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【020話】防衛開始!



   ◆◆◆◆◆



 金属の(たわ)む音。


 等間隔で流れるザッザッと地面を削るような靴音は、どこか不気味さすら感じさせた。


 無駄口一つなく、闇に溶け込んだ集団は、ただ獲物を狙うハンターのような鋭い目つきだけを携え、表通りから外れた森の中を進んでいた。


 目的を達成するためだけに全力を注ぐ。

 それがクエストを請け負う冒険者の気構えであり、唯一の(ことわり)だった。


(じき)に森を抜ける。それから先は、残念ながら姿を隠してくれるもののない荒野だ。だからこそ、目的の地まで最短で踏み込み、一気に攻め落とす。抜かりはないな?」


 リーダーを請け負った壁役兼戦士の男は、後続に続く八人に問いかけた。各々は小さく頷き、雲から出た月明かりを避けるように速度を上げた。


「ダンジョンは目と鼻の先。モンスターの(ぬし)は知恵があり、身を潜め、地下空間に新たな根城を作っていると思われる。残念ながら情報は乏しい。が、所詮は低レベルダンジョンだ。我々が手間取る理由はない」


 ギルドで得た情報をさらったリーダーの言葉を聞きながら森を抜けた一行は、ついに月夜の荒野へ出た。目で合図をした冒険者は、四と五人の小隊に固まりながら一直線に駆けていく。


「リーダーである俺、ピルロ組と、副リーダーのブッフ組、そして単独参加の……、誰だったか」


「名など適当で構わない。()()()とでも呼んでくれ」


「ならばムメイはブッフ組に混ざって行動してくれ。悪いがウチは四人で行動してきた実績がある。急造の君らとは連携の年季が違うのでね」


 不服そうに受け入れたブッフと四人の冒険者は、微妙な間隔を開けたまま目的地へと接近した。そしていよいよ、モンスターの本拠地とされるラビーランドの敷地内に足を踏み入れた。


「これから先は何が起こるかわからない。まずは全滅しないことを先決としよう。最悪の場合、迷わず撤退を選ぶこと。良いな?」


 全員が頷き、小上がりになった丘の上に立ち、敷地全体を俯瞰に見下ろした。片付けられてがらんとした敷地内は、看板やら備品もなくなっており、一見しただけでは、ただの荒野にしか見えなかった。


「まずは地下に入る侵入口を探さねばなるまい。誰か、範囲(スコープ)スキルを持っているか?」


 ブッフ組の一人が手を挙げ、敷地全体を眺め見た。

 そのままスキルを使い、地下に広がる大まかな空間を探っていく。しかし――


「妙だな、地下が覗けない。恐らく敵の妨害行為だ」


「敵さんも抜かりないと。地上にそれらしき侵入口は?」


「地上ならばどうにか。500メートルほど先に、地下へ繋がる穴がある。恐らくはそこから侵入することが可能だろう。しかし……」


 全員が顔を見合った。それもそのはず、この広い敷地内に侵入口が一つというのは異常すぎた。


 これは罠ですと言っているにも等しく、討伐隊が躊躇するのも当然だった。


「正面から突入するのは避けたい。敵は恐らく知能に長けたモンスターだ。ならば罠があると考えるのは当然だろう。どうにか裏をかきたいが。……マルコイ、展望(ビジョン)で入口付近を探れるか?」


 やってみると頷いたマルコイは、聞き出した侵入口の場所をスキルで探った。そして明らかに知能を持つ何者かによる工作の後が見て取れると説明した。


「十中八九、罠で間違いない。別の侵入経路を考えたほうがいい」


「ならば仕方ない。あまり見せたくはなかったが、俺のスキルを使う。侵入口付近の正確な位置を教えてくれ」


 聞き及んだ正確な場所を頭に思い浮かべたピルロは、地面にペタリと手を置き、把握(グラスプ)と呟いた。指先で地面の中を掴むように辿らせながら、目的の場所を探していった。


「おい、把握(グラスプ)ってのはなんだ?」


 ブッフ組の一人が質問するも、「黙ってろ」と目を瞑ったピルロは、指先に魔力を込めながら眉を潜めた。しかし数秒後、恐ろしいほどに吊り上がった目で、ラビーランド全体を流し見た。


「このダンジョン、何かがおかしい。絶対に気を抜くなよ」


「どういうことだ。ちゃんと説明してくれ」


「地下空間全体の《形》を探ってみた。するとどうだ、ところどころ不審に開けた場所や、閉め切られた空間があった。恐らくは、それらの場所に敵が身を潜めているに違いない」


「《空間の形》だと。なんだよ、そのスキル」


把握(グラスプ)は、あらゆるものの形を大まかに掴むことができる能力だ。範囲(スコープ)のように視覚的に見ることはできないが、感覚で掴むことができる。何よりこのスキルの優れている点は、相手が対策を打てないということ。こいつは脳内に浮かぶビジョンと違い、個人的なイメージの中でしか得られない感覚的な力ゆえに、誰もそれを止めることはできん」


 わかったような、わからないような説明に「はぁ」と返事した質問者を退けて、ピルロはパーティーの仲間三人に小さく合図を出した。


 どうやら内々でのみ通じる合図に、「何のマネだ?」と尋ねたブッフに対し、ピルロは「別に何も」と返しただけで、細かな説明をする気はないようだった。


 ピルロは、しばし考えてから、木の棒で砂の地面に一帯の図を書き出した。地下へと続く入口と、その周辺の様子を示してから、怪しい位置はココとココだと棒をバウンドさせた。


「深さは地下三階程度の浅いダンジョンだ。中身はほぼないと言っていい。ということは、……わかるな?」


 討伐隊全員が一斉に頷いた。


 一般的に、ダンジョンの深さはダンジョンのランクと比例している。階層がより深ければ、ダンジョンとしての格式やレベルも格段に増していく。


 故に、どれだけモンスターに癖があろうと、低層のダンジョンが《超高レベル》という例はごく稀で、例外を除き、まずない。それを各自が知った上で、討伐隊が胸に抱いた感情といえば一つしかない。


「さっさと潰して終わりにしよう。Eランクの我々ならば、こんなダンジョン容易いものだ」


 圧倒的な自信と過信。


 それらの感情は、人を強くも弱くもする。

 討伐隊の感情をちょうど半々にわけた情報によって、状況は、また刻一刻と変化していく――




「――とまぁ、まさか相手に把握(グラスプ)を使える冒険者がいるとは思わなかったけども。はてさて、どうするのかな、おチビちゃんズ?」


 さも当然とばかりに、イチルはさらに俯瞰できる位置から討伐隊を覗き見ていた。


 ミアのコーティングによって謀らずもダンジョンの目隠しには成功していたものの、意図せぬ把握(グラスプ)によって()()()()は伝わってしまった。


 しかしその程度のことは、フレアとペトラも想定済みだった。なんら問題はないはずと、イチルはメモした文字を指で叩いた。


「まずは侵入行路だが……。入口がなければ、作ってしまえばいい。基本に忠実で、かつ常識的な冒険者ほど、安直にそう考える。しかし時に何も考えない冒険者ほど怖い者はない。彼らが見せるのは無鉄砲な冒険者のそれか、はたまた未熟な冒険者の立ち振舞いか。子供たち相手に振り回されるだけの滑稽な姿は見せてくれるなよ、セピアのギルド戦士諸君?」


 相談を終えで丘陵地帯の砂地を滑った討伐隊は、意図的に厳選した一ヶ所に狙いを定めていた。


 討伐隊の目標は、『地表と地下空間との隙間が最も薄く、自力で破壊できる場所を狙って侵入する』だった。しかしそれは、イチルの考えた中で《最も普通》で、かつ《最も一般的》な冒険者の行動そのものだった。


 障害もなく目的の場所に到達した九人は、周囲を窺いながら足を止めた。荒野の真ん中で高々と剣を構えたピルロは、一気に魔力を高め、剣先を地面へ突き立てた。


「砕け、剛力(リジディティ)!」


 砂埃とともに、割れた地面が周囲に飛び散り、地下空間と地上とを一瞬にして繋いでいく。突き刺した剣を中心に開いた大穴を見据え、九人の冒険者が一斉に穴へと飛び込んだ。



 ―― しかしその時だった。



「それにしてもまったく……、よくもまぁ間抜けに引っかかったもんだ。ということでおチビさんたち、まずは初歩的なギミックの発動、増幅(エクスパンション)からいってみようか」


 足場が崩れると同時に、討伐隊の頭上を巨大な影が覆い尽くした。崩れた足場のみに集中していた一行は、影に対する反応が遅れ、巨大なナニカが自分たちに迫ってくる直前まで、気付くことができなかった。


「……なッ?!」


 突き刺した剣を引き抜く動作の中で、偶然頭上を見たピルロが最初に気付いた。下ではなく上。そこに《巨大な岩》が浮いていることに。


「頭上警戒、巨大な岩が降ってくる。各々地下空間で躱して身を隠せ!」


 ピルロの言葉に反応し、全員が岩の存在に気付いた。

 一人の冒険者が脊髄反射のように小さな魔法を放って岩の破壊を試みたが、コーティングされた岩は魔法を軽く跳ね返し、轟音を伴って全員を押し潰すように落下した。


「罠か?! わざと手薄な部分を俺たちに見せていたというのか」


 崩れた岩盤を突き抜けて、岩がズズズゥと地下階層に突き刺さった。間一髪で岩を避けた討伐隊の冒険者たちは、散り散りに分散され、それぞれが疎らに地下空間へと放り出された。



「―― まずは相手を分散させること。これ集団防衛の鉄則ね。群れる敵に対する手段として、まず重要なのがこれ」



 しかしピルロを含めた元々の仲間四人は、抜群のチームワークを発揮し、(はぐ)れることなく、すぐに地下で合流した。しかし他の五人はバラバラになり、いきなりの単独行動を迫られていた。


「いきなり分断されちまった。マルコイ、イルマ、ニスタ。問題は?」


「特に」

「ないわ」

「右に同じく」


 ピルロら四人は、それぞれ何事もなかったように言葉を合わせて頷いた。しかしダンジョン主である二人の子供は、大人たちの余裕すら許さない。


 たった一つしかない進行方向へ四人が足を踏み入れた瞬間を見計らい、すぐさま次なるギミックを発動させた。



「なッ、なんだこれは?!」



 眩い光が周囲を包み、抗う間もなく大きな力によって掴まれた四人は、そのまま故意的に別の場所へと転送された。


 光にやられたピルロの目が慣れた頃、飛び込んできた光景は、何もない、ただ明るく広いだけの閉鎖された空間だった。しかしそこはどこか異様で、怪しい雰囲気を漂わせており、四人は自然と息を飲んだ。


「まさか頭上トラップ直後に転送トラップとは。警戒しろ、敵が襲ってくるぞ」


 壁を背負って固まり警戒したピルロらは、各々が武器を手に、敵の攻撃を今か今かと待ち構えていた。


 地上から範囲(スコープ)で中を覗いたイチルは、緊張して強張る四人の表情を眺めながら、どこかで同じ光景を見ているであろう子供二人の姿を想像してほくそ笑んだ。


「今頃最高に楽しんでいることだろう。用意周到に誘い込んだ冒険者を意地悪にイビるなんて、楽しくないわけがない。ここからは詰将棋。少ないコマで、見事に詰んでみせろ」


 いよいよ場は動き出す。

 最初に動いたのは、少しばかり意外なものだった。



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