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【203話】異常事態



    ★ ★ ★



「異常事態、と判断してよろしいでしょうな」


 落ち着いた中にも緊張感漂う声色で言ったクレイルは、白いあごひげに触れながら、使用不能に陥った魔道具を覗き混んだ。

 ゴツゴツとした岩々が転がる崖際で身を隠しながらその様子を覗き混んでいた面々は、口を挟むタイミングを見計らいながら互いの顔色を窺っていた。


「しかし動かんことには始まらん。こんなところでジッとしていてもジリ貧になるだけだ」


 初めに喋り始めたのはムザイだった。

 考えるよりまず動けが信条である彼女にとって、選択肢など一つしかなかった。異変が人為的なものである以上、時間の経過と共に状況は悪くなるばかり。こうなれば、相手よりも早く動くのが正、と。しかしーー


「無闇に動いたところで敵の思う壺だろう。そんなことだから、モンスター程度の思考にも遅れを取るんじゃないのか」


 真っ向から反論するロディア。

 情報もなく相手の陣地に深入りすることは、それだけリスクが増すことを意味している。最悪を想定すればこそ、これ以上の詮索は命取りになりかねないと付け加えた。


「どちらにしても、こんなところで議論を続けたところで、埒が開かないのは事実。その都度、最善の手段を選択して進むしかあるまい」


 最後にそれらしい結論を述べた人物の目前で、ロディアとムザイの険しい視線がぶつかった。

 何か間違ったことを言ったかと怪訝な顔をしていたのは、マリヤーラから同行を指示され、一団に加わったプフラだった。


「部外者の貴様が我々の行動を決めるな。所詮、貴様はオマケのオマケ、戦力の欠片ほどにも期待はしていない!」


「ですが少なくとも闇の中ならば、ムメイ殿程度に遅れを取ることはないと思いますが」


「ほほ~う、いい度胸だ。では実際に試してみるか。……あとロディア、貴様も少し頭が切れるからといって、実力で私より圧倒的に下回っていることを自覚した上で発言をしろよ」


「あら、面白い冗談ですね。今の私であれば、貴女程度、簡単に倒せると思いますよ。なんならやってみますか?」


 三者三様、バチバチ火花を散らせる女傑三名の中心に入り、「まぁまぁ」となだめた老紳士は、話題を変えましょうと大袈裟にアピールしてから、使えなくなった魔道具にポンと火をつけた。ムキになったムザイが「何をしている!?」とにじり寄るが、反対にロディアは「賢明な判断です」とすぐさま同意した。


「なぜだ、唯一の通信手段を消してしまったら、もうフレアさんたちと連絡が取れなくなってしまうぞ!」


「わざわざ相手に利用される恐れのあるものを持ち続ける意味などないでしょう。何より不要物を持ち歩くほど、我々にも余裕はない。違いますか?」


「うぐっ、しかしずっと使えないと決まったわけでは……」


 しかし他の三名が揃って首を横に振り、ムザイは渋々その事実を受け入れるしかなかった。


「だがどうしてだ、貴様の持ってきた魔道具は最新の特製品ではなかったのか。それが使えなくなるなどおかしいではないか」


「簡単な話ですよ」


 一つ指を立てたクレイルは、そのまま上空高く、さらにその先を指し示した。怪訝そうに眉を潜めて空を眺めたムザイは、ただ薄い雲だけが漂っている何もない空間を見つめ、首を捻った。


「……何も見えないが」


「まぁそうでしょう。宝具の力が可視化できているのならば、今頃事態は好転しているはずです」


「宝具だと? どういう意味だ」


「その可能性が最も高い、というだけの話ですよ。本来、宝具は他国間同士の争いを避けるために用いる制約のようなもの。相手方の力を制御するとともに、その魔力自体を無力化する力が備わっていても不思議ではないということです」


「そ、そんなこともできるのか。……なんかズルいな」


「それだけ強大な力だということです。しかし同時に、パナパの職人の魔道具錬成技術の高さを証明していることにもなります。今回、それが相手方に渡ってしまった事実を軽く見ていたのは、他ならぬ我々だったのかもしれませんね」


 話を切ったクレイルは、続いて鼻の前で人差し指を立てながら、皆に目線で合図を出した。突然なんのまねだと怪訝な顔をしたムザイは、同じく何かを感じ取った様子のプフラの視線の先を追った。


「急になんだと言うのだ」


「風向きが急激に変わりました。どこかで大規模な爆発が起こったか、……もしくは」


 言葉の途中で体を仰け反らせたクレイルは、どこからか放たれた矢のような光線をかわし、「各々ぬかりなく」と目配せした。

 一瞬反応が遅れたムザイは、「ちっ」と舌打ちをしてから、追撃として迫っていた数多の攻撃を爆風で弾き飛ばしながら、岩場の影に身を隠した。


「おい執事(クレイル)、我々はいつから狙われていた?」


「どうやら街を出てからつけられていたのでしょう。そして先程の通信用魔道具を使用したのが決定打となったのかと」


「怪しい奴らは片っ端からやっちまえってか。やり方が雑すぎないか」


「恐らくは、自分たちの味方以外は全て敵という共通認識なのでしょう。しかし、そこから読み取れることもあります」


 遠方から狙い撃ちされている状況を読みきったクレイルは、相手の位置を範囲(スコープ)で探りながら、次の動きを予測し、一気に敵との距離を詰めた。遅れて後に続いたムザイは、軽く攻撃をいなしながら高速で敵に迫る男の背中に「ひゅう、やるじゃん執事(おっさん)」と軽口を叩いた。






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