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【181話】爆ぜ散る音たち


 飛び散った肉片。

 周囲を埋め尽くす異様な色の血溜まり。

 そして低く痺れるほどの呻き声と耳障りな破音。


 尖った壁の縁に膝をついたチャマルは、その凄惨すぎる状況に息を飲み制止した。しかしそれを予測していたかのように、握っていた通信機が彼女の意識を揺り戻した。


『……で、どうだ、そっちの様子は?』


「ど、どうだじゃないすよ、どうなってるんですか、これ!?」


『ってことは、どうやら成功しているらしい。どうだ、スカッとしたもんだろ』


 スカッととは正反対の、この世の終わりのような光景に吐き気を覚えたチャマルは、思わず目を逸らした。


 目の前の悲劇を引き起こした張本人が、本当に自分の傾倒する人物なのかと考えた瞬間、それまで心に抱いていたものとは反対の感情が沸き上がり、反射的に叫んでいた。


「なんでこんな酷いこと。最低、見損ないました!」


『酷い、……か。まぁ見方によっちゃ、それはそれはひでぇことなんだろう。だが俺たちは、ずっとそうして生き延びてきたんだろ。この世界でよ』


「よくも、よくもそんなことが言えるっすね、見損ないましたよ心底!」


『そら好きにしろ。まぁそいつも、お前が見てるもんの、()()()()を、まともに見られたら、だがな』


 頭に血が上ったチャマルが言い返そうとしたタイミングで、近くから全てを掻き消すほどの閃光が放たれ、前方の闇を巻き込み進んでいった。


 そして数秒後、全てを飲み込むかのように爆発炎上し、巨大な光の柱を打ち立てた。



 喉上まで出かけていた声が詰まり、光のもと、チャマルは初めて明らかになった光源の根本に目を凝らした。そこでは無数の何かが蠢いており、思わず二度三度、瞬きをしてからゴシゴシと服の袖で目を擦った。


 蠢いていたモノ。

 それは今にも街を覆い尽くさんとする、亡者たちの姿だった。


「あ、あ、あ、アンデッドの大群。それになんなのさ、あの数……」


 目が暗闇に慣れ、見えてきたのは(おびただ)しい数のアンデッドを始めとするモンスターの群れだった。

 続けざまに放たれた閃光は、迫るモンスターの波を的確に撃ち抜き、その愚直なほどの突進を、すんでのところで食い止めていた。


『で、どれだけもちそうだ?』


「え? え、なに、え? ゾンビが、腐ったウルフが、空飛ぶモンスターが!?」


『おいチャマル、テメェ、返事をしやがれ』


「バケモノが、1匹、2匹、イッパイ、イッパイ!?!?」


『ちっ、パニックになりやがった。チャマル、くそ、おい近くに誰かいねぇか!?』


 口の端に泡を溜めながら右往左往したチャマルは、近くに立っていた兵士の鎧にしがみつき、「モンスターが、モンスターが」と繰り返した。

 同じく方針状態な兵士は、激しく前後に揺らされるだけで、既に絶望し、全てを諦めたかのように反応はなかった。


『おい兄ぃ、どうやらあまり具合は良くねぇみたいだぜ。しゃーねぇ、ちと俺が行ってくる。チャマル、どうにかそっち行くまで粘っとけ!」


 あれだけ静かだった街の空気が一変し、過去を思い起こすほどの生臭い風が城門を昇り、チャマルたちへと襲いかかった。顔をしかめるほどの死臭に襲われ、未熟な冒険者たちはそれだけで飲まれ、息を飲んだ。

 そしていよいよ一人が後退りしたところで、雪崩でも起きたように、兵士たちが逃亡を始めた。


「俺たちじゃ無理だ。あんな数、どう相手しろっていうんだよ!」


「近くに高ランクダンジョンはなくなったんじゃなかったのかよ、ふざけんじゃねぇ!」


「祟りだ、こいつは魔境の祟りに決まってる。まだ終わってなかったんだ、魔境は!」


 全てを諦めた兵は一目散に逃げ惑い、乗じて街の人々も同じように街の中心部へと走っていく。チャマルが力任せに掴んでいた男の兵も、いよいよ我慢できなくなり、彼女の腕を振りきるなり、城門から身を投げ出すように飛び降り逃亡した。


 その間も、ゴルドフが仕掛けた対魔物用魔道具は反応し、持ち得る最大限の力を発揮し、敵を迎撃していた。しかしそれすら圧倒するほどの迫りくる圧力には耐えきれず、少しずつ、確実に城門へと迫られていた。


 湾曲し、弧を描くように放たれた光線が真横に伸び、アンデッドの群れを削る。しかし削った仲間の骸を盾にした化け物の魔の手は、秒毎に勢いを増し、腹の底に響くような嗚咽の声で、チャマルの鼓膜を嫌らしく揺らした。


「なんなのさ、これ。わたし、そんな悪いことしたかなぁ!?」


 ぽつぽつとしか見えていなかった亡者の影が、その顔の輪郭すら見える位置まで近づいていた。


 一定間隔で放たれていた攻撃も、充填の勢いが陰り、明らかに頻度は落ちていた。このままでは、勢いに飲まれ、街が飲み込まれるのも時間の問題だった。


「あはは、やっぱりあれかな。親方に黙ってさ、お酒隠れて味見してたのがダメだったのかな。それともサボってお昼寝してたのがマズかったかな。だけどさ、それくらい、それくらい許してくれたっていいじゃん、神様」


 地鳴りのような足音が壁の麓にまで迫り、何かに導かれるようにピタリと足を止めた。


 思わず呼吸を止めてゴクリと喉を鳴らしたチャマルは、瞬きすることも忘れ、黒く薄汚れた分厚い行列を見下ろした。


 この数が一斉に押し寄せれば、この程度の壁など脆くも崩れ去るに違いない。


 何より、この壁がいくら対魔境モンスター襲来用に準備されたものであっても、もはや存在意義はないに等しかった。


 そこに陣取り、街を護るべき者たちの姿は、もうないのだから……



 息を合わせたかのように、先頭の黒い塊がズズズと前に踏み出した。恐怖で「ヒッ」と漏らしたチャマルの声に反応し、直下のアンデッドが城門を見上げた。そして怯える彼女の顔を見るなり、カタカタと卑猥に口を鳴らし、馬鹿にした風切り音を吹き上げた。


「全部、ぜ、全部あの人たちのせいだ。()()()()()()()()()作るなんて、そんなこと言い出すから」


 自分を巻き込み、この場へ導いた者たちの姿が脳裏に浮かんでは消えていく。


 もしかしてこれが走馬灯かと視線を上げたところで、何かが接近しているのに気付いたチャマルは、つんのめって尻餅をついた。直後、上空から襲いかかった小型ワイバーンの爪が、先程まで立っていた場所を抉り、飛び去った。


「は、あ……、に、逃げなきゃ」


 いつしか反撃のために放たれていた閃光が止み、ただ黒い波が壁へと押し寄せていた。


 全てを押し潰すように迫るモンスターの影は、その圧力だけで壁を突き破らんと、ついにふくらはぎに力を込めていた。


 壁に挟まれ、後方からのしかかる力に負けたモンスターがプチプチと爆ぜ、その断末魔に耐えられず、チャマルはしゃがみこんで耳を塞いだ。


 もう二度とこんな惨めな目にあいたくないと願った、あの頃のようにーー



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