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【029話】ラビーランドお食事処大作戦(仮)


「メシだ、この施設には()()()()が圧倒的に足りてねぇ。何かを楽しむには、まず腹を満たさねぇと始まらないっしょ」


 あまりに具体的で当然の指摘に、ポカーンと口を開けていたフレアは立ち上がり、「それよ!」と叫んだ。


「ダンジョンを回って疲れた冒険者が食う飯。親子連れがガヤガヤ楽しめる飯。ここでしか食えない美味い飯。しかも金をかけずに提供できたら最高じゃん。客はもっと金を落としてくれるぜ、きっと」


 客単価が上がれば収入は飛躍的に増える。しかも食の面が話題になれば、ダンジョンを目的としない来客も増えるに違いない。


 血走った目でそろばんを叩き始めたフレアは、すぐに用意しなくちゃとウィルに調理器具の手配を命じた。しかし冷静なペトラは、考えもなく出ていったウィルを呼び止めることもせず、指一本立ててフレアに言い聞かせた。


「ただし、そんな単純な話じゃねぇとは思うぜ。そもそも飯を出すにはギルドの許可がいるし、なんなら作る奴もいる。そもそも味も良くなきゃ意味ないし、その上()()()()()()()だって決めなきゃなんない。無闇に先走っても、形にならずに終わるぜ」


 ペトラの言葉で一喜一憂するフレアがどよ~んと沈んだ。

 そこでまた別の誰かが事務所の扉を開けた。


「あの~、皆さんそろそろお昼にしませんか。美味しいガビランデ(※一本足一つ目の不気味なモンスター)のモモ肉を使った唐揚げを作ったんです。皆さんで一緒に食べましょう♪」


「食う食う」と駆け出していったペトラをよそに、目の前でニコニコする人物の存在を思い出したフレアは、食材を掴むための道具をカチカチ鳴らすミアに質問した。


「そういえば、ミアさんはお手すきですか?」


「あと少しだけ地下のコーティング作業が残っていますが、割合暇な方かと。私は施設のメイドとしての採用ですし、皆さんと少し業務体系が違いますから」


「でしたら、少しお手伝いいただけませんか。実は、カクカクシカジカでして――」




 こうして始まった新たな目論見、《ラビーランドお食事処大作戦(仮)》のあらましを、事務所外の椅子で寝転がっていた聞いていたイチルは、好きにしてくれと黙認した。


 早速計画を練りましょうと唐揚げを食べながら盛り上がる一行をよそに、周囲の目を気にしながらごろ寝しているイチルにムザイがに近付いた。


「少しいいか。聞いてほしいことがあるんだが」


「……少しにしろよ」


「仕事が終わってからで構わない。稽古の手伝いをしてくれないか。ここで働いているだけでは、どうにも身体が訛ってしまう」


「ないないない、絶対イヤ。勝手に自分でやってくれ」


「しかし、……それではここで働く意味が」


「意味を俺に求めるな。それにここの仕事はそんな楽じゃねぇ。そろそろ、お前んとこにも無理難題が飛んでくるんじゃねぇか」


 とイチルが言ったところで、木陰に隠れていたムザイを探していたフレアが声を掛けた。


「あ、いたいた。うぐ、犬男も一緒。また悪巧みですかぁ?」


「別になんでもない。ムザイに用なんだろ?」


 そうだったと手を打ったフレアは、ムザイの手を取って外で食卓を囲んでいた皆の元へと引っ張った。どれどれと目を凝らしたイチルは、どこかギクシャクしているムザイと、その他の関係性を意地悪く見つめながら、しめしめと呟いた。


「お食事中に集まっていただいたのは他でもありません。皆さんと一緒に働きだして早々申し訳ないのですが、いきなりの大ピンチです。どうか手を貸してください」


 第一声にピンチを宣言され、全員の表情は否応無く曇った。しかし今は先へ進むしかない。どうにか金欠地獄を抜け出すほか方法はないのだから。


「何か美味しいものを食べられる施設を作ろうと考えているのですが、これというものが思いつきません。ちなみに皆さんは、どんなものが好きですか?」


 ガビランデの唐揚げを摘みながら聞く話かよとシビアな顔のペトラに対し、フレアは《付加価値を感じられて、とても美味しい料理がいい》と付け足した。


「料理かい。ならば僕は回答をパスさせてもらうよ。残念だけど、女性の作る料理は全てが最高に決まっている。よって、俺には優劣を付けられない。そうだ、だったらミアさんの料理を振る舞えばいいじゃないか。それなりに話題性はあると思うよ」


 ウィルが不気味なナリの唐揚げを手に取り言った。確かにミアの作る料理はどれも()()()()に美味かった。それは施設の皆も認める事実である。しかし一つ、とてつもなく大きな問題があった――



「いや、確かに姉ちゃんの飯は美味いよ。だけど、……なぁ?」


 ペトラの問いかけに、ロディアも苦笑いした。ミア本人は気付いていないものの、他の全員も、含みをもたせたペトラの真意に気付いていた。


 早い話が、ミアの作る料理はどれも《普通ではなかった》。


 目の前に並ぶガビランデの骨付き唐揚げも、確かに味は良い。しかし見た目は下の下の下。癖が強すぎるせいで、とても食欲が湧く見た目ではなく、ミアの情報を知らない者が、口に入れてみようと思うはずもない。


「そんなに私の料理って変ですか。こんなに美味しいのにぃ、シクシク」


 確かに美味いけどなとフォローしたペトラをよそに、黙っていたムザイが(おもむろ)に口を開く。


「ならばそれを逆手に取るのはどうだ。見た目が最悪というのを売りにすれば、それなりの集客力が見込めると思うが」


「見た目が最悪?!」とショックを受けたミアを慰めながら、フレアは首を横に振った。


「確かにそのようなものを出すことも考えました。ですが、初めから変わった印象を与えてしまうのは、施設のイメージとしてダメな気がします。できれば奇抜さじゃなくて、珍しさや美味しさや、何度も食べたくなっちゃうお料理を優先したいなって」


 フレアの言葉を聞いていたウィルが唐突にポンと手を叩いた。意見はないと言いながら、何かを思い出して荷物を探った男は、中から紙を取り出し、書かれた文言を指さした。


「だったらこんなのはどうだい。隣町で()()()()()を聞いたんだけどね」


 全員が身を寄せて紙を覗き込んだ。

 ウィルが持っていたのは、ギルドが発行しているモンスターの討伐依頼書だった。


 二階建ての住居くらいありそうな上背に、強固な牙、そして真っ青な鎧のような鱗を見せつけている巨大な亀の姿が、そこに載っていた。


青鱗亀ブルースケールタートルですね。それがどうかしましたか?」


 質問に気を良くして、別の冊子を取り出したウィルは、その頁に書かれた一文を指さした。そこには小さく「超希少な青鱗亀ブルースケールタートルの肉」という文字が添えられていた。


「希少と言われてピンときたのさ。ウチへくる途中に寄ったロベックで、亀のことが話題になっていてね。聞けばこのモンスターの牙や鱗、それに内臓なんかが高く売れるんだと言うじゃないか。その上お肉も希少で、庶民が簡単に口にできるものではないと聞いてるよ」


 冊子にも同じようなことが書かれており、確かに信憑性は高いようだった。しかし横でため息をついたロディアは、書かれた文言の中で、最も重要な部分を爪で叩きながら言った。


「ですからそれは無理と言ったじゃありませんか。私たちのランクを考えてくださいな。青鱗亀ブルースケールタートルの依頼受諾ランクは()。私たちには、そもそも不可能なんです!」


 肝心な部分を忘れていたウィルがシュンと泣き顔になった。眉をひそめて聞いていたフレアは、目の前に座る一人を見つめ、「あっ!」と声を上げた。


「でも、確かムザイさんはAランクでしたよね。なら、クエストを受けることができるのでは……?」


「まぁ、はい。しかし相手が青鱗亀ブルースケールタートルとなると、それなりに冒険者の数が必要になります。私一人では少々難しいかと」


「そうなんですか?」


「もともと青鱗亀ブルースケールタートルは単独討伐が難しいモンスターとして知られています。理由の一つが、この亀の持つ特性によるのですが……」


「特性、ですか?」


「実はこの亀、こんな大きな姿をしているくせに、とても臆病な性格で。攻撃を画策する間にも、すぐに地面を掘って逃げてしまうんです」


「こんな大きな亀が?」


「しかも厄介なことに、トラップの類にはトンとかからない。その上、攻撃は背中の丈夫すぎる甲羅に阻まれてしまいます。ですから通常は、魔法やスキルで動きを止め、別の誰かが腹の下を攻撃して仕留めます」


「なるほど〜。あれ、でも動きはどうやって止めるんですか。トラップは効かないのに」


「高レベルの魔法やスキルは通じるので、一定レベルの冒険者ならば討伐可能です。しかし何よりもまずは逃げ足の速さです。一瞬で逃げてしまう上、見つけるのも至難の業ときている。危険度は低いので受諾ランクはDですが、クエストの難易度は比較になりません。ですからまぁ、だから誰も受けたがらず、肉や甲羅が高価なわけですが」


 ほへ〜とフレアが頷くのを見て、遠目に聞いていたイチルは、コンコンと扉を叩く音を真似て、皆の注目を引きつけてから言った。


「ならムザイ、今から行って取ってこい。期間はそうだな……、一週間やる。誰の力も借りず、一人で取ってこい」


 全員の視線がイチルに向いたまま、完全なる無の時間がしばし流れたのち、「ハァ?!」とムザイが叫んだ。


「アンタ今の話聞いてたのか。一人では難しいと言ったばかりだろうが!」


「オーナー様が一人と言ってるんだから、一人で行くんだよ。嫌ならクビにするぞ」


 職権乱用し無理難題をふっかける。これぞブラック企業の経営者たる本分だと笑ってみせる。開いた口が塞がらない面々も、未だわだかまりのあるムザイに声を掛ける者はおらず、皆が皆、ダンマリを決め込んだ。


「……いいさ、やってやる。その代わり、一つ条件がある」


「条件ねぇ。いいよ、言ってみな」


「もしそいつを取ってこれたら、願いを一つ聞いてもらう。どうだ?」


 面倒な条件を出してきたものだとイチルが困惑の表情を浮かべるが、その他五名は、《それくらい聞いてやれよ》という冷たい目線でオーナーを見つめていた。


「お、お前ら、その目をやめろ。……仕方ない、考えといてやる。そもそも()()()()()()だぞ。結果も残せん輩に、ボーナスなど払う気はない!」


 思いのほかやる気を出した様子のムザイは、これ以上話しても意味はないからと準備を始めた。ちょっと待ってと声を掛けたフレアも、ムザイをどう止めて良いかがわからず、結局一人で行かせるしかなかった。


「でぇ、……他の皆さんは、あの《ヨソモノ》におんぶに抱っこで良いのかな? 食材は、なにも亀だけじゃない。それに悪いが目玉が一つじゃ話にもならん。話題性は多ければ多いほどいい。これ、デパートの物産展と同じ理屈ね」


 全員の頭上に?マークが浮き上がった後、今度は急激に表情が引きつった。どうやらイチルがまた無理難題をいうのだろうと想像した五人は、それぞれが卒倒したくなるほどの悪寒を感じながら両耳を閉じた。


「これから嫌になるほど食材探しをさせてやる。目玉は亀だけじゃない。レアな食いものなんぞ、残念ながら世界中に溢れてる。死にたくなるほどの苦行を覚悟しとけよ、カッカッカ」


 やっぱりかよと全員の顔色が曇った。

 こうして《ラビーランドお食事処大作戦(仮)》の号砲は鳴らされるのであった。



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