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【071話】ウィル編その9


 ジャッカルのオスに狙いを定めたエミーネは、もう一匹に完全に背を向け杖を構えた。


 もはや玉砕覚悟の戦術だった。背後に迫るもう一匹のプレッシャーを感じながら杖の石突部分を向けたエミーネは、正面に迫るオスジャッカルの顔面に強化した杖を投げつけ、背中を押すように重力を反転させた。反作用でグリップを押され加速度的にスピードを増した杖は、恐ろしい速度でジャッカルの右眼に突き刺さった。


「脳まで抉っちゃうんだからァ、デリャアァア!」


 助走をつけて飛びかかったエミーネは、飛び膝蹴りの要領で突き刺さった杖をさらに奥まで押し込んだ。脳深くまで杖が突き刺り、ジャッカルが呻き声に近い嗚咽を漏らして倒れた。


「捨て身になればこれくらいできるんだからね。……捨て身だから、後はどうにもならないんだけどさ」


 ゆっくり振り返ったエミーネの目に、寸前まで迫ったもう一匹のジャッカルの影が映った。

 大きく口を開けたジャッカルは、そのままエミーネの顔を食いちぎらんと、恐ろしい速さで最後の一歩を踏み切った。


「やっぱりあんな奴に関わるんじゃなかったよ。ホント、私ってばお人好し」


 死を覚悟したエミーネは、全てを悟り、棒立ちのままジャッカルの攻撃を待った。

 防御は間に合わず、もはや為す術はない。しかしふふふと笑みを浮かべた直後、エミーネとジャッカルの間に()()が割って入った。


『 ギ、ギチギチギチギギ! 』

「え、……ウーゲル?!」


 飛び込んだのは空へ逃したはずのウーゲルだった。

 主人のピンチを察したウーゲルは、自らの命をなげうち、魔法のかかっていない生身の状態で身を固めてジャッカルに体当たりした。


 口を開けたままウーゲルの動きに反応したジャッカルは、浮いていた前脚ではたき落とそうと試みた。しかし身体を回転させて躱したウーゲルは、ジャッカルの横顔に甲羅を直撃させた。


「なんで?! 逃げろって言ったはずよ、ウーゲル!」


 攻撃は確かに当たった。

 しかし生身のウーゲルの攻撃がジャッカルに効くはずもない。


 微かに体勢を崩しただけのジャッカルは、目標をエミーネからウーゲルへと切り替え、空いていたもう片方の前脚ではたいた。ウーゲルは恐ろしい力で地面に叩きつけられ、そのまま為す術なく地面を転がった。


「ウーゲルッ!」


 エミーネがウーゲルへ手を伸ばすも、ジャッカルがその隙を逃すはずはない。

 野生の勘か、それとも予測していたのか。たったひと踏みで鋭角に方向を変えたジャッカルは、エミーネの横顔を前脚ではたいた。


 どうにか身を(よじ)って躱そうと試みるが、爪が皮を裂き、深く抉れたエミーネの頬から血が吹き出した。しかしそれよりもウーゲルの無事を祈るエミーネは、力が抜けて地面に付きかけた太腿(ふともも)に全ての力を込め、転がるウーゲルを拾い上げ駆け出した。


「ウーゲル、死んじゃダメよ、ウーゲル!」


 ただ敵に背を向け走ったところで、窮地を逃れられるはずはない。

 すぐに体勢を整えたジャッカルは、エミーネの背中へ再び爪を突き立てた。


 かすった爪先に押され転がったエミーネは、酷い出血のせいでふらつく頭を叩き、胸元に抱えたウーゲルだけは守り抜こうと(うずくま)って身を固めた。

 しかしそれが最悪の行動であることなど、誰の目にも明らかだった。


 身動きせずダンゴムシのように(うずくま)る者など、捕食者にとってもはや敵ではない。

 無防備な横腹を前脚でひと殴りしてしまえば、新たな餌のできあがりである。


 余裕綽々で近寄ったジャッカルは、身を固めて動かないエミーネの頭上に堂々と四足(よつあし)を踏みしめて立った。あと一撃、首を切り裂けば終了。楽な仕事だった。


「死なせない、絶対に死なせないから!」


 必死に抗う二人にゆっくりと前脚を振り上げたジャッカルは、いよいよ最後の一撃を振り下ろさんと鋭い爪を尖らせた。

 しかしタイミング悪く、カツ、カツ、という聞き慣れない足音に気付いたジャッカルは、左前方の闇の奥を()()()()()()()()



「まさかまさかこの僕の目の前で、美しい女性のお顔を傷付けるなんて……。どこの誰だか知らないけれど、…………()()()()()()()、キミ」



 闇の奥で怪しく光る筋がゆらりと揺れ、異質な輪郭を際立たせた。


 ふわふわと宙に浮かぶような不気味すぎるスライム型の頭と、それにミスマッチした青すぎる肉体は、研究に行き詰まり錯乱の末に気が狂ってしまったマッドサイエンティストのようでもあり、場末スナックの店先に掲げられた電飾看板のようでもあった。


「相手がCランクだろうが、Bランクだろうが、そんなことは関係ない。僕の目の前で困っている女性がいたならば、どんなことをしてでも助け出す。それが僕のポリシーだ!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()の再登場に驚きを隠せないジャッカルは、指先に覚えた確かな感触を思い出しながら、前脚を持ち上げた。

 骨まで粉々に砕いたような感触が確かに残っており、どうにも納得がいかない様子だった。


「ウィル……?」


 異変に気付いたエミーネは、ウーゲルを抱えながら涙を流していた。

 その姿を一目見たウィルは、肺いっぱいに息を吸い込んでから、「ブゥゥ」と唸り、眉をひそめジャッカルを睨んだ。



『 絶対に許さない。美しい女性の敵は、僕の敵だ! 』



面白そう、続きが気になる、と思っていただけましたら、広告下の【☆☆☆☆☆】より評価いただくと励みになります。

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