【204話】我々の知らない何か
追撃の間隔が狭まるも、難なく攻撃の出所へ急接近したクレイルは、離れた岩影から狙っていた数名の姿を捉えるなり、仲間を呼ぶ隙すら与えず、一瞬にしてねじ伏せた。
「おいおい、私たちの出番も残しておいてくれよ」
少し遅れてやってきたロディアが呆れたように言った。我関せずとばかり、さらに遅れてやってきたプフラは、ハァと息を吐いてから、未だどこからか刺さるように感じる視線に苛立ちながら言った。
「まだ見張られているようですね。キリがない」
「彼らの本丸に近付きつつある以上、仕方のないことです。しかし幾つかわかったことがありますよ」
気絶した敵兵の服をひっぺがし「なんの痕跡もないが」と眉を潜めたムザイに対し、クレイルは勉強のできない生徒に言い聞かせるよう、淡々とした口調で説明を始めた。
「まず一つは、二国が共闘関係にないということです。素性もわからぬ状態で無作為に攻撃を加えるということは、二国間が協力し、他を締め出す意思のないことが窺えます」
「まぁ、……そうだな。まだ他にもあるのか?」
「宝具の力は限定的、しかも使用するにはそれなりの制限がある、ということでしょうか」
「なんでそんなことがわかるんだよ。執事、あんたがさっき自分で宝具がどうとか言ってたんじゃないのかよ」
「これもまた、簡単な話ですよ」
気絶していた敵兵の意識を戻したクレイルは、声を出せないように魔法で口を塞ぎながら、パチンと指を鳴らした。
朦朧としながら頭をふらふらさせた兵の耳元でクレイルが何かを呟くと、兵はひとりでにぽつりぽつりと呟き始めた。
「ここは……、ここはどこだ」
「ここはスクカラの北東部です。ところで君たちはどこの国の戦士かな?」
「我々はナダンの冒険者だ。しかし……」
「しかし?」
「わからない。……わからないうちに動いていた。何もわからない」
「なるほど、では宝具についてはいかがでしょう?」
「……宝具?」
「言い方を変えましょう。君たちで言うところの、”デミルサ”のことです」
「デミルサ?」と口を挟むムザイを制し、クレイルは兵の耳元で「続けて」と促した。
「デミルサは敵を認識しなければ使用することはできない。それに、我々四国の間ではデミルサを使用できない」
「それは興味深い情報だね。しかしできることもあるのではないかな?」
「……四国間に情報を検知されぬよう、対策が練られていると聞いている」
「具体的には?」
「わからない。下部組織まで詳細な情報はおりてこない」
「ふむ。しかし有益な情報だったよ、ありがとう」
もう一度パチンと指を鳴らすと、兵は再び意識を失い、ぐったりと項垂れた。丁寧に兵を横に寝かせたクレイルは、小さく二度頷きながら補足した。
「彼らはまだ四国間で宝具が使用できないと考えていたようですが、やはり使用するにも幾つかルールが存在するようです。加えて自国以外の四国に情報を盗まれることがないよう、あらかじめ協定染みた力が組み込まれているのは間違いありません」
「いや、その前に。”デミルサ”って一体なんだ」
「デミルサは宝具の名称ですよ。正式魔道具名パナパルザ=デミルサ、我々外界の民は一般的に宝具として呼称していますが、彼ら内部の人間にとってはデミルサと呼ぶことが一般的です」
どうやら補足すら必要がないロディア、プフラは既に次の行動を模索しているようだった。
明らかに不機嫌な表情を浮かべたムザイは、自分だけが置いていかれている事実に苛つきながら、「もっと簡単にまとめろよ!」と憤った。
「単純な話さ。外部との通信手段が断たれ、宝具の使い方は限定的というだけのこと。それ以上でも以下でもあるまい」
プフラが吐き捨てるように言った。
「き、貴様は! そもそもだ、貴様が事前に宝具の説明をしていれば、我々はこんな情報を探る必要もないのだぞ!」
「……それとこれとは話が別。宝具に関する情報を他国へ流したとあっては、我が主人に顔向けができぬというもの」
「このックソ女め、黙ってればつけあがりやがって」
食って掛かったムザイを止め、クレイルが「しかし」と付け加えた。
「確かに彼女の言うことにも一理あります。我々とて、アナタを無条件で同行させることに納得しているわけではございません。そろそろ話していただけませんか、本当のデミルサについて」
少し不貞腐れたように下を向いたプフラは、クレイルと同じように二度頷き、しばし口を結んだのち、ぽつりぽつりと語り始めた。
「確かに……、宝具には様々な制約があります。細かな条件は多々ありますが、基本は目視、もしくはそれに相当する条件下でしか、敵に使用することはできません。また他国間で情報を盗み出せぬよう、あらゆる魔道具による通信を遮断できる機能が備えられています。しかしこちらも機能は限定的で、宝具保持者が意図的に封じる手を打たない限り、効力が相手に及ぶことはありません。また使用するには特別なアイテムが必要で、それを持つものだけが力をコントロールすることができます」
「前にマリヤーラ殿下がお持ちしていた石のことですね。ちなみに、今はどこに?」
自分の衣服の胸元を探ったプフラは、小さな石を取りだし、皆へ見せた。
「これが、そのアイテムなのか?」
ロディアの質問に頷いたプフラは、しかしと首を振った。
「先程こちらも使用を試みた。しかし宝具の力は発動しなかった」
「なるほど。しかしそれは、相手がナダンの冒険者だったからという可能性もあります。そうですね……、でしたら一度、我々に試していただけませんか?」
体を大の字に開いてみせたクレイルが、「さぁ」と促した。言われるままプフラが石を構えるが、やはり宝具は発動せず、無の時間が流れるだけだった。
「これでもう一つ明らかとなりました。”宝具のルールは書き換えられている”、こちらははもう確実です」
プフラが同意した。そしてもう一つ付け加えた。
「さらに言うと、四国間の宝具無効化というルールもなくなっているでしょう。本来はナダンの当主であるジジリア様が健在でなければ力は失われるはずなのに、あれ以来、石の効力は消えてしまいました。なのに通信魔道具の使用は封じられたまま……。この先の中央で何かが起きているのでしょう。我々の知らない、何かが」