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【075話】ウィル編その13


「いよいよ一対一だね。さぁ、どちらが本物の王様か決めようじゃないか」


 ただ、弱者がどれだけ粋がろうと、絶対的実力差を覆すのは根本的に難しい。

 しかも争う時間が伸びれば伸びるほど、差は歴然なものとして表面化し、弱者を絶望の淵へと叩き落とす。


 攻撃を受けることはできても、ダメージが0のわけではない。

 何より相手に与えるダメージは皆無であり、蓄積する疲労やダメージは比較にもならない。


 ()()()()()()というだけで、状況は既に死に体。押せば倒れる状況に追い込まれてなお、逃げ出す術すらない。


 ダンジョンの主として君臨する猛獣との戦いを見守る者は誰ひとりおらず、二人が奏でる破裂音以外は滝の流れる音しかしない。

 それでもウィルの耳には、耳鳴りのように己の戦いを後押ししてくれる、カニたちの声援がいつまでも鳴り響いていた。


「はぁ、はぁ、わかっているさ。僕がこんなところで、はぁはぁ、負けるはずないだろう。僕は、キミたちキノコのカニの王様なんだ。こんな毛だらけのモコモコくらい、どうってことないよ!」


 強がりを言うものの、身体から(まばゆ)く漏れていた光は次第に薄れ、光沢を帯びていた身体中の鱗も、剥がれ落ちたように滑らかさを失っていた。

 特に顔面は殴られすぎて形が変わるほど腫れ上がり、既に左目は開けているのもやっとだった。


 いつまでも攻めることをやめないベアーは、殴りすぎて削れた爪を地面の岩で砥ぎながら、休む暇を与えず執拗に攻め続けた。

 こうなれば少しの油断が運の尽き。即致命傷になるのは避けられそうもなかった。


「な~に、大丈夫。直にエミーネが助けにきてくれる。あれからどれだけたったかわからないけれど、僕はまだまだやれるよ」


 攻撃を受けすぎて折れた左手の薬指を強引に戻したウィルは、鼻に詰まっていた血をフンと吹き出し、へへへと笑った。

 限界が近いことは言うまでもなく、こんな笑みが誤魔化しでしかないのは火を見るより明らかだった。


 地面を思い切り蹴り、ベアーが研ぎ澄ませた爪で襲いかかった。

 間一髪躱したウィルは、カニの体勢を保ったまま器用に宙返りし、壁にくっついた。しかし攻防一つをとっても、闇雲に戦いを長引かせているだけで、勝利へ繋がる光明は見えてこなかった。


 苛立ちのピークを越えたベアーは、大口を開け、魔力を溜め始めた。

 穴底ごと焼き尽くすつもりなのか、炎属性の魔力を溜めたベアーは、ちょこまかと逃げるウィルを目玉だけで追い、その一瞬に狙いを定めていた。


「これは困ったね。いよいよフィニッシュのつもりかい。さすがにここを火の海にされてしまうと、僕も逃げ場がないよ」


 このまま穴底に留まったとしても、どうやら勝ち目はない。

 ならばとフィールドを諦めたウィルは、ダンジョン内部へと続く横道に飛び込み、逃亡を謀った。


 しかしウィルが逃げ込んだダンジョン内部は、言うなればベアーの庭。逃げ切れる可能性は限りなく低かった。


「焼き殺されるよりいくらかマシさ。……な~んて言ってる余裕はなさそうだけど」


 後を追って横道に入ったベアーは、逃げ場のない細道の先を走るウィルへ炎を放った。

 身を屈め、死物狂いで走ったウィルは、ギリギリのタイミングで分岐へと逃げ込み難を逃れた。


「隠れてもすぐ匂いでバレてしまうし、スピードだってほぼ互角。これじゃあ八方塞がりじゃないか、僕はどうすればいいんだい?!」


 ベアーの存在に怯えて逃げ惑っていたダンジョンのモンスターたちに紛れて姿を隠すも、すぐに無駄だと思い知らされた。その証拠に、炎で焼き尽くされたダンジョンのモンスターたちは、消し炭にされ、虚しく地面を転がるだけだった。


「僕はいつも逃げてばかりだね。城を追い出された時も、城域で息を潜めていた時も、森で一夜を明かした時も、あのダンジョンも、このダンジョンも、カニたちの時だってそうさ。僕はいつも逃げ続けてる。そういう運命なのかな?」


 恐ろしい熱を要する炎を紙一重のタイミングで躱しながら、分岐点を跳ねるように逃亡した。

 おかげで逃げ足だけは速くなったと薄ら笑いを浮かべるが、そこでようやく異変に気付いた。


 ベアーとウィルのスピードは互角。

 なのに攻撃を躱し続けられるのはどういうわけだと振り返ったウィルを一瞥し、ベアーが炎の玉を吐いた。

 玉はウィルを逸れ、先に見えていた片方の通路を燃やした。どうやらベアーは攻撃している素振りを見せながら、狡猾に逃げ道を塞ぎ、ウィルを目的の場所へと導いているようだった。


「そりゃあそうか。自分が一番得意な場所で、一番得意な手段を使って相手を屈服させる。それが()()()()()()()()()()()だものな。僕もよく知ってるよ」


 ウィルの背後から迫る攻撃は、どれもタイミングを見計らっていて、ベアーの意志がありありと伝わった。

 次の角を左に進み、次の分岐を右へ、という無言の案内を受けた先に待っていたのは、至極当然の結論だった――



「おっと、……これはこれは。お邪魔させてもらうよ、()()()()()


 開けた空間へ飛び込んだところで、背後でガシャンと何かが崩れる音が鳴った。


 のしのしと近付いてくる巨大な影のさらに奥。どうやら広間へ繋がる道が分断されたのか、先程まで見えていた通路が崩れて閉ざされていた。


 巨大な灰色の影が一歩近付くと同時に、狭い通路に合わせて窮屈そうにしていた巨体を振るいながら、ベアーがガバっと立ち上がった。

 我が物顔でキョロキョロと辺りを見つめてから、機嫌良さそうに首を上下にスライドさせた。


「ここは()()()()()()ということか。キミからすれば、餌である僕が自分の足でノコノコやってきてくれた、って感じかな?」


 ねぐらのあちこちには、食い散らかしたモンスターや冒険者の残骸が積み重なり、捕食されたものたちが無残な姿で転がっていた。次はお前だと言わんばかりに退路を塞いだベアーは、真っ直ぐにウィルを見つめ喜んでいた。


 広さにすれば約30メートル四方の空間だった。

 中は血と獣の匂いで充満しており、ウィルは思わず鼻を摘み苦い顔をした。

 誰がこんなところへ望んで入るものかと一頻り文句を言ってから、余裕綽々待ち構えるベアーを指さした。


 もう逃げ場はなくなった。

 やるかやられるか。邪魔者が入る隙もなく、正真正銘の一騎打ち。

 エミーネの助けも望めなくなった今、そこから出る唯一の方法は、『ベアーを倒す』しかない。


「……色々試してみるしかないよね。密室ということは、まずは()()からだ」


 キノコの胞子を全身から発したウィルは、再びねぐらを霧状の空間へと変えていく。

 しかしまるで気にする素振りなく動かないベアーは、白い霧が充満するのを待ち構えているようだった。


「あれだけ苦しめてやったのに、もう忘れたのかい。しょせんはモンスターってことかな」


 ならばとベアーの対側(たいそく)へ移動したウィルは、そこから離間(セパレート)でベアーの頭へ接触を試みた。しかし直後、これまでなかった反応が、ベアーのいる壁際で起こった。


 ドンッという音と共に激しく壁を蹴って接近したベアーは、まるでウィルの攻撃などなかったように四本脚でスピードを上げ、スキルに集中していたウィルを鋭い爪で切りつけた。

 隙をつかれ、攻撃を正面から受けてしまったウィルは、バサリと顔を抉られ壁に叩きつけられた。


「うグッァ、なっ、どうして……?!」


 追撃に飛びかかったベアーの胸元へ潜り込んだウィルは、どうにか第二撃を躱しベアーの腹にしがみついた。

 吹き出す血を毛羽立った腹の毛で拭ったウィルは、今度は背中に突き立てられた爪を、身を捩って躱した。


 しかしかすった爪に脇腹を引き裂かれ、蒼白かった身体から鮮やかな鮮血が飛び散った。


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