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【044話】青は藍より出でて藍より青し



   ◆◆◆◆◆



 亀肉の集客力は想定した以上に高く、客足は順調で、収入面で予定外にランドの経営を助けていた。しかしそれはイコール従業員の激務と同義で、休みなく働かされる面々の疲労度は、日に日に増していた。


 そんな中でもフレアとペトラの二人は、日々の仕事を続けながら、可能な限りのアイデアと知識をフル活用し、一つ一つの機能を分解・パーツ化させ、どう実現するかを模索しながら計画に落とし込んでいた。


 初めてのことばかりにも関わらず、片やAD魔道具開発の興奮に湧き立ち、片や地頭をフルに使える状況に酔いしれながら、置かれた境遇を存分に楽しんでいるようだった。


 そうして驚くべき早さで組み上げられた魔道具開発計画は、当初予定したよりもずっと早く、たったの一週間という時間で、完成を迎えようとしていた――



「でもよ、ここの変換効率もう少しどうにかならねぇか。これだとデカいモンスターを出すだけで、結構な無駄が出るぜ?」


「でもそこに別機能を入れちゃうと、出力の魔力充填が遅れて、大きな待ち時間が発生しちゃうよ。やっぱりある程度は仕方ないよ」


「だけどさぁ、やっぱトロールとか出した後の細かい魔力を捨てるのはもったいねぇって。コスト考えたら、やっぱ対策はいるっしょ」


「だったらそのコストでスライムを同時に召喚するのはどうかな。スライムならダンジョンにどれだけいても困らないし、魔力を捨てちゃうより全然マシだもん!」


 繰り広げられる詰めの作業討論を傍で見つめていたミアは、二人が話している内容が理解できず、ただオロオロするばかりだった。しかしそれはミアだけでなく、ムザイやイチルを含めた全員が、半ば呆れたように見つめるしかないのだから情けない。


「それなりに生きてきたが、こんな子供たちを見たことがない。オーナー、一体どこでこんな()()()()()を見つけてきたんだ?」


 ムザイが皮肉交じりに聞いたが、偶然の産物でしかなく、イチルに答えられるはずもなかった。


 俺の眼力よと言いかけたところで、いよいよ詰めの作業を終えた二人は、自分たちを見つめる皆の視線に気付き、「え、どうしたんですか!!?」と慌てた。


「二人が白熱しすぎていて口を挟めなかっただけさ。……それにしても凄いね、君たちの頭の中はどうなっているんだい?」


 空っぽのウィルに説明しても無駄だなというペトラの言葉に全員が頷いたところで、ちょうど良かったとフレアが手を叩いた。


「たった今、AM仮想化計画案が完成したんです。よろしければ、皆さんに見ていただきたいと思って!」


 テーブルいっぱいに広げられた巨大な一枚紙には、全体の完成図と、それに伴う個々のパーツが機能ごとに並べられていた。


 言わずもがなミアやウィルの頭上には巨大はてなマークが浮いていたが、ムザイやロディアは、その細かすぎる想定を指でなぞりながら、「末恐ろしいな」と呟いた。


「できる限り、私たちで細かくしたつもりです。皆さんにもちゃんと全部を見ていただき、足りないところの指摘をお願いします。くれぐれも遠慮しないで、意見をぶつけてください!」


 遠慮するどころか、もとより高すぎるハードルを敷かれた計画表の文言に、ロディアの顔色が悪くなった。対照的にムザイは、新たなトレーニングでも思い浮かんだのか、細かな項目の確認に余念がなかった。


 ひとしきり意見が出終わり、最初から全てを見通していたかのように、フレアが改めて皆に言った。


「実はですね、これら機能について、皆さんに受け持っていただく範囲を大まかに決めさせていただきました。勝手で申し訳ありませんが、早速一人ずつ説明しますね」


 本当にちゃっかりしてるなと呆れ半分のイチルをよそに、紙に四つの大きな丸を書き込んだペトラは、「まずはコレ」とフレアに代わって指先をバウンドさせた。


「ミア姉ちゃんには、《モンスターの強化ギミック》と、《安全機能の実装》を担当してもらうぜ」


「わ、私にもお仕事が?! そ、それで、どのようなことをすればよろしいのでしょうか?」


「生み出したモンスターの強化ギミックと、冒険者が死んじゃわないギリギリのところで戦える安全設計なんだけど、まずはそいつの下準備ってとこかな。ハッキリ言ってメチャクチャムズいけど、死ぬわけじゃねぇから安心しな!」


 親指を立てたペトラに対し、ドSなペトラの《メチャクチャムズい》という台詞に顔面蒼白なミアは、貧血を起こして、ふらふらと座り込んでしまった。


「まだ始まってもないのにそんなで大丈夫かよ。まぁいいや、じゃ次。ロディア姉ちゃんには、《モンスターの管理》と、《基本的な魔力の制御》を受け持ってもらうぜ。多分だけど、ここはロディア姉ちゃんしかできる人がいないから、厳しいけど覚悟してくれよな!」


 以前、ロディアの目の前で討伐隊を返り討ちにしたペトラが厳しいというのだから、まさか死にやしまいなと嫌な想像をしたロディアは、施設に侵入した冒険者たちの末路を思い浮かべ冷や汗を滲ませた。しかし意にも介さないペトラは、続けてウィルを指名した。


「次はバカウィル。お前には、『分身(ダブル)のギミック』と、《モンスターの制御》を担当してもらうぜ。悪いけど、こいつはキツいなんてもんじゃないと思うから、気をしっかり保てよな。で、最後だけど……」


 怯え慄き泡を吹くウィル無視し、最後に残されたムザイをロックオンしたペトラがカツカツと歩み寄った。そして背の高い彼女の顔に思い切り手を伸ばし、鼻先をタッチした。


「先、言っとくぜ。悪いけど、全ては()()()()()()()()()。お前には、魔力を溜めておくための《魔石》を手に入れてもらう!」


「魔石……? なんだそれは」


「高ランクモンスターが極稀(ごくまれ)にドロップするアイテムの中に、魔力を溜めておける便利なアイテムがあってね。そいつのことを、世間では魔石と呼ぶんだってさ。ムザイにはそいつを手に入れてきてもらう」


「私はそれを手に入れればいいのだな。ところで、私には受け持ちがないようだが」


 チッチッと舌打ちし、ムザイの鼻をピンと押したペトラは、「悪いけど」と前置きして言った。


「余計な心配してる場合じゃないぜ。なにせ、こいつはそんな簡単な話じゃねぇから」


 小さな紙を渡されたムザイは、魔石ドロップの一覧が記されたリストを黙読した。そして最後まで読み終わらないうちに驚きの声を漏らした。


「言ったろ、この計画はムザイがいなきゃ成立しないって」


 リストには有数のダンジョン名が連なり、ドロップ対象となるモンスターの種類が事細かに羅列されていた。並んだモンスターは一筋縄でいかない超高ランクのものばかりで、ムザイ以外ではスタート地点に立つことすら叶わないレベルばかりだった。


「申し訳ないのですが、この仕事はムザイさんにしか頼めません。最低でもBランクのクエストを受注できなければスタート地点に立てないお仕事ですので、当然危険も伴います。ですから、ムザイさんには断る権利があります」


 ムザイがちらりとイチルを見た。しかしイチルは全力で視線を逸らし、遠回しにムザイの要求を断った。


「いいさ。私しかいないのなら仕方ないことだ。しかし、……一つ条件がある」


 素知らぬ顔で誤魔化すイチルに近づいたムザイが、おいと話しかけた。


 イチルはピンと立てた犬耳をパタパタ上下させ、聞こえない聞こえないと躱すが、全員の冷たい視線が痛すぎて、観念したように「なんだよ」と項垂れた。


「約束を覚えているな。もし亀狩りに成功したら、一つ願いを聞いてもらうと」


「ど、どうだかな。そんな約束をした覚えは……」


 全員の視線が突き刺さる。

 約束は全員が目撃していた。もはや誤魔化すことができないイチルは、冷や汗を流しながら右往左往するしかなかった。


「悪いが、しばしこの男を()()()。問題ないか?」


 全員示し合わせたように、どうぞどうぞと頷いた。

 ガーンと頬をすぼめたイチルは、見事ムザイに売られてしまった。しかし――


「あ、ムザイさん、少しだけ待ってもらえませんか。実は一つだけ、犬男(いぬお)に聞いておかなきゃならないことがあって」


 構わないよとムザイに背中を押されたイチルは、なぜか両腰に手を置き仁王立ちスタイルのフレアとペトラに睨まれ、立たされた。


 私と犬男だけにしていただけますかと他の面々に退席を願い出た。あらかじめ知らされていたペトラは、一旦自分を含めた全員を誘導し事務所の外へ出た。


 全員が事務所を出ていく中、意味もわからず嫌な予感に包まれながら、イチルは神妙な面持ちでフレアに尋ねた。


「別にいいだろ、奴らに聞かれたって」


「……嫌です。できることなら、私も本当はこんなこと、したくないんだから」


 そう言うと、フレアは誰も見ていないことを確認してから、ペコリと頭を下げた。おいおいと前置きしたイチルは、「追加の金なら払わんぞ」と釘を刺した。


「お金じゃありません」


 頭を下げたままのフレアは、少し躊躇してから、またゆっくりと話し始めた。


「魔道具のことで、ひとつお願いがあります」


「魔道具の?」


「私とペトラちゃんは、その……、冒険者じゃありません。だから魔法も、スキルも使えません。でも……」


「でも?」


「私たちだって、少しくらいお役に立ちたいんです。私たちはいつも紙の上で、みんなの予定を考えるだけです。でも実際に動いていただくのはみんなばかり……。だけどやっぱりそれじゃ嫌なんです。私たちも、みなさんと一緒に成功を分かち合いたい!」


「と、言われてもな。人にはそれぞれ向き不向きがある。お前らに冒険者の真似事をさせるわけにはいかん」


「だからペトラちゃんと二人で、この一週間よく考えました。そして決めました。()()()()()()、それを私たちでやろうって」


 イチルは両の眉毛がくっつくほど眉をひそめた。

 どうその結論に達したかはわからなかったが、フレアは頭を下げてまでも、それを実現させたいと心に決めているようだった。


 そしてふと見上げた表情は、いつかイチルが見た不退転の決意を思い出させるもので、泳ぐイチルの目を、正面から見据えていた。


「そ、そう言われてもな。俺は錬成なんてこれっぽっちも……」


「換金所のマティスさんに聞きました。犬男なら腕のいい職人さんを知ってるだろうって。お願いです、私とペトラちゃんに、職人さんを紹介してください!」


 もう一度深々と頭を下げたフレアに合わせて、部屋に戻ったペトラも同じように頭を下げた。


「まったくこいつらは」と呆れたイチルは、いつまでも頭を上げようとしない二人の気迫に負け、仕方なく了承した。


「本当ですか?! 聞きましたかペトラちゃん、犬男の口から"わかった"ですって。ホント、頭くらい下げてみるものですね!」


 失礼な言葉を浴びせながら抱き合う二人の喜びを聞きつけ、他の面々も事務所に戻ってきた。


 話がまとまったようだなと笑ったムザイは、イチルの首根っこを掴み、「ならば、後は各々すべきことをするだけだな」と敬礼し、男を引きずり事務所を出ていった。


「はい」と返事したフレアは、ムザイに手を振り、「必ず成功させましょう!」と全員を鼓舞した。


 同じく気を引き締めた面々も、頬をパンパン叩いてみたり、ふぅと息を吐いてみたり、余念がないようだった。


「それでは皆さん、気合いを入れていきますよ。絶対にAM仮想を実現するぞー!」


「おー!」と上ずった掛け声が荒野に響く。


 しかし引きずられていくイチルの胸中は、それとは関係なく、ただただブルーの一色だった――



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[一言] 「逃げ癖はよくない」みたいなことを言っていた割に未だに逃げ癖がとれていない犬男さん。一方で徐々に気高く育っていくゾンビ系少女。 彼女たちの未来に乞うご期待!
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