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【018話】愚か者の論理


  ◆◆◆◆◆


「ご機嫌麗しゅうマドモアゼル。よろしければ、これからわたくしと食事でも?」


「……は?」


「ですから、これから食事でも、と」


「アンタ、正気?」


「当然です、マドモアゼル。美しすぎるアナタには、わたくしのような高貴で聡明な者がお似合いというもの。いかがですか?」


「アンタ目ぇ腐ってんの。しかもそのツラ。よくもまぁそんなツラでくさいセリフが言えたものね。ここにダンナいるの、アンタも見えてんでしょ?」


「もちろん。しかしそんな些細なことは関係ありません。なんならその()()()()()()などさっさと捨てて、このわたくしと――」


 そこまで言ったところで、隣にいた男の肘鉄がウィルの顔面にめり込んだ。


「フゲェァッ!」と転がったウィルに中指を突き立てた()()()()()()()()()は、「一昨日こいや地味ヅラハゲ!」と吐き捨て、街の喧騒へと消えていった。


 凹んだ鼻っ柱をぐぐぐと戻したウィルは、顔をくしゃくしゃにしながら地面を叩いた。


「なぜだ、なぜこの俺がこんな目に。確かに俺は絶世の美男子だ。しかしだからといって他人の恋路の邪魔をする趣味はない。そもそもなぜ、この俺がこんな馬鹿げたことを?!」


 鼻血を流しながら項垂れるウィルに、待ち行く人々の寒々しい視線が追い打ちをかけた。


【あんな特徴のない地味すぎるパンピーフェイスがどの口で】という至極真っ当な他人の思考すら理解できないウィルは、ただ無策に手当り次第声を掛け、その都度見事に散り続けていた。


「この(はずかし)め、果たしてどうしてくれよう。しかもだ、この街の者たちを別れさせて僕に何の得がある。そもそもこれは仕事なのか、一体どんな類の仕事だ?!」


 どれだけ苛立ちは募れども、怪しすぎるこの男に傾倒する女性など現れるはずもない。何一つ進展のないまま一日が経過し、当然ながら、別れさせた男女は一組もいなかった。


「あの犬男め。なんの恨みがあってこんなことを。そもそも奴は何者なんだ。この俺があっという間にやられてしまうなんて、信じたくはないが普通じゃない。……わかったぞ、奴は悪魔だ。悪魔の類だ」


 不審者を見るようにヒソヒソ聞こえてくる噂話を避け、ウィルはそそくさと大通りから逃げ出した。その様子を街中央の塔の上から眺めていたイチルは、「底抜けのバカだな……」と呆れながらため息をついた。


「自分の立ち位置というものがまるでわかっていない。目先の目的に目を奪われ、本質を完全に見失っている。容姿端麗、かつ自分のことをよく理解している妹に比べて、兄は顔も地味な上、オマケにバカときた。困ったものだ」


 ナンパに勤しむダメ男の如く無意味に声を掛け、そのたびに殴られ生傷だけが増えていく。ハァと頭を抱えたイチルは、ウィルのスキル一覧を眺めながら、コツコツと指先を紙にぶつけた。


「バカ唯一の激レアコンビネーションスキル、それが凝視(スナイプ)離間(セパレート)だ。飛ぶ跳ねるなんてのは、相手の強さ次第で全く意味をなさない。ならばそれ以外で勝負するしかないだろうが。敵を凝視(スナイプ)し、離間(セパレート)させる。唯一の利点を活かさず、何で勝負するつもりだ」


 スキルには適性というものが存在する。

 先天的に得たスキルには、その者の持つ特性が深く関わっている。


 そこへきて凝視(スナイプ)離間(セパレート)を持つ意味は大きい。特に高ランク冒険者でもなく離間(セパレート)という異質なスキルを持っているのは、相当なへそ曲がりで、自己肯定感が強く、わがままで面倒な人物であることを暗に示している。


 要するに、スキルの並びを見るだけで、ウィルが絶対的な()()であることは明らかだった。


「自分で自分のウザさがわからないというのも、ある種の才能か。単純に相手を苛立たせるのが目的なら、1000%の確率で成功している。これも奴の性分によるところか、それとも……」


 人々の不機嫌だけを煽り立て、ウィルのいる周辺のストレスレベルだけは確実に向上していた。

 しかしそれは本来の目的ではない。

 肝心なのはスキルレベルの向上なのだから……


「常に妹がくっついてるのはそういうわけか。やはりバカには道標が必要か」


 再び見事なビンタをくらったウィルを眺めながらイチルが天を仰ぐ。このままでは、どれだけ待ったところで進展は望めそうもない。


 イチルは仕方なく千現バチの針で作った楊枝を取り出し、魔法で箸ほどの大きさに拡大した。そして棒きれに大袈裟すぎるほどの風をまとわせ、ウィルへと投げつけた。


 当たらぬように、かすらぬように。

 嘘くささを覚えるほど大きな音をたてて飛来する何かに気付いたウィルは、カッと目を見開いた。

 どんな反応を示すかと思いきや、慌てる様子もなく流れるように攻撃を躱したウィルは、続いて攻撃を撃ってきた誰かの姿を探した。


「こんな街中で、これほど恐ろしい攻撃を撃ってこようとは。さてはこの俺の美しさに嫉妬した誰かの仕業だな!」


 眼球の形を鷹の眼のように変化させ軌道を追跡したウィルは、いとも簡単に塔の天辺から放たれたものだと察知した。しかしさっさと移動したイチルの姿は既になく、「逃げられたか」と呟いた。


「この俺の凝視(スナイプ)から逃げ切るとはなかなか。……うん、凝視(スナイプ)?」


 ハァとため息をつくイチルとは対照的に、ようやく何かに気付いたウィルは、そのまま凝視(スナイプ)を保ったまま街全体を見渡した。


 レベル次第ではあるが、凝視(スナイプ)は様々な情報が各種物体から直接データに変換され数字となって表示されるスキルである。

 Lv2ならば、人物の基本情報や隣にいる人物との親密度くらいは読み取れる。それだけわかれば、次の段階に進むことなど容易、のはずである。


「わ、忘れていた、俺にはこの素晴らしいスキルがあったじゃないか。いける、これならいけるぞ」


 初めて透視のスキルを手に入れた変質者のように、街行く人々を凝視(スナイプ)で見回したウィルは、それぞれの合間に漂う空気感を初めて読み取った。


 別れる気配のない男女や、円熟味を思わせる信頼感で溢れた夫婦がいる。しかし反対に、見るからに怪しい雰囲気漂うのカップルや、それすら超越した険悪なムードに包まれる者もいた。


 それだけわかれば、さすがのウィルでも目指すべき自分の姿は見えてくる。


 無作為、無意味にアタックしてきたこれまでと異なり、()()()()()()()()にある二人を狙うことによって、初めて自分に付け入るスキが生まれるのをようやく悟った。


「倦怠期、それとも別れかけのカップルか。そこを狙えばきっと上手くいく。そうに違いない!」


 注意深く街を流し見れば、ウィルでもターゲットは簡単に見つけられた。しかしイチルが一息ついたのもつかの間、ウィルはなぜか、うんうんと悩み始めてしまった。


 前のめりにガクッとしたイチルは、再びウィルの独り言に耳を傾け、仕方なく男の考えを読み取った。


「確かに上手くいくかもしれない。しかし……、本当にそんなことをして良いのだろうか。赤の他人である街の民に、僕がそんな横暴をはたらく権利があるのだろうか」


 変なところで真面目な奴めとイチルが冷や汗を拭った。

 しかし既に迷っている時間はない。すぐにでもスキルのレベルを上げなければ、ウィルはただの足手まといとして不要になってしまう。未熟な者を戦いに参加させれば、良からぬ結果を招く事態も充分に考えられる。ともすれば、これ以上仕事をさせても無駄だった。


 そうしてイチルが彼を見捨てようとした時だった。

 ウィルの視線が街の一角へと傾いた。視線の先を追うと、街外れを一人の女がそそくさと小走りで駆けていった。


「あの()……、何か様子が変だ」


 徐に立ち上がったウィルは、駆けていく女を考えるより先に追い、住宅街へと入っていった。

 同じく後をつけたイチルは、遠目に見える女の後ろ姿を眺めながら、指を望遠鏡のようにして覗き込んだ。


「これは面白い展開になってきた。さぁて、ウィル君はどう対処するかな?」


 一見なんでもない普通の女性も、凝視(スナイプ)を通してみれば途端に様相は一変する。表面上見ることができない体中に生傷や打撲の痕が数値として残り、女性が日頃から何かしらの身体的ダメージを受けているのは明らかだった。


前世(あっち)でも異世界(こっち)でも、似たような話はどこにでも転がってるね。ではお手並み拝見といきましょうか」


 駆け足のスピードが少し速くなり、目的地が近いことを知らせていた。いよいよ女との距離を詰めたウィルは、自宅と思しき建物に先回りし、わざとらしく待ち伏せする。探しものをしている風を装い、玄関前でしゃがみこんだ。


「あ、あの、どうかしましたか?」


 自宅前で怪し気な行動をとるウィルに女が質問をした。


「ああ、すみません。実は落とし物をしまして。この辺りのはずなのですが」


「落とし物ですか。一体何を」


「こん~な小さな鍵なんですがね、服のポケットから抜け落ちてしまったようで」


 小指の第一関節でサイズを表したウィルは、わざとらしく頭を掻いた。それはいけませんと親切に対応した女は、「本当にこの辺りなのですか?」と尋ねた。


「鍵が落ちる音を聞きました。弱ったな、あれがないと困るのですよ。仕事を続けられなくなってしまう」


「ええと……、わかりました、私も探すのをお手伝いします」


「それは助かる。しかし何やら焦っていたようですが、本当によろしいのですか?」


「だ、大丈夫です。少しくらいなら、……きっと」


 消え入りそうな声で肯定する女の様子に何かを確信したウィルは、笑顔で礼を言った。アナタはそちらを探していただけますかと、あるはずのない鍵を探させる間に、女の自宅らしき建物の中を探った。


 窓は完全に閉め切られ、中を窺うことはできなかった。

 どうやら音が漏れぬように魔力を込めた窓がはめられていて、明らかな異常性が漂っていた。


「決まりか。これならば天も許してくれるだろう」


 地面に膝を付き鍵を探す女の背中を眺めながら、ウィルは姿を見られないように小さな石を拾い、窓に投げつけた。ガシャンと大きな音を立て窓ガラスが割れ、驚いた女が振り返った。


「え、……何?」


 窓が割れたことで、初めて室内の音が漏れ聞こえてきた。

 ドンドンと激しい足音が近付き、恐ろしい勢いで扉が開いた。


「誰だコラァッ、人んちの窓割りやがって、覚悟はできてんだろなぁ?!」


 男の声に女の肩がブルッと震えた。

 部屋から出てきた男は、近くにいたウィルと女を交互に眺めてから、苛立ちを抑えることなく言った。


「テメェか、割りやがったのは。リリン、割ったのはこの男だな?」


 酒に酔っているのか、千鳥足で女に近付いた男は、ウィルの視線を気にしながら女の首を掴んで引き上げた。


「ち、違います。その人じゃ……」


「だったら誰の仕業だ。コイツ以外、誰もいねぇじゃねぇか。つぅかお前よ、そこで何してたんだ。さっさと戻ってこいと言ったよな?!」


「ごめんなさい、少しコレを買うのに手間取っちゃって」


「メキラ草の一つや二つ、買うのに何分かかんだ! ……またお仕置きが必要だな」


 女の肩がまたビクッと震えた。

 ウィルは唇をグッと噛んでから、ふぅと息を吐いた。


「何だテメェ、俺にため息吐きやがったのか。ぶち殺すぞ」


「ぶち殺すねぇ。随分と乱暴な言葉だ。もしかして、それと同じことを彼女にしていないだろうね?」


「んだコラ、んなこと俺がするわけねぇだろ。証拠でもあんのかコラ、見せてみろ!」


 襟首を掴み、いきなり殴りかかった。

 されるがまま殴られたウィルは、大袈裟に転がって頬をさすった。


「暴力はいただけない。ましてや、リリンさんのような美しい女性に」


 千鳥足で踏み込んだ男は、「オラァ!」とウィルを蹴った。今度は攻撃を受け流し、怯える女を離れた場所に座らせたウィルは、初めてキッと男を睨みつけた。


「か弱い女性を力で屈服させるなんて、最低な人間のすることだ。許さないよ」


 聞く耳なく殴りかかってきた男の攻撃を躱し、足を引っ掛けて蹴倒した。簡単に転がった男は、それでも鬼の形相で掴みかかり、倒れたまま拳を振り上げた。


「たかがパンピーが冒険者に喧嘩を売る意味をよく考えた方がいい。まさかFランク冒険者であるこの俺に勝てるなんて思っていないよね」


 馬乗りになったウィルは、男の眼前で指を弾き、冷気(アイス)を放った。ピキピキと顔を凍らせた男は、呼吸ができずに悶絶し、すぐに気を失った。


「女性に手をあげるクズヒューマンめ。少しは反省するといい」


 男の手足を氷で縛り、ポイと軒先へ投げ捨てたウィルは、改めて大丈夫ですかと女に手を差し伸べた。


 全てを知られ、緊張の糸が切れたように女が泣き出した。

 落ち着くまでの間、ウィルはしばし何も語らずに待っていた。


「落ち着きましたかマドモアゼル?」


「ごめんなさい。恥ずかしいところを見せてしまって」


「なんのなんの。美しい女性の涙を恥ずかしく思う男などおりません。お気になさらず」


 吐き気をどうにか飲み込んだイチルは、ウィルと女の会話を聞きながら、「いつまでダラダラやってんだ」と指先をバウンドさせた。


 どうにも緊張感がない奴だと訝しむも、女の隣に腰掛けて詳しい話を聞き始めてしまった彼の様子には、それすら考えることすら無駄というものだった。


「付き合ってみたら生粋のダメ男で、別れることも逃げることもできず困っていた。要約すると、そんなところかな?」


 質問に無言で頷いた女は、他人に話しても無駄ですよねと項垂れた。


「そんなことはありません。ならば確認をしておきますが、アナタはあの男と、……別れたいのですね?」


 最終確認に、女はしばらく悩んでから決心して深く頷いた。立ち上がったウィルは、気を失って倒れた男を引っ張り上げた。


「でしたら別れるといい。俺のスキルで綺麗サッパリ関係を断ち切ってあげましょう」


 女が聞き返す暇もなく男に手をかざしたウィルは、離間(セパレート)を使い、男の感情をコントロールした。レベルによって扱える事柄は異なるが、気を失った男の感情一つ変えることくらいは難しくなかった。


 男の頬を張って目を覚まさせたウィルは、金輪際彼女に近付くなと命令した。女が不審に思うほどあっさりと受け入れ男は、じゃあなと律儀に挨拶し、さっさと街から去っていった。


「嘘でしょ、信じられない……」


「これで君は自由だ。これからは自分の人生を楽しむといいよ」


 ニカッと微笑んだウィルは、爽やかに手を振った。

 目的を達成し、颯爽と去っていく彼の姿を目で追った女は、深々と頭を下げてから、何かを思い出してぽそりと呟いた。



「鍵はよかったのかしら」と――



 その様子を眺めながら、イチルも同じようにぽそりと呟いた。



 スキル一回使うのに何時間かけてんだ、

 あのバカと――



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