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【178話】ゴミカスども


「え、……それはどういう」


「ねー、おっちゃん、お酒の追加まだー? お客いないんだから早くしてよね。って、なに? ンゴォー!?」


 突然奇声を上げたチャマルの背後から、揺らめくような湯気が上がっていた。


 分厚いぼんぼり状に結わえた髪束を一瞬で押し潰し、屈強な拳が脳天へとめり込んだ。衝撃で床をのたうち回ったチャマルは、すぐにその意味を理解したのか、泣きべそをかきながら「ごべんださーい!」と叫び、詫びをいれた。


「全然こんと思ったら、昼間ッから酒など飲みおって。こンのバカ弟子が!」


 転げ回るチャマルを正座させて三度ゲンコツを落とした屈強なドワーフは、魔王すら握り潰してしまいそうな腕をゴキゴキ鳴らしながら、血走った目で二人を睨み付けた。流れで隣に正座をさせられたミアは、「なんで私まで」と恐怖にひきつった顔で白目を剥いて泡を吹いた。


「お前はいつになったら普通にできるようになるんだ。たかだかひとっこ一人と荷物運んでくるだけで、どうして上機嫌に酒など飲めるんだボケカス。性根の底の底から叩き直してくれるわ!」


 言葉通りの鉄拳制裁を受けて目を回したチャマルをよそに、ふぅと大きく息を吐いたモルドフは、正座したまま小刻みに震える隣の女を見下ろした。


「で? ……バカ弟子を説教してるとこ悪いんだが、一緒になって油売ってる暇なんぞ、アンタにあんのかよ。ええ?」


 弟子に向ける視線以上に、鷹のように鋭い目でミアを睨んだモルドフは、食事の代金をガチャンとテーブルに置き、気絶した弟子を担いでから「邪魔したな」と詫びた。そしてそれ以上語ることなく、店の扉をくぐった。


 置いていかれたミアは、しばし呆気にとられたまま二人を見送ったが、すぐ我に帰り店を飛び出した。しかし振り向きもしないモルドフを止められず、ただおどおどしたまま、後に続くしかなかった。


 貴族街だった地域を抜け、華やかさの消えた街の風景を横目に見ているうちに、周囲からは怪しさが漂い始めた。立て板で組んだだけの掘っ立て小屋が並ぶ一角で足を止めたモルドフは、中でも最も建て付けが悪いチープな扉を開けるなり、ミアがくることも待たずに入ってしまった。


 慌てて中へ入ると、室内には地下へと続く通路を隠すために藁が敷き詰められており、天板を持ち上げて身をねじ込もうとしているモルドフと目が合った。しかしモルドフは素っ気なく無視をして、チャマルを担いだまま潜ってしまった。


「むむぅ、無理矢理呼びつけておいて酷いですぅ」


 導かれるようにして、ミアは上から穴の中を覗いた。

 しかし中は真っ暗で、穴壁に備えられた金属製の梯子を下っていくモルドフの足音だけがカツンカツンと地下に響いていた。ミアはスカートの裾を少しだけ丸めてから、「上は見ないでくださいね」と誰にも聞こえない声で忠告してから、自分も恐る恐る梯子に手をかけた。


 梯子を下り終えると、地下にはちょろちょろと水が流れていた。

 湿気てカビ臭く、滑る地面に気を付けながら、足音のする方を追いかけたミアは、微かに見える明かりだけを頼りに、いよいよ開けてきた広い空間へと足を踏み入れた。


 強引に掘り進めて作ったような穴ぼこの先には、頑丈なコンクリートで押し固めたような巨大な四角い箱が建っていた。開けっぱなしな出入り口の中へと消えていったモルドフを追って中へ入ったミアは、直後に異変を感じさせる間もなく転移され、見覚えのない部屋の中に立っていた。


「あれ、ここは……、どこでしょうか」


「う……、う~んにゃ、はわぁあ?!」


 ミアの疑問を掻き消すように、背後からチャマルの悲鳴が轟いた。モルドフに投げ捨てられて意識が戻ったのか、酷く慌てた様子でのたうち回っていた。


「いちいちうるさいんだボケカス」


 重厚感のある声にビクッと肩をすくめたミアは、いつの間にか椅子に腰かけて自身を見つめていたモルドフの姿に再びビクついた。


「なんだ、結局ついてきやがったのか。散々ごねたかと思えば、意思もなくほいほい誘き寄せられるってのはどんな了見だテメェ。俺の嫌ぇなゴミカス野郎そのものだな」


 いきなり辛辣な言葉でミアを罵ったモルドフは、馬鹿にして舌打ちしてから、床に転がった弟子の腹を踏んづけた。ギャッと潰れたコウモリのように悲鳴を上げたものの、すぐに起き上がって土下座の格好をしたチャマルは、神でも崇め奉るように二度、三度と深々頭を下げてから、「シズマリタマエ、シズマリタマエ」と唱えた。


「さっさと持ってきた荷物の準備をしねぇか。ダラダラやってっと、陽ぃ暮れんぞボケナス!」


 慌てて準備を始めた弟子の様子に心底ため息をついたモルドフは、ゴリゴリと腕を回しながら「さて」と呟き、近くに置かれていた巨大な物体の横に立った。

 被さっていた布を外せば、歪な形のまま放置された、巨大な地竜ほどもあるアロンダイト製の金属が現れた。

 しばらく目を瞑って様子を確かめたモルドフだったが、その数秒後、腰元から取り出したハンマーを取り振り上げるなり、躊躇なく叩きつけた。


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