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【073話】ウィル編その11


 すぐに反応したエミーネとウーゲルが振り返り距離を取った。

 三人ともども、そのあまりに醜悪なタイミングに困惑するしかなかった。


「嘘よね、どうしてアイツが……」


 立っていたのは、ダンジョンの主であり、最強を誇るブロックベアーだった。

 堂々と二本足で立つ姿を一目見るや、これまでウィルたちの戦いを窺っていた小型モンスターが一斉に散っていく。

留まれば間違いなくただでは済まないことを、本能で知っていた。


 ムグっと口を噤んだベアーは、無言でのっしのっし歩み寄ると、黒に灰がかった美しい毛並みを魅せつけながら、身動きすら忘れた三人を真っ直ぐに見据えた。

 目標として定められたが最後、執拗すぎる性質をもつベアーから逃げ切るのは至難の業。

 エミーネは思わず息を飲み、自分の最期を想像した。


「ダンジョンの主さんの機嫌を損ねちゃったみたいだ。どうしたものだろうね」


 いつもの軽口すら忘れ、エミーネとウーゲルを自分の背後に隠したウィルは、小声で「今のうちに魔力の充填を」と依頼した。悪態をつく余裕すらないエミーネは、嫌がるウーゲルを荷物の中に押し込んで、魔力を失い木の棒と化していた杖を拾った。


 地面を揺らし近付いたベアーは、ついにウィルまで数メートルの位置に立ち、油断したようにゆっくり左右を窺った。そして、何を見ているんだとウィルの視線が揺れたのをきっかけに、ベアーの左腕がふわりと浮かびあがった。


 フェイント、とウィルが隙を自覚した直後、恐ろしい重量とスピードを兼ねた一撃がウィルの右半身全体を襲った。息もできぬうちに跳ね飛ばされたウィルは、穴底の壁に叩きつけられ、激しく地面を転がった。


「アッ、ガッッ?!」


 まるで子供が玩具を投げ捨てたかのように、無慈悲に放られたウィルの身体に恐ろしい衝撃が伝わる。

 しかし当たりどころが悪ければ一撃で首が飛ぶほどの威力に悶絶したものの、ウィルの意識はなぜかはっきりしていた。地面を転がる瞬間も、自分を殴った重厚で肉厚なベアーの掌を、目の端で追い続けていた。


 ただそれはベアーも同じだった。

 ベアーからすれば、一撃で粉々にするはずだったウィルの身体が、崩れることなく壁を跳ねて転がっている。それはベアーにとって意外でしかなく、相手が自分の攻撃に耐え得る存在なのだと認識するには十分だった。


 そうなれば、次に取るべき行動は自ずと決まる。

 前脚を下ろしたベアーは、転がるウィルへと追撃を開始する――


 しかしそうはさせじと、後方で詠唱を続けていたエミーネは、攻撃領域の中に入ったベアーへ重力(グラビティ)を唱えた。

 黒い魔力に覆われたベアーの身体が急激な重力に襲われ、図らずもベアーの視線がエミーネへ流れた。


「あら、あまりこっちを見ないでくれる? うら若き乙女の身体をジロジロ見るなんて、許されることじゃあなくってよ」


 エミーネの言葉に触発され、ギンとベアーの毛並みが逆だった。

 ベアーがエミーネへ向けて突進を開始した。重力で押さえているにも関わらず、それを感じさせない獰猛な突進は、恐怖に沈んだエミーネの動きを簡単に止めさせた。


「マっズいなぁ、やっぱ私の力じゃ止められない」


 目尻に吸われる冷や汗を感じながら、魔力を上乗せし可能な限り抵抗をするも、ベアーの進行は止められない。

 慌ててウーゲル入りの荷物を投げたエミーネは、直撃を避けるためステップを踏んだ。しかし一枚どころか二枚も三枚も上手なベアーは、全ての動きに余裕で反応し、一気に距離を縮めた。


 為す術なく突進が決まる目前、鼓舞するように大声を上げて突っ込んだウィルは、ベアーの右目を狙い、全体重をのせた一撃を叩き込んだ。

 しかし片目を閉じて攻撃を流したベアーは、何事もなかったように地面を滑って急ブレーキを踏むと、体勢を崩すウィルを鼻先一つでかち上げた。


 恐ろしい背筋力で穴の上空へと跳ね上げられたウィルは、錐揉み状に回転しながら宙を舞った。

 しかし負けじと体勢を整えたウィルは、上空で壁を蹴り反転すると、一直線にベアーの頭上へ突っ込んだ。勢い任せに殴りかかるも、ベアーの分厚い筋肉に阻まれた攻撃は効かず、微かなダメージすら与えることはできなかった。


「なんだよ、その硬い身体。急所を狙っても効かない、思いきり叩いても効かないじゃ、打つ手なしじゃないか!」


 ベアーと同じように足裏を滑らせエミーネの元へと舞い戻ったウィルは、肩で息をしながら言った。

 しかしなによりも背後に立つエミーネは、ベアーに殴られてなお行動可能なウィルの撃たれ強さに困惑し、驚きを隠せないようだった。


「あれだけ殴られて平気なの。なんなのよ、その全身タイツ……」

「これかい? これは全身タイツじゃなくて、キノコのカニの王様さ。格好いいだろう!」

「いや、そこじゃなくて……」

「そんなことよりも、今はどうこの場を切り抜けるかだよ。エミーネは、あと何回重力(グラビティ)を使える?」

「多く見積もって三回が限度ね。まぁ……、使えたところで効かないけど」

「それは違うよ。さっき見ていたら、少なからず動きが鈍っていた。その瞬間なら、僕の攻撃が確実に当てられる」

「当てられるって……。攻撃してみてわかったでしょ。アイツの筋肉には生半可な攻撃じゃダメージも与えられないって。どうするつもりなの」

「ええとね、いつも犬男は僕にこう言うんだ。『お前はもっと脳ミソを使え。攻撃はなにも相手にダメージを与えるだけが全てじゃない』って」

「攻撃を……?」

「ちょっと試してみたいことがあるんだ。何度も無理させて悪いけど、少しだけ手伝ってくれるかい?」


 二人が話す間にも、何度も前脚を地面に擦り付けたベアーは、そのまま勢いをつけて突進してくる。

 どうにかエミーネを抱えて攻撃を躱したウィルは、小さく何かを耳打ちしてから、ベアーの気を引き、上空へと飛び上がった。


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