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【024話】憎らしく嫌らしい



 態度を豹変させたムメイは、ウィルと同じように眼球の形を鷹のように変化させ、凝視(スナイプ)で文字通り彼の姿を凝視していた。


 本能的にマズいと直感したウィルは、異変を察知して天井裏へ降りてきたフレアを抱きかかえ、「すぐに逃げるんだ」と監視器具の置かれた部屋へと這い出た。


「どうしたんですか、ウィルさん」


「とにかく逃げるんだ、俺たちじゃアイツには――」


 言い終わらぬうちに、背後で恐ろしい轟音が鳴った。


 コーティング部屋の様子を一瞥すれば、ムメイが何かしらの攻撃を放ち、壊れるはずのない壁や岩を破壊していた。


「嘘でしょ。ミアさんのコーティングを、あんな一瞬で」


「いいから今は逃げることだけを考えるんだ。俺たちは相手を侮り、油断していた。いつからかEランクくらいならどうにでもなると錯覚していた。だけど違った、アイツは――」


 再び背後で爆発が起こり、爆風によって飛ばされた二人は、岩盤を突き破り地上へ放り出されたものの、ウィルが空中でフレアをキャッチし、すぐに体勢を立て直した。


 見るも無残に破壊され、天井がぽっかりと開いてしまった地下のコーティング部屋の真ん中では、不敵に笑う女が初めて二人を肉眼で見つめていた。


「やっと顔を見せてくれたね。このふざけたレクリエーションを考えたのは、さぁどちらかな?」


 強烈な威圧感で二人を見据えたムメイは、一瞬の間に陣を描き、魔力を解放した。


 直後、爆破で折り重なっていた瓦礫の山が巻き上げられ、コーティングされた岩を含む全ての物質が圧縮されて砕け散り、パラパラと宙を舞った。


「侵入者を見つめる多数の目。わざとらしく固められたダンジョン。不自然な転送に、作為的すぎるシチュエーション。どれもが非自然的で不自然極まりない。よって、ここはND(ナチュラルダンジョン)ではない」


 ムメイの迫力にやられ、仰け反り手を付いたウィルとフレアは、地下からふわりと浮き上がったムメイを前に、逃げもせず目で追っていた。


 全てを破壊し現れたムメイに対し、せめてもの抵抗と、ウィルはフレアを背後に隠した。


 どうやらムメイは、フレアやペトラが想定したレベルの範疇にはない。それどころか、想定外という範疇すら超え、異様とも呼べるほどだった。


「フレアさん、今のうちに逃げるんだ、早く!」


「ほほう、子供の方がお前の主人か。なるほど、これは愉快だ」


 ウィルはムメイの迫力を前にして身動きが取れず、ただ大の字になってフレアを守るしかなかった。予備動作なくウィルの胸に触れた女は、ニッコリと微笑みながら、小さく「じゃあね」と手を振った。


 ボンッという音とともに炎に包まれたウィルは、為す術なくフレアの真横を飛んで地面を転がった。


「え、……ウィルさん?」


 苦しむ間もなく黒焦げにされて倒れたウィルに駆け寄った。どうにかまだ息はあったが、仲間の中で最も戦闘に長けているはずのウィルが一撃でやられてしまった事実に、フレアは戦慄していた。


 しかしすぐ頭を切り替え、どうにかウィルを抱えたフレアは、その場から逃げ出すことを選択した。


「この状況で、まだ逃げるか。しかも小さな子供が男を背負ったまま。どう考えても無理だろう」


 カツカツと(かかと)を鳴らして近付くムメイは、フレアが抱えるウィルの髪を掴んで投げ捨て、今度はフレアの首を掴んで持ち上げた。


「こんな子供ひとりを殺すため、私をこんな場所まで呼び出すとはな。あの豚、戻ったら殺してやる」


「うぐっ、やめて、離してよ!」


「アナタも災難ね。あんな男から金を借りたばっかりに」


「お、おか、ね、な、なんの話?!」


「決まってるじゃない、ムニョルの豚のことよ」


「え、それ、どういう……」


「えぇ? アナタまさか、本当にここがND認定されて討伐対象になったと思ってるの。ハハ、とんだおマヌケさんね。いいわ、なら教えてあげる」


 酸欠で黒紫色に沈んでいくフレアの顔に鼻先を近付けたムメイは、そのまま耳元までゆっくり逸れながら、「生意気な貧乏人は用無しだってさ」と呟き、可哀想にとせせら笑った。


「どう、して。お金は、ちゃんと……」


「ええ、お金はもちろん受け取ったわ。だけどそんなことは関係ないの。だってそうでしょ、確かにお金は受け取ったけど、もしここが本当に()()()()()()()()()()()()()。……誰かが駆除しなきゃ」


「そんなはずありませんッ、私はちゃんと、ギルドにも、ウグッ」


 掴んでいた力をもうひとつ強めたムメイは、語気を強めながら、ゆったりとした口調で言った。


「関係ないのよ、そんなことは。無責任な他人の手に渡ったここが、無法地帯と化してNDに変わってしまった。しかしそれを《赤の他人》であるムニョルが、わざわざ大金を払い、討伐隊を組んで奪還したとなれば、世間はどう思うかしら。再びここをタダ同然で譲り受けるなんて、簡単なことなのよ」


「そ、んな、それじゃあ、最初から……」


「くれてやるつもりなんか、さらさらなかったに決まってるじゃない。お金を取れるだけ取って、大義名分のもと回収して元通り。まったく……、愚民が貴族に楯突いちゃダメよ、子猫ちゃん?」


 悔しさからポロポロと涙を流したフレアを嘲笑し、ムメイはさっさと終わらせましょうと放り投げた。そしてウィルにしたように、そっと右手をかざし炎の玉を放った。


『 フレア! 』


 しかし玉が当たる直前、何者かが横っ飛びし、フレアを空中で抱え攻撃を躱した。見事フレアを咥えた銀色の幻影は、グルルと喉を鳴らし、ムメイを睨みつけていた。


「ウォーウルフ。なぜモンスターが子供を」


 呟く間に、今度は背後から何者かがムメイに襲いかかった。難なく躱されてしまったものの、また別のウォーウルフが牙を剥き、さらには大きなプリンやスライムも現れ、ムメイを睨みながら身構えていた。


「フレア悪い、遅くなった!」


 助けに入ったのはペトラとロディア、そしてモンスターたちだった。


 煩わしさに天を仰いだムメイは、どうやらやられてしまったらしいピルロらほかの冒険者たちの軟弱さを嘆きながら、こんな子供に負けるとは、と首を振った。


「おいフレア、コイツは一体……?」


 説明するまでもなく、ペトラはすぐに状況を飲み込んでいた。


 目の前で大袈裟に振る舞う人物は、どうやらこれまでの冒険者とは別格。やられてしまったウィルや、破壊された地下施設を一瞥するだけでも、相当な力量であるのは理解できた。


「ロディア姉ちゃん、疲れてるとこ悪いけど、最初から全力でいったほうがいいよ」


「ふん、子供のくせに大人を無理使いしてくれちゃってさ。ウルフちゃん、左右から同時にそいつを攻撃よ!」


 ダンジョンでトロールを相手にしたように、分身(ダブル)で数を増やしたウルフを操り、四方向から一斉に飛びかかった。しかしムメイは、トロールと比較にならない体捌きで攻撃を躱し、空へ向けて両手を掲げた。


「こんなものが私に当たるとでも? 未熟者が!」


 ムメイの周囲に炎の柱が吹き上がり、火の熱さに煽られウルフが足を止めた。


 直撃したが最後、間違いなくやられてしまう威力を前に、ロディアも迂闊に踏み込めず、攻撃を躊躇するほかなかった。


「だけどね、そう簡単にやられてる場合じゃないのよ。お兄様をこんなにしてくれちゃって、絶対に後悔させてやるんだから」


 どれだけ相手が強かろうと、スピードでウルフが負けるはずがない。見込みを付けてさらにスピードを上げた四体は、ムメイの周囲をグルグル回りながら隙を窺った。


「無駄だと言っている。この程度のスピードで私を撹乱できると思うな。……ん、なんだ?」


 ロディアが笑みを浮かべた直後、ムメイの足元からズボッという音が鳴り、野太い腕が飛び出した。足首を掴まえた緑色の腕は、ガッシリとムメイをホールドしていた。


「油断したわね。トロールちゃん、しっかりソイツを掴まえてて!」


 地中に身を潜めていたトロールがムメイを掴み、動けなくなった隙に四体のウルフで相手を引き裂く。ロディアの筋書きでは、確かにそれで上手くいくはずだった。


 しかし四方から襲いくるウルフを目前にしてもなお落ち着き払ったムメイは、スッと両腕を下げ、手刀で足を掴むトロールの腕を切り落とした。そして何事もなかったように、正面から突進したウルフ四体を、真っ向から二つに斬り裂いた。


 コーティングで強化されたトロールの腕を容易く切り落とす攻撃力となれば、誰であろうと一発アウトの状況は変えられない。一瞬で状況を飲み込んだロディアは、フレアとペトラ、そして倒れたウィルをビッグプリンの身体に吸収させ、地中に逃げなさいと叫んだ。


「雑魚のわりに良い判断だ。しかし果たして逃げられるかな?」


 プリンを狙ったムメイの魔法が超スピードで迫る中、飛び込んだロディアが両手を開いて立ち塞がった。名を叫ぶフレアの声を背中で聞いたロディアは、不敵に笑い「もし死んじゃったら兄をよろしくね」と目を瞑ったが、なぜか魔法はロディアの目前で爆ぜ、爆発炎上した。


 爆風で飛ばされたロディアは、蒸発して欠片だけになってしまったスライムの破片を、地面に突っ伏したまま見つめていた。


「す、スラちゃん……? 私を助けて、どうして、そんな……」


 スライムに攻撃を止められて苛ついたムメイは、ならばもっと強力な魔法で殺してやると両腕に魔力を溜めた。他に類を見ないほど跳ね上がっていくムメイの魔力を前に、震える身体をこれでもかと叩いたロディアは、粉々になって消えてしまった仲間の姿を思い、バンと地面を蹴った。


「よくもスラちゃんを、……許さない!」


 自分自身に分身(ダブル)をかけて分身したロディアは、身を屈めて一気にムメイとの距離を詰めた。どうせ逃げられないのなら、少しでも時間を稼ぐしかない。


 玉砕覚悟で突っ込んだロディアのために、後方で待機していた二匹のブラックバットが援護に入った。スキルを無効化する超音波を発しながら、バットはムメイの感覚を奪うため同時使用できる全ての技を使った。音波、念波、衝撃波が瞬間的にムメイを襲い、ほんのコンマ数秒、ムメイが動きを止めた。


 その隙を縫って背後へ回り込んだロディアは、全ての魔力を両腕に込め、「雷撃(サンダー)!」と叫んだ。


 雷鳴が轟き、眩い光が辺りを包む。

 雷に打たれたムメイは一瞬よろけるも、すぐに体勢を立て直し、ロディアの首を掴まえた。


「生意気な女狐め、この私に攻撃を当てるとは。しかし残念だったな。その程度の威力では、私にダメージを与えることはできない」


 腕を掴んで抵抗するロディアを放り投げたムメイは、無慈悲に火弾(ファイア)を放った。直撃し激しく転がったロディアにとどめを刺さんと、ムメイはさらに大きな炎の渦を放った。


 しかし炎が当たる直前、突如不格好で異様な色をした壁が現れ、炎を弾いた。



「私の攻撃を弾いただと。何者だ?」



 ムメイの言葉に、恐怖心から「ヒゥッ」と口にしたのは、ただただ必死で魔法を唱えたミアだった。


 腕を失ったトロールの背に(またが)り、パタパタとロディアに駆け寄ったミアは、これでもかと震えるヒザを叩きながら強がりを言った。


「わ、私がきたからにはもう大丈夫です。魔法を使いすぎてほとんど力は残ってないけど、どうにかして皆さんを助けます!」


 トロールの背中にロディアを乗せ、ミアは魔法でトロールの腕を再形成した。そしてどうにかロディアを連れて逃げてと指示し、背中をポンと押した。


「また別の……。次から次に新しい奴が現れるな、本当に煩わしい」


 ガタガタ震えるミアを残して逃亡したトロールと、少し離れた場所を逃げるプリンを範囲(スコープ)で視野に入れたムメイは、身動きすらとれない女の前につかつか近付き、手の届く距離でハァとため息をついた。


「たかだか女中風情が楯突くとは。私は過去、あのエターナルに潜ったこともある殺し屋(アサシン)。遊びで生きている貴様らとは、存在そのものの価値が違う」


 死を覚悟し、涙を流しながら両手を差し出したミアは、「キエエ!」と間抜けな奇声を上げた。しかしそれでムメイの足が止まるはずはなく、右ビンタが頬にヒットし、ミアは初めての痛みに悶絶して地面を転がった。


「痛いッ、どうしてこんな酷いことを?!」


「痛いのは生きている証拠よ。でも心配はいらない、今にそれすら感じなくなるわ。あなたの仲間も、皆一緒に送ってあげる。心配しないで」


 倒れたミアを強引に引き起こし、反対の頬を殴ったムメイは、無様に突っ伏すメイド姿の女を見下ろして冷笑した。そしてこんな情けない雑魚がどれだけ集まったところで私に勝てるはずないでしょうと嘲った。


「どんな裏技か知らないけど、私の魔法を弾いた罪は重い。炭よ、あなたは私の魔法で炭になるまで少しずつ燃やしてあげる。ついでにランド(ここ)も、証拠が残らないように、この世から消してしまいましょう」


「そ、そんな、やめてください。ここは、フレアさんの夢なんです。こんな私を拾ってくれたフレアさんの!」


「フレアさん? なにそれ、ウケるんですけど」


 ムメイはミアに見せつけるように、地下に残っていた備品の残骸を浮かび上がらせると、握るような仕草を見せながら空中で圧縮し爆破させた。


 そして今度はどうにか壊れずに残っていた転送装置を引き上げ、ニヤニヤ嫌らしく微笑みながら、倒れたミアの肩を叩いた。


「こんなゴミ、残っていたところで何にもならないよ。今ここで、全て燃え尽きた方が諦めもつくってものさ。よし、それじゃあ全部チリにしてしまおう」


 やめてやめてと足に縋り付いたミアを蹴倒し、ムメイが右腕に力を込めた。そして同じように、グググと指を畳んでいく、そんな時だった。



 ――あのぉ、 お客様

 当園の備品を勝手に壊されては困るんですけどねぇ




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