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【026話】ムメイの訪問


 ――あれから数日が経った



 結論から言えば、ラビーランドは新たなAD(※厳密に言えば再起)としてスタートを切った。しかし言うまでもなく前途多難だった。



 何よりもまずゼピアのギルド関係者、及び役人と揉めてしまったこと。そして意図しない客人の登場により設備が損傷してしまった点は大きく、プロモーション即施設再開を目論んでいた一行にとって、想定外以外の何物でもなかった。


「フレアさん、この資材はどちらに運びましょうか?」


「それは地下の第一備品室へお願いします。ミアさん、それは地下じゃなくて小屋の前に並べておいてください!」


 片付けに追われる従業員を横目に、壊れた転送装置をつついたイチルは、すぐに諦めて椅子に腰掛けた。


 討伐隊を返り討ちにした事実は街で大きな話題となり、しかもそれがギルドの手違い(※ということでフレアが手を打った)だったことが明るみになったことで、街外れにそれなりのADアトラクションダンジョンがあるという認知度は高まり、当初の目論見は達成された。


 しかし今度は逆に、その()()()が仇となった。想定していない数の冒険者が一斉に訪れ、施設を使わせろと迫ったのだ。


 こうして設備が直っていないにも関わらず一部施設を解禁しなければならなくなった一行は、先んじて超初心者向けの鍛錬場として、ラビーランドをオープンさせるほか方法がなかった。こうしてせっかくのロケットスタートを見事棒に振り、再び無難な経営を迫られていた。


「おいおっさん、暇なら客入れ手伝ってくれよ。こっちは人手が足りないんだって!」


 客対応をしていた()()()()()()が木陰で昼寝しているイチルに向かって叫んだ。しかしイチルは素知らぬ顔で無視し、ゴロンと反対を向いて転がった。


「ちょっと犬男(いぬお)! そんなとこでゴロゴロしてたら目障りです。お客さんの目もあるんですから、少しは気にしてください!」


 今度はフレアが食って掛かった。

 ここの従業員はオーナー様を人とも思っていないと憎らしそうな目をしたイチルは、仕方なく椅子を畳み、新設したモンスター小屋へと逃げ込んだ。



 イチルはポケットに入っていた干し肉をちらつかせ、嬉しそうに首を振るウルフに餌をやった。

 美味そうに食ってくれるお前たちだけが心の拠り所だと頷く主人に対し、また別の誰かが冷たく声を掛けた。


「オーナー、昼間からこんなところでまたサボりですか。少しは働いたらどうです?」


 声の主はロディアだった。

 先日の名も知らぬ冒険者との戦いの中で、テイムしたモンスターを全てやられてしまったと勘違いし泣いていた癖にと嫌らしく言うイチルに、ロディアは「それはそれ、これはこれです」と毅然とした態度で言い切った。


「俺がコイツらを分身(ダブル)に切り替えといてやらなけりゃ、今頃全滅してたんだからな、ありがたく思え!」


「でしたら初めからそう伝えておくのが、オーナーとしての正しい務めでしょうに。少しでもありがたく思ってほしいのなら、オーナーもそれらしい行動と態度をお願いします。それになんですか……、最近はまるで子供のような言い草ばかりでゴロゴロ。何でもいいから、さっさと仕事をしてください」


 どうにも虫の居所が悪い様子のロディアは、あの一件以来、イチルに対する態度を改めていた。


 なんでも理詰めで説き伏せるロディアに押し切られ、いじけたイチルは、もう一枚持っていた干し肉をウルフに食わせた。


「勝手に餌を与えないでもらえますか」


「……ふん、オーナーが飼い犬に餌をやって何が悪い」


「こちらでちゃんと栄養管理をしているんですから、勝手なものを与えないでください。ですよね~、ウルフちゃん」


 イチルにどこか申し訳無さそうな顔をしたウルフ二頭も、やはり本当の主人には逆らえないようで、寂しそうに視線を逸した。この瞬間、場からイチルの味方が消失した。


「へいへい、どーせ私がわるぅございますよ、もう好きにしろ!」


 トロールの背中をペシンと叩き、イチルはモンスター小屋を出た。すると今度はどこからか悲鳴が聞こえてきた。喧しい奴らめと屋根に飛び乗ったイチルは、そこで施設の正面入口で騒ぐミアの姿を発見した。



「な、な、な、な、な」



 『な』を一つ言うごとに一歩後退ったミアは、周囲の客すら無視し、ギャアギャア悲鳴を上げた。見れば、ミアの前に立つ人物が原因のようだった。


「お前に用はない。私はここの《オーナー》に用がある。会わせろ、そうすれば危害は加えない」


「き、き、危害って。そ、そんなこと言ったって、ま、またここを壊しにきたんでしょう?!  だけどそうはいきませんよ、もうココは正式にADアトラクションダンジョンと認められたんですからね!」


 ミアの前に立っていたのはムメイだった。

 興奮状態だった以前とは異なり、どうやら落ち着き払い、冷静そのものだった。


「騒々しい。入口でギャーギャー騒ぐな、バカメイド」


 暇潰しにちょうどいいと大袈裟に登場したイチルに気付き、ミアはすぐイチルの背後に隠れてから、「またアイツが!」と騒いだ。お前は少し黙れと事務所にいるであろうフレアの元へミアをぶん投げ、耳をほじりながら「で、誰だっけ?」と聞いた。


「随分無礼な第一声だな。まぁ、……それはお互い様か」


「俺は無礼じゃないけどな」と寝癖だらけの髪をグシャグシャ掻いたイチルに、ムメイは一歩踏み込んだ。


「アンタと話がしたい。時間はあるか?」


「あいにく大忙しでこれっぽっちも暇はない。さてさて、これから街へ出かけなきゃならないんだ。あ~、忙し忙し」


 などと言いながら止められない欠伸を一つ。

 ムメイは引かず、「いつならいい」としつこく聞いた。イチルはずっと忙しいの一点張りで無感情に躱すだけだった。


 しかしミアが騒いだせいで、騒動を聞きつけたフレアが二人の間に割って入った。再び施設を壊しにきたと慌てるフレアは、軽く身体を震わせながらも毅然とした態度で言った。


「これ以上進むことは、施設責任者として認められません。それに今はお客様もいらっしゃいます。もし前のようなことをしたら、今度は大問題になりますよ!」


 しばしの無言の後、ムメイはそっとフレアを横へズラしてから、「いつなら時間がとれる」と聞き直した。


「私の話を聞きなさい」とうるさいフレアと、「いつとれるんだ」としつこいムメイに囲まれ、煩わしくなったイチルは、「あ゛~」と壊れた玩具のように低く沈んだ声で嘆いた。


「いつなら話ができるんだ?! あとチビ、さっきからうるさいんだよ。こっちはそれどころじゃないんだ、私はその男に用があるんだ!」


「チビとはなんですか。私はここ(ラビーランド)の管理者で、施設の責任者はでもあるんですよ。犬男に用があるなら、全てこの私を通してください!」


 眉をひそめたムメイは、イチルとフレアの顔を交互に眺めてから、改めてフレアに会釈し、「コイツと話がしたい」と意外なほど丁寧に尋ねた。面食らったフレアは、どうやら施設を壊しにきたわけではなさそうだと判断し、少しも悩まず返事した。


「どうぞどうぞ、この人はず~っと暇ですから、いつでもいくらでもどうぞ。ほらほら犬男(いぬお)、お客様ですよ、すぐ事務所にお迎えして。では私たちは誰かさんのせいでとっても忙しいので、これで」


 野犬のような顔でイチルを睨み、フレアは走り去った。

 大義名分を得て事務所の扉を開けたムメイは、さも自分が管理人になったかのようにイチルを呼びつけた。


 心底面倒臭そうに事務所に入ったイチルは、フレア用に置かれた事務作業用の椅子に深々と腰掛け、ハァとため息をついた。


 外の様子を確認し、静かに事務所の扉を閉めたムメイは、そのまま扉に背中をつけ、しばらくイチルの顔を確かめてから、(おもむろ)に話し始めた――



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