【201話】不服
舐めるなと周囲の敵兵が一斉に襲いかかった。
ミントは隆起した腕を駒のように回転させ、プロレスラーのようなアピールをしながら、器用に指先を操りデコピンの要領で離れた場所から敵を弾いた。
防御すらできず骨が砕ける異音を奏でながら吹き飛ばされる様は壮観で、フレアとペトラは口を開けたまま、鮮やかな攻防を見つめていた。
「すげぇ……」
「褒めても何も出ませんよ。あ、鼻水くらいなら出ますけど、出しましょうか」
「黙って時間稼いでろ。……よぉし、準備完了だ。さっさと逃げるぞ」
敵を抑えていたミントのフードを掴んだマティスは、三人をいとも簡単に担ぎ上げ、そのまま垂直に飛び上がった。呆気にとられ四人を見上げた敵たちは、すぐに陣を組み直して攻撃を画策した。しかし空中で鋭角に空気の壁を蹴ったマティスは、一瞬で全ての敵を振りきった。
「やるじゃんおっさん、そんなことできたのかよ」
「あのなぁ、これくらいは当たり前だ。これでも、あの魔境の内部支店を担当してたんだぞ。雑魚を撒くくらいできないでどうする」
マティスの首にしがみついたペトラは、機嫌を取り戻したのか、爛々と目を輝かせながら超スピードで移動する街の流れを楽しんでいた。反対に脱力してフードを掴まれるまま風任せにバタバタ蠢いているミントは、何度もため息をつきながら、「帰りたい」と愚痴ばかりこぼしていた。
「まずはトゥルシロで一番安全な場所へ移動する。さてここでクイズ、そこはどこだと思う?」
「そんなの一番強い味方がいるとこだろ」
「まぁ正解だ。しかし現状で、この街一番の味方が誰かなどわかるはずないよな」
「おっさんたちが一番じゃないのかよ?」
「なら良いんだけどな。恐らく現実はそこまで甘くない。俺たちなんて、所詮は雇われの金庫番、本物の冒険者や、高ランクのモンスター相手じゃ荷が重すぎる」
「ふーん、やっぱすげぇんだな一流の冒険者とかダンジョンって。あんたらくらいの実力があっても、この街ですら一番になれねぇのか」
どこか悲しげに呟いたペトラは、圧倒的なスピードで空中を駆け抜ける、この街ですら最強にはなれない男の背中で舌打ちした。
フレアたちと出会うまでは、強さなど、求めたことすらなかった。薄っぺらな口先で金持ち連中を騙し、それなりの暮らしさえできればそれで満足だった。
しかし今は、誰よりも強さを欲し、誰よりも自分の弱さを呪っていた。それはフレアも同じで、言葉にはしないものの、表情には明らかに不機嫌さが漂っていた。
「じゃあどこなんだよ、これから俺たちが向かう場所」
「簡単だ。強者が多く集まり、かつ強固な守りを備えた場所さ」
「漠然としすぎだろ」
「漠然としているようで、そんな場所はたった一つしかない。ヒントはここが第三国ってところかな」
「ああ、……なんだ、そういうことか」
たったそれだけの情報でマティスの意図を読み取ったペトラは、全く理解できずに聞き耳を立てていたミントの苦々しい顔を一瞥し、「それで」と付け足した。
「この状況、おっさんはどうみるよ?」
「わからん。が、状況は相当に悪い。だから俺は初めから手を引けと言ったんだ」
「……さっきの奴ら、ナダンって言ってたよな?」
「ああ。しかし十中八九、誤った情報だろう。実際はクープかルカウが流したデマだ」
「おっさん的にはどうなんだよ」
「八:二でクープだろうな。奴らはその気になれば躊躇なく行動に打って出る」
しかしペトラの表情は、マティスの言葉とは裏腹に険しいものだった。
「不服そうだな」
「そりゃそうだろ。それだけの理由がありながら、二も可能性があんだからよ」
よく頭の回る子供だと呆れながら、マティスは一息吐いてから、淡々と語り始めた。
「ルカウって国は、俺にもよくわからんのだ。常に中立を吟うわりに、厄介事にはそれとなく関わりたがる。今回のことも、最もらしい理由を付ながら、結局最後の最後にまで絡んでいる。不確定要素という意味で、どうやっても切ることができないんだよ」
「ジャワバとナダンが撤退したのは確実だし、そいつらが裏で動いてるって可能性もなくはないってことだろ。せめて敵の正体だけでもわかれば、対策も立てられるってのによ」
ペトラに同意したマティスが、ようやく目的の場所が見えてきたと指を指した。フード一つで首吊り状態のミントは、いち早く目標の場所をサーチし、そこがどこなのかを見極めた。
「正解は、トゥルシロのギルド本部だ。ここは主要四国間の関係上、基本的に奴らが立ち入ることはない、言ってみれば唯一の中立区。身を隠すにはもってこいの場所だろ?」
「ギルド本部ぅ? なんでわざわざそんな場所なんですか。もっと離れた国まで避難しましょうよ、なんなら別のミルミル支店だってあるかもしれないのに!」
「そうとも言い切れんさ。何よりトゥルシロは小国ではあるが、軍事力に秀でた第三国だ。しかも今はパナパの件に関わるため、そこかしこの強者が集まってる。身を守ってもらうには最適な場所だと思わないか」
「うわぁ、こんなところに天才がいた。ですね、か弱い私たちを存分に守ってもらいましょ。それが一番、ソレイチ!」
しかし男の言葉を全て飲み込まない者が二人いた。
一人はペトラで、そう上手くいくかなと怪訝な顔で否定した。
「なぜそう思う?」
「おっさんの言うこともわかるよ。でもさっき俺らを襲ってきたの、あれってそういうことだろ?」
「そういうこと、とは?」
「アイツらの言葉をまんま鵜呑みにすると、アイツらは捨て駒としてどっちかの国に集められた元敵国の冒険者ってことだろ。とすると、だぜ。この街は、どっちかの国にとっちゃあ、アイツらレベルで制圧できると踏んでるとも言えるってこと。そもそも今回の件に首を突っ込もうっていう本物の強者が、まだこんな本星から遠い場所でうろうろしてるかよ」
「しかし少なくともトゥルシロ本国の冒険者たちが守りを固めているのは間違いないはずだ。それでもまだ不服か?」
マティスの言葉に、誰かが小さく「不服です」と呟いた。
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