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【072話】ウィル編その10


 グググと拳を握り込み、ウィルは怪しく光る身体を思い切り屈め、ジャッカルと同じ四本脚の体勢で、さらに下から敵を見定めた。

 苛つき敵意を剥き出しにするジャッカルは、まずウィルを叩きのめすことに決めたらしい。


「しかし残念だよ。どうやら僕は大きな勘違いをしていたみたいだ。……そう、僕は僕の思う以上に、とてつもない人物だったようだよ。キミを――」


 などと軽口を叩いている間に、ジャッカルは一足で距離を詰め、ウィルの横顔を前脚でなぎ払った。

 何事もなく吹き飛ばされ壁に叩きつけられたウィルの姿を見ていたエミーネは、やられてしまった男の名を叫ぶことも忘れ、呆然と膝をついた。


「やっぱりウィルはウィルか。少しだけ期待しちゃった。バカだなぁ、私……」


 これでもう邪魔者はいなくなった。

 振り返ったジャッカルは、弱りきった二人を見下ろした。

 しかしそれを真っ向から否定するように、三度(みたび)男の声が(とどろ)いた。


「喋ってる途中に攻撃するなんて卑怯じゃないか。まさに敵キャラって感じだね。ただ、……僕の心はこう、グォォッて高まるんだけどさ」


 崩れた瓦礫を押しのけ現れたのはウィルだった。

 まだ余裕綽々、何事もなかったように歩いてくる様はあまりに不気味で、目を丸くしていたのはエミーネだけでなく、ジャッカルも驚きを隠せずにいた。


()()()()()()()()()()()。犬男もロディアも、キノコのカニがなんだって馬鹿にしていたけど、僕は知ってたよ。なにせ僕は100万匹のカニの王様だからね」


 言い知れぬ恐怖を感じつつ三度襲いかかったジャッカルは、今度は逃げられないように上から殴りかかった。地面に叩きつけて潰してしまえばそれで終いという見え見えな攻撃に、初めてウィルも腰を据えて防御の体勢を取った。


 振り下ろされた前脚がウィルの両腕にのしかかった。

 普通ならば爪と攻撃の威力に吹き飛ばされ即終了の場面も、なぜか腕をビタッと止めたウィルの身体は、眩い光を放ちながら前足を見事に弾き返した。


「殴られてみてわかったことがあるんだ。……残念だけど、どうやら僕の方がキミより()()。そして、これまで延々と逃げに逃げ続けてきた僕の方が――」


 そこまで言うと、ウィルはジャッカルの視界から横に逸れ、ピョンと飛び上がるなりジャッカルの眼球を一突きした。

 まるで反応できず正面を見ていたジャッカルは、突然の痛みに悶絶し悲鳴を上げた。


「ほらね、まるでついてこられない。やっぱり僕の方が、圧倒的に……、()()


 ジャッカルの頭上で横回転しながら大袈裟に反対側へと回り込んだウィルは、そのまま逆側の目にも手刀を叩き込んだ。

 視力を失ったジャッカルが暴れまわるところで、背後のエミーネに合図を出したウィルは、すぐに準備を整えた。


「……生意気、ウィルの癖に」


 震える膝を叩き、涙を拭って立ち上がったエミーネは、倒れていたジャッカルに刺さった杖を抜いて地面に刺すと、「飛んで!」と叫んだ。

 声に合わせて飛び上がったウィルは、空高く腕を掲げ、拳を握った。


「魔力が足りないから()()()よ。きっちり決めてよね!」


 ウィルへ向けて放たれた魔法が宿り、空中で腕を巨大化させたウィルは、そのまま眼下で暴れるジャッカルに照準を定めた。そして大袈裟に振りかぶり、巨大な拳を振り下ろした。


 ズゥゥンという地響きを伴い、最大級の一撃がジャッカルを押し潰す。文字通りぺしゃんこになったジャッカルは、ウィルの拳に押し込まれ、地面にめり込んだ。


『ッッダァッッ!』


 らしくもなく、ウィルが勝利の咆哮を上げた。

 しかもそれは、Cクラスのモンスターを倒したことより、ただ目の前の仲間を救えた喜びに沸き立つ、心の底から飛び出す雄々しい声だった。


「なんなのよアイツ。魔法が使えないとか、スキルが使えないとか、そんなことより()()()()()()じゃない。フフフ」


 意識を取り戻したウーゲルの殻を撫でながら安堵の息を吐いたエミーネは、大きくなったまま地面にはまって動かない右腕を引き抜こうとするウィルに近付き、ポカンと頭を小突いた。


「痛いじゃないか。……あ、え、エミーネ、それにウーゲルも酷い傷だ、すぐ手当をしないと!」


 右腕がはまったままなことも忘れ慌てるウィルの頭を小突いたエミーネは、「私もウーゲルも大丈夫だから」と首を振った。


 ようやく魔法が解けて縮んだ腕をグーパーしながら確認したウィルは、二人の傷を気遣い荷物からありったけの回復薬を取り出し、これでもかと振りかけた。


「ちょ、ちょっと。そんなに使っちゃ勿体ないでしょ。こんな傷どうってことないわ。ウーゲルだって、もう私が回復術(ヒール)で治したから大丈夫。……そ・ん・な・こ・と・よ・り!」


 ズンと半歩距離を縮めたエミーネは、思い切りウィルに顔を寄せ、アゴ先に人さし指を立てた。

 そして充血した目を見開き、「どういうことなの?」と聞いた。


「ど、どうと言われましても」


「聞いてないよ、あんなの。自分はFランクの冒険者って言ったわよね。じゃあ聞くけど、Fランクの冒険者がジャッカルの攻撃を受けて無傷でいられる?」


「は、ハハ、ど、どうしてだろうね、ははは……」


「はははじゃない! 魔法が使えない、スキルが使えないだのは、この際置いておくけど、ランクを偽るなんて、私たち救護者に対する冒涜だと思わない?!」


「いや、だからね、僕は本当にFランクで――」


「言い訳は聞きたくない。おかげで私もウーゲルもやられかけたの。その意味がわかってる?!」


 勝利の喜びを消し去る憤怒に、ウィルはシュンとして「ごめんなさい」と頭を下げた。

 意外にも容易く謝罪を受け入れたエミーネは、「わかってるなら良いけど」とようやく少しだけ表情を崩した。


 一段落し、三人ともが肩の力を抜いた。

 ウィルがいつもの軽口を叩きエミーネもそれに応えた。しかしその時、エミーネの肩越しに、闇の奥で二つの小さな光がゆらりと動いた。


「なに、どうしたのよウィル?」

「いやぁね、……どうやらまだ安心している場合じゃなかったと思ってさ」


 闇の奥でゆれる二つの光がすっくと立ち上がった。

 少しずつあらわになっていく巨大な影は、小さな呼吸を伴い二人に近付きながら、《気付け》と言わんばかり、風を引き裂くような奇声を跳ね上げた。


「それにしても、空気が読めないってのはアレだね。せっかくエミーネと打ち解けたってのに、もうぶち壊しにきたのかい?」


 ダンジョン中に轟くほどの声は、否応なく場の空気を凍らせた。


 そこに立っていたのは、それはそれは恐ろしい、毛むくじゃらの巨体だった――


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