギーを認識して会話できる
2 自分の意識エネルギーを、全部または半分、器の外に出す
3 器の内の意識エネルギーを器の外に出す
4 外に存在する意識エネルギーを器に入れ込む
※ 器とは、人間や動物、植物だけでなく、閉鎖空間も意する
※ 一つの器に意識エネルギーは最大二つまで、意志の強弱あり注意
※ 機能は接触時または至近距離のみ
と説明を受けましたが用途が全く分かりませんでした。私の超能力は《憑依》の他に《防御》《炎》《氷》《流》《砂》とあります。何回に分けて所持すると毎回一万円払うことになるので初回で全部所持しました。
超能力《憑依》を使ってオウさんを操り再婚する。そうすれば、小さい頃のクーコに似たタロちゃんのそばに居ることが出来る。……だめ、だめ、だめ、悪いことを考えてはダメです。と、その時、何処からともなく声がします。
『そうだ。オウ・キングスルイを操ってしまえ。……全く、ここ(別世界)には悪いことを考えるヤツがいなくて困っていた。ありゃりゃ、はずれくじを引かされたか……。』
それ以降の私の記憶はありません。
悪の意識エネルギーに憑依されたメイン・リンは、超能力《憑依》を使ってオウ・キングスルイを操った。人類を滅亡させるため、オウの超能力《創造》を使って大地から毒を発生するようにしたらしい。ビビ・キングスルイを含め多数の人々は消滅した。残っている人々は、超能力《防御》を所持する人々、建物の内にいる人々である。ドクターキミコ(キミちゃん先生)は、予め、超能力《防御》を強く勧めるように展開させていた。しかし、二十歳を過ぎて脳細胞が死滅し出すことで超能力《防御》が真っ先に消滅することまでは予測できなかった。ただ、ドクターキミコ、オウ・キングスルイ、メイン・リンなど、二十歳を過ぎても、元々それ以上の年齢でも、超能力《防御》を失わない人たちもいる。理由をキミちゃん三号(電気脳)にて計算中である。人々が消滅した原因を、電気脳『きみちゃん三号』の計算結果は『ソウゾウ、ダイチ、ドク』と表示した。それゆえ、超能力《創造》によって大地から発生する毒で消滅したことになった。悪の意識エネルギーに憑依されたオウとメインは常に一緒にいるようで、近付こうとすれば、メインの四大攻撃超能力を打たれてしまうので危険である。
~第十章~おかえりなさい~
■並行世界名『現世』■時『現在』■場所『木冬孤児院』■
「わーん。わーん。太郎にい。」と孤児院の女の子たちが泣き叫んでいる。倒れた老木の下敷きになっている鈴木太郎の姿は全く見ることが出来ない。
『いててっ。並行世界間の移動の衝撃と、倒木の衝撃の、二重の痛みか……。』
タロ・キングスルイは、いや、タロの意識エネルギーは言った。言ったとはいっても、エネルギー体なので普通の人には聞くことが出来ない。見た目は太郎に見える義身体に入っていたタロの意識エネルギーが、太郎の代わりに老木の下敷きとなった。衝撃により意識エネルギーは自由設定の義身体から出る仕組みである。正確には『電気義身体』というキミちゃん先生テクノロジーの一つである。タロの体つまり器は、キミちゃん医院の電気亜空間室に置いてある。亜空間では並行世界の規則は適用されない。
「大丈夫ですか、と聞くだけ無駄でしょうか?。」とハス・ニイミはひそかに聞いた。
『うん、一応、意識は、はっきりしている。』とタロの意識エネルギーは答えた。ハスは超能力《防御》と超能力《憑依》の所持者である。職業は宅配業者、タロと同じ年齢だがタロにも敬語を使う。タロを好いているレイコ・ノヴァを気に入っているのでタロに言い寄っている。お分かりのとおり現世の新美波司の並行世界同一人別 (じんべつ)である。ここ(現世)では、超能力を発動するための宇宙エネルギーが少ないために、超能力を使うことが出来ない予測だったが、何故か、《憑依》の機能の一つ、意識エネルギーとの会話は出来るようだ。
「一つ、問題が発生しています、タロ君。老木の下敷きになっている義身体をどのようにして運べばいいのでしょうか?。全くビクともしません。俺一人では倒木を動かすことは出来ません。木冬公園では、俺たちと同時に並行世界間移動したジロ・サウスさんが待っているので、義身体を持って、急いで行かねばいけませんのに。そこでは、同じく並行世界間移動した、悪の意識エネルギーに憑依されたオウ・キングスルイさんが暴れているかもしれませんし……。あいかわらず、キミちゃん先生の作戦は穴だらけですね。やれやれ。」とハスは言った。
孤児院の庭での異変に気付き、院長先生が駆け付けて来た。それと同時に、倒れた老木を軽々持ち上げて義身体が起き上がった。
「ふっ、びっくりした、モク。」と義身体が言った。
「モク?。太郎ちゃん……、……大丈夫?。」と、おそるおそる院長先生は聞いた。
「大丈夫、大丈夫、モク。」と義身体がポーズを決めて言った。
「わーい。わーい。太郎にい。」と孤児院の女の子たちは喜んだ。
ハスは義身体にひそかに言う。「申し訳ありませんが義身体から出て行っていただけませんでしょうか、老木の意識エネルギー様。俺たちには用事がありまして妨げになるのです。」
「大丈夫、モク。木冬公園に行けばいいのね、モク。その前に、院長先生に一言あるのでいいかな?。すぐに済む、モク。」と老木の意識エネルギー(義身体)は言った。
「はい、どうぞ。それはこちらも助かります。それに、問題を解決していただいた恩人のお願いを断る理由はありません。」とハスは言った。
「院長先生、切らないで、と言ってくれてありがとう、モク。今までありがとう、モク。さよなら、モク。」と義身体は言った。
「……どういたしまして?。」と院長先生はとりあえず言った。
「院長先生、すみません。俺たちは急用がありますので、これで失礼します。」とハスは言い、ハスと義身体は孤児院を去った。タロの意識エネルギーも忘れずに。
院長先生は孤児院の女の子たちに言う。
「どうして、太郎ちゃんが、この木のことを知っていたのかしら。この孤児院は、先生の実家だったの。先生のお祖父さんがこの辺りの土地を購入する前から、この木はここに植わっていたの。大きな家と広い庭を造るのに邪魔なので切ってしまう予定だったので、小さい頃の先生が『切らないで、かわいそう。』とお願いして今に至るのよ。」
木冬公園に到着した、ハスと義身体(老木の意識エネルギー)とタロの意識エネルギー。公園の街灯の柱部に、オウ・キングスルイが『電気縄』で縛られているが暴れてはいない。ジロ・サウスは殺風景な公園のベンチにすわって缶コーヒーを飲んでいる。ジロは超能力《防御》と超能力《並行》の所持者である。十九歳の陶芸家、オウの弟子なのでタロからすると兄弟子である。すばらしいオウの作品を見て弟子希望者が殺到するが、オウのつまらない冗談を聞いて弟子希望者は颯爽として去ってしまう。しかしジロだけは居残った。つまらない冗談が大好きだそうだ。感覚は、ずれているが彼の作品もすばらしいと評判だ。『電気縄』とは、キミちゃん先生テクノロジーの一つで、設定された人しか縛ったりほどいたり出来ない縄である。電気を帯びた危険な縄ではない。人や物や意識エネルギーだけでなく、空間や時間まで縛ることが出来るので、取り扱い注意という『めっ』という赤い封印シールが貼ってある。シールを剥がして空間を縛ると、地球の自転や公転から置いてけぼりになるし、時間を縛った瞬間、消滅してしまう。……ある意味、危険な縄か。今はジロが設定されているので彼しか縛ったりほどいたり出来ない。木冬公園も、町の発展のしわ寄せで無くなる予定なので遊具は撤去されているので殺風景である。ちなみに、ハスとジロの並行世界同一人別 (じんべつ)は、キミちゃん医院の電気低温室で冬眠している。たまに目が覚めて、様子を見に来た、逆三角形のマスクを付けたドクターキミコ(キミちゃん先生)を見て「宇宙人だ!。」と言い又眠ることもある。
「やっと来たか。飲むか?。この世界(現世)の飲み物だ。美味いぞ。円筒の上のこれを引っ張ると封が開く仕組みだ。」と言って、ベンチの上に置いてある二つの缶コーヒーをハスと義身体にわたすジロ。
「ゴクゴク、美味しい、モク。では、これで失礼するね、モク。」と、老木の意識エネルギー(義身体)は言ったと同時に義身体はその場に倒れた。
「どうもありがとうございました。」とハスとタロの意識エネルギーは言った。ハスは頭を下げたが、タロは意識エネルギーの状態なので、頭がどこか分からないが下げたつもりだ。
「お待たせしました、ジロさん。さっそくメインイベント開始です。」とハスは言った。今から、超能力《並行》の機能で、別世界のレイコ・ノヴァと会話して、超能力《憑依》に必要な宇宙エネルギーを供給してもらう。ジロの合図でハスが超能力《憑依》を発動させる。タロの意識エネルギーをオウ・キングスルイに憑依させる。オウの器には、オウの意識、悪の意識、タロの意識と三つ入ることになるので、超能力《憑依》の規則により、意志が弱い意識が追い出される。普通は、血縁関係ではない悪の意識エネルギーが追い出されるはずだが、未知の超能力《癒着》の機能によって、悪の意識エネルギーは追い出すことが不可能になっている。しかし、ここは現世である。超能力《癒着》に必要な宇宙エネルギーは供給されていないはずなので、悪の意識エネルギーを追い出すことが出来るはずと、ドクターキミコ(キミちゃん先生)の作戦である。タロの意識エネルギーがオウに入ったと同時に、ハスが再び超能力《憑依》を発動させて悪の意識エネルギーを追い出そうとする。
『出て行け。』とタロが言う。「出て行け。」とハスも言う。器の内側と外側の両方から追い出そうとした結果、悪の意識エネルギーはオウから出た。隙を与えず、ハスが再三超能力《憑依》を発動させて、悪の意識エネルギーを街灯の照明部に入れた。ハスがジロに合図し、ジロが何かを唱えると、オウを縛り付けていた電気縄がほどけて、今度は悪の意識エネルギーの入った街灯の照明部を縛り付けた。
「やれやれ。……作戦成功ですね。」とハスが言った。
「たいへんだ。向こう(別世界)ではメイン・リンさんが医院を攻撃しているそうだ。すぐに戻ろう。」とジロが言った。
「やれやれ。次の問題は、悪の意識エネルギーに憑依されたメインさんの対処ですか。超能力《憑依》は至近距離でないと機能しません。俺たちにはメインさんの攻撃を防御する方法がありません。悪の意識エネルギーをどのようにして追い出したらいいのでしょうか。」とハスは言った。タロが入ったオウ、ハス、ジロは、超能力《並行》の機能で元の世界(別世界)に戻った。義身体も忘れずに。
■並行世界名『別世界』■時『現在』■場所『キミちゃん医院』■
鈴木太郎こと俺は、看護婦のミカエル・ポップさんとガブリエル・コーンさんの後についてキミちゃん医院の外に出た。医院の外では、悪の意識エネルギーに憑依されたメイン・リンさんが《炎》《氷》《流》《砂》の超能力を医院に向かって攻撃している。一緒にいたオウ・キングスルイさんが急にいなくなって、気配を医院から感じとって破壊しようとしているそうだ。医院の建物の周りにはバリア(電気壁)が展開されているのでそれ以上の損害は無さそうだが、メインさんの攻撃にバリアは徐々に弱まっているそうだ。俺たちの役目は、メインさんの攻撃を打ち消しバリアの損傷を防ぐことだ。ミカエルさんは攻撃《砂》を超能力《流》で打ち消し、ガブリエルさんは攻撃《流》を超能力《砂》で打ち消し、俺は攻撃《氷》を超能力《炎》で、攻撃《炎》を超能力《氷》で打ち消すのだ。彼女たちは、カーディガンを脱いで背中が大きく開いたノースリーブ姿になった。宇宙エネルギーを取り込みやすくするためか?。俺も長袖を脱いでティーシャツ姿になった。医院内での火の玉のイメージと同じ要領で、カードをかざし超能力《炎》と超能力《氷》を打ったが、両方とも、メインさんの攻撃に対して全く無力だった。俺では役不足なのか?。美女三人の前でズボンも脱がないと?。いや、待てよ。ソフィア・キングスルイさんは打った後のイメージも重要と言っていたな。ありゃりゃ、また打つことしかイメージしていなかった。今度は、攻撃に対して超能力を打ち、その攻撃を打ち消すとまでイメージして……、超能力《炎》!超能力《氷》!。よし!。みごとに一回の攻撃《炎》と攻撃《氷》の打ち消し成功。後は攻撃を受ける度にこれの繰り返しでいいな。戦闘に余裕が出来て、ミカエルさんとガブリエルさんの方を見ると苦戦している。彼女たちは、メインさんの一回の攻撃に対して、ニ、三回打たないと打ち消すことが出来ないようだ。手伝ってあげたいけれど、俺の超能力では打ち消すことが出来ないらしい。待てよ。イメージが重要ということは、攻撃《炎》を超能力《炎》で打ち消すことも可能では?。カードをかざし、一つの超能力《炎》が二つに分かれて攻撃《炎》と攻撃《氷》を打ち消すとイメージして打った。……よし、成功。では、本番。一つの超能力《炎》が四つに分かれて攻撃《炎》《氷》《流》《砂》を打ち消すとイメージして打った。コンプリート!。メインさんの一回の攻撃を全て打ち消した。ミカエルさんとガブリエルさんから尊敬の意を受ける俺。ふふふっ。もっと良いことを思いついた。ここ(別世界)の超能力というのは、イメージさえ出来れば性質など関係ないのでは。メインさんを閉じ込めるように、冷たくなく融けない、空気や水分を通す氷の壁を展開する。内側からの超能力や衝撃は全て吸収してしまうが、外側からの超能力は全て素通りし、外側からは容易に破壊できる壁。カードをかざして超能力《氷》を打った。悪の意識エネルギーに憑依されたメイン・リンさんの攻撃を完全に無力化し且つ拘束もした。空間そのものが俺のカンバスだ。この世界(別世界)でも油絵のアルバイトが役に立った。
……ん、急に全身に衝撃が走り意識が遠くなった。
キミちゃん医院の外に居るミカエル・ポップ、ガブリエル・コーン。メイン・リンの激しい攻撃が止まったようなので様子を見に来たソフィア・キングスルイとレイコ・ノヴァの二人。その目の前に、オウ・キングスルイ(タロ在中)、ハス・ニイミ、ジロ・サウス、義身体が出現した。タロの意識エネルギーが別世界に戻ったので、並行世界の規則によって鈴木太郎は追い出されるように現世に戻ったのだ。帰って来たオウたちを見てソフィアは言う。
「……おかえりなさい……。義父さんたち……。」
オウに対してタロの意識を感じて再びソフィアは言う。
「おかえりなさい。あなた!。」
~第十一章~終わり~
■並行世界名『現世』■時『現在』■場所『木冬公園』■
俺、鈴木太郎は木冬公園にいる。急に景色が変わったことで、すぐに、タロ・キングスルイたちが作戦の手順4を終えて別世界に戻ったことを理解する。並行世界の規則、同一世界には、同一人別 (じんべつ)は一人しか存在できないので、俺は追い出された形で自分のいた世界、現世に戻ったのだ。全身に衝撃が走った感覚がまだ消えない。なるほど、この感覚は、大きな老木の下敷きになった現象ではなく、並行世界に出入りする現象だったのか。頭の中でソフィア・キングスルイの声がする。
『聞こえる?。太郎クン。』
「おっ、おう、ソフィアさん。」俺は声に出した。現世に超能力は無いのでは?。どうして、別世界と会話できるのか?。まあ、細かいことはいいか。
『作戦の最後の手順を説明するわね。辺りに不気味に光る街灯が見えるかしら。』と彼女。
「おう、目の前に見える。」また俺は声に出してしまった。考えるだけでいいのに。
『キミの相手の悪の意識エネルギーはそこよ。そこに向かって超能力を打って。ただし、「倒す」のではなく「帰れ」とイメージして。こちら(別世界)のだんな様 (タロ・キングスルイ)と同時に打つことが大切なので、合図するまで待っていてね。キミのおかげで、メイン・リンさんから悪の意識エネルギーを追い出して、制限設定の義身体に閉じ込めることが容易になったわ。』
と言われても、超能力を打つためのカードを持っていない。しかし、右の手のひらに『ファイア』、左の手のひらに『アイス』と文字が描かれていることに気付く。頭の中で今度は、レイコ・ノヴァの声がする。
『太郎君、私よ、レイコよ。今、ソフィアと私はどんな格好していると思う?。ふふふっ。超能力を同期するために、汗だくで、一糸まとわぬ姿で抱き合っているのよ。ふふふっ。』
俺は、写真に撮っておいて下さい、と言いそうになる。
『……!。……バカなこと言っていないで、レイコ。……ただ手をつないでいるだけよ。』
ソフィアの声がした。もっ、もしかして……。いや、そんな妄想をしている状況ではない。
『こほん、いいかしら……。3、2、1、0と合図するので0で超能力を打って。』
ほんの先ほどまでの別世界での戦闘時の緊張が思い出される。
『3』
俺一人か。
『2』
違うか。向こう(別世界)には皆がいるな。一時間くらいしか一緒に居なかったけれど、ずっと前から一緒に居た気がするのは、何故だろうか。
『1』
全て上手く行く (ワ・ー・ノ・レ・ド)!。
『0』
「帰れ!。」と、俺は、不気味に光る街灯に向かって、ありったけの思いをこめて超能力を打った。街灯の光は消えた。成功したのか?。失敗したのか?。
『ありがとう……。』と頭の中で声がしたが、かすかなので誰の声か分からなかった。手のひらの文字は消えていた。
■並行世界名『別世界』■時『現在』■場所『キミちゃん医院』■
オウ・キングスルイ(親父)に憑依しているタロ・キングスルイは、親父の超能力《創造》で大地の毒の発生を無くそうとする。どのような仕様かドクターキミコ(キミちゃん先生)ですら分からなかったし、親父に聞いても操られていたので全く知らないだろう。祖母のビビ・キングスルイや多数の人々が消滅した原因を、電気脳『きみちゃん三号』の計算結果は『ソウゾウ、ダイチ、ドク』と表示されていたので、超能力《創造》によって大地から発生する毒によって消滅したらしいと皆は思っている。しかし、何故、カタカナ表示?。
『僕には、お父さんや、兄弟子のジロ・サウスさんのような才能はないが、二人が作ったようにそっくりな陶器を作ることが出来る。でも、芸術家には独自性が重要と注意されて、いまだに見習いのままだ。あらゆることをそつなくこなせるが主体性が無い。陶芸家になるのも、お母さんに言われたから。ソフィアと結婚したのもソフィアに言われたから。取り柄も無いし。ハス・ニイミから、立派な取り柄があると言われるので、何か、と期待して聞くと、奥さん美人、娘かわいい、と言われる。それは僕の取り柄ではないよ、と答えている。……こんな大変な時に、僕は何を考えているのだろう。』とタロは思った。タロたちや今居る町の人たちだけではなく、人類滅亡の危機なのだ。
『とにかく、大地の毒の発生を打ち消す仕様として超能力を打とう。』
『超能力《創造》で大地の毒の発生を打ち消す。』
『超能力《創造》で大地の毒の発生を打ち消す。』
『創造、大地、毒、打ち消す。』
『創造、大地、毒、打ち消す。』
『ソウゾウ、ダイチ、ドク、ウチケス』
『ソウゾウ、ダイチ、ドク、ウチケス』
……大地が一瞬だけ光り輝いた。……世界中の大地が。……五年前と同じように。
医院からドクターキミコ(キミちゃん先生)が出て来て言う。
「私が、超能力を所持できる電気帽 (ヘルメット)を作ったばかりにこんなことになってしまって……。ごめんね、ビビちゃん。町の皆さん……。世界中の皆さん……。」
ドクターキミコ(キミちゃん先生)は、人類滅亡の危機の原因を間接的に作ってしまった重圧に堪え難かったので、五年前に、超能力《不老》を打った。この機能は、大人になる方向または子供に戻る方向を選択して、現実の時間に関係なく当人だけ時間を経過することが出来る。現在のちっちゃい女の子の状態に落ち着くまで、何百年か何千年か経過させたのか聞くに堪えない。
……後ろから懐かしい声がする。
「キミコお姉さん(キミちゃん先生)は何も悪くないよ。」
大地の毒で消滅したはずのビビ・キングスルイ(祖母)や町の人たちが居る!。
人類を消滅させるならば、超能力《創造》ではなく超能力《破壊》を打つべきであろう。
『大地、毒 (どく)』ではなく『大地、退く (どく)』だった。それゆえに、建物の中に居れば無事なのに、屋外に出たら消滅するのだった。多数の人々は、今までどこに居たか不明だが、一時的に居なくなっただけのようだった。つまらない冗談に、別世界の人々は救われた。
なお、オウ・キングスルイとメイン・リンは、悪の意識エネルギーに憑依された期間の記憶は全く無い。オウが、人類滅亡の危機となる原因の超能力を打ったことも、院外秘なので、消滅した多数の人々は知らない。
■並行世界名『現世』■時『現在』■場所『木冬公園』■
「はぁ、とりあえず終わったのか?。」
脱いでいた長袖を着て木冬公園のベンチに倒れかかる俺、鈴木太郎。
「はい。お疲れさま。」
と牛乳パックを渡されたので手にする俺。
「ありがとう。ちょうど飲みたかったって、神宮寺麗子!。何故、キミがここに。」
「私はレイコ・ノヴァの並行世界同一人別 (じんべつ)よ。先ほどまで超能力《並行》の中継をしてたのよ。全て作戦通り終わったそうよ。その上、大地の毒で消滅した人々も無事だったそうよ!。」
ミッションコンプリート!。なるほど、彼女もその他の要員の一人だったわけか。
「明日から、いつもの毎日か……。」と俺がつぶやくと
「明日からも頑張りましょ。勉強に、運動に、……、恋に……。」と彼女。
ありゃりゃ、恋にって、彼女は少し顔を赤らめている。俺は彼女に嫌われているはず。
「……タロ・キングスルイに会ったの?。」つい俺は聞いてしまった。
「いいえ。君の並行世界同一人別 (じんべつ)には会っていないわ。会ってみたかったわ。」
彼女は笑顔で答えてくれた。……夕日に、彼女の長い髪がキラキラゆれて……きれいだ……。
「では、また明日、学校でね。ごきげんよう。」と言って彼女は去って行った。
彼女を、俺は固まって見ているしか出来なかった。
~終わり~