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【030話】キノコとカニとアリとハチ


 翌日 ――




「バァ゛バァ゛、し、死ぬぅ!」


 ウィル=マイラスは全ての恥じらいや自尊心を捨て、あてもなく逃げ回っていた。


 どこともわからぬそのダンジョンは、キノコのような、カニのようなモンスターがウジャウジャと腐るほど湧き出し、ダンジョンの地面を覆い尽くすほど蠢いていた。


 キノコのような、カニの形をしたモンスターは、一匹一匹の討伐ランクは低く、Fランクに属するウィルの相手ではない。しかしそれが()1()0()0()()()となれば、話は別である。


「どれだけ倒しても、倒しても、倒しても湧いてくるぅぅぅ。こんなのどれだけ探し回ればいいってのさ~!」


 ウィルが命じられたのは、茶色のキノコガニの中でも、稀に発生する青色に発光した希少な色違い個体の入手だった。しかし残念なことに、狩りにきたはずが、絶賛返り討ち状態となっていた。


 真横にしか歩けないはずのカニが真正面を向き大量に迫ってくる様は異様そのもので、小さな生物がうじゃうじゃ蠢く様が嫌いなウィルにとって、その光景は耐え難いものだった。


 恐怖で悲鳴を上げれば、追ってくる個体の数は必然的に増えていく。気付けば背後に続くキノコガニの数は、五、六メートル幅があったはずの通路全てを埋め尽くすほどになっていた。


「イヤー、もうギシギシ言わないで、頭が割れるぅー!」


 よだれと涙を流して一心不乱に走っても、冒険者どころか、他のモンスターにすら出会わなかった。それもそのはずで、あまりに多すぎるカニの数から付けられたそのダンジョンの名は『キノコガニ地獄』。壮大すぎる地下の空間に、多量のキノコガニだけが生息している、いわばキノコガニの楽園だった。


 もとはキノコガニの養殖地として管理されていたダンジョンも、今や爆発的に増えた個体数を管理できず、制御不能の無法地帯と化していた。


「本当の話をしちまえば、数年前から数が多くなりすぎてギルドの担当者すら管理できなくなっちまったから、この前の穴埋めも込めてウチで管理してやると提案したまでのことだ。ギルド側も手を付けられないダンジョンを管理できるし、ウチはウチでカニ食い放題。なんともウインウインな関係じゃありませんか。情報をくれたマティスに感謝感謝だな。あとでカニを差し入れしてやろう」


 逃げ回るだけで精一杯なウィルの姿を地上から見つめていたイチルは、それにしてもとため息をついた。


「妹は聡明だと言うのに、どうして兄はこんなにバカなんだ。頭を使う回路がぶっ壊れてるのか、コイツ?」


 逃げては騒ぎ、また逃げては騒ぐ。最終的に全てのカニを引き連れて走るつもりかよと苦笑いを浮かべ、イチルは目を瞑り、ダンジョン全体の通路をイメージした。


 異常な個体数を保ち続けるためには、異常なほど広大なスペースが必須となる。ともすれば、ダンジョン自体も必然的に巨大というのは言うまでもない。よってイチルの結論は()()だ。


「思う存分逃げ回れ。これだけ広ければ、まだまだ逃げていられる。しかしそのままじゃあ、そのうち挟み撃ちにされてやられるぜ。カニだけに、カニカニ」


 他人事のように笑い、イチルはまた次の場所へと移動した。今度は薄暗い地下ではなく、高々と積み上げられ土の壁が立ちはだかった、見るからに怪しい場所だった。


「さぁて、こっちはどうなったかな。足手まといの()()()を連れてどう戦うか、見ものだねぇ」


 背の高い土壁も、ただのっぺらとしているわけではない。

 壁にはところどころ穴が開いていて、いわば土を積み重ねて作ったアパートのようだった。しかもそのそのアパートの窓(※穴)からは、不定期ごとに不気味な黒い頭がニョキッと覗き、外界を睨みつけていた。


 巨大な土壁の正体は、土蜂(アースビー)高台蟻ハイグランドアントの巣だった。モンスターの糞や唾液で固められた外壁は強固で、数十メートルという高さすら問題とせず、日毎規模を拡大していた。


 どうしても苦手なイチルは、いつもより少し離れて、中の様子を窺った。


「でっかい蟻とか蜂が飛び回る巣の中に入るのは苦手だよな。しかも()()()()()()を連れていくなんて気がしれないよ。あ~恐い恐い」


 イチルが他人事のように嘆いた頃、命じられるままダンジョンに入ったロディアは、こんなはずではなかったと目を回していた。


 今回のダンジョンが土蜂(アースビー)高台蟻ハイグランドアントの巣であることは、あらかじめ聞かされていた。しかしその二匹の性質が、まさかこれほど面倒なものだとは想像もしていなかった。


 本来、土蜂(アースビー)高台蟻ハイグランドアントも、最弱Hランクに格付けされているモンスターで、個々の強さはまるで大したことはない。


 双方がいわゆる()()()()()()()()()であることは有名で、互いに協力して巣を拡大させ、ダンジョンを作るという部分までは彼女も知っていた。しかしそれとは別に、二匹はとても()()()()()を持ち合わせていた。


「まさか蟻と蜂にとって、()()()()()()()だなんて聞いてないわよ。なんなのよ、このダンジョン中から溢れ出す殺気。蟻も蜂も、士気爆上がりじゃない!」


 それもそのはずで、蜂と蟻最大の敵と言われているのは、他でもないトロールというモンスターだった。

 二匹が存在するダンジョンにトロールが生息していることはなく、反対にトロールがいるダンジョンに蟻と蜂はいない。何よりトロール最大のご馳走が二匹の巣の中にいる幼虫やサナギであることから、天敵であるトロールを排除することは、その親である成虫最大の役目だった。


「あの犬男、何かあった時のためにトロールを連れてけって、結局こういうことだったのね。また騙された!」


 蟻と蜂からすれば、この状況は生存競争の極地であり、絶対に負けられない戦いそのものだった。たとえトロールにその気がなくとも、死物狂いで襲いかかってくるのは自然の摂理。しかもそれを操るのが冒険者となれば尚更だった。


「これじゃ天然物の土蜂蜂蜜(アースビーハニー)を探してる余裕なんてないじゃない。巣穴のモンスターを、全部一人で倒せって言うの?!」


 二匹が共存する巣には、必ず土蜂(アースビー)高台蟻ハイグランドアントの集めた蜜が隠されていて、中でも蜂蟻蜜(ビーアントハニー)と呼ばれる蟻の出す樹液と嬢王蜂のために集められた蜜との混合物は、高値でやり取りされていた。


 今回の指令は、青鱗亀ブルースケールタートルを煮出す材料として使う蜜を採ってこいというものだった。


「もう鬱陶しい。トロール、全部叩き落として!」


 その巨体と発する体臭を狙い、隠れる術もないトロール目掛けて襲いくる虫をバッタバッタと叩き落とした。しかし蜂や蟻も黙ってはいない。『やられてもやる』の玉砕覚悟で挑んだ虫たちは、死を(かえり)みぬ捨て身の攻撃で、少しずつトロールにダメージを与えていった。


「このままじゃやられちゃう。どうにかしないと!」


 次々に飛んでくる蜂を滑るように躱したロディアは、バットを操って超音波を壁に反響させた。しかし遊びなく命を賭して突っ込んでくる蜂たちには、あまり意味をなさなかった。


「一匹一匹のレベルは低くとも、命がけのタックルを舐めてたら痛い目をみる。たとえ格下の相手でも、万全を期して迎え撃たねばならない。それが純然たる冒険者というものよ。踊れ踊れ、死ぬ気のダンスを踊って、敵の攻撃を躱してみろ、新入社員よ」


 こうして意地悪く虫たちを煽り立てたイチルは、また颯爽と次の現場へと向かうのだった。



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