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【070話】ウィル編その8


 全宇宙の空気がピタリと静止した。

 その瞬間、確かに世界はコンマ数秒、動きを止めていた。


「は……、ハァ?」

「手始めに、僕はまずキノコのカニの王様になった。彼らは僕のことを()()()()()()と認めてくれたよ。その証拠が……、この姿さ!」


 冷え切った冷たい風が底から上空へと消えていく。

 我に返った場の全員が、再びウィルへと牙を剥く。それはエミーネやウーゲルも例外ではなかった。


「せ、説明になってるかー!」

「随分と乱暴なツッコミだね、エミーネ。ならばマドモアゼル、とくと僕の王様っぷりを見ているといいよ。どうやら僕が予想したとおり、犬男は僕のことを完全に封じきれていなかったみたいだからね」


 空より飛来する鳥たちの背中に飛び乗ったウィルは、軽く羽を操作し、一匹ずつ確実に地面に落としていった。異様なほど蒼白く光り輝く様は変わらずで、あまりに馬鹿馬鹿しすぎる状況に、エミーネは絶句するしかない。


 群れ最後の一羽が捕まり地面に落下した。

 派手に散らばった鳥の羽が穴底を埋め尽くす中、柔らかな羽の束に着地したウィルは、キノコ型の頭を振り乱しながら格好をつけた。


「どうだいエミーネ、こんな僕でも鳥を追い払うことができたよ!」


 飼い主にお手した犬のように、褒められたい一心で手を振ったウィルに、エミーネは一連の出来事が飲み込めず苦い顔をした。


 確かにウィルを試しはした。

 しかし魔法やスキルで回避することを期待していたエミーネに、理解不能な変身に対する反応は持ち合わせていなかった。目撃したエミーネとウーゲルの両方が、苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。


「ほらほら、もっと褒めてよ。ほ~らほ~ら!」


 穴底でピョンピョン跳ね回り手を振る男に唖然とし、エミーネは馬鹿らしくなって嘆声を漏らした。

 しかしその間も、ウィルの目立ちすぎる異様な風貌は、また新たなモンスターを呼び寄せてしまう。

 グルルという別の唸り声が穴底に響き、エミーネはすぐに周囲を警戒した。

 声の主は誰よりも早く、穴底で動き回るおかしな生物を餌と認識したようだった。


「ウィル、いいからすぐにこっちへ! ダンジョンジャッカルがアナタを狙ってる!」


 遠かった唸り声が瞬く間に距離を詰め、ウィルの元へと駆け寄っていた。

 闇の中から現れたダンジョンジャッカルは、エミーネが倒した個体と比べ物にならないほどの巨体を揺らし、青い光に吸い寄せられるように突進した。


「―― はぇ?」


 ボーッと振り返ったウィルに、ジャッカルが巨大な前脚で殴りかかった。

 為す術なく攻撃を受けたウィルは、ぐにゃりと折れ曲がりながら吹き飛ばされると、ダンジョン内の細い柱を突き破り、闇の奥へと消えた。


「うそ、ウィ、ウィル、大丈夫?!」


 しかし男から返答はなかった。

 代わりに今度はジャッカルがエミーネの前に立ち塞がった。


 先に倒したものとは迫力そのものが桁違いで、エミーネ自身も額に汗を浮かべながら、バックステップで距離を取るしかなかった。


「だからあれほど油断するなって。()()()()()()()()()()()()()を倒したくらいで調子に乗るなんて、未熟な冒険者そのものじゃない。まぁ、私もそう変わらないけどさ」


 エミーネはジャッカルの攻撃を巧みに躱しながら攻撃の準備を整えたが、やはり大型の個体となると、なかなか隙を与えてはくれない。

 詠唱の時間を稼ぐため重力(グラビティ)で足止めを狙うが、相手も相手で、なかなか魔法の間合いに入ってくれなかった。


「これじゃ埒が明かない。どうにか動きを封じないと……」


 ちらりと吹き飛ばされたウィルの行方を追うも、やはり動きはなかった。

 どうにか生きていてと願うも、Cクラス上位のモンスターによる不意打ちに耐えられるFランク冒険者などいるはずがない。


 すぐに頭を切り替え、自分だけでもこの場を切り抜けると決めたエミーネは、縦穴の中心付近にまで移動し、不本意な顔でウーゲルを天高く掲げた。


「こうなったら直接当てるよ。ウーゲル、準備して!」


 身を固めて殻にこもったウーゲルを吹き抜ける空高くに投げたエミーネは、ジャッカルが穴底に足を踏み入れたところで、また同じように超密度(Sデンシティ)を唱え、ウーゲルを巨大化させた。


「「 ウーゲル、潰せ! 」」


 巨大化したウーゲルが穴全体に覆い被さったせいで、すぐ異変に勘付いたジャッカルは、大口を開け、口から炎を吐いた。

 炎はウーゲルの腹に直撃したものの、超高密度に固められたウーゲルの殻に魔法は通じず、落下を止められなかった。


「イケる、そのまま押し潰すのよ!」


 グオォォと迫るウーゲルの迫力にやられ、ジャッカルの脚が完全に止まった。

 しかしエミーネが勝ちを確信したのもつかの間、また別の影が横穴からジャッカルのいる中央付近へと駆け寄った。


「え、なに?!」


 影は一直線にジャッカルを跳ね飛ばし穴底の外へと退避させ、自分も器用にバックステップを踏んで領域外へと逃亡した。そうしている間も落下を止められないウーゲルは、為す術なく着地し、ジャッカルを押し潰すことなく地面だけを揺らしてしまった。


「どうしてッ。どうなってるのよ!」


 地面が沈むズゥンという衝撃が轟く中、すぐにウーゲルのサイズを元に戻しエミーネが逃亡した影を追った。

 穴底を挟む二つの横穴から、二頭のジャッカルが二人を睨みつけていた。


「仲間がいた、というより、(つがい)だったってことね。モンスターの癖に妬けちゃうじゃない。私なんか、もう随分お一人様期間が長いのに」


 オスのジャッカルを助けたのは(つがい)のメスジャッカルだった。

 前後を挟まれ、いよいよ逃げ場を失ったエミーネは、追い込んだつもりでいた自分の言葉を思い出し、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「どうしよう、ウーゲルを巨大化させるにも魔力を充填する時間が必要だし、一匹でも逃げ回るのが大変なのに。あはは、……もしかして私、詰んでる?」


 ウーゲルを抱きかかえたエミーネは、両目尻の端で左右から同時ににじり寄るジャッカルを警戒し、奥歯を噛みしめた。

 まさかこんなところで終りを迎えるなどとは想像しておらず、抱えたウーゲルに「アナタだけでも逃げるの」と呟いた。


 ウーゲルを思い切り上空の壁際へ放り投げたエミーネは、ようやくあいた両手をベタリと地面に付け、「いらっしゃいよ、お二人さん」と不敵に笑った。

 その声をきっかけに牙を剥いたジャッカル二頭は、左右同時に勢いよく飛びかかった。


「簡単にやられてたまるもんですか。少なくともどちらか一匹くらいやってやるわよ。そうでなきゃ、女として癪だもんね」


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