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【184話】女のような男



  ◆ ◆ ◆ ◆



「そこのボクぅ、ちょっとお話聞いてもいいかしらぁ?」


 その女のような風体をした男は、ある日突然現れた。


 もともとゼピアは一見で溢れた街だ。

 しかしそれは一方通行だからこそ成立する一過性の現象で、冒険者としての生きる者にとって終焉の街であるゼピア近隣で、用もなく居着くということは、どこか異常でおかしなことだった。


 しかしその女のような男、女男は、ゼピア周辺を根城にして、時に南の街、時に西の街、時には北の街といった様子で、少しずつ移動を続け、ふらついていた。



「あらヤダぁ、アタシどんくさい男は嫌いなの。男はやっぱりアタシのような極上のレディーを、ガッシリ握ってくれてなきゃねぇ、デヒヒ」



 ブヒブヒと鼻を鳴らして出ていった女男は、出会った男たちを値踏みするように、軽く髪を撫で、尻をワンタッチして小さく手を振った。


 そうしてまた新たな街へ流れつつ、あてもなくゼピア近郊の街を渡り歩く。そんなことが数ヵ月も続けば、否応なく噂は広がっていった。



 行商人でもなく、武器職人でもなく、商店を営むでもなく、ただ街を渡り歩く異様な人物がいる。

 そしてその女のような男は、先々で出会った男に、たった一言、こんな質問をしていたという。



「最高の装飾品を造ることができる()がいると聞いたわ。もし知っていたら、アタシをそこへ連れていってくんない?」



 冗談とも本気ともとれない軽いトーンで確認される女男の質問に、ほとんどの男は軽口で返事をしただけだった。しかし中には、親切に、それらしい場所を教える者もいた。



 ゼピアという街の特性上、超がつく高レベルな武器防具や装飾品は、ごまんと溢れている。しかし女男は、紹介されたそれら店を相手にはせず、また来るとだけ伝え、すぐに姿を消してしまった。


 そうなると、皆の見解は一つに落ち着いた。

 どうせ目当ての男がおり、そいつを探し回っているに違いないと世間の噂が腑に落ちた頃、何もない小さな村に、見た目に特徴的のある、女のような男が現れる。



「もしも~し、お少しお話よろしいですかぁ?」



 誰もいない村外れで、女男は独り言のように呟いた。

 まるで踊っているかのようにくるくると回転しながら歩くその人物は、ただ人生を謳歌している生粋の善人のようでもあった。


 しかし村人たちはどこか冷めており、誰一人として彼の話を聞こうとしなかった。それどころか噂に聞く人物がいよいよここにも現れたと、最初からつまはじきにする算段なのは明らかだった。


「話も聞いてもらえないのねぇ、え~んショックよアタイ」


 女男は首元に巻いていたスカーフのようなもので目元を拭い、泣いたふりをしてみせた。しかし村人たちは我関せずを貫いたまま、誰一人まともに関わろうとはしなかった。


「ふん、排他的だこと。ま、それも生き抜いていくには重要なことだけどさ」


 女男は自分を相手にしない村人を諦め、またふらふらと移動を始める。そして導かれるように、あの場所へと辿り着くことになる――




 第一声は、浮ついたところのない男の声だった。

 そこに目的の人物がいないことを知り、池のほとりに備えられた切り株に腰かけた男は、退屈そうにため息をついてから、誰もいない草むらの向こうを眺めて「ちぇっ」と呟く。


「もしも~し」


 次に声をかけたのは、女のような男だった。

 不意に話しかけられて驚いた男は、背後に立っていた人物の出で立ちにギョッとして、一歩身を引いた。


「そんなに怯えなくても。とって食いやしないわよ」


 笑顔で話しかけた女男は、スカーフを指先に巻き直し、丁寧に深々と挨拶した。しかし男は緊張を解かず、しばらく怪しげな女男の様子を確認してから、「あんたは?」と聞いた。


「すこぉしお尋ねしたいんですけど、この辺りに、良ぃぃぃいお店、ないかしら?」


「良い店って、この汚い沼地を見て、そんなものがあるように思うのかよ」


「いいえ、聞いたアタシがバカね、デヒヒヒ」


「ならさっさと街へ帰んな、こんなとこにいても目的のものは見つからんぜ」


「それもそうね。……で、アナタはこんなとこでなにしてんの。サボり?」


「どこで何してたって勝手だろ。アンタには関係ないね」


「まぁ不躾(ぶしつけ)。そんな酷い言い方しなくたっていいじゃない。こうして偶然にも出会えたってのにさ。それに、よく見りゃ良い男じゃない、アンタ」


「なんだアンタ、()()()()()かよ。生憎、俺はそっちの世界に興味がないんだ。ほら、さっさと帰った帰った」


 そうして男が女男を手払いしたところで、近くから草むらを踏みつける音と、嫌みったらしい別の男声が聞こえてきた。どうやら召使いがぶつくさ文句を言っているのか、聞くに耐えない汚い言葉が風にのって流れてきた。


「あの忌々しい糞野郎め、いつか寝首をかいて火をつけてやる。それまでに盗るもの盗って、さっさと終わらせなければ」


 召使いの言葉にふぅと息を吐いた男は、わざとらしく咳払いをしてから、「盗るもの盗って、ねぇ」とわかりやすく呟いてみせた。


 男の存在に気付いた召使いは、あからさまに慌てふためき、「じょ、冗談ですぜ旦那、堪忍してくだせぇ!」と沼地に膝をつけ、頭を擦り付けながら土下座した。


「別に構いやしねぇよ。兄がどんな目に合おうと知ったことじゃない。が、みすみす身内の不幸を見過ごすほど、人間ができちゃいねぇのさ」


 躊躇なく頭を踏みつけ、そのまま四度、踵を振り下ろした。激しく脳天を地面に叩きつけられて気絶した召使いは、白目を剥いたまま大の字になってひっくり返った。


「ったく。……悪いね、身内の醜態を晒しちまったみたいで」


「構いやしないさ。他人様の事情に、わざわざ首を突っ込もうなんて気はサラサラないよ」


「だったらさっさと消えてくれ。なんならその男、アンタにくれてやるよ。寝首をかかれても責任は取らんけどな」


 プッと吹き出した女男は、「いらないよ、こんな趣味の悪い男」と見下したように言ってから、召使いをベンチ代わりにして腰かけた。


「なんのつもりだよ」


「なんのつもりって、もう少しお話してみたいと思っただけさね。それに、……アンタのお目当ては、そこのソイツだろう?」



 女男の視線の先。

 そこには召使いの男に連れられてきた、ドワーフの女の姿があった。




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