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【096話】フレア・ペトラ編その7


 地響きするような低い声に驚き、二人は思わず肩をすくめビクッと縮こまった。

 しかし一つも表情を変えず微動だにしない男は、静かに二人の返答を待っているようだった。


「あ、あの……、私たち、中に入ってもよろしいでしょうか……?」


 男は怯える二人を瞳孔一つ動かさず直視したまま、子供用メニューはシルゲのミルクしかないがと伝えた。


「だ、い、じょぶです。人と会う約束をしているだけですか、ら……」


 フレアの言葉に反応を示し、男は店の中を今一度振り返ってから、二人が入れる程度に扉を開け、「どうぞ」と招き入れた。


 誘われるまま店に入った二人は、あまりにも異質で薄暗い店内の雰囲気にやられ、子羊のように身を寄せ合った。あちらへどうぞと招かれるまま歩を進め、対面した長椅子とテーブルが置かれただけの簡素な一角へと(いざな)われた。


「な、なぁ、本当に入っちゃって大丈夫なのかよ?!(小声)」

「そんなこと言われても、もう入っちゃったよ!(小声)」


 のっしのっしと歩く男は、どうやら店主のようで、よくよく見れば身なりは整っており、鼻下に蓄えたヒゲを手入れするように摘んでから、「お連れ様がお待ちです」とペトラの耳元で呟いた。


「ハヒッ?! お、お連れ様? お連れ様って、そんなのどこに……」


 怯えながらペトラが言いかけた時だった。

 店内に微かなそよ風が起こり、誰もいなかった対面の席に、全身白尽くめの怪しい人物が現れた。

 驚きのあまり「わぁッ!」と声を出したフレアは、自分の口を抑えて仰け反り、思わず椅子に腰掛けてしまった。


「―― 風変わりな依頼主と聞いておりましたが、まさかお子でしたとは。驚かせて申し訳ありません、(わたくし)にも、色々と事情がございまして」


 ごゆっくりと言い残しカウンターへ戻った店主に礼を言った白尽くめの女は、二人に座ってくださいと促した。

 既に腰が抜けたように呆然とするフレアの隣に腰掛けたペトラは、目の前に座るあまりに怪し気な女の風貌を下から順に眺め見た。


 下半身は地面に付いてしまいそうな長い白のロングスカートを穿き、上半身は貴族が着るような白地のシャツで、胸元には炎を吐くドラゴンを象ったようなエンブレムが覗いていた。さらにシャツ全てを覆い隠すような純白の作務衣(さむえ)を羽織り、微かにピンクローズの香りが漂っている。

 また首元には宝石をあしらった首飾りが並び、自尊心を魅せつけたいのかと思いきや、顔や頭は全て白地の布で覆われており、目と口だけが隙間から見えているという不思議な状態だった。


「あの、……ええと」

「初見の御方は皆同じような反応をします故、気にはしておりません。ただ(わたくし)も、それほど時間が潤沢というわけではありませんから、可能ならば早々に依頼を終えてしまいたく」


 女の言葉に慌てたフレアは、ギルドから受け取った依頼者の印書を女に手渡した。

 女は一頻(ひとしき)り書面を確認してから、「確かに」とサインをした。


「それで、今回のご依頼は?」

「あの……、その前に、もう一度お名前を確認してもよろしいですか?」

「私に名はありません。ですからギルドの御依頼の際には、形式的に《マママ・ママママ》とさせていただいております」

「(なんだそれ……)ふ~ん、なら面倒だしマママでいいや。ところでマママはさぁ、魔道具や魔法に詳しいんだよな?」


 一気に距離を詰め、ペトラが馴れ馴れしく話に割って入った。しかしマママは気にする素振りなく、正面からペトラを見つめて言った。


「魔道具に関しまして、これまでそれなりの数を扱ってきた自負はございます。魔法やスキルに関しましても、私めの職がガードである以上、それなりの数は心得ているつもりです」

「だったら話が早えや。悪いけど、コイツを見てもらえる?」


 荷物の中からゴルドフの酒瓶を取り出したペトラは、マママに瓶を手渡した。

「失礼」と顔を近付け覗き込んだマママは、無言のまましばし考えてから、指先に微かに力を込め、瓶の口を回した。すると唐突に光を放った瓶は、バチンッとマママの指を弾いてしまった。


「……なるほど、おおよそ理解できました」


 傍らのテーブルに瓶を置いたマママは、初めて依頼人であるフレアとペトラを見つめた。

 今にも吸い込まれてしまいそうなマママの瞳に身動きができない二人は、互いにゴクリと息を飲んだ。


「そ、それで、瓶のフタは……?」

「残念ですが、私には()()()()()()()()()()()


 あまりに早すぎる返答に、ペトラの顔が途端に引きつった。

 瓶を見ただけですぐに開けられないでは、わざわざ高い金を払った意味がない。これで済ますわけにはいかないと、フレアに代わって勢いよく立ち上がった。


「簡単に開けられないじゃ困るんだよ。俺たちだって遊びでやってるわけじゃない。それなりの金も払ってるし、たった数分で『ハイそうですか』とはいくかよ!」


 ペトラの言葉に手をかざしたマママは、「まだ話は終わっておりません」と断った。先走りすぎよと横目で注意したフレアにほだされ、ペトラは大人しく腰掛けた。


「見たところ、こちらの瓶には特別な術式の魔法が練られているよう窺えます」

「どっかの魔法商もそんなこと言ってたな。で、やっぱダメなのかよ?」

「話は最後までお聞きください。先程、私なりに術式解除の魔法を調合し実施してみたのですが、やはり解除できませんでした。どうやらこちら、解除できる魔力の波長を調整されているよう思われます」

「……と、言いますと?」

「開けられる方が限定されている、ということでございます。残念ですが、(わたくし)本来の持つ魔力の波長では、どうしても整合性を保てぬ故、こちらを開けられないと断言したまでのこと。お力添えになれず申し訳ございません。ただ……」

「ただ、ただなんだよ?」


 ペトラの言葉を濁し、マママはフレア一人に狙いを定め、真っ直ぐ一点の曇りもない目をして言った。


「貴女なら開けられる。というより、これは()()()()()()()()()()()。端的に言うならば、これは貴女のために与えられた()()、というところでしょうか」


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