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【064話】ムザイ編その2


   ◆◆◆◆◆


 ―― アライバルの仕事は単純明快である


 依頼主を目的の場所まで無事送り届けること。

 ただそれだけ。


 しかし時に未熟なアライバルは、ダンジョンのギミックにしてやられたり、強力なモンスターに破れ一瞬で全てをふいにする。そうなったが最後、万一生き帰ったとしても、再びアライバルとして生きていくには厳しい現実が待っている。


 仕事のミスは一夜にして知れ渡り、数年先まで依頼は露と消える。

 命のやり取りをする仕事である以上、大きなリスクを孕むという意味で、一切の怠慢や油断が許されないのは言うまでもない。しかしだからこそ、絶対的な結果は絶対的な信頼として世に知れ渡る。また成果が大きければ大きいほど、勢いもまた早く、絶大である――


「しかしどんな一流のアライバルだろうと、依頼者を置き去りにして逃げ出したことの一度や二度はあるものだし、やられて死にかけることだってある。反対に冒険者に助けられ先導されるなんて辱めにあうことさえある。俺もそれなりに苦労してきたし、それなりの死線は潜ってきた……」


 何よりも一般的なヒューマンであれば、アライバルとして実働できる時間はたかがしれている。

 現役でいられる時間はたかが50年が限度。

 時が過ぎ去れば肉体は衰え、いずれは競争に敗れ落ちぶれる。


 しかし異世界には、各種様々な人種が存在する。

 獣人、エルフ、ドワーフなど、多種多彩な人種が存在し、中には混血や覚醒血などという者もいる。

 一部種族などは、人と呼ぶにも烏滸(おこ)がましい寿命を持っている。

 エルフの覚醒血を持つ伝説の女は、ゆうに3000歳を越える齢を重ねても、未だ現役でダンジョンに潜っていると言われている。


 そこへきて運が良いのか悪いのか、イチルは生まれながらに()()()()()だった。犬型の獣人は、他の獣人と比べ、一つ大きな特徴を持っていた。


 太古にかけられた名も知れぬ呪いの影響によって、なぜか犬型の獣人だけは、種族全体の寿命が他に比べ10倍近く長かった。

 呪いの効果がいつまで続くか誰も知らないが、少なくともイチルの寿命は未だ数百年残っている計算となる。しかし皮算用する者に限って、突発的に死ぬのはよくある話ではあるが。


 結論として言えることは、イチルがヒューマンの約十倍、アライバルという仕事を長く続けてきたということだ。

 続けてきたということは、それだけ多くの場面を目にし耳にし、多くのシチュエーションを乗り越え、多くの失敗を重ねてきたという裏返しでもある。


 ベルモント・スパイキュールという由緒正しき一族の末裔として転生し、ミスを許されない環境がさらに輪をかけ、イチルの背中にプレッシャーとして覆い被さった。

 お前は一族の悲願(ダンジョンクリア)を達成する最後のアライバルだと口酸っぱく言われ続けた彼にとって、背負わされた重荷は相当なものだったに違いない。


 今や他人にあれこれ指示を出すだけのダメオヤジと化していたが、それでも最強最悪のダンジョンで400年もの間、最前線を生き抜いた自負だけは持っていた。



 ―― そんなイチルだからこそ、わかることがある



『ムザイ・ラパートンがここを生きて出られる可能性は限りなく低い。単純な話、約99%の確率で、お前は()()()()()



 本来、討伐が目的のクエストとなれば、冒険者がたった一人でダンジョンに入ることはまずない。

 少なくとも二名以上、多ければ100名以上が隊列を組み、各自様々な役割を受け持った上で、攻略は行われる。

 それはより高難度になればなるほど顕著で、最高難度のエターナルクラスともなれば、数百、数千名規模の大所帯も珍しくはなかった。


「それなのに、お前はたった一人。しかもレベル様々な異類異形のモンスターが(ひし)めき合う中で、お前はただの一つも情報がない。日頃ここを根城にするような手練ならまだしも、たった二週間足らずで目的のブツを手に入れようなんて虫のいい話だ。はっきり言っておく、無理だ、諦めろ」


 モニターを眺めながらあまりに素っ気なく言ったイチルに対し、肩で息をしながら傷だらけの身体を叩いたムザイが「黙れ」と声を荒らげた。


「でも事実は事実だ。ムザイはAランクの冒険者だから、瓦礫深淵(ディープラブル)に挑戦することはできる。しかし攻略できるかどうかは別の話。何よりスタート地点に立つ権利を持つだけのチンケ野郎が、たった一人で底のバケモノを倒そうなんて都合のいい話だと思わないか」

「ちっ、……そんなことは重々承知だ。しかし私しかいないんだ、私がやるほかないだろ」

「んなことはない。金を払って人を雇うこともできたし、なんなら俺以外の戦闘オプションが付いたアライバルを依頼するとか、方法は色々あったはずだ。どうしてそうしなかった?」


 大袈裟に舌打ちしたムザイは、しばし無言を貫いてから、赤い顔をしてどこか他人事のように言った。


「伝説のアライバルの仕事をこの目で見ておきたかった。噂でしか聞いたことのない化け物の様を、自分自身で体験してみたかった。……そ、それだけだ」

「ふ~ん。で、どうだったよ。ここはもう瓦礫深淵(ディープラブル)の一丁目一番地。要するに俺の仕事はここまでだけど?」

「正直よくわからん。ここへきて思い知らされたが、私と貴様ではレベルの差がありすぎる。(しゃく)だが、私には貴様が何をしていたのか、それすら理解できなかった」

「いやに正直だな、気持ち悪ぃ奴め。まさか今さら戦闘オプションを付けろなんて言わないよな?」

「死んでも言ってたまるか。これは私にとっての試練でもある。自分の力だけで、目的のアイテムを手に入れてみせる」


 両の拳を合わせたムザイは、今一度自分の中にある自信を揺り戻すように、頷きながら深呼吸を繰り返した。


「それにしても……。妙に静かだな」


 ムザイが周囲の様子を窺いながら言った。

 巨大なボトム状に広がった空間は、冒険者の姿も、モンスターの姿すらなく、遠く何かの遠吠えが聞こえるだけで、下の岩盤から漏れ出た風切り音だけが辺りを包んでいた。


「ここはメルカバー深淵の第一到達点。上から見えた巨大な穴の底がここで、これからはそっちに見えてる横穴を経由した先にある別の巨大空洞、いわゆる瓦礫深淵(ディープラブル)に繋がってる。正確なことはよく知らんが、どういうわけかここはモンスターが発生しない中立地点になってるらしく、多くの冒険者がここで最後の休みをとっていくようだ。……どうする、少し休むか?」


 ボトムへ辿り着くまでの道中、ダンジョンレベル体感のため、何度かモンスターと戦闘し、ムザイの身体はそれなりに傷つき疲労していた。しかしムザイの性格からして、上から目線で休むかなどと問われれば、返す言葉は一つしかなかった。


「戻る時間を考えれば、もうそれほど時間がない。すぐ出発だ」

「生意気な、万全の状態でも善戦がやっとの雑魚が偉そうに。あまり調子に乗ると痛い目をみるぞ。……よし決めた、ここで少し休みをとる。その間に身体をベストの状態に戻しておけ。覚悟しておけよ、ここから先は地獄だぞ」


 声のトーンを落として言ったイチルの台詞に息を飲んだムザイは、強がりながら「仕方ないな」と腰を下ろした。

 別の冒険者が残していた椅子を拝借し、イチルは持参したクッションを敷き、ポンと腰掛けた。

 そうしてゴロンと横になり、またポケットからモニターを取り出した。


「そういえば、ずっと何を見てるんだ。そんな玩具を眺めていて楽しいのか?」


 ニヤリと笑ったイチルは、モニターをムザイにトスした。

 かろうじて受け取ったムザイは、映し出されたものを一瞥するなり、「なっ?!」と声を漏らした。


「あちらさんも、こちらさんも、それなりに苦労してるみたいじゃない(※ご機嫌)。全員生きて再会することはできるかな?」


 画面いっぱいに映し出されていたのは、全身が血に染まるロディアの異様な姿だった。

「おい」と腕を掴んだムザイがロディアの身を案じて睨むが、イチルは手元からモニターを取り上げながら言った。


「人の心配をしてる場合か。お前はこれから、これ以上の状態に()()()()。戻るなら今だ。それでも行くというなら、……最期だけは見届けてやるよ」


 口を強く結んだムザイは、ロディアのことを頭の中から振り払い、体力を回復させるためすぐ横になった。「気の強いことで」と呆れながら、イチルは再びモニターを覗き、面白いことになっているロディアの様子に目を凝らした。


「まずは最初の結末か。せいぜい俺を楽しませてくれよ」


 クククと笑いながら横になり、夜ふかし気味のサラリーマンのように、スマホ代わりに没頭する。

 嵐の前の静けさを感じながら、イチルはサブスクリプションに展開された各種ドラマを楽しむように、それぞれのストーリーを満喫するのだった――


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