【193話】確信と油断
同じことを問いかける言葉が少しずつ増え、同時に足音も聞こえてきた。モンスターのそれと差はあるものの、ゾロゾロと増えていく甲高い声の持ち主たちは、緊張感なくヘラヘラと二人に話しかけた。
「言っとくけど、ここはもともと俺らが住んでた街なんだぜ。あんたらはどっちかと言えば、きたばっかの新参者で、命賭けるとしたら俺らが先なんだわ」
並んでいたのはロイをはじめとするリール貧民街の子供たちだった。彼らは産まれながらにリールに住んでいたわけでなく、もともとはゼピアから移り住んだ者たちの集まりで、関わりのあるゼピアに思い入れがないわけはなかった。
「だからってやれることは限られてんだけどよ。何より、俺らにできることなんぞ、アレっきゃねぇし」
不敵な笑みを浮かべた子供たちは、ミアのことを取り囲み、チャマルにどいてろと格好良く指示した。そして泡を吹いているミアを皆で担ぎ上げ、またいつかの磔にされた神のように天高く掲げた。
「悪ふざけの神裁き。俺たちゃコレをそう呼んでるのさ。よ〜く見てるといいぜ、きっと神に祈るのがバカらしくなっからよ」
次第に雷を帯びたように発光し始めたミアが、バチバチと髪の毛を逆立たせながら、もくもくと口から黒い煙を吐き始めた。ついにミア氏が壊れたと悲鳴を上げるチャマルをどかせ、ロイは彼女を担ぎ上げている台座の面々を激しく回転させ、空中で竹とんぼのように回してみせた。
異常発光状態で浮かび上がったミアは、闇に煌めく生命体のようにプカプカと空中をバウンドしたのち、体内の全てを吐き出すように、煙だったものをさらにドス黒い巨大な薔薇の花びらへと変貌させながら、ホラー映画のように「ギャー」と悲鳴を上げた。
意味がわからず見開いた両の目を擦り、あんぐりと口を開けたままチャマルは絶句した。
「やっちまえ、お前らー!」
ロイの声掛けを待ち侘びたかのように、空に咲いた黒い薔薇は、悪魔の呻き声で「ウギュアアアアアア」という異音を撒き散らした。そして続け様、花びらの中央から、この世のものとは思えぬほどの異臭を放つドロドロな茶色の液体を、モンスターの列へと発射した。
液体が飛び散り、強酸性の液体が一瞬にしてモンスターを溶かしていく。勢いは凄まじく、津波のように流れていった液体は、触れるもの全てを無の存在へと誘った。
「す、凄い。でも、おぅぇっ、臭すぎっす、耐えられねっす!」
しかしその臭いは耐えられるレベルなど超越し、その場にいた全員がお口からナニカを吐き出していた。例外は一つもなく、それはそれは、あまりにも平等な瞬間であった。
「前よりヒデェじゃん。国滅ぼせるレベルだぞこれ、おうっぇぅっ!」
涙を流しながらミアを抱える子供たちは、さらに固まって密集し、巨大な畝りを生み出すべく不均等な塔をさらに高々と作り上げた。
山のトップに存在しているミアは、いよいよ神の頂に達したような凶々しい闇の波動を放ち、もはや敵の集団よりも薄汚いオーラを撒き散らす堕神そのものだった。
吐瀉物を吐き散らす巨大なブラックローズは、激臭の代償に、衝撃的な数の敵を葬り去った。これならいけると確信した子供たちは、さらに勢いを付けるべく、城壁を越えるほどの高さにまで達した人の山を、さらにさらに持ち上げた。
「グゲェェェェェ、グゥエップ」
大量の魔力を臭化エネルギーへ昇華させ、花びらを散らせた巨華が闇を吸い込んでいく。敵の魂までもを吸い寄せるブラックローズは、白んだ魂の粒をボロボロと吸収し、次第に球根の部分を膨れ上がらせた。
これを撃てば、相当数の敵が倒せるに違いない。
確信したチャマルは、人の山によじ登りながら、「やっちゃえ、変態花ー!」と拳片手に叫んだ。
腹を下したような音が響き、さも充填完了とばかりに球根がパンパンに膨らんでいく。あとは爆発するだけと、いつかの光景を想像した子供たちは、花を「せーの!」と解き放ち、敵の列へとぶん投げた。
小刻みに震えながら、ゲ◯を吐く直前の酔っ払いのように怪しげな雰囲気を醸し出す花は、グリュグリュと耳障りの悪い異音を発していた。
ここまでは完璧。
子供たちを含め、ほとんどの人間が勝利を確信していた。
そしてそれを裏付けるように、敵の列へと突っ込んだ巨大なブラックローズが、バチュンと音を立てて爆ぜた。
勝った――
誰もが確信する大爆発が起こり、残っていた最前線のモンスターを易々と溶かしていく。
闇を引き裂いた眩いほどの光は、世界に巣食う全ての暗部を照らすように広がっていく。実際は気味の悪い音を奏でる一撃だったかもしれないが、その場の者たちにとっては、それはそれは美しい光景だったに違いない。
しかしその情景は、長く続かなかった。
闇を押し流すはずだった光は、突如勢いをなくし、停滞し始める。
既に勝ちを確信していた者たちは、その瞬間を見事に見逃した。そしてその一瞬の油断により、形勢は見事逆転することとなる。
蕾の破裂とは毛色が違う、別の爆ぜる音が響き、全員の肩がビクッとすくんだ。
釣られて皆の視線が引かれ、音のする方向を見つめた。
するとそこには、あったはずの光が発散し、光の道を二つに割いている、確実な闇の者が佇んでいた。
まだらな道の中央
小さな何かが、そこにいた。