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【194話】お喋り


 右手に大きな槍のようなものを握った小さな物体は、石突部分を真っ直ぐ突き立てたまま、目標とするミアを一点に見つめていた。


 その事実に気付いた者たちは、自然とその者のもつ迫力に気圧され、本能からか、絶対的な敗北を想像し、ゴクリと息を飲んだ。


 か弱き生き物ならば抗うことは不可能な、「絶対に勝てない」という感覚。


 ミアを除く全員が、勝ちを確信していたこれまでの考えを捨て、本能レベルで悟り、瞬時に逃亡するために走り出していた。


 演舞のように槍を回す何かは、穂先を城壁より上方へとずらし、くるりと円を描いた。直後、放たれた黒の光は、ミアの頭上を一瞬で通りすぎ、街でもっとも高い塔の先端を、一撃で、かつ跡形もなく吹き飛ばした。



 敵味方を問わず、全ての存在が動きを止めていた。

 圧倒的な力を前にしたとき、弱者は生きることを諦める。街の者たちも、あれだけ急いでいた足を止め、ぽかんと(いびつ)に吹き飛んだ塔の先端を見つめていた。



 (かつ)ぎ上げられていた山の頂上から解き放たれ、直角に頭から落下したミアは、あまりの痛みで悶絶して目を覚ました。その断末魔の叫びは、二万体の悪魔によって今にも押し潰されんとしている、痰が絡む初老男のようなダミ声で、あまりにも耳障りなものだった。


 それほどの雑音だったにも関わらず、チャマルは近くで派手に転げ回っているミアのことすら目にも入らず、ただ一点を見つめることしかできなかった。

 それほどに圧倒的な敵は、皆がようやく掴みかけていた一筋の糸すら、簡単に断ち切ってしまった。


「無理だよあんなの……。魔法も使えない私たちじゃ、もう守りきれないよ」


 これまでは、ただ闇雲に接近を許す圧力による恐怖のみだった。


 だからこそ、どうにか魔力の力を借り、押し返せていたに違いない。しかしそれは、相手が同じ力を使わないという前提でのみ、成立する話だった。


 ことその均衡が崩れてしまうと、もはや抗う術はなくなってしまう。しかもその一撃が、自分たちの使った魔道具の威力と同等、もしくはそれ以上となると、たどり着く結論は愚か者でも理解できてしまう。


 考え得る全ての攻撃を打ち払い、それをさらに上回る一撃でやり返す。この一撃は、劣勢に沈む弱者を黙らせるには、あまりにも大きな出来事だった。



 無鉄砲な子供たちですら無口になり、あれだけ積み上がっていた人の山も見る影なく散ってしまった。


 逃げ遅れて恐怖から泣き叫ぶ子供の声が崩れた壁に飲み込まれ、再び前進を始めたアンデッドの足音で上書きされていく。その先頭では、余裕溢れる槍先を定め、不適に笑みを浮かべる強者の姿があった。



 腰砕けに膝をついたチャマルは、足元に落ちていた小石をポンと放り、今にも押し潰されそうな肺から声を絞り出した。しかしどうにか出した言葉も、自分の泣きべそに奪われ、掻き消されてしまった。



 魔道具は力を失い、攻撃の手段は消え失せ、残っていた仲間たちも散り散りになってしまった。

 

 もはや自分にできることはない。

 水分を失いカスカスにひび割れた指先からは血が滴り、気力を奪われ昔のように痛みが消えてしまった身体は、もう動かなかった。


 呼吸することすら忘れてしまいそうになる頭は、ただ漠然と目玉だけを操り、集団の影を追っていた。しかし特別なことをすることはなく、文字通り、眺めているだけの傍観者となっていた。


「もっと……、ミア氏ともお喋りしたかったなぁ。近所にできたホロホロバットのサクサク三作揚げ、もっと早く誘ってみればよかったよ。それに、それに」


 言葉にはならない後悔の念が、ぼそぼそと口をつく。

 自然と流れる涙とともに、ずっと隠していた胸のうちも溢れ出た。


「お付き合いとかさ、キスとか、デートとか。可愛い子供だってね……、私も」


「それは、私だってそうですよ?」


 いつのまにか横に並んだミアが、聞こえないはずのチャマルの言葉に応えて呟いた。気絶していたおかげで唯一恐怖の沼に沈まなかったミアは、絶望の縁にいるチャマルの肩を抱き寄せ、「私だって、ホロホロバットのサクサク三作揚げ、食べに行きたかった!」と叫んだ。


「え、……なんで?」


「わかりません。でも、でもだって、わかるんですもん。皆さんが考えてる辛いこと、泣きそうなこと、逃げ出したいことも、全部全部、わかるんです!」


「……どう、して」


「流れ込んでくるんです、皆さんの心の声が、悲鳴が、助けを求める叫びが。さっきからずっと、私の頭をドンドン、ドンドンって叩いてるんです。だから……!」



 魔力を解放したミアは、自らの中に残っている全ての魔力を両手に込め、集中力を高めていた。そして初めて、自分が倒すべき敵を見定めた。



「私は絶対に皆さんを助けます。皆さんを……、絶対に!」



 瞳孔が拡大し、敵となる人物にピントを合わせていく。

 闇の道筋の上に立つ人物は、小さく肩を揺らしながら、細く長い腕をしなるように掲げ、穂先を天へと向けていた。



「皆さんをたすけ――……」



 しかし最後の言葉を口にしようとしたその瞬間、ミアの心臓がドクンッと跳ねた。喉の奥まで出かかっていた言葉が、口内で跳ね返り、どこかへ消えていくのを感じていた。



 それなのに、自分の意思とは無関係のところで、全く別の言葉が生成され、全てを上書きしていく。生み出された言葉は、図らずも簡単に喉の奥を通過して、小さな言葉となって溢れ出した。



 ま……





  マセリ……………… しゃま?





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