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【027話】悪魔のワルツ



「その昔、今はなきエターナルダンジョンの最深部領域ラストデザートで、400年もの間、アライバルとして従事していた化物がいた。名はベルモント・スパイキュール36世、狼型の獣人だったという。

 その男は、生後間もなくからつい先日まで、ほぼ全ての時を魔境の中で過ごし、地上へ出ることなく冒険者の片腕としてあり続けた。言うまでもなくその実力は凄まじく、ありとあらゆる能力を使いこなし、最終到達点を目指した全ての冒険者を見守り続けてきた。ある者はその男のことを『絶対(ノーミス)の運び屋』と呼び、またある者は『最強のアライバル』と呼んだ」


 テーブルに置かれた水を一口飲んでむせたイチルは、ゴホゴホ咳き込みながら、「で?」と細い目をして聞いた。


「しかし男は、ほとんど外へ出てこなかったこともあり、ネームバリューに反して姿を知る者がほとんどいなかった。聞くところによれば、男はかなりの()()()()で、ほぼ誰ともつるむことなく仕事をしていたらしい。専属の魔道具開発業者ですら、姿を見たものはほぼ皆無だった」


 ウンウンと頷いたイチルは、別に隠してないけどねと心の中で呟いた。


「しかし()()が攻略されて以降、男は未だどのダンジョンにも属さず、行方を暗ましたままと聞く。巷では、その男がダンジョンを攻略したから隠れているのではないかと噂されるほどの大物でありながら、一向に話は聞こえてこない。

 しかし()()()、私は疑問に思い、調べてみることにした。そして確かなスジから、真実と思われる情報を手にした。その男は現在、とあるADを買い取り、寂れたダンジョンに暮らしているとか。……イチル・イチベ、アンタのことだ」


 ムス~っと話を聞いていたイチルは、誰が喋りやがったとその誰かの姿を想像しながら聞き流した。


「はぐらかすな。この私を軽くいなせる者など、この世界にどれだけいると思ってる。魔法を掻き消し、子供扱いして投げ飛ばすなど普通の所業ではない。そんな人物がいたとすれば、そいつは途方もない化物か、世界を滅ぼせるほどの魔王に決まっている!」


「なら俺は後者かもな。世界を滅ぼしちゃうぞ~、ひゅ~ドロドロドロ」


 両手を口の前でワシャワシャ虫のように動かしたイチルは、話半分にムメイの言葉をやり過ごした。


 何よりも、イチルにとって過去のことはどうでもいいことだった。なくなった過去をどれだけ追いかけたところで、二度と戻ってはこない。何よりもまず、過去手に入れられなかった何かを、もう一度ここで探すために足掻いているのだから――


「ふざけるな! 私はショックだった。どこの馬の骨とも知らぬ男に、あれほど容易く敗れたなど、あってはならない。しかし私を倒した男が何者かを調べるうちに、疑惑は確信に変わった。まさかそのような伝説の男が、こんな辺鄙な田舎で、まだ油を売っているとは思わないからな!」


「そうならなんなのよ。また戦えって? ご免だね。俺も暇じゃないし、無駄な力は使いたくない」


 しかしイチルの予想に反し、ムメイは改まり、イチルの前で正座して深々と頭を下げた。そして「アンタのもとで働かせてくれ」と宣言した。


「残念だけど、俺はただのオーナーだ。従業員をこき使うだけこき使って、あーだこーだ文句言うだけのお気楽ライフなの。わかる?」


「なんでもいい、ここで働かせてくれ。今回のことで、トップとの実力差を嫌というほど味わった。このまま自己流に鍛えたところで、その領域へは辿り着けない。頼む、私をもっと強くしてくれ。このとおりだ!」


 その時、何者かが無許可で事務所の扉をドンと開けた。

 土下座を誤魔化すように座り直したムメイは、さささと壁際に移動しながら、何事もなかったように立ち上がった。


「……粗茶ですけど、どうぞ」


 入ってきたのはフレアだった。

 不機嫌に飲み物を置いたフレアは、先に置かれていたフレアの水を勝手に飲んでいたイチルをこれでもかと睨みながら、「ど〜ぞ、ごゆっくり」と言い捨てた。


「ちょ、ちょっと待った。確かアンタ、ここの管理者って言ったよな」


 ムメイが呼び止めた。

 無言で振り返ったフレアは、「そうですけど」と、ヤクザの幹部のように小さな声で答えた。


「実は今、仕事を探していて。その……、よければここで働かせてもらえないか」


 おいおいと話を止めたイチルは、さすがにそれは無しだろうと首を振った。


「自分が何をしたか覚えてないのか。お前は貴族に命じられ、ここを壊しにきた張本人だろ。しかも、……あの時フレアに何を言ったか、覚えてないわけでもあるまい」


 ムメイの表情が急激に曇った。

 顔色の悪い少女の首を掴んで口にした言葉を、ムメイはハッキリと覚えていた。


 (おご)り高ぶり、蔑み、存在の全てを否定した。

 最低であるはずの貴族の側に立ち、力なき者を虐げ貶めた。


 それは間違いなく、誤魔化しようのない事実だった。

 しかし――



「アナタ、お名前は?」



 不意の質問に、ムメイは「え?」と聞き返した。

 もう一度同じ質問をしたフレアに、ムメイは初めて自分の名前を口にした。


「む、ムザイ。ムザイ・ラパートン、……です」


「ムザイさんですか。冒険者ランクは?」


「ええと、A、ランク、……です」


「A?! ちょっと聞きましたか犬男(いぬお)、Aランクですって!」


 興奮を隠しきれないフレアは、(ひざまず)くムザイを上下左右から眺め、「ふむぅ」とアゴに手を置いた。そして椅子に座っていたイチルを押しのけて、テーブルから紙を一枚取り出し、ムザイに提示した。


()()()()でよろしければ」


 ポカンと紙を受け取ったムザイをよそに、イチルがおいおいと割って入った。しかしフレアは、堂々とイチルの鼻を指さしながら言った。


「犬男は黙って。これは()()()()の話で、社員のみんなや私の恨みの話じゃありません。確かに私はあの時、死にたくなるほど悔しかった。だけど、それは私が未熟で、力がなくて、この人を退けられなかっただけです。私とペトラちゃんの計画がもっと完璧なものだったら、きっと負けなかった。それだけのことです」


「だとしてもだ……。それに他の従業員も認めないだろ。みんなそいつの本性知ってるんだぞ?」


「わかってますよ! ……それにどうしてこんな状況になってるいるかだって、本当はなんとなくわかってるんだからね。どうせまた犬男の仕業なんだから」


「……だったら尚更だ。考え直せ」


「知らないもんね。べーだ!」


 舌を出して目をひん剥いたフレアは、これ以上は出せませんと念押しし、その金額で良ければ雇いますと改めて説明した。


「なぜだ、なぜあんなことを言った私のことを……?」


「人ってね、誰でも調子に乗って心にもないこと言っちゃうから。私も誰かに酷いことを言って悲しませたことがあるから。それに今は少しでも人手が欲しいし、こちらとしても助かるもん。しかもそれがAクラスの冒険者だなんて破格よ。……だけどね、()()()()先に言っておくから」


 腕組みしてグググと背中を反ったフレアは、子供らしくない鬼の形相で口を真一文字に結びながら、それはそれは堂々とムザイに宣言した。


「今後、二度と私に舐めた口を聞かないこと。私は《アンタ》じゃなくて《()()()()()》。あと、次にみんなのことを馬鹿にしたら、…………()()()にするから。覚えておいて」


 マウントを取りに行ったフレアを見下ろしながら、イチルはもう勝手にしろと首を振った。


「ほ、本当に働かせてもらえるのか。本当の本当なんだな?!」


 頷くフレアに飼いならされ、ペコペコと頭を下げたムザイは、喜びのあまり舞い上がっていた。



 しかしそれはそれ、これはこれ、である――

 仕事に戻っていったフレアに手を振るムザイの耳元に顔を寄せたイチルは、小さくぽそりと呟いた。


「契約おめでとう。ってことで、これからは安い給料で馬車馬のようにこき使ってやる。一つ言っておくが、残念ながら俺は何もしない。お前はこのブラック企業の一員として、逃げる術もなく手足となって死ぬ気で働け。最後にもう一つ、これは最重要事項だが――」


 呆然と相槌を打ったムザイは、悪魔のような黒目をしたイチルを見た。


「俺の過去について、今後話すことを禁ずる。奴らに余計なことを吹き込んでみろ、その時は……」


 ムザイの肩にポンと指を置いたイチルがグググと力を込めた。恐怖を感じ、「わかった」と答えたムザイをポンと叩いたイチルは、ならば結構と言い残し、笑いながら小屋を出ていった。



「あれ、もしかして私……、悪魔と踊った?」



 それからしばらく、

 ムザイはひとり、

 小屋で立ち尽くしていたとか、いないとか。


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