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【192話】流星群


 ブワッと涙を浮かべたチャマルだったが、今度は唇を噛んで我慢し、「一緒にしないでください!」と強がった。そして自分一人で立てますと言わんばかりに、彼女の腕を振り払い、構わず戦ってくださいと背中を押した。


「ずっと誤魔化してきました。もう二度と、あんな思いはしたくないと。なのに私は、また同じ過ちを繰り返すところでした。でも、もう嫌です。もう二度と大切な人たちを悲しませたくありません!」


 胸元から取り出した子供用のステッキを天に掲げ、ぶつぶつと念仏のような妖しい呪文を唱え始めた。


 城壁近くでその姿を眺めていたチャマルや兵たちは、そのあまりに似つかわしくないミスマッチさにやられつつ、笑ってよいのか、悲しんでよいのかわからなかった。


 魔女の釉薬でも作り出すかのように「キェェェェェ!」とミアが叫んだ。さらに高く掲げられたステッキから天へと昇っていく一筋の光が、黒く覆っていた雲を引き裂き、空の彼方へ吸い込まれていく。


「なに、いまの……」


「先輩が言っていました。一回の力は小さくても、遠く遠くの空高くまで飛ばして落とすと、とーっても凄い力が生まれるって」


 上空を見上げ、ステッキの先をぐねぐねとこねくり回し、「チェストォ~!」と叫ぶ。すると空中で爆発を起こした光の筋が、小さな破片となり、敵の列へと流れていった。


 超高軌道から落下して重力を味方に付けた魔力の破片は、恐ろしい速度を鎧にして身にまとい、敵へと落下した。メテオのような威力に跳ね上がった石礫の雨粒は、降り注ぐ暴風雨となり敵の数を減らした。


「す、すげぇっす……」


「えええええ、なんなんでしょうか、あれ……」


「いや、アナタがやったんすよ!」


「そ、それはそうなんですけど。まさかあんなことになるとは思っていなくて」


「思ってないって、予測して撃ったんじゃないんすか」


「なんとなく、どうにかなるかな~って。……てへ」


「てへ、じゃねぇし!」


 地面ごと無慈悲に削っていく流星群は、恐ろしい轟音とともに敵の数を減らした。しかしそれでも後から後から無尽蔵に現れる数の暴力の勢いは凄まじく、さらに後方で構えていたモンスターたちも、再び並び立ち、今か今かと待ち侘びているようだった。


「もう一回、今の撃てるっすか!?」


「え、ダメですよ。かなり魔力を使ってしまったので、すぐには無理なんですぅ」


「すぐってどれくらいっすか!?」


「んんん、え~とぉ、……五分くらい?」


「五分も待ってたら、ここ陥落しちゃいますよ。いいから早く準備してくださいっす!」


「そんなぁ、無理なものは無理ですよぉ。私にも都合ってものがあるんですぅ」


 どこか緊張感のない彼女に組みつき「早く早く」と急かすも、「ムリムリ」とほんわか繰り返したミアの姿は、どこか他人事のようで、無責任感すら漂っていた。


「さっきの気合いはどこ行っちゃったんすか、つい二十秒前のことっすよ?!」


「なに言ってるんですか、今でも私の()()は気合いで満々ですよぉ。でも魔力が無くなっちゃったので、無理なものは無理なんですぅ」


 のほほ~んと言い放つ間にも、敵は続々と距離を詰めていた。空から接近したワイバーンの群れは、奇声を上げ、羽ばたき、上空を旋回した。


「や、ヤバイっす。どうにかしないと、ホントにヤバイっす!」


「あわわわ、どうしましょう。あ、そうです、魔力を回復すればいいんでした!」


 ミアは手持ちの荷物からポーションを取り出し、のろのろと蓋を開け、子供のように味わいながら少しずつ飲み始めた。早く早くと足踏みするチャマルは、いよいよ焦ったくなって、瓶ごとミアの口に突き刺した。


「早く飲むっす、一気っす、一気!」


「モゲッ、モゴゲゲゲモゲッ!」


 泡を吹きながら直滑降でぶち込んだポーションが喉奥へと流れ込み、呼吸困難+オーバードーズ状態に陥ったミアは、不敵に「えへへへ」とニヤけながら、充血してバッキバキの眼を見開き、続け様に、可能な限りの流星群を放った。


 二度、三度と繰り返し、しばらく敵の足止めに成功したものの、敵もそのつど学習し、直撃を避けながらの進軍に切り替えていた。


「ホロハレヒラホロ〜、も、もうホントにダメですぅ、限界ですぅ〜」


 いよいよポーションが切れ、ミアがひっくり返った。

 チャマルが半ば強引に起こそうとするが、魔力切れを起こした身体はいうことを聞かず、目を回したまま痙攣を繰り返すばかりだった。


「ミア氏まで倒れちまったら、もうおしまいのおしまいっす。万策尽き果てたー!」


 反撃に期待を寄せていた面々も、二人が慌てふためく様子を見て、態度を変えるしかなかった。片や諦めて逃亡し、片や全てを諦めて座り込む者たちの姿もあった。


 ワイバーンの放った火球魔法が城門を焼き、ついに炎が放たれた。焼き落ちていく木々の匂いが鼻につく上、煙によって視界は悪くなり、ますます不利な状況に追い込まれていた。


「ミア氏、起きて、ミア氏ったら!」


 半分舌を出したまま死んだように白目を剥くメイド姿の女をビンタしつつ、チャマルはいよいよ目前にまで迫った黒い影たちに視線を向けた。


 もはや一刻の猶予もない。これ以上接近されたが最後、街にモンスターが流れ込み、内部から滅ぼされてしまうに違いない。


「もうダメっす。間に合わない……」


 再び目の前にまで迫ったモンスターは、もう逃がさないとばかりに骨を鳴らす。ミアの看病以外になす術のないチャマルは、小刻みにガチガチと奥歯を鳴らしながら、震えるしかなかった。


 しかしその時、チャマルの背中側から、思いもよらぬ声が聞こえくる。そのトーンは緊張感のない、どこかとぼけたようなものだった。


「お〜い、まさかとは思うけど、まーさか、俺らのこと忘れてねぇよな?」



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