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【042話】非現実の話



   ◆◆◆◆◆



 上客用に用意された重厚なテーブルに思い切り手を付いたマティスは、鼻息荒く前のめりになりながら、イチルの鼻先に顔を近付けながら言った。


「今度の今度こそ冷静になれ。いい加減、正気に戻ってくれよ?!」


 緊張感もある。

 そして一切の迷いもない。


 そう言わんばかりにドンと腕組みしたまま深く腰掛けるイチルに、マティスは()()()よりも執拗に、それこそ死物狂いで滾々と繰り返した。


「いいか、ダンジョンってものは、()()()()もので、()()()()じゃない。手頃なダンジョンを購入したいから金を貸せなんて、そんな意味不明を(のたま)う野郎なんざ、これまでも、これからだって存在しない、否、させん!」


「だからちゃんと説明したじゃん。手頃なダンジョンを買って、ウチにごっそり移設させるんだって。説明聞いてた?」


「その上で言ってるんだ。いいか、お前こそよく聞け。ダンジョンの移設は、お前が思ってるほど簡単じゃない。単純にND(ナチュラルダンジョン)を用意すれば済むなんて生易しいものじゃないんだ!」


「ほら、やっぱ調べてんじゃん。うんうん、やはり持つべきものは優秀な金庫番だ。マティスは本当に良い男、世に言われるナイスガイだな、うむうむ」


 ハハハと笑うイチルに対し、それよりも堂々と腕組みして座ったマティスは、今度こそ金は貸さんと口を結び、個室に誰も入ってこないように魔法で扉を閉じてしまった。


「今度ばかりはお前の頼みでも金は出さん。そもそもだ、どうせ今回も、ちゃんと実現までの具体例すら考えてないんだろ。違うか?」


「(やべ、バレてら……)ま、まぁやるのはウチのチビどもだからな。俺は大手を広げて口を出すだけだ」


「だ~か~ら、そもそもそれが無謀だと言ってるんだ。何度も言うが、ダンジョン移設は超がつくレアケース、その行為自体が()()()()()()なんだよ。成功例は世界的にみてもたったの数例で、そもそも現実的じゃない。お前んとこの子もそう言ったんだろ?!」


 確かにイチルの宣言以降、フレアは毎日のように頭を抱えながら「あ゛~」だの「う゛~」だの呻いていた。


 その様子からイチル自身それなりの難易度を想像していたが、『絶対不可能』程度のレベルがクリアできないようでは、アライバルを辞め、ADに賭けた意味はない。だからこそ、やらずに済ますという選択肢はありえなかった。


「無理と言われるものを実現させることが、俺たちヒトの生きてる価値だ。せっかく生まれてきたんだ、挑戦のない人生など死んでいるも同然じゃないか、マティスくんよ」


「黙れ無法者。挑戦と無謀は紙一重のように見えて大きな隔たりがある。これは無謀なんて言葉では足りん。ハッキリ言って、ただの愚か者だ。嘘だと思うなら、いつだかギルドに提出された()()()()()()()()()簡単な概要が書かれているだけの、()()()()()()()()()()()()()を読んでみるといい。嫌でもやめたくなるだろうぜ」


 最初の(ページ)すら見るのが億劫になるほど分厚い紙束を並べたマティスは、まずはこれに目を通せと鬼の門番のような顔でずっしりと腰を据え、堂々とイチルを睨みつけた。


「ま、まぁこれは後で読むとして、まず金をだな……」


「ダ・メ・だ。事務所に戻り、そいつを隅々まで擦り切れるほど読み込んでこい。それでもまだ世迷い言を(のたま)う自信があるのなら、綿密な事業計画を練り直して出直せ。俺はどちらにしても受け取らんがな!」


 なら結局ダメじゃんと細い目をしたイチルは、仕方なく換金所から退散し、重だるい紙束を抱えて事務所へと戻った。


「うぃ~す、フレアいるかぁ?」


 連日の激務で片付かない事務所には誰の姿もなく、ごちゃっとした荷物だけが無造作に積まれていた。少しは片付けろよと眉をひそめ、イチルは仕方なく食事処に足を運んだ。


 口コミと希少性に惹かれてやってくる人の数はどの世界でも共通だと項垂れながら、イチルは捌ききれずに列になっていた冒険者を横目に見ながら、恐ろしい速度で亀肉を焼いていたミアに話しかけた。


「ミア、フレアがどこにいるか知らないか?」


「るるる~♪ ららら~♪ 私は亀を焼く魔道具~♪ るるらら~♪」


 表情をピクリとも変えず、地の果てを一点見つめなミアは、質問に反応することなく肉を焼き続けていた。


 これはいよいよだなと呆れたイチルは、ミアの肩を不憫そうにポンポンと叩いてから、転送ギミックの置かれたダンジョンの屋根裏へと移動した。


 ここなら誰かいるに違いないと穴の底を覗き込むと、中から異様な笑い声が聞こえてきた。


「く、くくく、そこだ、先っぽをツンとするんだ。ツンツンと!」


 グフフと怪しく笑うその人物は、眼下の地下通路で苦心する女性冒険者を嫌らしい顔で見つめながら、器用にガチャガチャとギミックを操っていた。


「おいバカ、お前はいつもこんなことして遊んでんのか。クビにするぞ」


「い、犬男ッ?! ば、バカを言わないでくれ、この僕がサボっているように見えるかい。今この瞬間も、モンスターや魔道具の操作に余念がない、この僕に対して!!?」


 半ニヤけな顔をキュッと締めたウィルは、わざとらしく背筋を正して口を結ぶ。はいはいと呆れつつ、イチルは頭を掻きながら質問した。


「フレアがどこ行ったか知らないか。見当たらないんだが」


「フレアさんなら今朝からずっといないぞ。なんでもAT腐女子とかって喪女を探しに行くとか。……で、AT腐女子ってなんなんだい?」


 不思議と殺意が湧き上がったイチルは、ウィルの頭をゴツンと殴ってから、次にモンスター厩舎へと移動した。


 厩舎ではトロールの背中を嬉しそうに磨いているロディアの姿があり、イチルは思わず「お前、B専か?」と質問した。


「な、何を馬鹿な。か、か、仮に私がトロールのことを好きだとして、それが何か問題あるのか?!」


「いや、別に……。ところでロディア、フレアがどこ行ったか知らないか?」


「フレアさんならAMアトラクションモンスター仮想の魔道具を見てくると、ペトラと街に出ているはずだが。それがどうかしたのか」


「そういえば、そんなこと言ってた気が。……ん、AT腐女子、なるほど。しかしどう生きてきたらそんな聞き間違いをするんだ、あのバカ」


「なんですか?」と言うロディアに礼を言ったイチルは、また事務所へと戻った。


 イチルが事務所に入ったところで、パリッとした洋服に身を固めた顔色の悪い女子がため息まじりに帰ってきた。


 ペトラに肩を叩かれ励まされている様子だが、どこか具合の悪そうな青紫色の顔は、いつもに増してドス黒さを帯びていた。


「随分と凹んでんじゃない。管理者さんよ」


 声を掛けたイチルとフレアの間に割って入ったペトラが、「今は余計なこと言うな」と指先を突き付けて止めた。


 ペトラが手に持つ紙束には、魔道具を連想させる文言が書き連ねられていた。どうやらまた厳しい現実を突き付けられたなと想像したイチルは、とにかく入れと二人を事務所の奥へと押し込んだ。


「魔道具が高額すぎて門前払いを食らったか。そりゃそうだ、そもそも魔道具ってものは死ぬほど高価だからな。ガキンチョが買う菓子とはレベルが違う」


 下唇を噛みながらイチルを睨んだフレアは、中古魔道具の価格が記された紙束をテーブルに叩きつけ、「他人事のように言わないで」と憤怒した。


「ここはお前の施設で、お前の好きなようにしていい場所だ。俺は金を返してもらえればそれでいいも~ん」


 グギギギと歯ぎしりするフレアをなだめ、ペトラはそれにしてもと提示された価格に頭を掻くしかなかった。


 たかだか数十万ルクスで悲鳴を上げている子供たちの金銭感覚に対して、カタログに記された価格は(こく)以外の何物でもなかった。


「ジジイがどんだけ無茶言っても、さすがにこの額を用意するのは無理だぜ。てことで、この話はひとまずなかったことに……」


「そんなの俺が許すと思うのか。悪いが悠長なことを言っている時間はない。やるからには即実行。やめるのなら、お前らに明日などない」


「いや、でもだぜ。金がなけりゃ無理なもんは無理だろ」


 その言葉に不敵に笑ったイチルは、ならばこんなものに頼るなと紙束をビリビリに破り捨てた。常識に縛られているから何も進まんのだと言い捨て、イチルはテーブルにドンと座りながら言った。


「金がないなら、()()()()()。材料を集め、加工し、一から生み出す。全てを自分でこなす。これから先は、そんな時代が必ずやってくる。心躍らせろガキども、これがラビーランドにおける魔道具開発の第一歩だ!」


 ポカーンと口を開けた二人は、あまりに現実離れした男の台詞に言葉を失った。



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