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【076話】ウィル編その14


 激しく転がりベアーの胸元から這い出たウィルは、スキルを破られてしまった原因を探した。

 意図的にやられたのは明白で、距離をとるベアーを対極に置いたまま、荒い呼吸で息を整えるしかない。


 ウィルの苦悩をよそに、原因はすぐ明らかとなった。

 絶えずウィルの身体から発せられる白い胞子は、30メートル四方の広さなら、すぐに白んだ空間に変えられる()()だった。しかしそれなりの時間が経過しても、霧の濃さが増すことはなく、一定のレベルで濃度が停止しているようだった。


「スキル無効化か。クソッ、この部屋じゃスキルの継続は難しいみたいだね」


 それでも全ての効果が無力化されるわけではなく、胞子も薄っすら視界を遮る程度の効果はあるようだった。しかしそれでベアーの動きや内部破壊を試みるには足りず、ますます手詰まり感は否めなかった。


「どうしようね。スキルもダメとなれば、もう手立てがないよ」


 ベアーはフィニッシュまでの余韻でも楽しむように、いくらでも考えろとウィルの出方を窺っていた。術中にはまった今、逃げ場なく狼狽(うろた)えるおかしなヒューマンを(ほふ)るくらいわけないと決めつけていた。


「それにしても顔が痛いね。僕の顔は、まだ付いているんだよね?」


 顔の傷に触れたウィルは、ダラダラ流れる血を指先にまとわせながら、尽きかけた体力と潜在的な魔力を計算した。


 姿を変えるために使用している贋物(フェイク)のスキルも、王の姿を保つには継続的な魔力が必要で、それすら長くは保ちそうにない。生身の姿に戻ってしまえば最後、ベアーの攻撃に耐えることは不可能。ダメージ=即死は確実で、もう悩んでいる時間すら残されていなかった。


「もってあと三分てとこか。いよいよタイムリミットだね」


 精神を統一し、拇指球に力を込めてムムムと身を屈めたウィルは、だったら仕方ないと腹をくくった。三分間、死物狂いで攻撃する以外に、現状を打破できる方法はもうなかった。


 霧が舞う部屋の壁を器用に横走りで駆けたウィルは、待ち構えるベアーへと距離を詰めた。

 指先から発生させたキノコ型の衝撃弾を放り投げ、カウンター攻撃を狙うベアーの脇腹に潜り込もうと試みた。

 しかしベアーも負けじと口から炎を放ち、ウィルの接近を許さない。


「構うものか。今さらこんな炎で焼かれるほど僕の身体はヤワじゃないよ!」


 強引に炎の中心に突っ込んだウィルは、一気にベアーの左脇下に潜り込んだ。

 獰猛なモンスターの急所は、もっとも触れるのが難しい場所と相場が決まっている。

 ベアーに急所があるとすれば、鋭い爪を持つ両腕を掻い潜った先にある腹、もしくは脇腹である可能性が極めて高く、狙い撃つとすればその一点しかなかった。


 ウィルは硬化した右の拳に残りの魔力を込め、アッパーカットのようにベアーの脇腹へと叩き込んだ。しかし分厚い筋肉の壁はどうしても破れず、内臓をぶちまけるつもりで放った一撃は虚しく弾かれた。

 それどころか、殴ったウィルの拳は衝撃に負け、バキボキと音を立て、多量の血を吹きこぼすだけだった。


「うぅ、ぐぐっ、ガアア!」


 見下ろすベアーを睨みつけ、ウィルは最後の望みを賭け、抜き手のように構えた左手を突き立て、腹を貫くように抉りこんだ。しかし為す術なく指は折れて曲がり、骨と骨との間の肉が裂け、また鮮血が飛び散った。


 攻撃が終えるのを待ち構えていたベアーが腕を振り上げた。

 全てを込めて放った攻撃が跳ね返され、もうウィルに反撃の力は残っていなかった。


 体全体を使って振るわれた右腕の勢いにさらわれ、くの字に折れ曲がったウィルの身体は対面の壁まで吹き飛ばされた。受け身すら取れずに壁を跳ねて転がれば、あれだけ鮮やかだった全身の光沢も、今や不気味な照りを持つだけの赤黒い塊になっていた。


「ま、……まだ、だ。まだ、……ぼ、僕は、や、れる」


 微かに動く身体を起こしたところに、突進したベアーのタックルが直撃した。

 天井へかち上げられたウィルは、藁人形のように何度も回転しながら壁にバウンドし落下した。


 いよいよ魔力が尽き、カニの青い光が消えていく。

 虫の息で転がったウィルは、微かに開けた目で天井を見つめながら、遠く聞こえるベアーの呼吸に耳を傾けた。


「はぁ、はぁ、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。僕は、この世界の王様になるはずだったのに」


 景色が少しずつ白み始め、聞こえていた音も次第に消えていく。

 ウィルはどこか気持ち良さすら覚える朧気な感覚に飲まれるまま、静かに目を瞑った。


「頑張ったのになぁ。自分らしくもなく僕のことを"俺"なんて呼んで虚勢を張ってみたりしたけど、やっぱりそれじゃ王様っぽくないもんね。みんなに認めてもらえないままじゃあ、誰も僕のことを王様だなんて呼んでくれない」


 あれだけ荒かった呼吸も小さく浅くなり、考えることすら億劫になった。

 自らの心臓の音だけが頭の中を巡り、全ての音が中から消えていくのがわかった。


「そういえば……、内緒にしていたけれど、これまでどうしても一つだけ思い出せないことがあるんだ。僕は実際にカニたちの王になり、カニの神になった。だけど……」


 ウィルの独り言がピタリと止まり、いよいよ潮時とベアーが前脚を下ろし四足になった。

 強い個体を捕食すれば自分の力が増すことを知っているベアーは、ようやくゆっくり食事ができるとウィルの頭上に歩み寄り、スッと顔を覗き込んだ。


 ――その時だった。


 これまで閉じていたウィルの目が微かに開き、最後に残していた言葉を呟いた。



「僕は……、どうやって彼らの王になったんだろう。キミは知っているかい?」



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