【197話】三日
もう一度ふぅと息を吐き、ボリボリ頭を掻いたゴルドフは、誰にも見つからぬうちに全速力で地下へと潜り、工房の入口で抱えた二人を投げ捨てた。
ムギュっと変な声を出して転がったミアは、どうにか繋いだ命を憂いながら、自分を見下ろす屈強な男二人を見つめた。
「で、ねぇちゃんよ……。落ち着いてるとこ悪いんだが」
唐突にモルドフが話しかけた。
慌てて正座したミアは、どこか伏し目がちに俯いた。
「……なんでしょうか」
「とまぁその前に。まずはアレだ、ウチのバカを助けてもらったみてぇでよ。まぁなんだ、……助かった」
「……え?」
「あんたが勝手に飛び出していった時、おいおい逃げちまったよと思っちまって、今度ばかりはもうダメかと思ったんだがよ。おかげで誰も死なずに済んだ」
「……え?」
手を差し伸べられるまま立ち上がったミアは、困惑の表情を浮かべたままペコリと頭を下げ、「すみません」と謝った。
「なぜ謝る?」
「もう少しで、大事なお弟子さんを死なせてしまうところでした。私がしっかりしないばっかりに。ごめんなさい」
「そいつぁお互い様ってもんだ。なにより……」
力なく尻を突き出したまま倒れているチャマルをひっぱたき、「こいつがしっかりしてりゃ、こんな追い込まれるこたぁなかったんだよ」と笑った。
「どちらにしろ、この街はアンタに救われた。礼を言う、ありがとう」
「え、そんな、お礼なんて、私はなにも」
「と、……まぁ馴れ合いはそれくらいにして、話を戻すかの」
二人の会話を小耳にしながら、よっこいしょと箱馬に腰かけたゴルドフが話を遮った。男の表情にはどこか余裕がなく、話の腰を折られたミアも、さすがに言葉を止めるほかなかった。
「予定が狂ってきとる。敵さんの勢いが予測を上回っとるのは、ちぃとばかし問題だ」
「ですが、さっきは見事に街を守ってくれたじゃありませんか。きっともう大丈夫ですよ!」
「守った。……守った、ねぇ」
どこか歯切れの悪いゴルドフは、手元に隠していた小型魔道具をコツンと床に置いた。すると魔法陣が浮かび上がり、街の四方八方が立体的に映し出された。「なんですか、この魔法」と驚きながら覗き込んだミアは、いまだ執拗に繰り返されるモンスターたちの攻撃を垣間見た。
「奴らから攻撃を防いでるこの壁は、超高圧縮した魔力を、超高圧縮した魔力媒体に付与したいわゆる魔道具だ。本来は超高レベルモンスターを相手に、一大隊を防御するために使う範囲防御のアイテムだが、今回は少々範囲を広げ、街の守りに応用したってとこだ。とまぁ、賢い奴ならすぐ気付くだろうが……」
「だろうが?」
「これだけの数が相手となりゃあ、どれだけ優れた守りだろうが、そのうち限界がやってくる。相手のレベルが高かろうが低かろうが、永遠に殴られりゃいつかは壊れるってもんだ」
「えぇっ?! それ、まずくないですか!」
「だから言ってるだろ。問題だと」
勝手に生還したと一安心していたミアだが、すぐに慌てふためき「あわあわ」と不安を口にした。同じく状況を把握しているモルドフも、どうしたものかと頭を掻いた。
「にしても、さっきのアレはなんだ。頭抜けて強力なのがおったが、あんなのがいるなんぞ聞いとらん。ねぇちゃん、あんたアレに話しかけとったみたいだが、知り合いか?」
ゴルドフの問いかけに、ミアの表情が一瞬にして曇った。
ずっと忘れようとしていた記憶が舞い戻り、躊躇なく自分に危害を加えたマセリの表情は、とても頭から消えてくれなかった。
「……訳ありってやつか」
シュンと顔を伏せたミアの背中を、誰かがバンっと叩いた。顔を上げたミアの両頬を掴み、正面から見つめたのは意識を取り戻したチャマルだった。
「ミア氏、シャキッとしろミア氏。いちいち一喜一憂するな、ミア氏!」
頬をパンパンと何度も叩くチャマルは、「痛い痛い」と顔を歪ませたミアの言葉を聞かず、さらに二回叩いてから、自分の額をミアの額に当てた。そして念を送るように「んんん」と目を瞑った。
「何があったかは知らないっす。でも……、でもでも、きっと、ミア氏なら大丈夫っす。絶対どうにかなるっす!」
「びょ、びょうびがなるっぺ(ど、どうにかなるって)?」
チャマルの言葉に付け足すように、ゴルドフがミアの肩に手を置いた。そして力を込め、耳元へ顔を寄せた。
「そのまんまだ。どうにかして、誰かが状況を打破しなきゃならねぇ。今さら細かくは聞かねぇよ。だが、それとこれとは無関係だ。奴らをどうにかしねぇ限り、全員お陀仏なんだからな」
「え、おだ……?」
「時間はもって、約三日。恐らくそれ以上はもたねぇ」
「え? ……え?」
「テメェがどうにかするんだ。他に方法はねぇ」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
二人に前後を支えられ、悲壮感に満ちた顔でミアが悲鳴を上げた。
「排除くんが壊れっちまった以上、奴らを倒す手立てはなくなった。とくりゃあ、直接奴らを叩くか、誰かが助けを呼ぶか、二つに一つしかねぇよな。腹ぁ括れや」
「え、いや、でもでも、あ、そうです、通信用の魔道具とかあるはずでは!?」
その言葉を待っていたかのように、もう片方の肩にモルドフが手を置いた。
「つい数刻前から外との連絡が取れんようになっててな。誰かが直接伝えるしかないようだの」
ひぇぇぇと頬に手を当てたミアは、「だったら一番お強いゴルドフさんが」と反論した。しかしーー
「ワシと弟がおらんで、誰がこの街の高度な魔道具の制御をするっちゅうんだ。それに」
そこまで言ったところで、正面に立っていたチャマルの膝がガクッと落ちた。慌てて身体を支えたミアは、服の裏からポタポタと滴っていたチャマルの血液に気付き、さらに顔を歪めた。