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【036話】あまちゃんども


 再オープンから一週間が経過した頃ーー



「ハワワ~、フレアさん助けてください、もう私一人じゃ回しきれませ~ん⤵︎⤵︎」


 新設した食事処(※簡易の掘っ立て小屋)に詰めかけた人々は、さも当たり前のように香ばしい匂いを漂わせる肉を(ついば)みながら、ああでもない、こうでもないと会話を楽しんでいた。これくらいのスキルレベルじゃランクアップは難しいだの、もう少しスライムを触りたかっただの、中身は様々である。


 しかしそんな柔らかな客の声に構っている余裕すらない従業員の面々は、たった一週間という短い時間にも関わらず、以前にも増してやつれた頬を隠すことができず、いつ終わるともしれない行列を捌き続けるほかなかった。


「お客様がお待ちだよ~。さぁウィル坊っちゃん、ちゃっちゃと走れ」


「ムキー、この糞オーナーめ、邪魔するなら少しは手伝ってくれたまえ!」


「バカは黙って手足を動かせ。次はウルフが足りないと呼んでいたぞ。補充だ補充、急げ」


 尻を叩かれ悲鳴を上げながら走っていくウィルを尻目に、ようやくミアのフォローを終えたフレアが事務所へ戻ってきた。親の仇でも見るようにイチルのことを睨んでいたものの、当の本人はそんな日常にも慣れたものだった。


「ちょっと犬男(いぬお)、暇なら少しは手伝って。ここは犬男の持ち物でもあるんだからね」


「口は出すが手は出さん。働くのはキミらであって、あーだこーだ文句を言うのが俺の仕事だ。無駄口叩いてる暇があるなら、さっさと借金を返してほしいもんですなぁ」


 肩を強張らせて膨れたフレアだったが、それでも忙しいながらに好転しつつある施設の状況に安堵しているようだった。


 異常なほど手頃な価格で提供される『亀肉の串焼き』は、見事に話題となり、肉目当てのグルメな街人や冒険者が数多く訪れ、ランドはにわかに活気づいていた。


 しかし職場環境の改善に着手せぬまま客だけが増えたせいで、従業員の疲労問題はフレアも看過できないほどの難題になりつつあった――



「ア゛ア゛ア゛、もう無理でずぅぅ~。このま゛ま゛でば、どげでじんでじまいまずぅ」


 かれこれ18時間ぶっ通しで肉を焼いていたミアが悲鳴を上げた。イチルは様子を眺めて笑うだけだったが、さすがにこのままで良いはずはなかった。


 小間使いを終えて再びミアの元へと向かおうとするフレアの腕を掴んだイチルは、疲労困憊な面々をわざとらしく一人ずつ指さし、嫌らしく「忙しそうだねぇ」と呟いた。


 もしこのまま無茶な運営が続き、オープンしたばかりのADで過労死など出した日には、良からぬ噂が流れ、施設は終了してしまうかもしれない。その点だけは避けなければならなかった。


「忙しいですよ、休んでる暇もないほど忙しいんです、誰かさんと違って!」


「文句はまた聞く。それよりもまず言っておくべきことがある。ちょっとこい」


 半ば強引に事務所へフレアを引っ張ったイチルは、扉を閉め、そのまま背中を付けた。どうやら逃がす気がないと悟ったフレアは、仕方なく椅子に腰掛けた。


「なんですか、私、暇じゃないんですけど」


「だろうな。そもそも暇じゃ困る」


「なら早く要件を言ってください。お仕事はたくさんたっくさん残ってるんです!」


「……で、満足か?」


「え、なんですって?」


「飯を作り、少し客が増えた。多少の金も入ってきた。今月はギリギリ黒字になるかもしれん。……で、満足か?」


「ま、満足もなにも、まだ始まったばかりです。今はただ必死にやっていくだけです。見たらわかるでしょ?!」


「ただ必死に、ねぇ。なら必死にやった結果、借金はいつ返してもらえるんでしょうか。500年後? それとも1000年?」


「それは」と言葉を止めたフレアに、ペトラが付けた帳簿をトスした。


 希少な亀肉を提供して得た利益と、亀討伐に伴うギルドからの討伐手当を盛り込み、どうにか施設のマイナス面を補填しているだけの現状では、借金返済に当てられる金など残るはずもない。


 むしろ継続的に亀肉を狩り続けているムザイにかかる負担は甚大であり、その上、討伐手当は本来ムザイ本人が手にすべき金である。彼女の厚意によって施設費として計上されてはいるものの、いつまでも一従業員の成果におんぶに抱っこでいられるはずはない。


「目の前のことをこなしているだけでは話にならん。少なくともお前だけは、将来のビジョンを持って動けと初めに言っただろ。他事(ほかごと)に気を奪われるな」


「で、でも人手が足りないのは事実だし、余分なお金だって残ってないもん。これ以上、どうやって変えろって言うのよ」


「では聞くが、前にお前が語った夢物語、あれはどう実現するつもりなんだ。語るのは勝手だが、そこに至るまでのビジョンがないでは話にならん。時間はそれほど待っちゃくれない」


「だけど、無理なものは無理です!」


「無理じゃない。お前はすぐそうやって考えるのをやめる。まずは頭を動かし、どこをどう正し、どう歩けば事態が好転するか。いつも考える癖をつけろと言っておいたはずだ」


「ムリムリ、ムリムリだもん!」と駄々をこねてフレアが叫んだところ、徐に何者かが持たれている扉を押した。入ってきたのはムザイで、新たな亀を捕獲したから確認してほしいという進捗報告だった。


「フレアさん、亀、裏手に置いておきますから」


「あ、ありがとうございます。……助かります」


「あとこれ、ギルドから受け取った討伐手当です。帳簿に付けておいてください」


「何度もすみません!」と頭を下げたフレアに対し、イチルがムザイを呼び止めた。


「なんですか、……オーナー」


「今後はギルドから支給された討伐手当は施設に入れなくていい。個人の報酬として受け取っておけ」


「え゛?」というフレアに対し、苦笑いを浮かべながら、ムザイは少しだけ名残惜しそうに言った。


「だと良かったんですが。どうやらそうもいかないようで」


「何か問題でもあったのか?」


「この二週間、私が森の青鱗亀ブルースケールタートルを狩りすぎてしまったせいで、今回をもって亀が駆除対象から外れました。残念ながら、今後は討伐手当が出ないそうだ」


 ダブルでショックを受けたフレアに対し、イチルは声を上げて馬鹿笑いした。遅かれ早かれこうなることは想像がついた。ないものをアテにしても意味はない。


「しょせん誤魔化しの一時しのぎだ。肝心なのは()()()()()()()()で勝負すること。ウチは飯屋じゃねぇ、ダンジョンだ」


 むすーっと不貞腐れたフレアは、ムザイの腕を引っ張って、憎らしい男を敵視して睨んだ。しかしフレアの額をピンと弾いたイチルは、並んだ二人を交互に指さしながら言った。


「レストランごっこはここまでだ。。これからいよいよ()()()()()()()()()()に入る。覚悟しておけよ、簡単に音を上げがちな甘ちゃんども」


 嫌な予感にフレアの顔が凍りついた。

 ムザイの腕を掴んだフレアの指先は、緊張からか、微かに震えているようだった。


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