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【077話】ウィル編その15


 ポツリと呟くウィルの様子に、ベアーの首が斜めに揺れた。

 しかしコンマ数秒後、プシュという音とともに、ベアーの首元から鮮血が吹き出した。



『 グガァッアッ?! 』



 何が起きたか理解できず、ベアーが半歩身を引いた。

 そこでようやく、ベアーは自分の身体が何者かに切り裂かれたことを知った。

 ただそれをできたのが《何者か》など、聞くまでもないのだけれど――


「ウガァッ!」


 ベアー自身もわかっていた。

 異変が生じたのであれば、次の攻撃に移行し、さっさとトドメを刺せばいい。

 しかしそのトドメが、今しがたまで虫の息で転がっていたはずの男に()()()()()理由はわからなかった。


 確実に殺すつもりで放ったベアーの攻撃は、なぜか男に当たらず空を切った。

 しかも惜しさの欠片もなく、()()()空を切った。


 ベアーの視線が左右に揺れる。

 目の前にいたはずの男の姿は消え、左にも、右にもない。

 続いて上、下と視線が動くも、どこにも男の姿を見つけられなかった。


 モンスターといえど、目の前で不可思議なことが起こればパニックに陥る。それが何より、これまで幾度も自分の攻撃を受けきった天敵が相手ならば尚更だった。


 血が滴る首元に構いもせず、さらに身体を捩って周囲を窺うが、やはり男の姿はない。

 この密室空間のどこに逃げ場などあるものかと考えた時、ベアーはようやく男の居場所に目星がついた。しかしそれより一瞬早く、男は()()からベアーの耳元に顔を寄せ、何かを呟いた。



「―― 我にひれ伏せ、愚か者が」



 ベアーが無意識に振り返った瞬間、新たな鮮血がベアーの目の前で吹き出した。

 耳、首元、腕と同時に三ヶ所。霧吹きのように広がった鮮血がシルバーの毛並みを瞬く間に濡らし、その色を漆黒へと変えていく。


 削ぎ落とされた耳が地面に落ち、ベアーはようやく自分の傷に気付いた。

 しかし《攻撃された》と感じる間もなく、背中に乗っていたはずの男は消え、また別の場所から声が聞こえてきた。


「―― 愚鈍(ぐどん)なる傀儡(くぐつ)よ、我に牙を向けた報いを受けよ」


 ベアーが声のした方を向いても、もはやそこに姿はない。

 しかし代わりに自らの身体のどこかしらが裂け、血が吹き出していた。


 穏やかすぎる声の主は、右、左、上、下と、場所を問わず語り掛けたが、やはりどこにも姿はなく、ただ傷の数だけが視線を動かす回数分だけ増えた。


「それにしても――、カニの次は()()()()()か。相手する輩の程度が低すぎる」


 真後ろから聞こえてきた声に反応し、視線より先に爪を振るったベアーは、そこで初めて何かに触れた。しかし感触は永遠になかったもののように、さっぱりと消えてしまった。


「汚い爪だ。硬度以外一つも褒めるところがない。下劣な毛玉らしい粗末な部位だ」


 痛みで顔を歪めたベアーが腕を引いた。

 しかし腕の先にあったはずの左手は消え失せ、鋭利な何かで斬り裂かれた()()だけが残っていた。


『 ハギュガッ??! 』


 数秒後、忘れていたかのように腕から血しぶきが上がった。

 切断したまま持っていたベアーの腕をポイと投げ捨てた男は、これまで見られなかった黒々とした魔力をまとい、緑色に光る魔力で作り出した短刀を、折れてボロボロの左手に構えながら笑った。


「カニも毛玉も関係あるまい。全ては我の前に(ひざまず)き、(こうべ)を垂れよ。拒否するならば――」


 身を捩り優雅に舞った男は、宙にでも浮いているかのように音もなくベアーへ接近すると、あまりにも静かに刀を振るった。


 闇に浮かんだ緑色の軌跡が過ぎ去ったコンマ数秒後、今度はベアーの左膝裏の腱が真横に斬られ、足の力を失ったベアーが派手に転倒した。

 間髪入れず倒れたベアーの上にゆらりと立った男は、一瞬の躊躇もなくベアーの左目をくり抜き、空中に浮いた目玉を一閃した。


「汚れた獣の臭いで鼻が腐る。我が()すべきことは、汚物に塗れた毛玉を甚振(いたぶ)ることではない」


 倒れながら怒りに震えるベアーのカウンターが男の袖を通過する。

 しかし空気感なく攻撃を躱した男は、赤子でもあやすようにベアーの下顎に触れ、また躊躇なく抉り取った。


「汚物の下顎。……一銭の得にもならんな」


 食肉でも解体するように左手の短刀で肉を狩り取る様は異様と言うほかなく、ベアーは痛みを感じる間もなく翻弄(ほんろう)されていた。

 これまで(もてあそ)んでいたはずの愚かなヒューマンに、今度は自分が遊ばれている。

 しかし原因はまるで理解できず、動かなくなっていく身体だけが現実であることを正面から突き付けられていた。


「右腕の腱、右足首の腱、右上腕の腱、左股関節の腱。ついでにひとつふたつ爪も落としておくか」


 反撃する暇もなく、右手の指と爪三本が緑の一閃とともに鮮血に染まった。

 その時にベアーが目撃した男の顔は、表情がなく、一つの慈悲も、ましてや恐怖や苦痛すら感じさせはしなかった。


「ギャ、ガグヒィ!」


 恐怖心からベアーが背を向け逃亡を謀った。

 しかし通路は自らの手によって塞がれ、逃げる術はなかった。


 まともな身体であれば、壁を破壊し逃げることができたに違いない。しかしもう身体は動かず、何よりも強打を誇ったはずの両の腕すらなくなっていた。


  殺される――


 悟ったベアーは、ゆっくりと振り返った。するとそこには、自分の身の丈の倍にも見紛(みまが)うほど不気味な、()()()()()が立っていた。



「 我にひれ伏せ。(こうべ)を垂れよ―― 」



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