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【198話】いつかまた必ず


「残念だが、コイツはここでリタイアだ。アンタの防御魔法のおかげで一命はとりとめとるが、なによりもう動けん」


「そ、そんな、じゃあ私が治療を!」


「んなこと言っとる場合か。今は一分一秒を争う状況だ。周囲の様子をよく見てみろ」


 映し出された映像の中では、マセリが血走った目で魔法を連発し、壁に攻撃を加えていた。勢いは凄まじく、いつ壁が破壊されてもおかしくないことだけはミアにもわかった。


「でも……、私……」


 そこまで言いかけたところで、崩れ落ちそうな体を支え、血が付いた両手で再びミアの頬を掴んだチャマルは、「今やらずに、一体いつやるんすか!」と猛った。


「だって、だって……」


「だってじゃない! 能無しだ、間抜けだ、奴隷だって馬鹿にされるくらい、どんだけでも我慢してやるっす。でも、……今、いま一緒にいるみんなのことを、もう奪われ続けるのは沢山っす。これ以上、失うのはもう絶対に嫌っす!」


「そんなの、でも、私なんかじゃ」


「ミア氏ならできるよ。ミア氏の魔法なら、やれるッ、やれ、……やるんだよ!」


 ミアの胸をドンと叩いて膝を付いたチャマルは、ポロポロ涙を流しながら、地上へと繋がる出入口を指さし、「行って!」と、息も絶え絶えに叫んだ。


「チャマル……ちゃん」


 ゴルドフが目で合図を送り、モルドフは阿吽の呼吸で頷いた。人の耳には聞こえない高周波で指笛を鳴らすと、出入口からガコンという音が聞こえた。


「あとはこっちに任せとけ。なぁに、悪いようにはしねぇさ」


 ガッハッハと笑ったゴルドフは、あらかじめ用意していた荷物をミアへトスした。中には回復用のポーションなどが詰められており、ポンと彼女の背中を押し、親指を立てた。


「一瞬だけ隙を作ってやる。アンタは今から()()のに乗り、そのまま街を出ろ。あとは勝手に目的地まで運んでくれる」


 出入口の方向から、グルルという息づかいが聞こえてきた。モルドフに呼び出されて準備万端で伏せていたのはグレーウルフで、今か今かとミアがその背中に股がるのを待ちわびていた。


「で、でも……」


「逃げて、逃げて、逃げて、やっとその先で見つけた光なんだよ。ミア氏は、またそれを諦めるの?」


「ひか、り?」


 映像の中では、今だ脳裏に焼きついたの幻影が非情な攻撃を続けている。どれだけその光景が何かの間違いだと目を背けたところで、どうやら現実が変わることはない。


 過去を拭い去ろうとしても、忌まわしい記憶は消えそうもない。それどころか、過去の虚像は再び彼女を苦しめるため目の前に現れたようでもあった。


「全部終わったらさ、またみんなでいっぱい、いっぱいお話しよう。今度こそ、美味しいものいっぱいいっぱい食べながら、みんなで笑おうよ」


 血の滲んだ指先と、かさついて硬い鼻先をミアの頬に擦り付け、外していた自分のグローブを彼女の手にはめながら「大丈夫のおまじない」と呟いた。そして力を振り絞りながら「頑張れ」と背中を押し、眠るように倒れた。


 ブルッと身体を震わせたミアは、小さく頷き、受け取った荷物を背負い縄ばしごを登った。決して振り向かず、そのまま真っ直ぐ地上へ上がると、準備を整えていたグレーウルフがフンッと鼻を鳴らした。


「そんじゃあ、いっちょ派手にやってやるかの」


 地下空間で太い腕をがっしりと組んだゴルドフとモルドフは、横たわったまま半目で映像を見つめるチャマルに、よーく見とけと大きな背中をグンと伸ばし、目映(まばゆ)く輝く魔方陣の中心に立った。そして繊細かつ大胆に魔力を錬成し、ありったけの全てを円の中心に叩きつけた。


「眠ってるもん、全部ぶつけてこいや!」

「終わったら、またうちの旨い酒で祝おうや!」


 同時に天高く拳を突き上げた直後、街を覆っていた障壁の天辺にポンと空間が生まれた。その瞬間を狙いすませ、ミアを背に乗せて飛び上がったグレーウルフは、恐ろしいスピードで空気の壁を蹴り、「ギェェェェェェェ!」と悲鳴を上げるお荷物を従えたまま、障壁を抜けた。


 しかし敵もその瞬間を逃すはずはない。

 空高く、狙いを定めていたいたワイバーンが一斉に襲いかかり、グレーウルフを強襲した。だかウルフは一喝するように吐き出したブレス一撃で一掃し、恐ろしい声量で雄叫びを上げた。


 壁の隙間が塞がったのを見届け、ウルフは全ての敵を無視して空中を駆け出した。この世で一番速いのは自分だと言わんばかりに、散らばる敵を子供扱いして突破する様は壮観で、空気の壁を一瞬で抜き去っていくミアの周囲では、音は置き去りにされ、無音状態になるほどだった。


 ただ全ての敵が二人を諦めたわけではなかった。

 超高速で逃亡を図る獲物の姿を捕捉した敵の総大将は、グググと構えた槍を躊躇なく解き放った。


 黒光りする魔力をまとい、凄まじい速度で放たれた槍のスピードは、ウルフをも上回っていた。さしものウルフも回避行動を取りかけたが、背中にしがみついたミアは、耳元で、堂々と宣言した。


「大丈夫。……まっすぐ、まっすぐ進んでください」


 妙に落ち着いた声に背中を押され、ウルフは音速の壁を蹴り、さらに速度を上げていく。しかし槍もさらにスピードを増し、二人へ襲いかかった。


「マセリさん、私ね、いっぱい頑張ったんです。もう誰も傷つかないようにって、自分なりにですけど、頑張ってきたんです。だから、見ててください。これが今の私です!」


 全てをさらけ出すように魔力を練ったミアは、ありったけの力を込めて魔障壁を作り出した。


 何重にも折り重なった不格好でまだらな六角形の盾は、超スピードの槍を正面から受け止め、見事その攻撃を受け止めてみせた。


「私、行きます。いつかまた必ず、笑って話せますよね?」


 ミアの言葉が最後まで届く間もなく、ウルフは四肢に力を込め、さらに高く飛び上がった。

 雲の切れ間に消えたミアたちは、後ろ髪引かれる心を街に残したまま、守るべき仲間の元へと急ぐのだった。



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