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【185話】デヒヒヒヒ


「あ〜ら、興味深いわねぇ。女のドワーフなんて、そそるじゃない」


「勝手なことをするなよ。……そいつはウチの奴隷だ、気安く触れるな」


「おぉ恐ぁ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。さっきも言ったけど、とって食いやしないよさ。珍しいものを珍しいと言って何が悪いんだい」


 女男は物珍しい者でも見るように近づき、値踏みするように腕組みした。しかしすぐ男が割って入り、「見せもんじゃないと言ったろ」と声を荒らげて阻止した。


「なんだい、そんなに怒っちゃって。あ〜、もしかしてアレかい、小飼のペットに恋でもしちゃったのかい。カー、こりゃいけないね、禁断の恋ってやつだ。デヒヒヒヒッ!」


「な、なんだとキサマ」


「あれ、もしかして図星かい。こりゃ傑作、デヒッヒヒ!」


 その言葉に逆上した男が襟首をたくしあげた。すぐに慌てて詫びを入れた女男は、手から離れるなり、おどけた様子で後退りし、嫌らしい笑みを浮かべた。


「これも何かの縁ってやつさね。またどこかで会ったら優しくしてちょーだいな、デヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 派手にクルリと回ってみせた女男は、転がっていた召使いを軽く拾い上げてポンと投げよこし、颯爽と去っていった。男が受け止めず、召使いは顔から地面に落ち、派手に沼地に顔面を打ち付けた。


「なんなんだアイツは。おい奴隷、……あんな野郎の言葉を真に受けるなよ」


「……」




 そんな二人の姿を遠目に見つめて細い目をした女男は、草間の影から、どこか物欲しそうな顔で一人呟いた。



「可愛い可愛いドワーフさん。あなたのオウチはどこですか? ……デヒヒッ」





――――――

――――

――





 女男の怪しさを感じながらも、それからは何が起こることもなく、時間は流れていった。


 村人たちの頭から女男のことが消えかけていた頃、いよいよ次のターゲットに目星を付けた領主が、弟を呼び出した。領主の弟は、また新たな身代わりとなる奴隷を探すべく、ゼピアのブラックマーケットを訪れていた。


 そこでは、身寄りがなく売られた子供や、他国で奴隷となった者、さらには自らを差し出す異常者までもが競売にかけられ、王族や貴族、人を集める冒険者などに高値で売られていた。


 領主の弟は、兄と背格好が近く、マーケットに()()()()()()()の小綺麗なヒューマンに狙いを定め、流れてくる()()()()を眺めていた。しかし目ぼしい存在は見つからず、口をへの字に曲げたまま、ふぅと息を吐いた。


「そうそう都合の良いヒューマンなんぞ見つかるか。兄貴も毎度勝手なことを言ってくれるぜ、ったく」


 様々な種族や性別の奴隷が捌かれていくなかでも、ただただ特徴のない中年のヒューマンを買い求める者は少ない。それ故に、貴族や王族を相手にしたマーケットに目当ての奴隷が現れることは稀で、漠然とした代役探しをするにも時間を費やしていた。


「手っ取り早く拐ってきた方が早いっつーのによ。しかしそのくせ兄貴は変なところにこだわりがありやがるからな。まぁ、ここで手にいれた奴隷は身元がしっかりしてる分、人質として使うにはもってこいだけどよ」


 商品として流されていくエルフの子供を冷めた目で眺めながら、男は頬杖をついたまま項垂れた。かれこれ三日が経過していたが、兄と約束した期日までは時間が迫っていた。


「仕方ない、質は落ちるが平民街のマーケットに絞るか。しかしあっちはあっちで、小綺麗な男はなかなか見つからないのが悩ましいところだが」


 諦めて重い腰を持ち上げたところで、新たな奴隷が連れられてきた。その人物は伏し目がちに真下を向き、競売人に引かれるまま、足取り重く人々の前へと現れた。


 身なりは汚く、髪や髭はボサボサに伸びていた。しかし男はふとその人物を見つめたまま立ち止まった。


 確かに不潔さはあるものの、骨格や風体は兄のそれに近く、年齢もそれほど変わらない。何より無気力に映るその見た目は身代わりにもってこいで、男は自然と身を向き直し、競売人のコールを待ちわびていた。


「ちっ、なんでこんな奴が……。えぇと、次はヒューマンの雄、38歳。えぇ、以前は冒険者として名を馳せた逸材でもあります!」


 明らかな課題広告に、男の隣に座っていた貴族が鼻で笑い捨てた。鎖を引いている奴隷商も自信がないのか、どこか上の空で、その場にいる者たち全てが、どこか寒々しい眼差しで奴隷を見つめていた。


 当然金額をコールする者もなく、進行を任された案内役だけが、「入札はありませんか」と繰り返すばかりだった。


「こりゃ儲けものだ、タダ同然で狙いのヒューマンが手に入りそうだ」


 笑いを隠しきれず最低金額をコールした男に対し、隣の貴族が冷ややかな視線を送った。しかし気にせず入札の意思を示した男は、近くへ歩みより、案内役の男に話しかけた。


「念のため、そいつの口の中を開けて見せてくれるかい。栄養状態と歯を見ておきたい」


 図らずも買い手がつくかもしれないと目を丸くした案内役は、奴隷商の腰を強めに小突き、口を開けさせろと命令した。半ば強引に奴隷の口を開けさせた商人は、「どうでしょうか」と機嫌をとった。


「ちゃんと歯も残っているし、血色も良さそうだ。この金額で買い取ろう」


 買い手がついたことに満足だったのか、商人は弟に握手を求めた。はいはいと握手し、良い買い物ができたと適当な礼を言いながら、彼は傍らに立っている奴隷を見た。


 俯いたままいるその奴隷は、顔を隠している長い髪の間から、舐めるようにじっとりとした視線で彼を見つめており、不気味さを感じてすぐに視線をそらした。しかし……


 奴隷は自ら歩みより、わざわざ逸らした視線の間に入り込み、思いきり顔を近付けてニヤリと笑った。あまりの不気味さによろめいた弟は、「なんだお前」と思わず呟いていた。


 突然始まったその異様な光景に、一瞬にして場の空気が緊迫した。しかし売り手さえ決まればそれで終いである進行役は、気にせず競売を再開し、男たちを立ち退かせて、次の奴隷を引き入れた。


 流れのままバックヤードへと導かれたところで、すぐに商人が鞭を振るって奴隷を跪かせた。そして「こんな商品を買わせてしまい申し訳ない」とばかり、へこへこ頭を下げて詫びた。


 それでもゆっくりと顔を上げた奴隷は、ざんばら髪の隙間から不気味な笑みを浮かべ、「俺のことを覚えているかい」と喉が潰れたような声で質問した。


「お前のことを? ……知らんな、お前のような奴は見たことがない」


 首をグイと引っ張った弟は、不気味さを感じながらも、気にせず奴隷を屋敷へ連れ帰り、そのまま兄へと引き渡した。


 見た目は汚れていたが、身だしなみを整えれば大丈夫だろうと、領主である兄は弟に及第点を出し、謝礼を与えて肩を叩いた。その間も奴隷は、不敵に彼らのことを見つめたまま、時おり笑みを浮かべ続けていた。


「気持ちの悪いやつめ。あんな気味の悪い奴のことなど、忘れるはずがあるまいて」



 そうして弟は、兄に奴隷を預けて屋敷へと戻った。

 




 デヒッ、デヒヒヒヒ、

 そっか、覚えてないか、そっか、デヒヒヒヒ





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