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【043話】悲喜こもごも


 しかしそれも当然のことである。


 まず第一に、フレアやペトラは冒険者ではない。

 よって必然的に魔法やスキルの類は扱えず、魔力を携えた魔道具の実情など知るよしもない。


 多少の知識はあれど、扱うノウハウもなければ、手に入れる機会すらない。何よりもまず、触れるチャンスすらないのが現実だった。


「そう思うのも仕方ない。なにせ、今や魔道具は買うものというのが常識になっちまっているからな。でもな、昔はそれぞれが自分の装備や道具を、自分で作っていたんだぜ。しかしそれもいつからか潮目が変わった。理由は単純明快、エターナルという難攻不落の要塞があったからだ」


「ダンジョンがあったらどうだっていうの……?」


「簡単な話さ。冒険者ってものは、より高レベルな装備を求めるものだ。しかし道具の製作に時間を割けば、自ずと鍛錬にかけられる時間は減る。ならばどうするか。当然、分業という考えに行き着く」


「だからゼピアには色々な道具屋があったのか」


 ペトラがゼピアの街を思い浮かべて相槌を打った。


「作り手と使い手を分業することにより、装備品の数々は格段に進化を遂げた。しかし分業化が進めば進むほど、冒険者と職人の腕に、埋められないほどの差がついちまった。いつしか冒険者は道具を作ることをやめ、一部の工房が生み出す最高峰の品を買うことで装備を揃え、戦いに挑むようになった。結果、価格は高騰し、一庶民にはまるで高嶺の花となったとさ」


「結局良いもの手に入れるには買うしかないじゃん」


「魔道具は買うもの。そんな常識、誰が決めた?」


 言い切ったイチルに、ペトラはゴクリと息を飲んだ。しかし、いやいやと首を振りながら、「でもそれ常識っつうか」と反論した。


「俺も道具屋の手伝いしたことあっけどさ、ありゃ無理だぜ。何より専用のスキルやアイテムが必要だし、扱うノウハウも必要だろ。そんなの、俺たち持ってないし」


「無ければ用意すればいい。そもそもだ、ADアトラクションダンジョンって場所は魔道具工房の一つや二つ持っていないと成立しないと聞いた(※マティスに)。遅かれ早かれ、用意するのは一緒だ」


「それはそうだけど」と口を噤んだフレアは、しばらく考えてから、それでもやっぱり無理ですと呟いた。魔法も使えない、スキルも使えない自分たちが魔道具を作るとなると、常識外どころか無謀ですと反論した。


「そいつは違う。まずフレア、お前はまだ自分のことがわかっていない。前も言ったが、できないことをやってもらうのが人を雇う本分だ。お前ひとりで全てをこなす必要はどこにもない。適材適所、個人の得手不得手を常に頭の中で整理しておけ」


「そんなこと言われてもぉ……。それに私、魔道具なんて触ったこともないし」


「そいつも違う。なんならフレアは転送用のギミックを毎日使ってるだろ。細かく言えば、あれも立派な魔道具だ。必要なギミックを、魔法や魔力を付与した道具によって実行する。魔道具なんてものは、たったそれだけあれば成立するんだ」


 イチルは破り捨てた紙の中から余白の多いものを選び、さらさらと絵図にして書き込んだ。


 AMアトラクションモンスター仮想を実現するために必要なギミックを用意するために、何が必要で、何が足りないのか。パーツそれぞれで理解することが、目標を見定めるには最もわかりやすいからだった。


「まずはロディアやウィルの分身(ダブル)だな。次がダンジョン内のモンスターを管理する把握(グラスプ)範囲(スコープ)系スキル、もしくは代替できる魔法だ。そして最後、最も重要なのは、それらスキルや魔法を使用するために必要となる魔力のプール、いわば魔力を溜めておく専用の魔道具だ。しかし逆を言えば、この三つが揃うだけで、それなりのAM仮想が実現できる。どうだ、楽勝だと思わないか?」


 分身(ダブル)の魔法に、モンスターの管理スキル。そしてそれらを自動化するための魔力の箱さえあれば、AM仮想など簡単だと説明したイチルの言葉に、ペトラが思わず感嘆の声を漏らした。


 しかし反対に、知識豊富かつ冷静なフレアは、小賢しいイチルの建前を一つ一つ崩そうと試みた。


「ペトラちゃん、騙されちゃダメだよ。まず分身(ダブル)だけど、それを人じゃない道具でやろうと思ったら、専用のアイテムとか、きっと難しい技術が必要なんだからね。モンスターの管理だってそうだよ、きっと細かく数や範囲を管理しようと思ったら、私たちが思いもつかないものだって準備しなきゃならない。それに何より一番の問題は魔力プールだよ。ペトラちゃんは、どうしてさっきの魔道具があんなに高いのか知ってる?」


 ペトラはふるふると首を横に振った。

 まったく知識だけは一丁前だなと細い目をしたイチルに、フレアは紙を破り捨てながら付け加えた。


「魔力を溜めておくってね、実はとっても難しいの。大きな魔石や魔道具が高いのは、加工したりする難しさもだけど、とにかく手に入れるのがとーっても難しいからなの。私もまさかあんなに高いとは思わなかったけど、昔お父さんが言ってたから間違いないよ」


 嫌らしく笑ったイチルは、誤魔化すように新しい紙の余白にランドの社員の名を書き連ねた。ウィルにロディア、ミアにムザイを並べ、それぞれの持つ能力を羅列した。


「だったら少し考え方を変えろ。まずは今日見た魔道具について、機能を頭に思い浮かべてみな。そこには《コピー機能》やら、《モンスター管理機能》やら、《魔力の最大容量》やら、色んなデータがあったはずだ。当然そこにはどんなアイテムが使われ、どんな制御が実装されていたかも書かれていたはずだ。……まさか、お前らが見落とすはずないよな?」


 既に紙は破り捨てられ跡形もなかった。

 しかしイチルの前にいる二人の子供は、ハッキリ言って普通ではない。


 片やADに関する恐ろしい知識量を誇り、片や恐ろしいほどキレる頭を持っている。


 その証拠にペトラなどは、既に溢れ出しそうな衝動を抑えきれず、我慢できないように浮足立っていた。


「頭の中でイメージできてきたんじゃないか。よ~く考えろ、ウチには分身(ダブル)を使える奴も、範囲(スコープ)を使える奴も、なんなら凝視(スナイプ)検分(チェック)を使える奴もいる。それをパーツパーツに落とし込め。すると、モヤがかってた景色が徐々に晴れていくんじゃないか。……そして極めつきに、最も重要なピースを埋める人材は……」


 コツコツと指先でムザイの名を弾いたイチルは、いよいよ反論の言葉を失った二人の顔を覗き込んだ。


「無理と騒ぐ前に、まず何が無理か具体的に示す。そして無理だと思う一点一点について、どう解決すべきか模索する。物事なんてものは、そこからしか始まらない。最初(ハナ)から決めつけるな。全てのパターンを洗い出し、見落とさず丁寧に組み上げろ。そうすりゃ自ずと可能性が見えてくる。勝負はそれからよ」


 もはやワクワクが止められないペトラが地団駄を踏みながらフレアの手を握った。「また面白くなりそうだな」と相棒に両の手を振られ、フレアもとうとう追い込まれたのか、項垂れながら頷いた。


 どうやら腹は決まったようだった。

 ニヤリと笑ったイチルは、(こと)(つい)でと、マティスから受け取った分厚い紙束をフレアへ手渡した。


 何気なく視線を落としたフレアは、十数秒後、仰け反りながら驚愕し、悲鳴のようなかすれ声を上げた。


「ではさっさとAM仮想化を実現させ、ダンジョン移設に取り掛かるとするか。ちゃっちゃと動け、ガキども。まずは計画の立案からだ」


 涙にくれるフレアと、励ますペトラ。

 期せずして良いコンビになったものだと、イチルはどこか羨ましそうに二人を見つめた。


「やるわよ、やればいいんでしょ。いつか絶対に仕返ししてやるんだから、覚えてなさいよ、犬男!」


 放り投げられた紙束が部屋中に乱舞する。


 部屋からは、しばらく悲喜こもごもの、様々な声が漏れていたとか、いないとか――




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