【195話】仲間の犠牲
本気の戦いに馳せ参じる時にのみ身に付ける、ボールドメタル製の鎧。魔法使いである本来の力に加え、槍術とを組み合わせることで跳ね上がる攻撃の威力もそう。
そして何よりも、その凛とした佇まいと、あまりに優美な姿を忘れられるはずもない。
そこにいたのは、かつてミアが遣えたアリストラの侍女であり、メイド長として数多存在する強者を束ねた才女、マセリの姿だった。
「ま、せり、しゃま? ……なんで? どうして?」
溢れた涙が頬を伝い、溜めていた魔力がフッと散っていく。
目の前の事実は、ミアにとって、絶対にあるはずのないものだった。
「え、だって、だって、マセリしゃまは、え、え?」
ミアの様子を知ってか知らずか、マセリは再び槍を構え、続けざまに魔法を放った。ピンポイントに高い建物へと噛みついた黒の光は、そのまま街全体を飲み込んでしまいそうなほどの襲気を放っていた。
建物の残骸が落下し、ミアたちのいる近くにまで瓦礫が散らばった。間一髪かわした民衆が逃げ惑う中、過呼吸のような症状で胸を押さえたミアは、思い出したくない過去の記憶が脳内を巡り、パニックに陥りかけていた。
「だって、マセリ様は、あのとき」
確かに、ミアは信じると言い聞かせてきた。
敬愛するメルローズや仲間たちが、皆どこかで生きていてくれると。
ただその中で、マセリの存在だけは、わずかに意味が違っていた。
「だって、だって、マセリしゃまは……」
大規模な魔法による戦闘。
のちに呼ばれることとなる「セルギイの動乱」は、ゼピア隣国で生きる者たちには、知っていて当たり前な、あまりにも残酷で、あまりにも無慈悲な出来事の一つだった。
多数の死者や遺恨を後世に残しただけでなく、今なお燻る負の火種として、存在し続けていた。
こと偶然にもその中心で生きていたミアの経験は、記憶を辿ることすら悔いるほど悲惨なものだった。
ある者は目の前で爆殺され、またある者は虚しくもなぶり殺される。力なき者は次々に切り裂かれ、彼女の目の前で死んでいった。
その中でも、
ミアはある人物の死を、未だ受け止められずにいた。
『ここは私が食い止めます。ですから、アリストラ様たちは早く!』
メイドの長として、そして隊を率いる長として、全てを捨て上皇や仲間を救おうとしたその人物の姿は、今もなお、彼女の記憶の中で鮮明に息づいていた。
目も眩むほどの閃光が雨霰のように降りしきる戦場を駆ける一行の行く手には、あまりに無慈悲な数の追っ手が迫っていた。その全ては対アリストラの精鋭部隊として用意された者で、文字通り逃げきれる可能性は限りなくゼロに近かった。
必死の抵抗をみせるも、一行はついに地下深くの脱出用行路まで追い込まれてしまう。その時、迫る敵の前に立ち塞がったマセリは、多い尽くさんばかりの敵を背負い、たった一人、戦いを挑んだのだった。
「マセリしゃまは、マセリしゃまは、ホントに、ホントに素敵なヒトでした。だって、だって、みんなを、みんなを守ってくれたんだもん」
巨大魔法を前にしても不適に笑ってみせたマセリは、全てを振り絞って挑み、そして絶対に護るべき者を仲間たちに託し、彼女の目前で儚くも散ったのだから――
「あれ、私、おかしくなっちゃたのかな。どうしてマセリしゃまがいるんだろう、あはは」
腑抜けたように力を失ったミアは、チャマルを抱えたままカクンと膝をついた。
ボルテージとともに上昇していた魔力もついには途切れ、現実が受け入れられぬまま、ただその瞳で、あるはずのない存在の姿を追っていた。
そうしている間にも、マセリはわざわざ威嚇するように、直撃を避けるように魔法を放ち、遠方の高層な建物を次々に破壊した。その威力は凄まじく、もし街の下層へと撃たれれば、相当数の死者が出るのは確実だった。
「ま、待って、待ってよ、ましぇりしゃま。どうしてそんなことするのー!」
いてもたってもいられず、ミアはひざま付くように手を伸ばして懇願した。しかし声は届いていないのか、気にする様子や素振りなく、淡々と攻撃を仕掛けた。
「やめて、やめてくだしゃい。私です、ミアでしゅ、ここにミアがいましゅ!」
どうにか立ち上がり、両手足を開いて街を庇って立ち塞がったミアは、大声で呼び掛けた。もはや声が届く距離にまで近付いていた敵の行列は、総大将であるマセリを先頭にして、指揮系統の行き届いた巨大な集団になりつつあった。
魔力切れのミアたちと、強者が従える闇の集団。
勝負の行方など、もはや火を見るより明らかだった。
必死でマセリに懇願するミアは、攻撃をやめてくださいと叫び続けた。しかし最初から決まっていたかのように攻撃のスタイルを変えないマセリは、一つずつ、確実に狙いを定めて背の高い建物を破壊した。
そしていよいよ見渡せる範囲に高い建物がなくなったところで、これまで呼び掛けに反応を示さなかったマセリが、二人をを見つめた。
身ぶり手振りで呼び掛けたミアは、きっとマセリなら自分に気付いて攻撃をやめてくれると信じて大きく手を振った。
「マセリしゃま~、お願い、もうやめて~!」
攻撃が止むと同時に響いたミアの言葉が、確実にマセリへと届く。
やった、と小さく呟き、ぴょんぴょんと跳ねたミアは、「ここです、ミアはここです!」と何度も呼び掛けた。
しかし――