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【188話】死を与え賜う者


「本日のゲストは、みんな大好きドワーフのカワイコちゃんどぅえ~す♡ パチパチ」


 大袈裟に拍手しながら元奴隷が振り替えった先には、水浴びをさせるためにやってきた召使いと、ドワーフの女の姿があった。


「ば、ば、バケモノッ?!」


 先に気付いた召使いは、女を生け贄にすべく背中を押し、我先にと逃げ出した。しかし不敵に指先を向ける元奴隷の爪が伸び、襟首に突き刺さり、首を半分抉り取った。吹き出した血が転んで膝をついた女に降りかかり、顔面を赤く濡らした。


「ギャラリーが最初に逃げるってなに。興醒めなんだけど、失礼しちゃう」


 それでも真っ赤に染まった顔を呆然と向けた女の姿に納得して微笑んだ元奴隷は、仏のように佇み、良い表情で頷いた。


「やっぱり栄えるわねぇ、思ったとおり。ず~っと想像してたのよ、そのお顔が真っ赤に染まるのを」


 ゆっくりと近付き、身動き一つしない女のあごをクイと摘まんだ元奴隷は、真後ろで歯を食いしばって右拳を握った弟の気配を読み取り、この上ないエクスタシーを感じてうち震えた。


「そう、それよ。私が見たいのは、ソレ!」


 反応する暇もなく一瞬で弟の拳を覆うように掴まえた元奴隷は、うっとりと目を瞑り、求愛のダンスで誘う王族のように両の手をとり、ご機嫌にステップを踏んだ。


 それなのにわざとらしくしゃがみこんでいた領主のあごを蹴りあげると、虚しくもあごが砕け、口から大量の血が吹き出た。


「あ~ら、ごめんあそばせ。でもそんなとこに座ってる方が悪いの。これ、社交界のじょ〜しき」


 続けざまに腕、腹と蹴りあげられ、領主は糸人形のようにぷらぷら漂い、地面に叩きつけられた。グチャグチャになった顔面は虚ろで、もはや生死の判断もつかなかった。


「さぁて、次は誰と踊ろうかしら。そちらのお嬢さんにしようかなぁ?」


 肉食獣のような眼で女を睨み付けた元奴隷の様に反応し、弟は自分の手を掴む敵の手を、怒りのままに握り返した。そして口端から唾を吐きながら、「そいつは俺の奴隷だ、離れろ!」と叫んだ。


「あ~ら、立候補かしらぁ。いいわよ、それなら一緒に踊らせたげる」


 弟をそっと放し、女のもとへとエスコートした元奴隷は、(ひざまず)いた形で見上げる女の手を取れとウインクした。幻惑(ダゼル)の力で自由を奪われた弟は、操り人形のように女の手をすくいあげ、畏まった舞踏会のように、優美に(いざな)った。


「ドブ池のほとりに佇む二輪の華。美しいわぁ」


 可憐なステップで舞う二人の動きに酔いしれながら、心中に流れる音楽に乗り身体を揺らす元奴隷は、自分もその流れにのってステップして鼻唄を口ずさんだ。


 そんな時間が数分も続いた頃、断ち切れたように力を失った女は、膝をつき、その場に崩れ落ちた。


 手を離したことに呆然とした弟は、全てを失ったように、ただ足元に佇む女のことを見つめていた。


「あ〜あ、せっかくここから先はフリー演技だったのに。……どうして手を離しちゃうかね」


 声のトーンが急激に落ち込んだ元奴隷は、響く振動が聞こえてくるほど身体を震わせながら、全身の血管を浮き立たせた。

 気付けば口から黄色い泡を吐きながら、「どうして、どうして」と繰り返していた。その直後、「なんでよ!」という言葉とともに、弟の左腕が千切れ飛んだ。


「支えろよ、大事な大事な存在なら必死で支えろや。なんなのよアンタ、それでもその子の騎士(ナイト)さまなの、アンタ、えぇ?」


 続けざまに右耳が消し飛び、ブシュッと血が吹き出た。


 本能的に足元にいた女を立たせて背中を押した弟は、腹の底から響くような声で「逃げろ!」と叫んでいた。しかし、つんのめるように二、三歩進んだ女は、なぜかすぐに立ち止まって振り返った。そして弟へそっと指を伸ばし、「一緒に」と呟いた。


 悲壮感にまみれた表情で同じように手を伸ばした弟は、互いの指先が触れるすんでのところで動きを止め、「どうか幸せに」と呟いた。そして何事もなかったかのような自然な顔で微笑んだ。


 直後、めりめりという破裂音とともに、弟の腹をドス黒い腕が貫通した。血を吐いた弟がそのまま女の胸の中におさまるも、意識を失い、二人そろって地面を転がった。


「なにさ、幸せそうな顔しちゃって。私が見たいのは、これでもかってほど恐怖に沈む無様な顔なのよ。嫌になっちゃうわね」


 目を開けたまま絶命した弟を抱え、並んで倒れた女の頭上に立つ元奴隷は、右足を引き上げ、女の顔上にそっと添えた。しかし表情なく一筋涙を流しただけの顔をしばし見つめたのち、興を失ったように体勢を戻した。


「私は()()。望む人物に死を与え賜う者。でもね、天の邪鬼なのよさ、昔っから」


 指をポンと鳴らした元奴隷は、どこからか小さな黄色の花を出し、倒れた弟の胸元に置いた。そして「またいつか殺しにきてあげる」と不敵に笑い、沼地の上を飛沫もたてず歩き、蜃気楼の影に消えていった。


 

 元奴隷の後ろ姿を、幻影の中に浮かぶ月のようにいつまでも見つめていた女は、眠るように目を瞑った弟の頭を少しだけ抱き寄せた。


 永遠のような時の流れだけが二人を包んでいた。




「なんじゃなんじゃ、こりゃ酷いのう。辺鄙の地に同朋がいると聞いて会いにきてみれば、とんだ殺戮現場だわい。……ふむ、一人生きとるのがいるな。お主、ドワーフか?」





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