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【200話】120ルクス


「なんですか、その思わせぶりな台詞。流行らないですよ、それ」


「……俺たちだけでも、あそこを出ていて正解だったな」


「さらに思わせぶりだぁ、引くんですけどぉ」


「ゼピアが魔物に襲われている。しかも相当なレベルと数だそうだ。ラッキーだったな、これでしばらく帰らなくて済むぞ」


「え、それってマジなやつですか(わなわな)。だったら私の可愛いミルミルちゃんはどうなるんですか!(驚愕)」


「それどころじゃねぇだろ……。にしても、ちっ、どうすんだよ、イチル」


 ボヤキを入れたタイミングで、最後の望みの綱だった通信までもがプツッと途切れた。

 あまりの不自然さに人為的な何かを想像したマティスとミントは、瞬時に態度を豹変させ、鋭い視線で窓の外を見つめた。


「てぇことは、必然的に――」


「嫌だなぁ、パワハラですよ、こんなの――」


 二人が身構えた直後、ドカンと扉が開いた。

 身を低く構えた迷彩柄によく似た衣服の集団が、勢いよく事務所に押し入った。ハァとため息を付いたミントは、五本の指をピンと開けた手のひらを相手へ向け、くるりと半回転させてみせた。


「遅すぎだし、そもそも雑。やるなら一瞬で、かつ一撃で決めないとね、キャハ」


 首元を狙って襲いかかった怪しい人物の攻撃が、ミントの手のひらに吸い込まれるように揺らいだかと思えば、そのままバランスを失いひっくり返った。


 流れのまま倒れた人物の首を一撃で仕留めたマティスは、続けて押し入った二人を事もなげに捕らえると、両脇に抱え、首元に相手の刃物を突きつけた。一瞬で逆転した形勢に怖じ気づいた敵の一人は、悲鳴を上げて降伏を宣言した。


「た、頼む、殺さないでくれ!」


「君の対応次第かな。……どこの手の者?」


「うぐっ……、なんでまだこんな奴らが」


「ふむ、話さないならこのまま眠ってもらおうか」


 歴戦の殺し屋のような表情を見せたマティスに対し、それを感じ取った敵の顔が一瞬にして凍りつく。


「ま、待て、わかった、話す!」


「話しちゃうんだ、随分とまぁ適当な。……それで、どこの手のもの?」


「な、ナダンだ、頼む、命だけは」


「ナダン。……どういうことだ、ナダンは今回の件からは既に――」


 マティスが疑問を口にしたところで、街のどこからか激しい爆発音が鳴った。


 悲壮感かつ面倒くさいという青白い顔でマティスの腕から敵二人の身柄を拝借したミントは、未だ気が抜けたように呆然としているフレアとペトラにわざとらしい笑顔を見せてから、一瞬で室内から姿を消した。


「さぁて、またおかしなことが起こってるな。凹んでるとこ悪いけど、移動する準備をしてもらうよ」


 散らばっていた備品の中から必要なものだけを袋に詰めたマティスは、平気で無視する二人にハァとため息を付いた。パンパン手を払いながら何事もなかったかのように戻ってきたミントは、血の付いた指先を花柄のハンカチで拭いながら、マティスに目で合図を出した。


「少々場所を移そう。何やら緊急事態らしい。俺たちが優先すべきことは、まず君らの身の安全が第一(顧客第一)。前もって、この国で最も安全な場所はリサーチしてある。これからそちらへ向かう」


 しかし一切意に介さない二人は、その場から動こうとはしなかった。諦めたマティスは、有無を言わさず二人を両肩に担ぎ「行くぞ」と合図した。


「おいおっさん、なにしやがる!」


「悪いがお子様のわがままを聞いてる場合じゃないんでね。こっちもプロなんで、やることはきっちりやらせてもらいますよ」


 鼻から大きく息を吐いたミントは、周囲の様子を範囲(スコープ)で探り、配置された敵の位置を捕捉した。それから間髪入れず右腕に蓄えた魔力を解放すると、屋根を貫通させて冷気(アイス)を放った。


 鋭利な刃物のような氷の刃が、ピンポイントに敵の急所を貫き、一瞬で全ての敵を葬り去った。


 頷いたミントの指先がくいくいと曲がるのを見届け、マティスは抱えた二人の口を塞ぎ、開いた扉の縁を足場しにして屋根へ上がるなり、恐ろしい速度で駆け出した。


「は、速ぇ!」


 顔から手を振りほどいたペトラが声を漏らした。その声を知ってか知らずか、大二班として離れた場所で待ち構えていた敵の集団が、進行方向の屋根上に並び、行く手を遮った。


「用意周到じゃないの。(おとり)で相手の力量を探りつつ、難度を上げつつ対応する。やり口がプロのそれだよねぇ。やっぱり軍事国家を敵に回すなんて、考えるだけで()えるよ」


 激しく頷くミントは、いつの間にか後方にも並んでいる敵の列を一瞥し、気怠そうに項垂れた。


「私、やっぱりデスクワークがいいです。貝になるぐらいジッとしていたい、今はそんな、そんな気分」


「全部片付いたら相談にのってやる。楽しみにしてろ」


「あ、それダメ上司の言う典型的なやつだ。毎回毎回そう言って誤魔化す癖にぃ」


「無駄口はそこまでにしろ。……で、どうだ?」


「どうかな。え~と、……なら()()で手を打ちます」


「マルバ(※量産品の格安アイス)でいいか?」


「うへぇ、120ルクス(税抜き)。せこ」


「こっちは少ない小遣いで毎月やりくりしてんだ。だったらミルリア(※ちょっと高級なアイス、300ルクス税抜き)でどうだ、これ以上は出せん!」


「だったら二本でどうDA!」


「うぐぐ、わかった、仕方ねぇ、……ならマルバも付けてやる」


「しゃーないですね、手を打ちましょう」


 ふんっと力を込めたミントの腕が三倍ほどに膨らみ、満ち満ちた魔力が紫色に変色し怪しく揺れた。

 異変を前に躊躇なく飛び込んだ前衛がミントに斬りかかるも、まるで攻撃が届かない場所で弾かれたように吹き飛び、反対側の建物に突き刺さった。


弾壁(バウンド)スキルの応用版、ミントちゃんオリジナル魔法ですよ。これから貴殿方には、全員どこかへ吹き飛んでいただきます」


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