【177話】ただの◯◯
チャマルの言葉に対し、明らかに不服な態度を隠さない人物。
言うまでもなくミアその人であった。
「”命令だ”、”クビになるぅ”、”お願いだからぁ”って、そんな不安を煽るような言葉ばっかり並べるなんてズルいです。私にだって、絶対に守りたい約束があるんです!」
「ふ~ん、そんなことはウチの親方に直接言ってよね。こちとらクビがかかってんだから、もう必死よ必死。必死の必死で瀕死の瀕死、ひ~んひん、ってなもんよ。で、この街は名物とかある系? 美味いもんくらい食べとかないとやってらんないっしょ」
街の看板をつらつらと読み上げながらミアのリュックを押したチャマルは、あてもなく進んでみることにしたようで、まずはお腹を満たさないとねと口を拭った。そんなの知りませんと足取りが重いミアは、関係性の希薄な知人の扱いに困惑しながら、どうにかこの場を誤魔化そうと画策していた。
「ミア氏ぃ、さっさと諦めて切り替えた方が身のためっすよ。なんせウチの親方と、そのお仲間の指図って話じゃねっすか。腹くくった方が早いですって。あの人たちの理不尽さ知ってんでしょ?」
「関係ありません。無理なものは無理なんです!」
「何があったか知らねっすけど、聞いた話じゃ、ちっとばかし街の警護頼まれただけすよね。別にそれくらいしてもバチはあたんねぇっすよ?」
「むぐぅっ、そ、それはそうですけど……、いえ、駄目なものは駄目なんですッ!」
「わかんない人。まいいや、美味いものでも食ったら気も変わるよ。さぁミア氏、そこでご飯食べよ、ね? ね?」
ごねるミアを連れて寂れた店に入った二人は、活気のない店内に消沈しながら、通されるがまま四人掛けの丸テーブルの対面に腰掛けた。くたびれた店主が料理を確認するため声をかけたが、不貞腐れたミアは返事もせず、チャマルが適当に食事を選んで注文した。
「そやって意固地にしてると損っすよ。何事も笑って楽しんでる方が絶対得。ほーれ、スマイルスマーイル❤」
自分の頬を掴んでびろーんと伸ばしてみせたチャマルは、運ばれてきた水のコップをぼんぼり頭の上に乗せてバランスを取ってみせた。しばらく「器用なもんでしょ」と得意気に曲芸をみせていたものの、やはり反応しないメイド姿の女に呆れてハァとため息をついた。
「あのねぇ、世の中こーゆー店でおまんま食べたくても食べらんない子もいんのよさ。この街にもいっぱいいたけどさ、親に捨てられた子や、死に別れた子だってざらよ。なのに仕事もあって、魔法も使えて、少しのマニーも持ってる恵まれたエルフちゃんが、贅沢料理を不味そうに食べてるなんて許されると思ってる? も少し幸せそうにしなさいっての」
窓の外から恨めしそうに店内を見つめる子供たちの視線を一瞥したチャマルは、ただ荒んでしまった街の現状を憂いながら、運ばれてくる粗末な料理に思いきりフォークを突き刺した。
「食は生命の根源って、親方にいっつも口酸っぱく言われんの。悔しいけどさ、確かにって思うんすよね。毎日美味いもの食ってたら、人ってやっぱ幸せなの。ウチはお酒しか造ってないけどさぁ、それでもウチのお酒を美味い美味いって嬉しそうに飲んでくれる人見ると、やっぱこうグッとくるのよさ、ホント」
続いて運ばれてきた酒のコップを一気に空けたチャマルは、「うーん、25点!」と声高に叫んだ。怪訝な店主の様子すら気にかけず酒を継ぎ足し、それでもご機嫌に飲み干した。
「そらウチの作る逸品とは比べようもない安モンっすけど、それでも美味いもんは美味いんすよ。こんな時代ですし、おまんまたらふく食えるだけでも幸せもんよ。はい、マスターお酒おかわり!」
「不味くて悪かったな」と一言添えて酒瓶を置いていった店主に「ごめんごめん」と笑いかけたチャマルは、口をモゴモゴさせながら、しばらく勝手に喋り、勝手に食事を楽しんだ。文字通り店主とチャマルの会話だけが響く店内は、それはそれは物寂しく、どこか虚しさすら感じさせる空間だった。
「まぁアレさね、ウチの親方が酷いってゆーくらいだし、ミア氏んとこのがドイヒーなのはよーくわかる。でもね、ウチらみたいな能無しダメパンピーは、必死でついてくしかないのよ。理不尽に次ぐ理不尽ってのは想像つくよ? でもこんな時代さ、あんな雇用主でも、美味しいおまんまと、生きてくに十分なお給金をくれるんだから、やっぱ感謝しないとねぇ、ギャハハハ」
「むぅぅ、あなたと私を一緒にしないでください。私はちゃんと魔法だって使えますもん!」
「で〜も方々でクビになってるんでしょ〜。野良犬みたいになってたところ、お嬢様に拾ってもらったって聞きましたー!」
「そ、それはそう、……ですけど」
「お互い恩を仇で返すタチみたいなのに、今もこんな美味しいおまんまにありつけてる。こんなに恵まれた環境って奇跡だと思わない?」
「き、奇跡、ですか?」
「そう、奇跡。だってそうじゃん。私も、あなたも、元を辿れば、ただの奴隷、よね?」