【205話】酷遇の愚者
―― ペラペラと、よく回る口だな
突如背後から聞こえてきた声に、四人が一斉に反応して距離を取る。
一切気配を感じさせずに迫る何者かは、わざわざ自分の存在を知らしめるように、一歩、また一歩と近付いた。
「範囲に反応がなかったとなると……、それなりに厄介な相手かと」
クレイルの言葉に無言で頷いた三人は、それぞれアイコンタクトを取り、相手を囲める位置に陣取った。しかしそれでも動じない何者かは、恐ろしいほどの圧力を放ちながら、等間隔に並んだ四人を端からゆっくりと流し見た。
「誰かと思えば、北方の山猿か。愚鈍の民が、今さらこの地に何用だ」
その低くよく通る声にプフラの表情が急激に曇った。どうやら面識があるのか、明らかに緊張感が高まり、どこか締まりなく身構えていた。
はぁぁぁと地面が揺れるような息を吐き、殴りかかる前の熊のような構えを見せた男は、先の冒険者とはまるで別物の殺意を向けて踏み込んだ。すくみからか、一瞬反応が遅れたプフラの間合いに一足で踏み込んだ男は、爪に装着した無数の刃で彼女の腹を突き破らんと、躊躇なく振り抜いた。
やられる。
プフラが身動き取れず漠然と敵の武器を見下ろすところを、ほんのコンマ数秒先回りした誰かの足裏が彼女の胸をドンと押した。謀らずも後ろへよろめいた直後、男の武器が彼女の目前を通過し、事なきを得た。
「油断してんじゃないよ。勝手に死なれちゃこっちが困んだ」
勢いのまま武器を振り切った男の首と横腹へテンポよく膝、回し蹴りと連打を当てたムザイは、吹き飛ばされはしたものの、何事もなかったように立っている男を見据えて笑みを浮かべた。数分前にクレイルが対峙した冒険者とは段違いなレベルであることは言うまでもなく、腕試しにはもってこいだと指を鳴らした。
「小癪なまねを。キサマ、ジャワバの民ではないな」
「さぁね、そんなことはどうでもいいだろう。これから死ぬ人間には関係のないことだ」
「笑止。北方の愚鈍に飼いならされた木偶ごときが、どれだけ集まろうと敵ではない。まとめてこの場で斬り伏せてやろう」
牙のような犬歯を見せつけ不気味に笑う男は、値踏みするように四人を見比べた。そして、どうやら最も手っ取り早いと判断したプフラへ襲いかかるが、それを見越していたクレイルが割って入り、氷山で男を弾き返した。
「ちぃ、厄介なのがいやがるな」
「余所見をしなさるな賊よ。まさかとは思うが、私たち四人を相手して、よもや勝てると思っているわけではないでしょうね」
跳ね返りを予測したロディアが、男の頭上で身構えていた。無詠唱で火弾を放ち、炎に包まれる男を、野獣によって強化した脚で叩き落とす。
地面に叩きつけられ、男がバウンドする。続けざまムザイとロディアが追撃に迫るも、男はまるでダメージが無いように身体を回転させて立ち上がり、瞳孔が開ききった目を双方へ向け、化物のような咆哮を上げた。
本能的に攻撃を止めた二人は、空気の壁を蹴り、プフラの隣に着地した。どうやら笑みを抑えられない男は、秒ごとに肥大化していく身体を抑えつけるように、自分自身で両肩を抱きかかえながら顔を伏せた。
「なんなんだ、ありゃあ。きっちり急所を狙ったってのに、全くダメージが無いときた」
「魔法にも耐性があるのでしょうか。私の炎にもまるで動じていない様子ですね」
「ふん、それはお前の魔法が弱すぎるせいじゃないのか」
「隙を突いた挙げ句、ノーダメージの貴方にだけは言われたくないですね」
小競り合いを始めたムザイとロディアの間に立ったクレイルは、「それはまた別の機会に」と前置きしてから、肩で息をしているプフラに語りかけた。
「あの人物。私の目が正しければ、どこかで見覚えがあるのですが」
「なに?」と同時に聞き返すムザイとロディア。対して少しの間を置いて頷いたプフラは、どこか言いにくそうに下唇を噛んだ。
何やら様子がおかしい男は、自分自身の高鳴りを抑えられないのか、時折異音を呟きながら、ブルブルと全身を震わせていた。ここが好機とムザイが魔力を溜めるが、クレイルがそれを制した。
「なぜ止める!?」
「明らかに様子がおかしい。わざわざ死地へ足を踏み入れるのは得策とは言えません。それに……」
クレイルがプフラの背をパンと叩いた。我に返ったように瞬きしたプフラは、首をふるふると振ってから、「申し訳ありません」と詫びた。
「改めて聞きましょうか。あの男のこと、貴方は知っていますね?」
プフラが小さく頷く。
「なんだよ、有名な奴なのか?」
どこか不服そうに息を吐いたプフラは、「本当に何も知らないのですね」と前置きしてから、心底軽蔑するような目で男を見つめながら言った。
「あの男の名はザジル。クープ国の領主、兼ギルドのトップでもある人物です」
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